第5話 プロローグ / 薔薇の王国編(2)


「大丈夫かな?」


 ましろはそんな言葉に目をゆっくりと開いた。

 クラスのレクリエーションで噂の検証をしたのはいい。教室の床に不思議な模様を描いて、全員が輪になって、隣の人と手をつないで目を伏せる。そうして、クラスの中でも優等生となだかい女子生徒――端飾はたかざり柑奈かんなという人物が不思議な言葉を唱えたのである。それは聞いたことがないような不思議な言語だった。


 誰しもがそれは失敗するとおもっていた。噂は噂だと。そんなことは起こり得ないのだと。

 しかし、目の前が真っ白になるほどの光に、ましろは隣居た理志と桜の手をぎゅっと握った。

 二人からも同じように握られているのを感じながら、光に包まれたのだ。


 目の前にいる人物にましろは目をぱちぱちと瞬く。ましろはこの人物に似ている人物を知っている。

 大丈夫です、と答えたましろは周りを見渡す。数人の生徒や、教師である央蓮おうれんがおなじようにほかの人物に声をかけられているのが見える。そして、その場所をみてましろは目を見開いた。


「ここは」

「ここはロドン。薔薇の王国ともいわれているよ」


 そんなことは知っている。なぜならましろは

 ここに戻ってきてはいけない。桜と理志をつれて戻ろうと、ましろはそう思って周りをもう一度見渡す。しかし、そのどこにも二人の姿を確認できない。光に包まれる前は手をつないでいたのに、だ。


「理志くん? 桜ちゃん?」


 そうましろが小さく名を紡ぐ。ましろに対峙していた人物――ハウウェルはましろの様子に首を傾げる。リシというもの、桜というものが示すものをいまいち理解できなかったからである。

 心細そうにみえるましろに、ハウウェルがもう一度優しく声をかけようとした時だ。月が現れる寸前に、もう一度、魔方陣に光が降り注いだのである。


 うあああ!? という叫び声がしたかとおもえば、まるで投げ出されるように何かが降ってくるのが見えた。

 しかし、どうすることもできない。おそらく魔物のようなものではないのは確かである。


 ――そうして、文字のごとく降ってきたのは五人の少年少女だった。


 魔方陣が役目を終えたといわんばかりに消え、隠れていた月がまた人々や街を照らしていく。

 高所から落下したというのに、落ちてきた少年少女は怪我一つ追っていない。それどころか、その五人ともが堕ちてきてすぐに誰かを探し、見つけて駆け出した。

 そして、ハウウェルの前にいたましろにも同じように少年が駆け寄ってきたのである。ましろはそれをみて、見るからに安心した。


「ましろ!」

「理志くん」

「焦った、お前と先生たちだけ光に吸い込まれていったんだよ」


 理志はそういって息を吐く。

 儀式のときに桜にいわれていたのだ。いくらまぶしくても決して、ましろから目を離すな、と。光が引いてしまえば最後、おそらくは二人は消えているからと。

 そしてそれはその通りだった。理志が薄目で見ていたが、最初に暗くなり、そうして次に床に書かれた線を這うように光が漏れ出たのだ。最初はかぼそかった光があふれた水のように教室全体を覆ったと思えば、ましろが消えたのである。

 咄嗟のことで理志はパニックになりかけたが、桜のいくよ! という声がして、首根っこをつかまれて何かに飛び込んだのだ。

 そうして、先ほどの場面に戻る。空からのフリーフォールである。まあ、地面に近づくなり減速されていったが。

 ちらりと理志が桜をみれば、桜は央蓮おうれんの隣を陣取っている。そうして小さく理志にむかって親指を立てた。理志は心の中でお礼を告げる。桜の行動がなければ恐らくはこの世界には来られていない。


「で、ここはどこだ?」


 理志はそういって周りを見渡す。欧州などの街並みに近いのだろうか。夜だからよく見えないが、それでも美しい街並みなのだろうということは理解できた。図書館の写真集でみたテルチという街並みに似ている気もする。面白そうに見ていたハウウェルが教えようと口を開く前に、歩み寄ってきた男性――ルジェがその疑問に答えた。


「ここはロドンと言われる王国です」


 座り込んでいるましろとましろに合わせてかがんでいた理志を赤い瞳で見下ろす。やはり顔が整っている。理志はそう内心苦笑いをした。くせ毛気味の黒髪を撫でつけて、少し眉間にしわを寄せた彼はそれでも外見を損なうことはない。まあ、顔云々は神官の服を着崩しているハウウェルにも言えることなのだが。


