09.少女が掲げる幻燈/少女が望む隷属
レフテオールの民草が謳いて曰く。
――レフテオールが戴く皇旗の栄光、それ即ち《
ガルク・トゥバス陸軍司令部が通達に曰く。
――戦場にレフテオールの《幻燈魔術師》を確認した際は、いかなる手段を用いても速やかにこれを排除せよ。
《北辺戦役》の折、戦場に煌々と輝く
少なくとも半分は真実だ。《北辺戦役》において、レフテオールの魔術師ほど恐ろしかったものはない。というより、ほぼ唯一と言うべき対処不能の脅威であった。
煌々と輝く灯火を掲げた魔術師、《幻燈魔術師》たちは、いずれも地形を変え天候を狂わせるほどの絶大な力を振るう人の形をした災害であり、かの戦役におけるガルク・トゥバスの敗退には常にそれら魔術師の陰がつきまとっていた。
ひとたび魔法を撃たれれば、これを防ぐ術はない。
対抗する手段はただひとつ。かの暴悪なる魔術師が戦場にたどり着く前に、あるいは戦場の只中においていち早くその姿を発見し、その恐るべき魔術を行使する前にあらゆる手段を用いて迅速にこれを排除する。これ以外にない。
排除が叶わなかったその時は、取り返しのつかない損害と共に敗北の苦い汁を啜ることとなる――かつて、チェスタベールの戦いにおける《ルフトヘイン大隊》が、そうであったように。
かの会戦において、エルフェルズ兵団は村一つを囮にガルク・トゥバスの軍を丘の上へ誘引した後、いかなる手段を用いてか、もはや住民もなくがらんどうとなった村ごと丘を爆破――周辺を見渡す高地に、巨大なクレーターを開けてしまった。
村へ突入していた兵士は全滅。粉砕された家屋の破片や砕けた丘の石くれを浴び、村から離れていた中隊にも少なからぬ負傷者が出た。
体勢を立て直す間を与えずに側面から急襲してきたエルフェルズ兵団の攻勢こそ、辛うじて凌いで後退できたが――この際に
兵員の損害二割。保有する《機甲人形》の半数を喪失。
甚大な損害を被ったルフトヘイン大隊は後方の予備と配置を交代し、復讐戦の機会すら与えられぬまま、やがて終戦を迎えた。
「……それが」
その、恐るべき魔術の源が。
目の前の、メイドサーヴァントのもとにある。
「申し上げにくいことではありますが」
フレドリカは睫の長い瞼を伏せ、言葉の割に遠慮のない口ぶりで言ってきた。
「フレドリカがいただいた《
「……そう、なのか?」
「
まるで心を読んだかのような指摘に自失しかけた己を立て直しながら、ウォルフは訝る。
何故この人形はそこまで――
「……そうか。お前も戦中は、俺と同じ《ルフトヘイン大隊》だったな」
――十年前までは、陸軍西方戦線第七大隊――《ルフトヘイン大隊》の随伴装備として登録されていました。
そうだ。フレドリカは確かにそう言っていた。
思えば何とも因果なものだ。ウォルフもフレドリカも、十年前の《北辺戦役》の折はガルク・トゥバスの兵士として、この館の主人――エルフェルズ辺境女伯ドロティア・ランヒルド・リア・レーフグレーンと敵対する立場にあったのだ。
それが、かたや彼女を主人と仰ぐメイドサーヴァント
かたやそのメイドサーヴァントに命を救われた、
奇妙なものだと思う。故国を同じくする二人が揃ってあの時とは異なる立場で、かつて自分達の命を奪っていたかもしれない魔術師の館でこうしているのだから。
「言われてみれば……確かに最前の交戦での魔術は、チェスタベール村で見たエルフェルズ女伯ほどのものではなかったな。それがフレドリカの言う、『格』の違いということか?」
「実情の正確さを欠きますが、現状そのご理解で問題ありません」
フレドリカは首肯する。
いや――だが、だとしても。フレドリカは一人で格上の《機甲人形》二機を倒し、三機目もその《幻燈》をもって
(これは……)
――使える。か?
エルフェルズ女伯の力を借り受ける望みが立たなくなった現状、単純に身を護る戦力として、これは有用なのではないか。
かのエルフェルズ女伯ほどのことができずとも、少なくともウォルフ一人が追手を振り払うだけならば。
「フレドリカ。もう一つ訊かせてほしいんだが」
「ウォルフ様」
身を乗り出すようにして訊ねるウォルフの鼻先を制する形で、フレドリカはぴしゃりと言った。
「これ以上の御質問は、今のフレドリカの口からはお答えしかねます」
「な」
ウォルフは絶句する。
「《
そこまで言って。
フレドリカはちらと上目遣いに、ウォルフの表情を伺う。
「無論――それがフレドリカが仰ぐべき新たな
(こいつ……!)
口の端が引き攣るのを、堪えきれなかった。
何が従順なる《
会話の流れに機を見出し、こちらの関心を引けるだけの情報を撒き餌にして、ウォルフの首を縦に振らせようとする――そのわざとらしくもこすいやり口、一体どこで覚えてきやがった!
「……これ以上の情報を得たければ、お前の言うことを聞いてマスターになれということか? フレドリカ」
「フレドリカの性能は、既にウォルフ様もご覧になったとおりのものです」
お仕着せのワンピースがはちきれんばかりの胸元にそっと手のひらをあてがいながら、フレドリカは訴える。
「求められるならば、フレドリカはあらゆる機能をもって貴方さまへ尽くします。当機は
……くそ。
ウォルフはてのひらでぴしゃりと目元を覆って、胸の中でだけ毒づく。何というか、厄介なことになった。
「先に確認させてもらうが、フレドリカ」
「はい」
「俺はこれまでも言ったとおり、ガルク・トゥバスからの逃亡者だ」
「存じています」
――未だ、その仔細と経緯を語ったことはなかったが。
「この館に留まり続ける意思もない。何らかの手立てでレフテオールへ正式に亡命するか、あるいはさらに遠くへ落ち延びるか。いずれにせよ、十分な回復を待って次の行動に移るつもりでいる。それは問題ないということか?」
「
その答えを聞いた瞬間。
一瞬のうちに、ウォルフの脳裏を三通りほどの後腐れない『対処法』がよぎったが――さすがにその悪辣さに嫌気がさし、自己嫌悪と共にかぶりをふる。《人形》とはいえ人の形をしたものに、そこまで酷薄にはあたれない。
まして――
(お嬢さんに顔向けできなくなるしな……俺は)
――彼女がいれば、ウォルフの悪辣なたくらみにさぞ怒り憤慨するだろう。
彼女は、そうしたひとだった。自嘲にも似た刺を感じて、きつく唇を歪める。
「ウォルフ様?」
「いや。……なんでもない」
どうでもいいことだ。少なくともこの場においては。
もう一度、物思いを払うようにかぶりを振って、ウォルフはフレドリカと向き合う。
「正式登録の
「――ウォルフ様」
フレドリカは、微かに息をついた。
ウォルフは息を呑む。目の前の少女人形に、目を奪われた。
フレドリカは――
「はい――はい、ウォルフ様。今日これより、私は貴方さまの《
花のように。フレドリカは微笑んだ。
立ち尽くすウォルフの前でワンピースドレスのスカートを抓み、優雅なカーテシーでその首を垂れる。
「感謝いたします
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