第98レポート 大森林探検隊【楽しい野営】

以前、ハルカと共にユーテリスの森へ来た事があるジル。

その時はどうやら気付かぬうちにハルカが魔獣や危険を避けてくれていたようだ。


本来、森の中は危険で溢れている。

それを今、ジルは身をもって味わっていた。


「痛ったぁ~・・・・・・。」


両手で後頭部をさする。

ほんの小さくだが瘤になっていた。


「ったく、もうちょっと周りを警戒しなさいよ、っと。」


薬を塗っていたベルが完了の合図とばかりにジルの頭を、ぺしん、と叩いた。

理不尽に痛覚を刺激され、ジルは不満げな目でベルを睨む。


「なんで叩くの~。」

「間抜けな事したアンタのせいで迷惑かけられてるんだから、これくらい当然よ。」


ふん、と鼻を鳴らし、ベルはジルの額を人差し指でつついた。


ベルが指摘したジルの行動。

森の中で素材を見つけ、無警戒に飛び出したのだ。


結果、魔獣に襲われる事は無かったものの窪地に足を取られ、すっ転んでしまった。

大事には至らなかったものの後頭部にお土産を貰う事になったのである。


「森に限らず、人が入っていない場所は思わぬ危険で一杯っす。気を付けるっす。」

「は~い。」


ラティナからもたしなめられ、ジルは素直に忠言を聴き入れた。

今回が問題なくとも次は命にかかわる可能性もある、当然だ。


というやりとりはしているが、まだ森の入口。

命にかかわるほどの危険は無い場所である。


「さ、行くっすよ。」

「おー!」


ラティナに促され、ジルとベルが後に続いた。


藪が少しばかり開けている場所を道と認識しながら先へと進んでいく。

整備された街道とは雲泥の差、獣が通っただけのあとである。


先頭を行くラティナが右の機械手甲から鎌を引き出し、藪の枝葉を打ち払う。

彼女お手製の特殊な武装だが、探索にも使える実に便利な装備だ。


ラティナによって道が作られ、ジルとベルがそれに続く。

マカミはジルの前をてこてこ歩いている。


「魔獣の気配はなさそうだね。」

「そうっすね。今日は運が良いっす。」


ジルの言葉にラティナは頷いた。

魔獣が溢れる森の中を進んでいる割に襲撃も無く、道はけわしくとも平和である。


「いつもはアー様が大騒ぎするっすから、魔獣が集まってくるっす。」

「研究者としてそれはどうなのよ・・・・・・。」

「真っ向から観察出来るゆえ、問題はないのである!らしいっすよ。」

「問題しかないじゃない。」


アーベスティオンの真似をするラティナに冷静な返しをベルが放つ。

その返しにラティナは全面的に同意した。

大きな大きなため息をきながら。




そんなこんなで今日の目的地の大木のたもとへと到着した。

奇跡的に魔獣に襲われる事は一度も無く、激しめの森林浴をしただけである。


周囲の木々と比べても一層大きなそれは、ジル達を見下ろしているかのようだ。

森の外からの客人を迎え入れてくれている、そんな感覚がした。


荷物を家主の下に置き、ラティナは野営の準備を始める。


「まだ明るいけど?もうちょっと先まで行けそうじゃないかしら?」


まだ青い空を見上げながらベルは問いかけた。

ラティナは野営準備を進める手を止めずにそれに対して答える。


「無理は禁物っす。探索計画は絶対っす、気分で変えるのは自殺行為っすよ。」

「へぇ、そういうものなのね。」


ラティナの冷静な判断にベルは感心する。


普段はアーベスティオンに振り回されっぱなしの彼女。

しかし、本来のラティナは冷静かつ堅実な研究者である。


「さ、早めに準備して夕食にするっすよ。焚き木集め頼むっす。」

「ごはん!ベルちゃん、行こう!」

「ああもう、走り出したらまた転ぶわよ!」


ジルとベルは手分けして枝を集める。

しっかりと確かめながら、十分に乾燥した物を選び抜いていく。

マカミも小さい枝を数本だけだが口に咥えて二人を手伝っている。


二人で持てる限界量の枯れ枝を持ってラティナの待つ大木の下へと戻った。


「おかえりっす。」

「ただいまー。」


