第17話 貫く剣は贖罪の証(8)



 ましろの手の中にある剣が淡い光と共に人の姿になり、白昼の残月に消える。そうしてましろの手の中に残ったものをましろはユージンや他の視線から隠すように持った。ユージンが不思議に思ってましろを見下ろした。先程のましろが行ったのは返還の儀と呼ばれる儀式だ。最後にはその儀式を行った『鞘人コリウス』を象徴する薔薇の花が現れる。残った家人はその薔薇を身につけて『薔薇の日』を祝い、次の聖人の日まで飾るのだ。ましろが持っているのは薔薇の花のはずである。

 ユージンがちらりとましろの手元から見えた色は白だ。魔女あの子と同じ。ユージンがそれを把握すると、咄嗟に他の人物からましろが持つものを見えないように少しズレた位置に立った。


「その薔薇を見せてくれないか」


 ユージンはそう言ってましろを見た。今までで一番穏やかな声である。ましろは首を左右にふった。


「白い色は、白薔薇は魔女の証しでしょう?」

「普通はね。でも、俺にとっては違う。そもそも、俺たちが身に着ける黒薔薇が何からできていると思う?」

「何から……この世界には元からそういう色の品種があるのではないのですか?」


 ユージンはその言葉に首を左右に振ると、胸元に飾っていた薔薇の花を取り出すと、花弁をかき分ける。ましろがユージンの手元をみれば、ユージンは花弁が染まっていない箇所の元の色を見せた。


「――白? まさか、白い薔薇を染めて?」

「ああ。俺たちの黒薔薇は白い薔薇を染めている。他の色はどうも綺麗に染まらなくてね。国を彩った白薔薇のほとんどは燃えたけど、俺だけが持ってるんだ。と、いうよりあの庭に燃え残っていた一株の白薔薇を俺が手入れしている」


 そう言ったユージンは、大丈夫、と目にいくらか優しさを含ませて告げる。ましろは意を決して隠した薔薇を見せた。真っ白な花弁の薔薇だ。美しく穢れがない純白だ。まるで真珠のような美しさを持つ薔薇である。そんな薔薇に関連する人物を見るのはユージンにとって二人目だった。その白薔薇を持つましろの手に手を重ね、ユージンは口を開く。


「アンナ」


 ユージンはそう言ってましろを見下ろした。ましろは首を左右に振る。


「やっぱり、君はアンナじゃないか」

「私は違います」

「いいや、君はアンナだ。アンナ、髪の色を染めたんだね。でも、俺はすぐわかったよ。そんな綺麗な青い瞳を持つのは君だけだし、話を聞かない奴に添い遂げようとするのは君だけだから、もしかして君じゃないかとあのあとすぐ思ったんだ」

「ユージンさん、」

「アンナ、俺は君に謝りたくって、いや、違う、謝るだけじゃ許されないんだ、」

「話を聞いて」


 ましろがそう言っても、ユージンは聞く耳を持たないらしい。独白のように言葉を繋げていく。


「アンナ、俺は無実な君を殺した、君は無実だったのに、俺は君を信じられなくなって、殺してしまった、間違いだった、俺は魔女殺しの英雄なんかじゃない、無実で善良な王女を殺してしまったただの男だ」


 ユージンは知らないはずだ。ユージンは、ましろの前世――アンナが無実なのだと。いや、王都の誰も知らないはずなのだ。全員がアンナの敵だった。いつの間にか、誰も彼も。だから、アンナは黙して死を選んだ。それがこの国のためになると信じて。

 ユージンはましろの手を掴むとその手をユージンの首元に持ってくる。


「どうか、君の手で殺してくれないか」


 その瞬間、魔物達がぐるぐると唸り声をあげた。ユージンの周りに黒い霞が宙に舞いはじめる。ましろは首を左右に振った。すると、ユージンは今度は自分の剣をましろに差し出して、その切っ先をユージンに向ける。


「首を絞めなくたっていい。この剣で、俺を貫いてくれればいいんだ、そうすれば俺は死ねるんだ、」


 ましろにはユージンが微笑みを浮かべたのがわかった。それはそれは穏やかな。


 ――ユージンはましろに殺して欲しいらしい、とましろは回らない頭で考える。


 ユージンがどうしてこうなってしまったのか、ましろは理解した。理解したというよりは理解してしまった。


 ――ユージンがこうなったのは自分アンナのせいだ。


 自分アンナが、黙したまま死んだから。無実なのだということもなく、全てに絶望して全てを受け入れて死んでしまったから。

 そして、自分アンナが無実で死んだのだと知っている人間が、魔女を捉えて処刑ころした英雄であったユージンにそれを吹き込んだのだろう。だから、こうなってしまった。

 そもそも、自分アンナが、友達であったユージンと契約の時に通常の文言である『私を守って』ではなく、『国を守って』と願ったのが悪いにちがいない。

 きっとユージンは後悔をして、苦しんだのだ。アンナを捕らえて殺したことに。護衛にも関わらず信じきれなかったことに。とても、とても。

 ましろは小さく、ごめんなさい、と呟く。ユージンから手渡された剣を持って、ただ、ごめんなさい、と涙を静かに流した。


「ましろ!」


 不意にそんな声が聞こえて、ましろはハッと顔を上げた。理志がこちらに近づこうとして魔獣に阻まれているのがわかる。周りにはまた黒茨の蔓が現れ始めていた。魔獣が理志に爪を振り上げるのを見て、ましろは体が動く。そうして、その剣で魔獣を貫いた。その瞬間、魔獣は拡散して消える。もう一体の魔獣の爪をバックステップで避ける。右、左、と繰り返した後、飛びかかろうとした魔獣の懐に入り込むとましろは剣で貫いた。また黒い霞となって消えた魔獣を見送ってましろは理志に駆け寄った。カルネヴァムが「お見事!」と拍手を送っている。


「理志くん、大丈夫!?」

「おー、サンキュな。ましろこそ大丈夫か?」

「……」


 理志の問いかけにましろは瞳を揺らした。大丈夫ではないらしい。理志は『物語ゲーム』を思い出す。確か、このシーンで主人公ましろはユージンに殺して欲しいと詰めよられるはずなのだ。

 理志はポンとましろの頭を撫でる。


「大丈夫じゃなさそうだな。この仕事が済んだらゆっくり話そうぜ」

「……うん!」


 ユージンの視線が痛い。ちらりと理志がユージンを見れば、真っ黒なので表情はわかりかねるものの、いかにも邪魔をするなというような雰囲気を醸し出している。


「聖女様! 連れてきたぞ!」


 聞こえてきたトゥーリの声にましろと理志はそちらを見た。トゥーリが子供や数人の大人、そして黒薔薇の騎士団の騎士達を何人か連れてきているのが見えた。

 理志はましろを見下ろす。


「頑張れそうか?」

「……頑張る!」


 ましろはそう言って頬を叩くと、ユージンの元に向かう。その瞬間、また黒い霧のような何かは霧散するのだ。理志がユージンとましろをみれば、ましろがユージンに剣を返そうとして拒まれているのが見えた。


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