第13話 貫く剣は贖罪の証(4)


 スータスに連れられてましろがやってきたのは、庭園である。いや、庭園というよりは空き地、もしくは山の中というのか。整備も手入れもされずに無造作に植物が生えているだけだ。

 屋敷のこの一角だけは植物が枯れないんですよとスータスは生い茂った薔薇の蔦をのかしながらそう告げた。もとは薔薇のアーチが作られていたのだろう。アーチを作るためのフレームはもう役にはたっていない。

 なんとか薔薇の蔦をスータスが移動させるとそこには男性が一人通れるほどの通路が現れた。トゥーリはカルネヴァムの手を引いて慣れたように足を踏み入れていく。服が棘に絡もうがお構いなしである。ましろはチェリッシュと共にそこに足を踏み入れた。


「ユージン団長はとても植物の世話が上手でね、ここは彼が一応世話をしているんですよ」

「世話をしているようには見えませんが」


 チェリッシュは怪訝そうに告げる。草木も蔦も伸び放題でとてもではないが世話をしているようには見えない。確かに最初はそう思いますよ、とスータスはまたクツクツと笑った。

 そうしていきついたのは行き止まりである。薔薇の蔦が行く手を防いでいる。が、スータスが蔦に覆われた場所をまるでカーテンを開くようにどかした。その先には光が溢れている。トゥーリが慣れたように足を踏み出し、カルネヴァムを引き入れた。ましろはそれに続いて蔦の迷宮から外に出た。


 そこにあったのは間違いなく美しく整った庭園だ。

 箱庭のような、限られたスペースにある庭ではあるが、綺麗に整えられている。わぁ、と小さくましろは歓声をあげた。ガゼボの周りにはたくさんの種類の花が植えられ、小さな泉のようなものもある。


「素敵な場所ですね」

「それは団長に伝えてほしいですね。団長、お客様だ」


 スータスはそう言ってガゼボに向かって歩いて行く。トゥーリはカルネヴァムをおいて、花畑に突き進んだ。ましろはとりあえず立ち止まることにした。周りの壁のようになっている蔦は薔薇の蔦だろうか。蕾をつけようとしている。何色の花を咲かすのかとましろがその蕾をまじまじと見ていれば、いい加減に起きたらどうなんですか! とスータスの大きな声がした。その声を聴いたチェリッシュは嫌悪感を隠そうともしない。ましろはチェリッシュに声をかけるのをやめ、ついてきていた2人の部下に声をかける。


「団長さんは寝坊助さんなのですか?」

「いえ、団長は目覚めたくないのです。仕事に行く前はいつもああですよ」


 そう苦笑いした部下にましろはもう一度ガゼルをみた。スータスがあなたと言う人は! と叱る声がする。とりあえずましろはガゼボに近づいた。白いガゼボには屋根以外の雨避けなどは付いていない。雨風に晒されてぼろぼろになったソファにはユージンが横になっているのがみえる。相変わらず影のように真っ黒だ。そして、ユージンを見下ろすスータスが見るからに怒っている。


「どうせ、カルネとトゥーリが薬草をとりにきているんだろう。勝手にしていい……」

「ええ、わかりましたよ、勝手にさせます」


 スータスはそう言ってましろをみた。


「私は席を外すんで、あとはお好きにどうぞ、

「はい、スータスさん、案内をありがとうございました」


 ましろがスータスにお礼を告げていれば、急にユージンが起き上がる。そうして、ましろをみて驚いたように目をパチパチと瞬いた。


「どうして聖女様がここに……?」

「貴方にご挨拶をしたくて。スータスさんやカルネさんに連れてきていただきました。昨日は結局ご挨拶できませんでしたから」


 そう言ってましろはもう一度庭を見渡す。何度見ても美しい庭である。

 綺麗な庭ですね、とましろが笑みを浮かべてユージンを見れば、彼は目を大きく見開いた。そうして昨日のようにほろほろと涙を流したユージンにましろは困った顔をしてしまった。どうしてなのか彼はひどく泣き虫だ。

 ましろがそっと背中を撫でれば、彼は丸くなるように蹲った。そうして、独り言のように口を開く。


「あぁ、そうか、いやがらせか。そうだ、いやがらせだ。また誰かの護衛だといって、討伐にも戦場に出さないで俺を折らせないつもりなんだな。そっくりなを差し向ければ、俺が大人しく頷くと思って。何が聖女なんだ。どうせ同じだ、みんな同じだ、死ねない俺をせせら笑いたいだけなんだ」


