08.交戦領域:迎撃するフレドリカ②
(まず一機)
もっとも接近していた一機を不意打ちで仕留めた。
やや後方に控えていたもう一機――《ロヴィ》が銃を撃つが、これは全くの無意味だ。鉛の弾丸は精霊がその姿を象った《雪狼》の体をすり抜け、空しく銃撃の音を響かせるばかり。
《ロヴィ》は即座に新たな弾丸を装弾、間を置かず再装填した銃を構える。
――背筋の産毛が総毛立つような、冷たい予感。
《ロヴィ》が撃った二射目の弾丸は、身を沈めた《雪狼》の至近を掠め、青褪めた炎のような毛並みを薙ぎ切った。
(対霊・対魔術装備――
対応が早い。いや、国境を越えてレフテオール領内へ踏み入れるのならば、あちらが魔術への対抗策を持っていないはずがなかった。
最も後方に控えていた一機、《テレーサ》が銃撃を行い《雪狼》を牽制する間に、《ロヴィ》は固定具を外した銃剣を足元へ落とし、新たな銃剣を着剣する。
あの銃剣も聖霊銀――あるいは、より厄介な何かであるのかもしれない。
フレドリカは腰のホルスターから、もう一つのランタンを引き抜いた。細身のガラス筒の内側に灯るのは暖かな土色の光だ。ランタンを掲げ、フレドリカは叫ぶ。
「――《
《テレーサ》の足元から、雪を食い破って巨大な石柱が伸びる。
足元をすくわれた《テレーサ》は即座に後方へと跳躍して転倒を回避するが、屹立する柱に持ち上げられたその身体は、その瞬間、完全に宙に浮いていた。
隙を逃さず、瞬く間に後方へと回り込んだ《雪狼》が、《テレーサ》の頭ごとその胸郭を食い千切る。《テレーサ》は次弾を装填する間もなくその中枢を砕かれ、残った
これが人間であれば吐き気を催すような惨殺ぶりだが、しかし
「《
再度、命じる声を放つ。
石柱が浮き上がり《ロヴィ》を襲う。棍棒のように石柱を叩きつけ、その質量で機体を粉砕する構えだ。仮に左右・後方のいずれかへ逃れたとしても、そこには先んじて回り込んだ《雪狼》の爪と牙が待ち受けている。
だが、
《ロヴィ》が選んだのはそのどれでもなかった。
小銃を左手に持ち替えた《ロヴィ》は、迫る石柱へ向けて右手を伸ばす。
「――《
その掌に、青褪めた光が宿る。
圧閉装置を通し、高密度に圧縮された霊脈素子が放つ光だった。
(あれは――)
――あれは、まずい。
危険を直感し、フレドリカは《雪狼》と《
その直後。さながら火を噴く大砲のように、《ロヴィ》の右手から青褪めた閃光が
蒼光をまとう熱衝撃波。
それは熱した鉄板の上に水を撒いたような、じゃっ――という音と共に、《ロヴィ》の軍装の袖と手袋を消し飛ばし、迫る石柱を粉々に粉砕する。
「っ!」
フレドリカはその場に身を伏せて飛散する石柱の破片から身を護る。その間に、《ロヴィ》は小銃へ次弾を装填。
身を起こしかけたばかりのフレドリカへと、狙いを定める。
「………………!」
――ぱんっ! ぱんっ! ぱんっ!
