幼馴染達に困ってます!

相生 碧

厄介事は日常茶飯事にしたくない



(一体何度目なんだろう、これ)

私を人生の敵みたいな恨みがましい目で睨み付けてくる女子が4、5人集まっている。

彼女達は、私を校舎の裏で待ち構えていた。あー最低、今日は本当についてない。


「あんたが、小早川星来?」

「は、はい」


そうですが…?

私の名前を知っているみたいだが、こっちは彼女達のことは見覚えがない人達ばかりだ。

背中にひやり、とした感覚が伝う。どうみてもいい感じがしない。


「いいかげんにしろよ」


はじまっちゃったか、と心の中でげんなりする。しかも彼女達はみんな鋭い目付きのまま此方を見ている。いわゆる「激おこ」というやつだった…いやいや、私にどうしろって言うんですか。

背筋が冷たくなるような感覚に、多分これから言われることはお決まりのあれなんだろうなと思いつつ……彼女達から目を逸らさないように唾を飲み込んだ。


今日は朝からついてなかった。

幼馴染の二人には置いていかれるし、忘れ物をしてしまうし、そんな日に限って先生に当てられる日だし…

他にも色々数えて…これで七つ目。ほんとになんなんだろう、この私のアンラッキー具合は。

今回のは何かというと、今日のお昼休みが終わった頃。私の机の中に「校舎裏に来て下さい」と手紙が入っていた。

その言い訳になっちゃうけど、変な予感はしたのね。

ただ…一応無視はよくないと思って、様子を見に来てみた。

…ええ、のこのこと一人で来るもんじゃないよね。誰かと一緒に来れば良かったと後悔してます、ものすごーくね。


「幼なじみだからってさ、いつも一緒に居なくてもよくない?」

「天沢くんに近づくんじゃねぇよ」

「お前まじうざい」


ああ…、陽ちゃんファンの過激派の人達だったのね。それも間違いなく先輩達なんだろうなあ。ガチめにおっかない……。

ナチュラルに見えるように整えてるメイクが、何故か盤若の面に見えますって。


「いや、私も好きで一緒にいる訳じゃ…」

「あ?言い訳やめなよ」


(……マジかよめちゃくちゃ嫉妬されてるよ、こええええ!!おばけなんかよりも怖いよ!!)

割とマジで凄まれた。

私の顔面の筋肉が一瞬で顔がひきつったと思う。

陽ちゃんこと、天沢あまさわよう。私の幼なじみの一人で、サッカー部で活躍するスポーツマン。明るくて誰とでも仲良くできて、顔にも内面の人の良さが滲み出てる。

陽ちゃんよりも顔がいい人は沢山いるけど、昔から女子の好感度がとてもいい。

本人の性格が爽やかだからなのか。

だからわかりますとも。私みたいな平凡な女子が仲良くしてたら、やっかみが生まれることくらい。

むしろ、たまにこういうとことがあるので…それは驚いてないよ。またかってヤツ。

(いや、でもさ)

向こうから絡んで来るんです!って言って、彼女達は聞いてくれるのでしょうかね。


「何か言ってくんない?!」

「だんまりって困るんだけど?聞いてんの?」


……や、駄目だな。火に油を注ぐようものだわ。

やっぱりここは、穏便に済ませるしかないか。さっさと謝って宥めて、解放してもらおう。

今日は夕飯の買い出しをしなくちゃいけないんだった、お父さん達が仕事だから…。


「聞いてるかっていってんの!」

「!?」


別の事を考えていたから、私は気づかなかった。

いつの間にか、私の近くに来ていた先輩の一人が、こちらの顔に向かって手を振りかぶっていたことに。

あああ、絶対痛いヤツ!


(先輩達、暴力は反対したいんですけどもおお!!)

叩かれる!と気づいた時には遅い。避けられないと思い、思わず瞼を強く閉じた。


「………?」


あれ、光が暗くなった?

いつまで経っても、顔に来るはずの痛みが来ないので目を開ける。すると、目の前に大きな壁が出来ていた。

何だか、見覚えのあるひょろっとした背中が目に映る。


「……は、うそでしょ!」

「なんで!?」


先輩達が困惑している?

