更に上へ

 瀬奈にとって、Sランク探索者との戦いは意外と馴染みのあるものだ。

 以前に刹那と戦ったこともそうだが、自分の覚悟を示す戦いの一つとして覚馬とも戦い、そして絡んできた式守にも実力を見せつけた。

 しかしながら、こうして目の前に立つ神藤は正真正銘現役のSランク探索者だ。


(ちっ! 一撃が重いし、何より動きが変則的過ぎる!)


 現役で活躍する神藤に瀬奈は少しばかり苦戦していた。

 鎌という武器が珍しいのもあるが、そこに神藤の身体能力が加わることでとにかく動きが読みづらい。

 だがそれでも瀬奈は遅れを取っているわけではない。

 瀬奈の勝利を信じている刹那は表情を一切変えていないが、瀬奈の本来の力を知らなかった早乙女はずっと口を開けて見つめ続けている。


「学生相手に大人げないと思うかな? だが、俺も手は抜けない――少しでも気を抜くとすぐにやられるのが分かるからだ」

「そんなに評価してくれるんすね」

「もちろんだ。君は強い……覚馬さんの言っていたことがよく分かる」

「そいつは光栄ですよっと!」


 迫る鎌の斬撃を回避しながら、的確に攻撃を加えるものの瀬奈の刀は神藤に届くことはない。

 神藤にここまで言われた瀬奈だが、彼もまた一切の油断はしていない。

 しかし、その上で神藤に動きがあった。


「っ!?」


 目の前で突如、神藤が空気に溶けたのだ。

 ゆらりと形を無くすように消えたかと思えば、腹部に強い一撃を受けて瀬奈の体は吹き飛んだ。


「かはっ!?」


 体の中にあった空気が全て吐き出されていく。

 遠くから刹那の声が聞こえた気がしたが、瀬奈はその声を聞き取ることが出来なかった……それだけ、体に感じている痛みが強いからだ。


(……ははっ、こんな風に痛みを感じたのは久しぶりだな――確か、雪のためにがむしゃらにダンジョンに潜っていた時だったか)


 刀を手にしていても、全てが全て順調だったわけではない。

 たった一度ではあったが、瀬奈は刀を手にしていた時に一瞬だけ気を抜いてしまい手痛い一撃を受けたことがある。

 そのことがあって、決して刀を握った時は気を抜かないように意識を改めた。

 だが今回は気を抜いたわけではなく、単純に力で吹き飛ばされてしまった。


「……ふぅ」

「ほう、立ち上がるか」


 当然だろうと、瀬奈は立ち上がった。

 この戦いに勝つまでの意味はない――それでも、しっかりと踏ん張って瀬奈は前を見据えた。

 体は痛む……だが既に集中力は戻ってきていた。


「……?」


 視界の端で刹那が腕を組んで祈っている。

 真っ直ぐに瀬奈を見つめており、今ので少し心配をさせてしまったかと瀬奈は心の中で苦笑した。

 見守ってくれている彼女の前で負ける姿は見せたくない。

 それは瀬奈の中にある意地だった。


(……そうだな。相棒、負けるわけにはいかねえよな)


 刀が強く輝く。

 淡い光を放ち、瀬奈の想いに応えるかのように――ドクンドクンと、鼓動するかのように。

 瀬奈の纏う空気が変わる。

 それは神藤も感じたようで、更に表情を引き締めた――瀬奈がどんな手を取ろうとも受け止めその上を行くと、そう思わせる威圧感を放ちだした。


(さっきの空気に溶けて消えた技……あれは魔法でも何でもない。たぶんだけど神藤さんが持つスキルに違いない。おそらくレアスキルだ)


 気配を悟らせないようにするものか、或いは他者の感覚に直接影響を与えるものなのかは分からないが、その辺りだろうと瀬奈は当たりを付けた。

 純粋な身体能力と鎌を扱う技量、それだけでなく僅かな魔法とレアスキルと思わしき能力。瀬奈も人のことは言えないが、神藤の能力はかなり万能なモノのようだ。


(まあ良い……なんであれ本質を見せるぞ――相棒)


 相棒に語り掛け、瀬奈は一気に駆け出した。

 体に負ったダメージを一切感じさせないほどの瞬発力と共に、瀬奈は真っ直ぐに神藤へと斬りかかった。

 当然のようにその一撃は受け止められるが、こんなもので終わりではないと瀬奈は更に猛攻を仕掛けていく。


「速いな……! だが、まだまだ甘い!」


 どうやら神藤も身体強化のブーストを掛けたようだ。

 瀬奈の動きに付いて行くように、更にその上を行くようにと反撃も苛烈になっていく……二人の戦いは正に次元の違いを感じさせた。


「……なんですかこれ……これが時岡君の力?」

「……………」


 刹那も早乙女も全く視線を逸らすことが出来ない。

 刹那は祈る――大切な彼の勝利を、彼が納得の行く結果を手繰り寄せられるように祈り続けている。


(……分かってるさ刹那)


 その祈りはしっかりと瀬奈へと届いていた。

 激しくなっていく神藤の攻撃を避けながら、そして掻い潜り――ついに瀬奈は神藤の懐へと入り込んだ。


「はあああああああああっ!!」


 回避の難しい一撃、それを瀬奈は放った。

 だが、無情にもそれは空を切る――またさっきのように、神藤の体が空気に溶けて消えたのだ。

 瀬奈の視界からも完全に彼は消えた。


「……この時を待ってたってな。相棒!」


 瀬奈は何もないと思われた場所に向かって刀を振り抜いた。

 誰が見てもその場には誰も居ないため、瀬奈の攻撃は空振りになるはずだった……しかし、何もないはずの場所で瀬奈の刀が鈍い音を立てて受け止められた。

 まるで霧が晴れるように神藤の体が現れ、彼は驚いた顔をで瀬奈を見つめている。


「もう逃がさない――これで決める!」


 呆然としている神藤に対し、畳みかけるようにして瀬奈は追撃を加える。

 一体何が起きたのか――それは瀬奈の刀が持つ本質にあった。

 瀬奈の持つ刀は概念を切り裂く。今までは特にこの本質について披露する機会がそこまでなかったのだが、今は違う……瀬奈の刀はスキルによって発動する現象そのものを切り裂いたのだ。

 これこそまさに力技だ。刀によって概念を切り裂かれたことで神藤のスキルは途中で不発した。それはきっと神藤にとっても初めての経験だろう。


「……何が起きたか分からないが、面白い! 結局最後は互いの持てる全力が全てのようだ!!」


 瀬奈も頷いた。

 互いに切り結ぶ中で瀬奈は更に上を行く――頭の中で何かが閃いた。


(……え?)


 それは自身の中でスキルのレベルが上がった感覚だった。

 剣術ではなく……レベルの概念がない剣聖のスキル、それがどういうわけか更に上の領域へと達したのを瀬奈は感じ取った。

 全てがゆっくりに見える……世界がスローに見えるその中で、瀬奈は勝負を決める一手を叩き込んだ。


「冥月……螺旋!!」


 レギオンナイトの必殺技であり、瀬奈も信頼を置く必殺技だ。

 その斬撃は神藤を容易く呑み込み、彼の体を強く吹き飛ばした――その影響で彼の鎌も吹き飛ばされ、それはこの戦いの決着を知らせるには十分すぎた。

 早乙女の手が上げられる。

 この勝負、瀬奈の勝ちが宣言された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る