雪に吸われてゆく軽い銃声は、《ロヴィ》のそれではなかった。
《ロヴィ》は左手で小銃を構えたまま、電流を浴びたように激しく体を痙攣させていた。
「フレドリカ!」
――三階の窓から。
ウォルフの声が降った。
「仕留めろ。長くはもたない!」
「――はい、ウォルフ様」
否やなど、あろうはずもない。フレドリカは青い光を放つランタンを掲げる。
――雪上を疾走した《雪狼》が、身動きを封じられた《ロヴィ》へと躍りかかった。
◆
ウォルフが三階の暗室を出て玄関ホールまで下りた時、フレドリカはちょうどポーチからホールの中へと戻ってきたところだった。
彼女の足下には、破壊された三機の《機甲人形》が転がっていた。装備の小銃や銃剣も一緒に。
「……そいつらの、機体と装備を回収したのか」
「
フレドリカは端的に首肯する。
だが、破壊された《機甲人形》の機体は、一見して若い娘の惨殺死体も同然の有様である。ウォルフは表情が渋く歪んでしまうのを堪えられなかったが、すぐに「いや」とかぶりを振ってそれを打ち消した。
「そうだな……こいつらの残骸を、外に放置しておく訳にもいかないか」
「ウォルフ様」
「ん?」
「先程は助勢をいただき、まことにありがとうございました」
ひとりごちるようにぼやくウォルフに正対して、フレドリカは深く頭を下げた。
「フレドリカの至らなさで御手を煩わせたこと、大変申し訳なく――」
「いや、いいんだ。顔を上げてくれフレドリカ」
フレドリカは慚愧と謝罪の言葉を止め、ウォルフの言葉に従いゆっくりと面を上げた。
「俺の方こそ礼を言わなければならない。こいつらはまず間違いなく、俺を追ってきた追手だ――そして、俺一人では到底太刀打ちできる相手ではなかった」
「ですが」
「俺はお前のおかげで二度も命を拾ったことになる。俺は国を追われた逃亡者だが、命の恩人に頭を下げさせるほど見下げ果てた男にまで落ちぶれたつもりはない」
「……はい」
心なしか釈然としない様子ながらも、フレドリカはコクンと頷いた。
その口元に、あるかなしかの笑みが浮かんでいるのを認めて、ウォルフは安堵に胸がやわらぐ。
「ですが、ウォルフ様。先ほど《機甲人形》の動きを止めたのは――」
――ああ、そういうことか。
最前に遮った『ですが』の先にあった意図を、この時になってウォルフは察する。
つまり、こういうことだ――『先ほど《機甲人形》の動きを止めたのは貴方です。貴方には、《機甲人形》に対抗する、そのための手段があったのではないですか?』
「霊素伝導を阻害する対 《人形》弾だ」
言いながら、ウォルフは上着の懐から拳銃を取り出してみせた。
五連装の
「現行の《機甲人形》が、
「
「成程、愚問だったか。より厳密に言えば、現行の《機甲人形》は主動力たる《契法晶駆動基》で動力たる霊素を生成、これを全身に巡らせた
魔術の
即ち人形にとっての
「無論、旧型の機体ともなればその限りではないが……基本の構造は同じだ。『《契法晶駆動基》で生成・各所へ伝導させた霊素を用いて機体を稼働する』という根本において、これらは同一のものだからだ。
裏を返せば、この《契法晶駆動基》を核とする動力系、およびその発展形でもって稼働する《人形》の総称が、現在の《機甲人形》であると言い換えることもできる」
姿勢よく傾聴の態度を崩さないフレドリカに、ウォルフは言葉を続ける。
「あの弾頭は接触と同時に霊素伝導を阻害、ひいては
機体を動かす命令が発されたところで、稼働を担保する動力が不足すれば機体は動かない。
「……もっとも、弾頭の効果は持って十秒から十数秒。その間に次の手を打てなければただの足止めでしかないし、ましてすべての《人形》に効果があるものでもない」
五連装拳銃の残弾は二。
あとは予備の通常弾七発と対 《人形》特化弾頭二発が、ウォルフに残された弾薬のすべてだった。
「しかし、まあ……驚いたのは俺もだ、フレドリカ。まさか《機甲人形》が魔術を操るとは」
――《人形》は、魔術を操る術を持たない。
魔術を構成しうるだけの機構を持たないからだ。人形に配線された疑似霊脈の『密度』の不足が、その主たる原因だとされている。
軍用 《機甲人形》はその代替となる対魔術兵装として、最前の《
ウォルフの知る限り、魔術の使用にまでこぎつけた《人形》は存在しない。
最前の交戦で、フレドリカが機甲人形のうち二体までを不意打ちで仕留められたのも、あの三機が対 《人形》戦闘を事前に想定してフレドリカに臨んでいた裏をかけた、そのことによる恩恵は大きかっただろう。
《人形》は魔術を行使できない、少なくとも、人間がそうするようには――しかしフレドリカは、その常識をあっさりと引っ繰り返してみせた。ウォルフの目の前で。
「見たところ、狼を呼ぶ召喚魔術……あとは、石柱を喚んでいたか? 魔術の心得はないので仔細は分からないが、しかし」
「あれはフレドリカの機能ではありません。この《
フレドリカはそう言って、腰のホルスターにおさめたふたつのランタンを撫でた。
《幻燈檻》と呼ぶそれらを見下ろすフレドリカは、まるで痛みを堪えるように、睫の長い瞼を伏せた。
「――ドロティア様がフレドリカへ遺された遺産。その御力、あってのことです」
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