二つの宝石

「あれは……」


 ダンジョンから出てきた時、まさかの人物を俺は見つけた。


「あら、時岡君じゃない」

「皇じゃん」


 そう皇だ。

 彼女がジッと何を手にしながらダンジョンの入り口に立っていたので、必然的に中から出てきた俺は彼女と鉢合わせすることになる。


「休日までダンジョンかよ。女の子らしくショッピングでも行ってるもんかと思ったけどな」

「それを言うならあなたもでしょうが。いいえ、休日までダンジョンに潜っているのは男の子らしいのかしら」

「まあねぇ」


 ダンジョンには夢とロマンが詰まってるからな。

 まあでも、学校のある日の放課後にダンジョンには潜りまくってるわけだし、高校生である以上は休日くらい女の子と出掛けたりすればリア充なんだろうが。


「……って、なんだそれ」

「あぁこれ?」


 そうそう、俺はそれが気になっていたんだ。

 皇が手に持っていたのは赤い宝石のようなもので、俺はそれを見て分かりやすく驚いた。


「これを知っているの?」

「まあな。ほれ」


 俺も懐に仕舞っていた赤い宝石を取り出した。

 俺たちが持っている宝石は互いに色も形も同じ、俺は先手を打つようにどういう経緯でこいつを手に入れたかを伝えると、皇も教えてくれた。


「同じね。さっきまでSランク階層の巨頭遺跡で狩りをしていたのだけど、その中に一匹赤黒いオーラを纏う魔物が居たわ。それを討伐したらこれが出てきたの」

「周りの奴に比べて強かっただろ? 怪我はなかったのか?」

「……………」

「なんだよ」


 怪我をしていないか、そう聞くと彼女はポカンと口を開けていた。

 その表情はあまりにもマヌケなものだったが、流石に女の子を相手にマヌケなんて言えるわけもなく、取り敢えず俺は彼女の言葉を待つ。


「……その、今まで心配されることはなかったから」

「あ、そういうことか」


 確かにその通りかと俺は苦笑した。

 彼女は最強ともされるSランクだからこそ、今まで誰かに心配されたことはないのだろう……とはいえ、俺からすれば相手が誰でも心配はするっての。


「心配するに決まってるだろうが。最近話をするようになったとはいえ、それはもうお互いに友人だろ? 逆に心配しないと思われていた方が悲しいねぇ」

「……ふふっ、ごめんなさい」


 そんな嬉しそうに謝るんじゃないよ。


「笑うなっての」

「新鮮だったものだからついね。まあでも、確かに少しだけ苦戦はしたわ。それでもあなたにも見せたあの力の前だと敵ではなかったから」


 それはつまり、あの天使化ってやつか。

 結局あの状態に関しては詳しいことは分からないまでも、確かにあの力ならたとえSランクの階層に蔓延る魔物であっても下手は打たないだろう。

 仮にあの力がなかったとしても、彼女ほどの力があればいくらでも対処は出来るはずだ。


「気になるかしら?」


 彼女は俺の顔を下から覗き込むようにそう口にした。

 まるで小悪魔のような表情に少しドキッとしつつも、答えてくれないんだろうと俺は問いかけた。


「別に良いのだけど……そうね、少し複雑な事情があるのよ」

「なら聞かないさ。気が向いた時に教えてくれればそれで良い」

「……えぇ、分かったわ」


 実を言うとそこまで聞きたいかと言われるとそうでもないし、頭から離れないほど気になるかと言われたらそうでもない。


「時岡君も同じだと思うけれど、私も自分の力を過信しているわけじゃない。だからいついかなる時もあらゆる事態を想定して動いている……探索者たるもの、調子に乗ってやられてしまったら元も子もないからね」

「だな。正にそれは――」


 レギオンナイトの心持ちだなと、俺たちは笑い合った。

 それから一緒に組合に向かうのだが、その途中で彼女はこう言った。


「取り敢えずこれについては組合に渡してみましょう。どういったものか、どういう原理が組み込まれているのか、もしかしたら解析出来るかもしれないわ」

「そうだな。一応俺もそのつもりだった……だってこれ、持って帰るにしても不気味だもんな」


 持って帰る以前に換金するだろうけど、流石にこんな怪しげなものはちゃんと調べてもらうのが一番だ。

 俺は皇と一緒に組合に向かい、手に入れた宝石を職員に手渡した。

 他の素材に関して換金が終わるまで、俺は組合内のソファに腰を下ろして待つことに……当然、隣には彼女が座っている。


「しっかし、Sランク階層に何か異変が起きてそこからAランクに漏れなくて良かったよな」

「そうね。AランクとSランクの間には大きな壁があると言われているように、魔物の強さも一段とレベルが上がるから」


 ダンジョンの性質のようだが、基本的にFからAまで順当に魔物は強くなるイメージだけど、Sランクに上がった瞬間にいきなり難易度が急激に上昇する。

 だからこそSランクという存在そのものがあまり認定されない理由でもあるが、まあそれだけ彼女が言ったように壁があるということだ。


「分かっていたことだけど、その口ぶりだとやっぱりSランク階層でそれなりに戦った経験があるのね?」

「まあな。刀を片手に駆け回ったのを覚えてる。結構奥に空中庭園があるだろ?」

「え? えぇ……ってまさか?」

「おうよ。何回かそこにも出向いたことがある」

「あそこの魔物は中々強敵なのに……やはり凄いわねあなたは」


 無双の一刀を発動したまま戦い続けたっけな、ハーピィやら怪鳥やら大量に襲われたのを思い出す……ま、全部斬り倒したが。

 皇は尊敬するかのように俺を見つめてきた。


「流石、私を倒した人」

「……なあ、その目止めないか?」

「どうしてよ」

「……なんか、慣れないから」

「ふ~ん?」


 そのニヤリと笑うのも止めろマジで。

 これが憎たらしいあんちくしょーの顔ならまだしも、皇みたいな美少女にそんな顔をされるとあまりに似合いすぎて変にドキドキするのだ。


「でも、さっきの言葉は忘れられないわ。ねえ時岡君」

「なんだ?」

「もしも、もしも私が助けてって言ったらあなたはどうするの?」

「どうするって決まってるだろ。助けるよ迷うことなく」


 それが友人ってやつだからな。


「……うん」


 だからその照れるような表情も止めろ……っていうのは流石に理不尽か。

 その後、換金が終わるまで俺と皇は言葉が少なめになりながらも、プライベートのことなどを話して盛り上がった。

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