「ハウウェル大神官、どちらが聖人ですか」

「どちらも聖人だよ。でも、片方は予定外だ。私や皆の占いでは五人だった」


 ハウウェルはけらけらと笑いながらそう告げる。ルジェはそれを聞いてため息をついた。こうなるとは想定外だ。一応客室は一つ押さえている。現れたとしても一人だけだろうと思っていたからだ。聖人を各国に招き入れるにしろ、今夜はこの国のどこかで休ませなければならない。ルジェはそう思考を無理やり切り替えた。


「客室を急ぎ手配します。皆さま、本日はロドンの城でおやすみください。明日詳しくご説明しましょう」


 ルジェの説明に、ハウウェルは理志とましろを見降ろした。そうして人の良い笑顔を浮かべると、ましろの手を取った。困ったようなましろは理志を見たが、理志はとめることはない。なぜなら大事なイベントの一つだからだ。


「そういうことだから、あなた達もこちらへどうぞ。聖人様、私が案内いたしましょう」

「あの、」

「大丈夫、怖がることはありませんよ」


 ハウウェルはそういって、安心させるためにましろの瞳を覗き込む。そしてその瞬間、ほんの一瞬目を見開いた。驚いたように。まあ、表情はうつむいたためにすぐに隠されてしまったが。ただ、声にも表情というものはつくものである。


「お待ちしておりました、聖人様」

 どうぞ我らをお導きください。


 ――喜びだ。

 必死に抑えているが、その声には喜びが混ざっている。それをみて、ルジェは怪しむようにハウウェルを見る。ましろはずっと困った顔をしていた。

 さて、これで理志が行動を起こすにはある意味大切なフラグは立った。後のイベントはましろにとってよろしくないイベントであるため、理志はできるだけましろのそばを陣取らなければならない。


「ハウウェル、ルジェ」


 ロドンの王であるフューネが近づいてくるのが見える。そして、その妹であり今は他国の妃であるエレリーナもだ。理志はそれをみて立ち上がるとましろを後ろに回した。ハウウェルもまた少し前にたつと、フューネとエレリーナに一礼をした。


「その者たちが薔薇の王国ロドンの聖人か」


 そう言った王にハウウェルはうなずいた。


「間違いなく」

「では、どちらが聖人なのかしら」


 エレリーナの言葉に、ハウウェルはきれいな笑みを浮かべた。物語では一人しかいないため、このような問答は発生しない。ただ、二人はましろの眼の色をみて魔女を思い出して怯える動きをするのだ。ハウウェルは口を開く。


「どちらも聖人ですよ。エレリーナ様。しかし、あなた達ごのみは男のほうでしょうね」


 ハウウェルの言葉にフューネとエレリーナは理志をみた。理志はその発言にハウウェルを見る。どこまで理解しているかはわかりかねる。大神官を務めるハウウェルは、魔女の処刑が執行された後に未来を少しだけ見ることができるようになったはずである。

 ハウウェルがそういったため、二人の意識は理志にむいた。


「そうか。少年よ、名はなんと?」

「ああーと、理志です」

「リシよ、我々は貴殿の力に期待している」


 にこやかに告げたフューネに理志は「ああどうも」と苦笑いをした。というよりそれしかできなかった。期待されているといわれても、ゲーム中のヒロイン達が宿す力を理志が宿しているかは不明だからだ。

 様子を眺めていたルジェが、すぐに王たちにほかの国賓をもてなすようにつげると二人はすぐに席を外したが。ましろはその背を見送って少し息を吐く。ルジェもまたそれを見送りながらハウウェルに言葉を投げかけた。


「……先ほどの答えとは違うようですが」

「おや、不服かな。……さて、片方の名前はわかったけれど、あなたの名前を聞けていませんね。貴方の名前は?」


 ハウウェルがそう優しく問いかける。ましろは迷っていたが、一度目を伏せると意を決したように口を開いた。


「私はましろと申します。大神官様」

「……まいりましたね、この国は『白』という色やそれを連想される名を嫌います。貴方のことは聖女様とお呼びするしかありません」

「そうだね、それが無難だ」


 ルジェの言葉にハウウェルはうなずく。理志はそれを眺めて、そういうところはやはり物語ゲームと同じなのだと考えていた。



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