何が起きたのかと思っていると、大きな壁が動いて私の方へ振り向いた。

これまた見覚えのある顔がこちらを覗きこんでいた。


「大丈夫か?」

「さくちゃ…市谷くん?!何で来てるの」


朔ちゃんの背中だったのか…じゃなくてね。ほんとどうして来たんですか。

朔ちゃんこと市谷いちがやさく。私の幼なじみの一人で、きらきらした容姿で皆にカッコイイと騒がれるくらいには美人さん。

だけど女子とは殆ど喋らないし、口を開けば辛辣な言葉を吐く。

まともに話すのは、陽ちゃんと私くらいしかいないから、周りからは一歩距離を置かれがちだ。


「それは後で。…先輩方、コイツをこんな所に呼びつけて何をするつもりですか?」


彼の背中から顔を出して見てみたら、朔ちゃんの腕が少し赤くなっていたのを見てしまった。叩こうとしてた先輩が顔を真っ青にさせていたので、多分先輩の平手打ちを腕で受け止めたのかな…。

ああ…ごめん。朔ちゃんに傷つけたと知ったら、陽ちゃん怒るよね。

なんて言って謝ろう……。


「お前には関係ねーよ」

「この子が天沢くんに付きまとうからいけないのよ」

「そ…そう!天沢くんが困ってるみたいだったし」


またこのパターンか…。中学の時も言われた覚えがあるわ……。

あっ、朔ちゃんの顔がひきつってる。

元から美人だったけど、中学くらいから朔ちゃんは女子にモテるようになった。だかたまに…先輩達みたいな過激派女子もいる。

最初は愛想よくしていた彼だったが、そんな過激な様子を目の当たりにしてからは、殆ど喋らなくなってしまった。

苦手になってしまったと、言ってた。

それが、クールな男子だと言われる要因に拍車をかけているんだけども。


「……何でこんなのにホイホイついてったんだお前…バカ?死にたいの?」

「ほんと申し訳ないです。手紙で呼び出されたんです」


心底呆れたと言いたそうな朔ちゃんは、ため息を吐き出していた。

彼は話すと刺々しいし、きらきらした見た目の割に周りに容赦ない。それは幼馴染の私達にも同じだ。

王子と言うにはあまりにも傍若無人だった。

朔ちゃんは少しの逡巡の後。


「星来、大人しくしてろよ」


うん、と頷きながら彼の横顔を見た。

朔ちゃんの顔がいたずらっ子のようだ。一体、何をする気なんだ…。

おもむろにスマホを出した彼は、ささっと操作していた。


「すみませんが先輩方、陽はコイツのことをこれっぽっちも気にしてませんよ、だって…」

「はあ、お前に何が…」

「実は俺、この写真の奴と付き合っていて……」


朔ちゃんが先輩達に、とっておきの画像を拡大して見せた。

スマホに出した画像を凝視した先輩は……


「っ!ふざけんなーーー!!」


その場で全員膝から崩れ落ちていった。

ある人は叫びながら泣き始め、ある人はがっくりと落ち込み、またある人は朔ちゃんを信じられないものを見る目で見てる。

私も気になってちらりとスマホの画像を見る。そこには、寝起きの陽ちゃんと彼に引っ付いている朔ちゃんのツーショットが…

(いや、まて私もショックなんだが?!)


「よし、逃げるよ」

「え、えええ……?!」


困惑してしまい、頭の整理が追い付かない私は、朔ちゃんに引っ張られる形で走り出した。走りながら顔を見ると、いたずらが成功したような悪い顔をしてる。

……いやあれ、どこで撮ったの?!


