07.交戦領域:迎撃するフレドリカ①


 《人形ドール》とは、何らかの魔術ないし術式機構によって稼働する人形全般を指す総称である。

 大別して、術者の命令によって使役されるものを《使令人形ゴーレム》、備えた意思と人格で自律稼働しながら術者に傅くものを《自動人形パペット》と分類する。


 《機甲人形オートマタ》とは分類上、後者――《自動人形パペット》の一形態であるとされる。ただ、現在ではそれも正確な分類とは言い難い。


 契法晶駆動基をその核とする、機械仕掛けの自動人形。

 北辺の皇国ガルク・トゥバスの附術工芸アーティファクト技術が世に送り出した精華。ガルク・トゥバスの国体を支える鋼のいしずえ

 人形工芸士ドールクラフトの手と指が生み出す、人の姿でありながら人ならざる人形達――数多なる人形工芸士クラフト達の中で最も優れたる頂の存在は《人形工匠マエストロ》の尊称を冠し、国政にすらその力を及ぼすことを許される。


 L-Ⅳ改フレームはそれら機甲人形の中でも、現在のガルク・トゥバス陸軍において、もっとも多数の機体が稼働状態にある量産型 《機甲人形オートマタ》であった。


 原型機は《北辺戦役》の最中さなかに完成を見たL-Ⅳ――GTDM612-LLⅣフェアリィ・クリストパライト、ならびにGTDM612-LRⅣホーリィ・クリストパライト。

 卓越した工芸技術を持つ《人形工匠マエストロ》の手によらず、ありふれた人形工芸士クラフトたちの手による『量産』をその前提に置いて設計されたL-Ⅲフレームの後継機にして、現在でもその発展型の運用が続く量産型 《機甲人形オートマタ》の傑作機である。


 L-Ⅳ改型はこのL-Ⅳフレームを、後発機でつちかわれた技術を用いて改修・再設計した機体であり、現在のガルク・トゥバス陸軍の主力 《機甲人形オートマタ》でもあった。


 そして――そのL-Ⅳ改フレームに連なる三機の《機甲人形オートマタ》はその時、ガルク・トゥバスより逃走した『反逆者』拿捕のため、追跡の任にあった。


 人間が動き続けるには過酷な酷寒の環境下であっても、寒冷地処理を施した局地型 《機甲人形》であれば比較的問題なく稼働できる。

 本来越えざるべき隣国との国境を越えて追跡を行ったという事実が仮にレフテオール側へ知られることになったとしても、『調整不良による誤動作』として片づける手筈がついているのだろう。


 人間の兵士相手であれば非情な切り捨て行為であっても、『備品』相手であればさしたる問題にはならない。

 下っ端の一般兵ほど安価ではないが、安価な兵隊などよりはるかに優秀で頑丈、かつ命令にも忠実な『備品』――厳寒の地への追跡・捜索任務へ充てるにあたって、これ以上の適任はない。


 機体識別固有名称:《アルネ》《テレーサ》《ロヴィ》。

 針葉樹林を抜け、館を抱いてぽっかりと森の只中に開けた空間へと出た三機は、降りしきる雪をものともせず前進。締め切った館の玄関へと向かう。

 不意に、両開きの玄関扉が開いた。アーチ形の屋根を戴く玄関ポーチに、メイドサーヴァントのお仕着せを身につけた娘が一人、姿を現す。


 三機はその娘が自分たちのであることを、一目で理解した。

 それが自分達より遥かに劣った性能の、旧式 《機甲人形》であることも。


「そこで止まりなさい」


 『旧式』は朗々と吼えた。


「ここはレフテオール皇国エルフェルズ辺境領、その統治を預かるエルフェルズ辺境伯ドロティア・ランヒルド・リア・レーフグレーン様の邸宅です。国境を侵犯せし不埒者どもが泥靴で足を踏み入れるなど、決して許されざる聖域であると知りなさい」


 三機が足を止めたのは、娘の宣告を聞いたがためではない。周辺観測のためだった。

 音響観測――眼前の旧式を除き、敵と推定される音源なし。

 館の防音が厚いため、屋内に他の誰ぞが――たとえば、任務の標的のような――潜伏している可能性は棄却できなかったが、少なくとも屋外で身を潜めている敵はいないと判断をつける。


「そこで踵を返し国境の向こうまで戻るのならば、敢えてその背を追うまではいたしません。ですが、この警告を受けてなお歩みを進めるつもりならば」


 《アルネ》は《テレーサ》に観測感度の上昇を指示――周辺の音響観測を一任すると、《ロヴィ》と共に歩みを再開する。

 銃剣バイアネット付きの小銃を構え、『旧式』が妙な動きを見せれば即座に銃撃を放てるよう、映像観測を『旧式』の一挙手一投足へ集中フォーカスする。


「……それが答えですか。ならば致し方ありません」


 『旧式』は腰に巻いた無骨な革ベルトのホルスターから、華奢なつくりのランタンを引き抜いた。

 シャンパングラスを思わせるほっそりとした硝子ガラスのうちには、青白い光がまたたくようにゆらめいている。


「――いきます」


 一言。笛の音のように鋭く告げた瞬間。《アルネ》が観測を続けていた『旧式』の姿が、陽炎のようにゆらめき歪んだ。

 歪みは瞬く間に拡大し――否、は瞬く間に、《アルネ》の眼前にその姿を現した。


 それは、巨大な《狼》だった。

 『旧式』が手にするランタンに収まった光のように青褪めた、炎のゆらめきを思わせる勇壮な毛並みをした、ヘラジカをも上回る巨躯を誇る極北の《雪狼》だった。


『―――――――!』


 《アルネ》は咄嗟に引き金を引き,小銃を撃つ。

 至近距離で放った弾丸、そして即座に前へと突きだした銃剣バイアネットの刃は、しかしそのどちらもが《雪狼》の身体を貫くことなく


 ――これは獣ではない。《アルネ》は起動前設定インプリントされた情報群を検索し、理解する。

 ――これは《精霊》だ。遍く世界に存在し、万物を調律する《精霊》。

 その中でも抜きん出て強大な力を持ち、実体として五感に捉えらえるほどの強度を獲得するに至った精霊が、《雪狼》の姿を象ったもの。


 ――これは実体ではない。

 これは――獣の姿を象った、だ。


「――馬鹿な」


 完全に不作為の、自失の呻きが零れた。

 《雪狼》のあぎとが《アルネ》の左肩に食らいつく。その牙は分厚い軍装ごと鋼の胸郭を貫き、そのうちに収まった契法晶駆動基けいほうしょうくどうき――《機甲人形》にとっての『心臓』というべき動力基ごと、《アルネ》の胸を芯まで噛み砕いた。

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