義理の両親?

「……………」

「ふふっ、緊張してるみたいね」

「鏡花さん……」


 そりゃそうだと俺は声を大にして言いたかった。

 刹那と新たな関係を構築したこと、その報告に今日は来たのだが……俺からすれば全く違うと思うけど結婚する時に娘さんを下さいってこんな気分なのかと思ったくらいなのだから。

 向かいのソファで伸びている覚馬さんはともかくとして、こうして付き合っている相手の家に来るというのは中々に試練だ。


「その……突然の報告で申し訳なかったです」

「そんなことはないわ。あなたたちにとって突然じゃないでしょ?」

「え?」

「別に紅葉さんに聞いたわけではないわ。何となく、数日前にはもう付き合っていたのかなって思ったのよ」

「……………」


 やっぱりこの人は勘が鋭すぎる。

 刹那とは雰囲気が違うけれど、見た目は彼女の母親だけあって気を抜けば刹那と話をしている気分になることもある。

 この場に刹那は今居ないけど……ええい! いい加減に落ち着くんだ俺!


「……ふぅ」


 ここで深呼吸を一つ入れた。

 ちなみにホールのことなどに付いては話は色々と付いたらしく、鏡花さんたちが組合と直接話をすることで纏まったようだ。

 ある意味で俺たちは重要参考人みたいなものではあるけれど、中に入って人々を助けたという事実さえあれば良いだろうとのことだ。


(ま、別に俺たちがホールを作り出したりしたわけでもないしな)


 仮にそんなことをしたとあっては大罪人だけど、生憎とそんな能力は持っていないし人が出来ることでもない。


「刹那はどうだった? そっちでの生活は楽しんでいたかしら」

「はい。雪とも母さんとも仲良くしてくれて……出来ればもう少し滞在したいって言ってくれたくらいですよ」

「そうなのね。私はもうずっと都会暮らしだから少し興味があるわ……ふむ、いつか折を見て私も夫と行ってみようかしら」

「あ、良いと思いますよ。地元贔屓ではあるんですけど、良い所ですから」


 しっかりと地元が良い場所とは伝えておこう。

 あのストーカーみたいなのが居たのは少しショックだけど、仮にまたあんなのが現れたとて鏡花さんなら何も問題はなさそうだ……まあ、ああいった人が居ないのが一番良いんだけどな。


「でもそれよりは紅葉さんと雪ちゃんを招待するのが先になりそうね」

「あ、それってやっぱりマジなんですね?」

「当然よ!」


 鏡花さんはパンと手を叩いた。


「こうして知り合えたんだもの。たくさん楽しんでもらうのは当然だし、何より紅葉さんとは一緒にお酒を飲んでお話をたくさんしたいわ」

「……あはは、あまり飲み過ぎないようにしてくださいね?」

「分かってるわ」


 当然だけど経験はないが二日酔いはしんどいと聞くからな。

 それから相変わらず意識を取り戻さない覚馬さんだったが、風呂から刹那が戻ってきたところで一度目を開けた。


「ただいま」

「おかえり」


 湯上りの刹那はやっぱり色っぽいなぁ……なんてことを思っていると、彼女はすぐに俺の隣に座って腕を抱いてきた。

 鏡花さんに仲の良さを見せ付けるようにギュッと抱き着き、更には足までも絡めるようにしてくるので俺の方が逆に恥ずかしいくらいだった。


「ねえ刹那、もう一緒にお風呂とか入ったの?」

「っ!?!?」


 あ、覚馬さんが完全に起き上がった。

 分かってて聞いたのかは分からないが、もしかしたら鏡花さんは本当の意味で悪魔なのかもしれない。

 たぶんそんなつもりはないだろうけど、刹那は綺麗な微笑みで頷いた。


「もちろんよ。一緒にお風呂にも入ったし、一緒のベッドで眠ったわ」

「あらまあ!」

「……がふっ」


 覚馬さんが二度死ぬ……もうツッコまないぞ俺は。

 そこからは俺に対する羞恥の連続地獄の到来だ――刹那はあまりにも機嫌が良いのか鏡花さんから聞かれたことには正直に答え始め、恥ずかしい話題に関しては口を閉じて俺の肩に額をグリグリと押し付けたりして……もう彼女が可愛くて仕方ない。


「流石にエッチはしてないわよね? するならゴムとかしないとダメよ」

「ちょ、ちょっといきなり何を言ってるのよ母さん!!」

「付き合いたての時は勢いですることもあるからね。私と夫はそうだったもの」

「……ぐふっ」


 覚馬さんは三度死ぬ……ふぅ。

 そういうことは別に聞いてないと刹那が文句を言ったことで、一旦この話は終わりを迎えた。

 今日は夕飯を御馳走になる流れになり、ついでに刹那の部屋に泊まらせてもらうことになったのだ。


「刹那もついに……彼氏が出来たんだなぁ」


 夕食を済ませた後、俺は覚馬さんと話していた。

 刹那と鏡花さんが遠くから見守ってくれているのを感じつつ、酒が入って涙脆くなっている覚馬さんは俺を見つめた。


「すまないな。酒が入ってないと本心で話せないのは情けないことだが……いや、別に普段でも話は出来る。だが刹那のことが大事すぎて暴走することが多いからだ」

「つまり娘が大好きすぎるってことなんですよね?」

「そうだな……うむ、その通りだ!」


 うちには父さんが居ない。

 だからなのか、こんな風に自分の子供のことを思ってくれる人というのは中々に貴重なモノだと俺は思っている。

 まあ子供を大事にする親というのは当たり前だろうけど、それでもここまで愛されているのは刹那にとってとても幸せだろう。


「……なんか、お父さんってこんな感じなんですかね」

「そうか。君は確か……」

「はい。その……気が早いかもしれないですけど、刹那とそういうことになったらある意味で覚馬さんにお義父さんって呼ぶことになるのか……はは」

「っ!」


 そう笑った瞬間だった。

 覚馬さんが驚いたように目を見開き、次いでポンポンと肩を叩いてきた。


「もう一度言ってみなさい」

「えっと……お義父さん?」


 そう言ってみた。

 すると覚馬さんは俺の頭を撫でたかと思えばいきなり抱きしめてきて……酒の匂いが強いが、それでも人の温もりというのを強く感じる。


「ズルいわあなた! ねえ瀬奈君! お義母さんって呼んでみて!」

「……あの」

「こら! 瀬奈君をあまり困らせないで!」


 ……取り敢えず、良い感じの雰囲気になったと思うことにしよう。

 そこから覚馬さんの俺を見る目がかなり変わり、刹那のことに関して何かを言ってくることはなかったのだった。

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