横取り?
『兄さんはもう少し、自分の方から電話をかけるべきだよ』
「……はい」
『兄さんのことだから心配はないと思う。けど、それでもダンジョンで何か怪我とかしてないよねって心配になるの』
「……はい、はい」
『分かった? これからはちょくちょく電話をしてよ』
「分かりました」
『よろしい』
「ありがたき幸せ」
そこで妹からの電話は切れた。
確かに今日にしても前回にしても、こっちから電話をしたりすることが最近はないなと反省した。
俺自身がダンジョンでピンチになることは正直ないようなものだけど、それでも心配をかけていることに変わりはないのだから。
「ま、可愛い妹と優しい母さんだからこそだな」
次はこっちから近いうちに電話をするかと俺は考えるのだった。
「……しっかし、思った以上に平和だねぇ」
あの日、刹那から天使の血について聞いたこと、同時に俺がBランクに昇格してから数日が経った。
クラスでBランクになったことは先生を通じて発表され、祝福と嫉妬に包まれるようにして俺は新たな立ち位置を確保した……まあ特に交友関係に変化はなく、真一たちには心から祝福された。
『流石じゃないか。やっぱり瀬奈はすげえよ!』
『うんうん♪ これは私たちを導いてもらわないとですなぁ?』
なんてことを言われて盛大に祝われた始末だ。
もちろん刹那も一緒になって祝ってくれたので、俺としては思い出に残るランク昇格になったのは言うまでもない。
「それに……」
ランクの昇格は他にも分かりやすい変化があったのも確かだ。
大柄を含めた今まで俺に対してもデカい態度をしていた同級生が一気に絡んでくることがなくなったのだ。
相変わらずAランクの連中からは馬鹿にするような視線は向けられるものの、それだけランクの上昇は大きいらしい。
「ま、これも積み重ねって奴だ」
弓の方でもそれなりにランクが高くなるというのもかっこいい気がするし、組合でそれなりに融通が利くようになるのも良いこと尽くしだ。
以前にも俺は感じたけど、弓術はこれ以上レベルアップはしないと思うししばらくは……いや、もしかしたら弓だけではここが限界かもな。
「とりまダンジョンだダンジョン!」
一旦弓の技術だけによる打ち止めのことは頭から外し、今日も楽しくダンジョンに潜ろうかと学校を飛び出した。
向かう先はAランク階層で、レベル7になった弓術がどれだけ通じるかを試したかったからだ。
「……お、居た居た」
早速魔物たちのお出迎えだ。
目の前に現れたのは見慣れた狼型の魔物ではあるものの、やはり階層が下になったこともあって威圧感だけでなく見た目も少し変わっている。
ナイトウルフと呼ばれるその狼たちは魔物でありながら闇属性の魔法を使うことが出来るため、Aランク階層に来た探索者たちの最初の壁とも言えるだろうか。
「数は三……よし、行くぜ」
数は三匹、俺はそれぞれに矢を放った。
魔弓のスキルを使っていないため真っ直ぐにしか飛ばないそれは簡単に狼たちに回避されたが、その先に着弾した瞬間に大きな音を上げた。
それはこちらにも軽く衝撃はとして伝わってくるほどで、やはり6から7に上がった恩恵というのはかなり大きいようだ。
「これに魔弓も加わると更に行けそうか?」
物は試し、やれることは可能な限り試してみよう。
今度は魔弓も発動して矢を放ち、威力もある程度のブーストがかかった状態で狼たちに向かう……魔弓のスキルによって縦横無尽に軌道を変化させる矢に狼たちは対応できず、一撃でその頭を貫き絶命させた。
「……やっぱりそのまま威力は上がるのか」
ある程度予想出来たことではあるが、弓術のレベル上昇によりどんな形であれ、放った矢の威力は大きくなるようだ。
「ロストショットも試すか」
ちょうど一匹の狼が再び現れたため、魔弓とロストショットを同時に発動させながら矢を放ち、その矢は真っ直ぐに狼を射抜いた。
狼は何が起きたのか分からないようだったが、すぐに魔法が使えないことに気付いたのか表情を変えて逃げて行った。
「……良く分からんな」
ロストショットに関しては特に違いは見られず、相変わらず生物が持つ魔力の結節点を破壊することに変化はないらしい。
魔法を失ったナイトウルフがどうなるか分からないが……同胞に不要だと殺されてしまうのは悲しいだろうと思ったので、俺は魔弓を発動して逃げる奴を一撃で仕留めるのだった。
「これ……使い時は本当に考えないとな。もしもこれをまた人に使うなら、それはその人が培ってきた全てを一瞬でぶち壊す力だ」
だからこそ、仮にまたこの力を使う時があったら相手は悪人……うん、完全にじゃないけどある程度は受け止められそうだ。
こんな風に思えるのようになったのも刹那が慰めてくれたおかげでもある、本当にあの子には助けられたな。
「よし、もう少し奥に行くとするか」
それから俺は矢が簡単に貫くことの出来ない魔物の居る場所まで向かうことに。
その間にAランクだけでなくBランクも混ざってパーティ狩りをしている学校の人間に出会ったりしたが、特に彼らと絡むことはなかった。
「……静かだな」
そうして向かった先は異様な静寂が支配する空間だった。
この感覚に覚えがあるなと思いつつも、向かう先は湖地帯……刀を手に走り回っていた時もここには訪れており、水の中に生息する面倒な魔物の多いエリアだ。
試しに近くに転がっていた石ころを放り投げると、ぽちゃんと音がした後に何かが水面に向かって飛び出してくる――それは巨大なサメのような姿をした魔物だった。
「流石に水の中はなぁ……刹那が居たら氷魔法で全部凍らせて楽勝なんだろうけど」
再び湖の中に消えたサメを見送った後、俺はもう一度石ころを放り投げた。
そしてさっきと同じようにサメが飛び出してくるのを待ちながら、魔弓を発動して無数の矢を配置させた。
「……来た」
飛び出してきたサメに向かって全ての矢が向かう。
突然のことに何が起きているのか分からなそうだが、俺の支配する全ての矢がサメの腹に風穴を開けた。
大量の血を流して空中で絶命したサメの死体はちょうど足場のある陸に落ち、俺はまるで一本釣りをしたような感覚だった。
「デッドシャークか……あまり市場でも見ないけど、こいつの素材ってそれなりに高く売れたりすんのかな」
なんてことを考えていた時だった。
俺は後方から歩いてくる集団を感知し、そこから跳躍してさっきまで居た場所に戻った。
「……パーティか」
やってきたのは大所帯のパーティで、奴らは俺が仕留めたデッドシャークの死体を見つけるや否やすぐに近づいて解体を始めた。
俺としては特に何も思うことはなかったけど、基本的にダンジョン内で他人の仕留めた魔物の素材を横取りするのはマナー違反だが、当事者がこうして隠れてるからなぁ。
「スキルの威力確認は出来たし満足満足♪」
自分のスキルがどれだけの成長を見せたのか、それだけ確かめることが出来ただけで俺は満足したので、やっぱり俺はダンジョン馬鹿なんだなと改めて自分について苦笑するのだった。
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