第4話 プロローグ / 薔薇の王国編(1)
ロドンという国家が『薔薇の王国』と呼ばれるのは、薔薇の花が年中枯れることがなく咲いているからである。赤、黄色、緑、青。王城へと進む道には様々な色の薔薇が植えられており、貴賓たちの目を楽しませていた。普段から街並みも整備されていて美しいのだが、この日はさらに美しさに磨きがかかっていた。
――ロドンでは年に二度、代表的な祝日がある。
一つは建国記念日である「薔薇の日」だ。
春のあたたかな日差しが差し込む頃にある祝日である。その日は皆薔薇の花で胸元や頭を彩り、お祭りのように華やかなパレードなども開かれるにぎやかな日だ。そして皆が建国者である一人目の王と、今の王に感謝をささげるのだ。
そして、もう一つは『聖人の日』だ。これはロドンのみにある休日ではなく、周辺国にも同様の祝日がある。
ロドンでは秋ごろの月が美しい頃にある祝日だ。対立するばかりであった世界を五つに切り分けた聖人たちを召喚した日。長く続いた戦争が終結した日ともされているため、死者に祈りをささげる日でもあった。祝日であるものの、祈りをささげる日というだけあってどこか厳粛ながらも慎ましく人々はすごすのだ。
しかし、今年は違う。人々はどこか落ち着きがない。
今年は、聖人の日に合わせて満月が欠けていき月蝕がおこるのだ。そう、かつての聖人がこの世界に舞い降りた日のように。それを面白がった国王たちが聖人を召喚しようとしているのである。
ロドンの宰相であるルジェ=アントニーリッジは少し眉間にしわをよせた。王たちの思いつきで迷惑をこうむるのはいつも二番手である宰相や似たような立場の人間である。年に一度開かれる会議で、ロドンの国王がこの話を持ち掛けなければ臣下たちは慎ましい祝日を過ごしているはずだったのだ。すなわち、ルジェ自身も慎ましく祈りを捧げる日であったのだ。
「ルジェ宰相、いけないな。そんな顔をしていれば、聖人様が逃げてしまうよ」
ルジェにそう声をかけたのは大神官であるハウウェル=ブルユバーである。のぞいた紫色の瞳はどこか楽しげだ。まるで金糸のような長い髪を緩く一つ結びにした彼は、厳粛にしないといけない立ち位置であるはずなのに服装を今日も着崩している。
「あいにくいつもこの顔ですよ」
「いつもより小難しい顔をしているけれどね」
「このような事態ですからね」
ルジェはそういって召喚の場とされる広場を見た。
各国の神官にあたる人物や、同じような立場の人間が月がかける時を待っている。集まってきている貴族も民衆もだ。
一般的に、月がない夜は魔物が活発化する日だ。月がかけても同じような現象が起こる可能性は十分にあった。本来であるならば、他国の要人を警護するための騎士団を魔物から民間を守るために配置しなければならいはずなのである。
「本当にまじめだね。放っておいたらいいのに」
それはハウウェルからの嫌味だろう。ルジェは赤い瞳でハウウェルをにらむ。ハウウェルはそれさえも面白いといいたいかのようにクスクスと笑うだけである。
「例の黒茨の多い場所には黒騎士達を向かわせたんだろう?」
「ええ、」
「彼、今度こそ死ぬんじゃないかい?」
「いいえ、生きて帰ってきますよ、必ずね」
ルジェはそういって月を見上げた。空には雲一つなく、星は美しく輝いている。
「それで? 大神官殿は本当に聖人は来るとお思いで?」
「さあね、そればっかりはやってみなければわからないかな。さきほどほかの国の同じような立場の人たちとも話していたのだけれど、おもしろかった」
「何がです?」
「全員占いの結果が一致した。来訪者が現れる、と」
ルジェはその言葉にハウウェルをみた。ハウウェルは「それがどういうものかはわからないけれど、こんな年にねぇ」と言葉を続ける。きれいな笑顔を浮かべているが、その真意は読みかねた。ハウウェルという人物はそういった節があるのだ。
ルジェはその言葉に再度眉間にしわを寄せて黙り込んだ。一人がという話では信憑性は薄くなるが、全員というならば話は別だ。何かは起こる可能性はある。
会話が途切れたのを見計らうようにハウウェルの部下がハウウェルに美しい槍を渡した。
細やかな細工が施された矛先は水晶のように透き通っており、柄は美しい薄い水色の布飾りが施されている。鉾に装飾が施されているため、武器にもならない槍だ。
『
「さあ、そろそろはじめようか。聖人召喚の儀を」
ハウウェルの言葉に、各国の神官たちがそれぞれの場所についた。五角形を描くように立った彼らがそろって口を開く。
「我らを見守る
月が徐々に闇に隠されていく。それとともに神官たちの足元には模様が浮かび上がっていく。それは薔薇の模様であったり、蓮の模様、はたまた菊や百合など様々な花の模様である。そうしてそれは大きな魔方陣を作り上げた。
「隠されし光よ、どうか我らを
神官たちが杖先で地面をたたく。その瞬間、月が闇に覆われた。
――だれしもがただの言い伝えだと思っていた。三百年前のただの作り話だと。
これで王たちも諦めがつくだろう。ここまでできたこと自体が奇跡なのだ。
ルジェがそう思った時だ。
月があったはずの場所から魔方陣に光が降り注ぎ、魔方陣が光り輝いたのは。その光は段々まばゆさをましていき、ついには目を眩むほどのまぶしさになった。思わず誰もが目を伏せ、目をそらし、その光から目をそらそうとする。
そうして、光が収まったと思えばそこには見たこともない服装をした五人の人間がいた。
聖人だ、と誰かがかすかに声を出す。各国の王族も、騎士も、その右腕たる人物たちも、それを驚いたように見ていた。小さく、だれかがもう一度「聖人がいらっしゃった」とつぶやく。それは貴族だったのか、護衛の騎士だったのか、はたまた屋根や木に登ってまでも見ようとしていた民かもわからない。
ただ、そのざわめきは波のように広がり、あたりは大きな騒ぎになったのは言うまでもない。
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