終わりだよ君
「……もうすぐ帰省も終わりだな」
「……そうね」
一緒に隣を歩く刹那を見て俺は困ったように笑った。
彼女が元気のない様子を見せている理由は単純なもので、もうすぐ俺たちはあっちに戻るからだ。
もう少し滞在時間を伸ばしても良い気はするのだが、流石に刹那を連れているのであまり軽々しく日数を伸ばすわけにもいかない。
(まあ別に大丈夫っつうか余裕だろうけど)
滞在時期を伸ばしますと言って許さないと言われることはない。
だがまあ、まだ夏休みだけど冬休みにもまた年末年始で帰ることを約束したのでそれでまた満足できるだろう。
さて、話を戻すが刹那は帰りたくないのである。
俺や雪、母さんと過ごす日々がとても心地が良いと思っているらしくこの田舎の空気も好きになったようで、本当に彼女はこの街を気に入ってくれているのだ。
「こういう時に伝える言葉なのかは分からないけど、ありがとな刹那。俺たちの住むこの街を好きになってくれてさ」
「え? うん……気にしちゃった?」
「まあな」
「頭、撫でて?」
「おうよ」
それがお姫様のお望みならば。
俺はゆっくりと手を伸ばして彼女の頭を撫でた――しばらくすると刹那の表情にも元気が戻り、先ほどまでの表情は完全に鳴りを潜めた。
「瀬奈君は流石ね。私を簡単に元気付けてくれるんだから」
「これくらい簡単……っていうのは俺が刹那の彼氏になったからかな。この役目はこれからもずっと俺にしか無理かなって気持ちで居るよ」
「そんなの当然よ。これからずっと、ずっとあなただけなんだから」
だから一々言葉が俺を嬉しくさせてくれるんだって!
これってカップルだと普通なのか? なんてことを思いつつも、たぶん俺がこんなに嬉しい気持ちになるのも相手が刹那だからって感じがしている。
ニコッと微笑んだ彼女を思いっきり抱きしめたい衝動に駆られたが、暑い夏の日の道端なので諦めた。
「ふふっ、照れてるの?」
「照れるに決まってるやんけ……よし、行こうぜ」
「えぇ♪」
それから俺は彼女を連れて賑わう街中へ向かうのだった。
花火大会を終えたことによって用意されていたものは撤去され、ホールが出現した場所にはまだ交通規制が敷かれている。
ただやはり他の人からすれば物珍しい存在の出現はビッグニュースだったようで、結構心無い発言をしている人も居た。
「ねえねえ、ここにホールってのが出たんでしょ?」
「魔物とか居たのかな……うわぁ気になる!」
「俺も見てみたかったぜ!」
「だよなぁ!」
ホールの恐ろしさは伝わっているはずだが、やはり野次馬からすれば所詮はこの反応になるわけか。
もしも……もしも俺と刹那が現場に居なかったら引きずり込まれた人たちはどうなっていたか……そして何より、この人たちはこんなことを軽々しく言えたのかと考えてしまう。
(雪……)
雪を助けられなかったらと思うと……俺はどうなっていたか分からない。
そんな風に強く拳を握りしめていた俺だが、刹那が俺の手を解すように優しく包み込んでくれた。
「大丈夫よ瀬奈君。大丈夫……もう終わったことだからね?」
「……あぁ」
そうだなと、俺は手に込めていた力を緩めた。
俺は探索者として強い力を持っていることは自負しているし、それこそ刹那のようなSランクの探索者を相手にしても負けない自信はある。
けれど……大切なモノを失えばすぐに壊れてしまう心だというのも理解している。
だからこそ、こうして俺を優しさで包んでくれる刹那の存在が有難くて、どんどん彼女のことを好きになるのだ。
「すまないな。せっかくの二人でお出掛け……デートには似つかわしくない表情だったよ」
「そんなことないわ。私たちはもう恋人同士なのだから、弱い部分は隠さずに見せ合って補いましょう。それが支え合うということよ」
本当に……本当にこの子は優しくて強い子だ。
俺と刹那は互いに笑い合い、それじゃあ行くかと気持ちを切り替えてショッピングモールに入った。
中に入った途端に襲い掛かる涼しさに気持ち良さを感じつつ、刹那と歩いていると記憶を刺激する顔をまた見た。
「あれは……確か……」
「どうしたの?」
そこに居たのは女子の集団だ。
俺にとって彼女たちはただの他人ではあるが知らない顔ではない……彼女たちは中学の同級生であり、彼女たちもまた俺のことは覚えているだろう。
その証拠に俺を見て彼女たちは固まったが、別に声を掛けるほどでもないかと考え俺は刹那の手を取って歩き出す。
「また中学校の?」
「あぁ。別に馬鹿にされたりとかそういう経験があったわけじゃないけど、女子との付き合いはあんなもんだ」
俺が手を握った刹那を見ても驚いていたし、きっとあの美人は誰だってなっていたのかもしれない。
それから適当に二人で色んな商品を見ながら店を回る。
そんな時、刹那が目を留めたのは高級アクセサリーのお店で……普通の高校生なら絶対に手を出すことが出来ない値段の指輪が多く陳列している。
「指輪か……」
「以前に付ける機会があったけれど、やっぱりこういうのは憧れるから」
以前の機会というのはあの写真を撮った時だ。
ジッと見つめる刹那の横顔を見ながら、俺はこう伝えた。
「その時まで待ってくれ。必ずプレゼントするから」
ま、彼氏としてこれくらいは言っておかないと。
刹那はその言葉に嘘がないことを分かっているようで、力強く頷いて俺の腕を抱きしめるのだった。
それから雪と母さんへの短い滞在のお礼としてプレゼントを買い、鏡花さんや覚馬さんへのプレゼントは後日にしようと計画を立て、俺たちは用事を終えて帰るのだった。
「……なんか、あっちだとこういうのってなかったな?」
「そうね……ふぅ、私ってそんな人間ではないのだけど」
家に帰る途中、ジッと背中を見つめてくるねっとりとした視線があった。
俺よりも刹那に向けられるその視線……おそらくはいつも女の子を困らせるアレだなと結論付けた俺たちは足を止めた。
この先にあるのは俺たちの家なので、何かが起こる前に対処をするためだ。
「面倒だけど、この時間を邪魔した報いは受けてもらうわ」
今までに見たことがないほどに、この時間を邪魔されたことで刹那はかなりキレており、俺はやり過ぎないようにしっかりと彼女の手綱を握ることを決めた。
さてストーカーさん、ご対面といこうじゃないか。
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