それからしばらく走って……教室まで帰ってきて、二人でへたりこんだ。

ああ、やっぱり今日の私はついてない。


「はー……もう、早いよ」

「お前があんなのにひっかかるのが悪い」


はい、そうなんですけどね。

まさかね、幼馴染の私が陽ちゃんのほんとのカレシに助けられるとは思わなくて、少しだけショック。

……やっぱり、あの噂は本当だったんだ。


「それから、陽にもあまり…」

「私にやきもち?心配しなくても陽ちゃんを取らないって」


悟られちゃだめだと思う。

なるべく顔付きをキリッとさせて言うと、相手はぽかんとしていた。


「…は?」

「市谷くん、陽ちゃんと付き合ってるんでしょ?何で私に言ってくれなかったのよ」

「は?付き合ってないし!」


いや、どの口が言うんだ。

さっきの画像とか、噂とか証拠はあるし。割と二人ともスキンシップ多いなとは思ってたんだけど、それなら納得出来る。


「……まった、星来には言ってなかった……ちっ、陽がテキトーだから…!」

「顔つきヤバいよ」


なんだかぶつぶつ言い始めている。よくわからないが、ヤバい顔つきだったのでなだめることにした。


「大丈夫、私は知っても引かないから」

「そうじゃなくて……」


ちょっと近づいて此方を向かせる、お互いの目線を合わせて。

二人とも床に座っているから合わせ易い。それから、私は気安く彼の肩を軽く叩いた。


「先輩達から逃げるために陽ちゃんとの事を言わせてしまって、ごめんね」

「別に…、お前こそさっきから手が震えてない?」

「…感情的な女子の圧、こわいよね」


思いだしたら寒気がしてきた。

朔ちゃんから見た私の様子は割と酷かったみたいだ。

いつもはほっとかれるのに、腕の中に引っ張られていた。

……これ慰められてるのかな、私。


「う、わわわ。どうしたの…わっ!」

「……俺にもよく分かるよ。だから遠ざけようとしてたのに…」


何かまたぼそぼそ言っている。

しかも私の頭をぽんぽんとしてくるし、いやどうしたのマジで。

…うーん、普段はクールな彼なのに情緒が不安定だ。逆に心配になってきた。


「市谷くん、もう落ち着いたから止めて下さい」

「……」

「あのね…朔ちゃん、止めて」

「ん?うわ、悪い…」


慌てて髪を元に戻そうとして、気付いてしまった。

今更ながら、この状況は陽ちゃんに怒られないか不安になってきた。

だって陽ちゃんは…


「……あのさ、聞いて欲しいんだ」

「あ、はい」


少し離れた私達。向かい合った状態で彼が話を切り出した。



「陽と俺が付き合っているって噂…あれはわざとなんだ」


……?

ほわい…?


「…本気で、仰ってます……?」

「落ち着け。ちゃんと理由があるから」


どういった理由で、そんな噂をわざと……?

朔ちゃんは意味が分からなくて固まる私の顔を、じーっと見ていた。


「昔から、陽のファンに目をつけられるのは星来だったよな。女子だからって理由で」


それもだけど。

多分私がごく平凡な女子だから、ヘイトがたまりやすいんでないかなと。

幼馴染というだけでズルい!って言われたこともあるけど。

……そんなのしらんがな。


「アイツに彼女が出来れば、お前へのヘイトが少しは減るかと思っててさ。少し前に陽に話したんだよ」

「それで?」

「そうしたらさ、『だったら偽装彼氏してくれないか』ってアイツに言われた訳」

「……よ、陽ちゃん……」


心の底から、陽ちゃんにツッコミをしたかった。というか……上手くやったよね本当に。

なんだ、やっと陽ちゃんの想いが通じたのかと思って妙に畏まっちゃったじゃん。やっと、私も気持ちに整理がつくと思ったのに…

徐々に、じわりと目が熱くなってくる。


「……ちょ、何で泣きそうになって」

「わ、私のもやもやした時間を返してよ…!二人の噂を聞いた時、色々悩んだのに……っ」


今日は本当に、運がよくない。私の情緒も少し荒れていたし。言いたくない事をぼろっと溢しちゃったし。


「ご、ごめん悪かった。だから泣くなよ…」

「おーい、朔いるかぁ?……え……?」


勢いよく教室の扉が開く。

教室の入り口を開けた人物と目があう。

今にも涙が溢れそうな私と、そんな私に顔を近づけてる幼馴染の姿を目の当たりにした……陽ちゃんは、険しい顔つきになってずんずんと近づくと…


「…おい、何をしてる……?」


あっさりと私達を引き剥がした。そうして、朔ちゃんを羽交い締めにして手首を捻っていた。うわ、痛そう。


「……泣くな星来、何か分からんがコイツが悪いんだな、そうだな?」

「違う、お前が説明不足なのがよくない」

「陽ちゃん。…何で言ってくれなかったの」

「……何のことだ?」


少し落ち着いてから、後日。

陽ちゃんは、この前の過激派な先輩達の事と例の噂の件を「ごめん悪かった」と謝ってきた。


「私が気をつければ良かっただけだし、気にしてないよ」

「いや、陽がみんな悪い。俺にあんなことさせといてありえないね」


えーと、あれもこれも決めつけはよくないと思うよ。


「何で朔は俺を擁護してくれないんだよ…」

「俺は元からこいつの味方だから」

「くっ…星来と俺に対する扱いの差!酷いね、それでも偽装彼氏なのかよ」

「……悪い?」


けっ、と吐く朔ちゃんは、いつもよりも刺々しかった。

うん……やっぱり先日の彼は情緒がおかしかったんだな、納得。


「朔ちゃん。もう少し陽ちゃんに優しくしよう、ほら笑って」

「そうだぞ!」

「陽は星来と違って可愛くないし」


つーん、とそっぽを向く朔ちゃんを見て、私は陽ちゃんと顔を見合せた。


「こんなんで、よく偽装彼氏OKしてくれたね。何したの陽ちゃん」

「……えっ。本気で言ってるのか?」

「え?」


何故か陽ちゃんからありえないものを見る目をされた。

ごめん、一体何がなんだか分からない。



………………。


…本当に、星来はコイツの本性を分かっていない。

市谷朔は、見た目の綺麗な顔とは真反対に腹の中は真っ黒だ。クールなんて、かわいらしいものではない。


「おい、陽…星来にバラしたらコ○す」

「だったら、早く言えばいいのに」

「まだ意識されてもないのに言えるか」


あーそうかい。

何だろうな、好きな奴に酷い扱いされる俺って…!本当に、見た目だけは綺麗なんだよな。

ちくしょう、本性を見ると冷めていくのに。これだから初恋は厄介だ。




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