ラティナは既に準備を終えていた。

魔獣除けの杭が周囲の地面に打ち込まれている。

焚火の準備も完璧だ。


彼女の足元には腕が通る程度の小さな穴と頭が入る程度の大きな穴が掘られている。

二つの穴は地中で繋げられていた。


ジル達から受け取った細い枝を大きな穴に放り込んで火をつける。

小さな穴の側から外気が取り込まれ、焚き木についた火が燃え上がった。


すかさず太さのある枝を入れる。

あっという間に立派な焚火が出来上がった。


リュックから人差し指程度の太さの鉄の棒を五本取り出す。

底で火が揺らめく焚火穴よりも少し長いくらいの棒だ。


それを穴の上に等間隔に設置し、転がらないように土にめり込ませた。

簡易式焼き台の完成だ。


ラティナはリュックの中から布に包まれ、縛られた俵状の塊を取り出した。

期待に目を輝かせるジルとベルを横目に二重に包まれている布を取り払う。


姿を現したのは牛肉だった。

三人で食べても満腹になれそうな大きさである。

野営食としては高級な部類だろう。


塊のまま焼き台の上に置く。

暫くすると肉が焼ける良い匂いが立ち上ってきた。

時折フォークとナイフを使って塊を転がし、満遍なく表面を焼いていく。


ラティナの表情は真剣だ。

野営の少ない楽しみである食事、手は抜けないのだ。

ジルとベルの口には知らずの内に涎が溜まっていた。


ラティナの目が、かっ、と見開かれる。

瞬く間に肉を火から下ろし、肉を包んでいた布の上にそれを置いた。


しかし、あまりにも火にかけていた時間が短い、中は生のままだろう。

ジルとベルは顔を見合わせた。


そんな二人には構わず、ラティナは手を動かす。

先程の姿と同じように肉を布で包んで紐で縛り上げた。

そして、なんとそれを焚火へと放り込んだ。


慌てたジルとベルが声をかけるも、ラティナは慌てない。

二人を落ち着かせて燃えていく布の俵を見守るだけだ。


布が黒焦げになった頃合いで、焚火の中からそれを取り出した。

黒の衣をはぎ取ると再び肉の塊が姿を現す。

無事なその姿にジルとベルは胸を撫で下ろした。


リュックから薄鉄板の板を取り出し、その上に肉の塊を置いた。

フォークで肉を刺し、ナイフでざくざくと切り分けていく。

薄鉄板の上に薄切りされた肉が並び、透明な肉汁が流れて光った。


薄切りできない片方の端はさい状に切る。

肉を包んでいた布に載せて、それをマカミに差し出した。


薄切りされた肉に塩胡椒を振りかけ、野営式ローストビーフの完成だ。


「お待たせしたっす。」

「うおー、美味しそう!いただきます!!」


待ちかねた物が出来上がり、ジルは肉を一枚口に放り込んだ。


しっかりと焼かれた香ばしさと肉の瑞々みずみずしさが口の中で広がった。

適度に振られた塩胡椒が味を引き締め、しっかりとした味の輪郭を描いている。


雑とも言えてしまう調理法だったとは思えない、実に完成された料理だった。


「うまーい!」

「ふっふっふ、っす。伊達にいっつも野営してないっすよ!」

「誇るべき部分なのかしら、それ。」

「誇らないとやってられないっす。」


諦観の表情を浮かべ、ラティナは肉をむ。

何だか不憫な彼女にベルは同情を禁じ得ない。


などと考えていたら、肉が猛烈な速度で無くなっていっている事に気付いた。

ジルに食いつくされぬようにベルもまた肉に手を伸ばす。


森は夕日に照らされ、少しずつ暗くなっていった。


食事を終えて、暗くなる前に簡易天幕を張る。

地表に出ている大木の根をベッドにした。


明日は目的地である湖へ向かうのだ。

遠くの魔獣の声を聞きながら三人は眠りについた。




森の奥には危険な魔獣が多く生息している。

その地の法律は、弱肉強食、適者生存、である。


三人と一匹が休む場所から遥か奥地でその法律が適用される事件が起きた。

逃げる者と追う者。


にわかに森の中が騒がしくなってきていた。

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