 不穏だ。つぶやいている内容が不穏すぎる。ましろがもう一度彼に声をかけようとした時だ。ユージンが「あぁ、そうだ」といかにもいいことを思いついたかのような声色で呟くと、ましろをみた。どこか混乱したような、目に光がないような瞳で。


聖女きみを殺せば、俺はきっと極刑で死罪になる」

「団長さん?」

「そうか、だから差し向けてくれたんだ、君を殺せば俺は死ねる。俺は救われる! そうだ、そうに違いない!」


 言っていることがごちゃごちゃだ。先程まではいかにも自分は悲劇の主人公だと言うふうだったのに、今度は歓喜の表情を浮かべている。彼が手を真横に伸ばせば白い光と共に剣が現れる。ガゼボの入り口付近に立てかけられていた剣が、一瞬で彼の手元に現れたのだ。それを把握した瞬間、チェリッシュとスータスの動きは速かった。チェリッシュは駆け込んできてましろを後ろ背に庇い、スータスがユージンを抑えこむ。


「団長、何とち狂ったことを言ってるんですか!」

「はなせ、スータス。俺はやっと死ねるんだ!」

「チッ、面倒な……」


 スータスはそういって舌打ちをした。こうなったユージンが厄介だと彼はよく知っている。チェリッシュは距離を取りつつましろに向かって口を開く。


「聖女様、ご理解いただけたでしょう! この男は狂っているのです! 近づくべきではありません! やっぱり、貴方が殺されます!」

「スータス! 離してくれ! チェリッシュ! そこを退くんだ! 俺は聖女を殺す! そうしたら、やっと死ねるんだ! 俺は!」


 ましろはチェリッシュの後ろからユージンを見る。彼はどうして死にたいのか、理由はわかりかねた。ましろが思うに、おそらくユージンという人物は英雄であるはずなのである。悪い魔女を捕らえて見せた名誉ある騎士のはずなのだ。それがどうしてこうなっているのか。


「ユージン、君が聖女様を殺したとしても残念ながら死罪にはならないよ」


 そう言ってユージンの剣を退けたのはカルネヴァムだ。彼は手際良くユージンの手から剣を奪い取ると、その剣を近くの花畑に投げた。その瞬間、体に痛みが走ったのが、ユージンはウグっと小さなうめきをあげる。


「聖人は二人来たんだ。彼女がこの屋敷に来ていることを考えると、彼女は厚遇されてないんだ。?」

「なら、俺は二人とも殺――」

「二人殺したって一緒だ。君は死を許されない。王達にとっては都合が良い駒であるし、なによりが君の死を許すはずがないよ」

「あああ、」

「現状、君は生きるしかないんだ」

「あああああ」


 カルネヴァムの言葉にユージンは崩れ落ちた。スータスは深いため息をついて、髪をかきあげる。ガゼボの外から様子を窺っていたトゥーリもホッと息を吐いてカルネヴァムに近づいた。


「聖女様はしばらく団長に近づかない方がいいでしょう」

「そうだね、『蓮の皇国リイエン』でいう『君子危うきに近寄らず』と言うやつだ。残念だけれど、聖女様は金輪際ユージンには近づかない方がいい」

「部屋に戻りましょう、聖女様。これであの男が貴方と話す価値がない男だと理解したはずです」


 チェリッシュはそう言って手を引く。ましろは眉尻を下げて首を左右に振った。


「しかし、彼と会わないわけにはいきません。王様が彼と大会にでなさいと……」

「大会?」

「もしや、例の各国貴族のための馬鹿げた闘技大会かな?」

「カルネ、仮にも騎士団に属す私の前でそんなことを……」

「おや? 僕は結構誰の前にでも言うよ」


 カルネヴァムは平然とそういうと、ぶつぶつと何か呟くユージンからましろに目を移した。


「まぁ、それなら彼の気分が落ち着いてから改めて話をしよう。流石に今日は難しいかな」

「そうした方がいいですね。貴方のような非力な方は団長に殺されて終わりでしょうから。まぁ、いつ貴方が話せるようになるかは分かりませんけどね」

「他の人を連れて行った方が早いね、たぶん」


 王様の命令なのに、そんなばっさりと。ましろはそう思ったが口にはせず口を閉じる。そしてそのままチェリッシュに手を引かれてその場を後にした。


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