意地悪はどっち?

石造りで出来た円柱型の建物、異端の枷本拠地。

アリエッタは紙袋を抱えながら、とある一室の扉を開いた。

中は窓と薄汚れた白い壁に囲まれ、長方形のテーブルに6個の椅子が置いてある。

奥にもう一つある、両開きの扉が目に付く部屋だ。

「ん…………?」

その開いた扉のすぐ隣、白い壁に黒い棒のような物が立て掛けてあり、アリエッタはそれに思わず視線を向けた。

良く見れば、それは黒塗りの鞘に収まった大太刀のようだ。

その太刀に見覚えがあり、アリエッタの表情にじわじわと笑みが浮かぶ。

少年は紙袋を抱え直すと、少し浮いた足取りで部屋の奥の扉の方へ駆けて行った。

そうして、この先へいるであろう彼の名を呼ぶ。

「ヴァンパー?」


-意地悪はどっち?-


ノックもせずに扉を開くと、中は調理用具や食器の棚が置いてある台所となっていた。

部屋の中央にある大きな机の前に、アリエッタに背を向けて立っているのは、赤髪長身の青年。

「………………」

その青年、ヴァンパは、その黄金色の切れ長な瞳でアリエッタを一瞥しただけで、他に何の反応も見せなかった。

「何作ってるの?」

そんな事は気にかけずに、アリエッタはヴァンパの元に寄り、机の上を覗き込む。

其処にあったのは、色取り取りな果物の山に、綺麗に焼き上げられたカップケーキ、ホールケーキや、まだ飾り付けのされていないスポンジの群れ。

「へぇ、ヴァンパがケーキなんて、何て風の吹き回し?」

「…………良く良く考えたら作った事がないから、作っているだけだ」

ボウルに入った生クリームをざかざかと掻き混ぜながら、ヴァンパが低い声でぶっきらぼうに応える。

「そんな事言って、アクアやアストロに作ってー、とか言われたんじゃない?」

からからと笑って、アリエッタは一つの食材庫の前へ向かった。

冗談で言ったつもりだが、ヴァンパが何も言ってこないので、アリエッタは紙袋の中身を食材庫へ放り込む手を止める。

そちらを見れば、ボウルの中身を掻き混ぜたまま、あからさまに視線をそらしているヴァンパの姿があった。

アリエッタはによによ笑いならがも、何事もなかったかのように元の作業に戻る事にした。

「図星なんだー」

「黙れ斬るぞ」

からかい過ぎると本当に斬られる事を知っているので、アリエッタはしつこく追及しない。

少年は空になった紙袋を持って、再び机のある、ケーキになる材料達を眺めた。

ヴァンパの料理の手際と腕は、その見た目に似合わない程良い。

「それにしても、良く初めて作る物をレシピなしで作れるよね」

「一度食えば作り方も材料も判るだろ」

「……いや、普通は判らないと思うよ」

冷静に指摘しながら苦笑するアリエッタは、机の端にある大皿に気付いた。

その大きな皿の上には、飾り付けまで終わったらしい様々なケーキが並べられていた。

生クリームに果物が盛り付けてある物、チョコレート等で模様の描かれたムース。

タルト、カップケーキ、他にも名前の判らないケーキがある。

何故かその大皿の隣に小皿があり、その上にも一つ、カップケーキが乗せられていた。 純粋に、とても美味しそうだ。

「──────ああ、それは」

瞳を輝かせ、涎を垂らしそうな表情でケーキを凝視しているアリエッタに気付いたヴァンパが、泡立て器を動かしていた手を止め、口を開いた。

「その小皿に乗ったのは形が崩れたから避けてある。食っても構わないぞ」

「え? でもこれ型崩れなんて……」

「…………アクア達に渡して良いかどうか、お前が毒味して確かめろ」

「言い方が酷いなあ……。遠慮なく頂くけど」

アリエッタは食器棚からフォークを一つ摘まみ上げると、嬉しそうに小皿を取る。

フォークでケーキを切ると、中には抹茶色のクリームが入っているのが見えた。

彼はケーキの一部をフォークで刺し、口へと運んでいく。

ヴァンパも気になるのか、黙ってそれをつめていた。

アリエッタの口の中にフォークが侵入する。

すぐにフォークは刺したケーキを手放し、口外へ戻ってくる。

そして暫くすると、少年は幸せそうに頬を弛ませた。

「────凄い美味しいよっ! これ、プロ顔負けなんじゃない?」

食感や甘さが絶妙だの、アクア達も喜ぶだの、次々にケーキを誉め倒すアリエッタを、ヴァンパは見つめていた。

ほんの少しの恐怖すら滲ませた、驚愕し引き攣った表情で。

青年の異変に気付き、アリエッタは不思議そうに彼を見つめ返す。

「どうした、ヴァンパ?」

「────アリエッタ、お前本気で言ってるのか?」

「え?」

「それとも見た目だけでは足りず、舌まで馬鹿になったのか?」

「色々言いたい事があるけど、どういう意味さ?」

アリエッタが本当に理解していない事を認めたらしく、ヴァンパは少年から視線を逸らす。

長い前髪で隠れてしまったが、一瞬見えた黄金の瞳には、少量の自責の念が見えた気がした。

ヴァンパは言い難そうに、小皿を持ったままのアリエッタに告げる。

「…………そのケーキ、中に山葵を大量に入れたつもりなんだが」

「………………………え?」

少年が持っていたフォークが、机に落ちる音が鳴り響く。

アリエッタはみるみる内に顔を真っ青にしていき、その場に蹲るしかなかった。



-大ボケ殺しのアリエッタ-


「……なっ、何か言われると辛い。凄く辛い…………!」

「今更止めろ、虚しくなる」

「冗談じゃないよ!?」

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