第12話 貫く剣は贖罪の証(3)
朝だというのに薄暗い廊下を抜ける。ましろたちが広間へ向かうその間にも、数人黒腐病に罹った『
「貴方が黒腐病を患えばあの黒き乙女に似そうですね」
カルネヴァムに観察されながらそう告げたのは昨日ましろを招き入れた人物――副団長であるスータス・アークスである。ユージンほどは黒くはないものの、ほとんど影のような黒に近い色になっている。腕などからポロポロと破片のような何かが落ちた。スータスの言葉に、距離をおいているチェリッシュは睨んだ。
「チェリッシュ嬢は潔癖症ですかね。こんな患者は山ほどいますが」
「今のはスータスが悪いよ。彼女にとってこの病はうつるかもしれないものだし、聖女様を心配してる。かくいう僕もさっき睨まれてね」
「カルネはよく睨まれるでしょう? 聖女様は知らないでしょうが、これでも私はこの国の五本指に入るとされていたんですよ」
スータスの言葉にましろは首を傾げた。
「それは強いという理由ですか?」
「違う違う。彼は実力ではなく、端正な顔立ちの五本指だよ」
「実力も伴った端正な顔立ちといってほしいですね」
「まぁ、確かにそうでなければ君はとっくに死んでるだろうけれど。見てまわったところまた人数が減ってる」
カルネヴァムの言葉にスータスは頷いた。
「街でも同じように何人も死んでる。病の治し方を知る人はいないから仕方がありませんがね」
「そうだ! 聖女様は何か知らないの!?」
トゥーリはそう言ってましろを見上げた。ましろは眉尻を下げてうなずいた。
「お体を触っても?」
「貴方にうつっても良いならご自由に」
冗談っぽい言葉ではある。が、ましろは立ち上がると躊躇なくその体に触れた。周りはそれに驚いた。チェリッシュは目を見開いて固まっている。
周りが唖然として固まっているのをいいことに、ましろはそっと腕から手を離して胸元に手をおいた。すると、その場所に黄色の光が灯る。
「貴方の剣をここに、貴方の誓いをここに」
そう言えば、光が大きくなり、ましろの手に一本の剣があらわれる。スータスは自分の腰につけていた剣を確認する。剣がなくなっている。一瞬で移動したらしい。こんな芸当ができるのは『
ましろが持つスータスの剣は酷く錆びついている。ましろがその剣をまじまじと見ると、柄に当たる部分の装飾にも錆が広がっていた。こうなるのは彼が誓いを違えたからだ。
ましろは驚いているスータスを見る。
「あの、貴方は何か大切な約束を違えたのではないですか?」
『誓い』という単語はあえて使わずにましろはそう問いかける。スータスはそんなことはないと笑ったが。
「……しかし、聖女様、この方法を誰に? こんな芸当は『
ましろはその言葉に固まった。ましろがやったことは、『
スータスの問いにどう考えるか迷っていると、先にカルネヴァムがさらりと口を開いた。
「あぁ、僕が試しに教えたんだ。聖女様ならなんでもできると思ってね」
「そうだったんですか。しかし、どうして剣の確認を?」
「聖女様の世界にも黒腐病と同じような病気があるらしいんだけど……」
「……はい、この世界では存じ上げませんが、私の世界のよく似た病は命に通じる剣に錆が生じることにより剣を持つ方の体に異変が現れるというものです」
ましろはそう言ってもう一度剣を見る。スータスの剣は装飾部分を含めて錆びついている。カルネヴァムはそれを聞いて「続けて」と告げた為にましろは説明する。
「定期的に手入れをされていない方や交わした約束と相違する行動をしたとき、思考に至った時に錆が生じますので、同じようなことがあったのではないかと思ったのですが」
その説明に、スータスが何が思いあったのか、少し眉間に皺をよせた。カルネヴァムは興味深そうに「それは面白い」と口を開いた。
「聖女様、この錆は落とせない?」
「私の世界では新しい約束を交わせば錆を落とすことができます。あとは、刃の手入れをすることも有効だったと思います」
「約束云々なのなら、聖女様の世界とこちらの世界で病は違うんじゃないですか? 騎士や兵以外にも広がっている」
「刃の手入れをしないから、という説もあったね。なんにせよ調べてみる価値はありそうだよ」
カルネヴァムはそう言って何か考え始めた。スータスはそれをみて、こうなればしばらくは考え込んだままだな、と苦笑いをする。大人しく話を聞いていたトゥーリも同意をするように刻々と頷いた。カルネヴァムはそう言った節がある。いつもはトゥーリが現実に引き戻したり、そのまま引っ張って移動をしたりしている。カルネヴァムの服がぼろぼろな理由の一端である。
そんな会話をしていれば、スータスの部下である一人の青年がやってきた。
「副団長、団長はまだ目を覚まされません。お呼びしようにも籠ったままです」
「あの人があの場所に籠もるだなんていつものことだな」
「あの場所?」
部屋ではなく? とましろが首をかしげる。青年が困ったように口を開く。彼はまだそこまで病を患っていないのだろう。あざのようなものはあるが、それは薄っすらとした色で分かりにくい。
「はい、団長は庭の奥にあるガゼルでいつも休まれています」
「というよりは、仕事以外ではいつもそこにいるんですよ」
「だから、僕たちは薬草を貰いに行くわけです!」
トゥーリはそう言ってからカルネヴァムの手をペチペチと叩いた。
「師匠! 師匠! 薬草です! 貰いにいきますよ!」
「あぁ、うん、薬草だね。薬草」
「生返事!」
全く動くそぶりを見せないカルネヴァムにトゥーリはがっくしと肩を落とす。スータスはクツクツと笑うと立ち上がり、カルネヴァムの手を引いて無理やり立たせた。
「ほら、トゥーリ、立たせたぞ」
「ありがとうございます! そのまま僕が引っ張ります!」
「カルネさんの背中を押しましょうか?」
「聖女様、それは私がしますよ。これ以上汚いものに触れさせるなとチェリッシュ嬢の視線が痛いですから」
スータスの言葉にましろはチェリッシュをみる。チェリッシュは眉間に皺を寄せてこちらをみていたものだから、ましろが困った顔をしてしまうのは仕方がないことだった。
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