第93レポート きたれ!安香草!

ごりごりごりごり


ぱらぱらぱらぱら


さらさらさらさら


とぽとぽとぽとぽ


ぽちゃぽちゃぽちゃぽちゃ


「かんせーいっ。」


ジルは細長いビンに入った薄緑色の薬を掲げる。

調剤方法が少しばかり難しい内服薬だ。


それを三十本、格子状の仕切りがある木の箱に納める。

両手でその箱の左右の取っ手を持ち、店頭へと運んでいく。


一本一本は大した重さでは無いが、三十本もあれば中々の重さ。

よいしょ、よいしょ、と苦戦しながらジルは運ぶ。


ごとり、とそれを店の端の棚に置き、少しばかり汗ばんだ額を手でぬぐう。


「ジルちゃん、お疲れさま~。」


にっこりと笑いながらイーグリスは声をかけた。

ジルもそれに笑顔で答える。


「はい!疲れました!」

「じゃあ、ちょっと休憩~。」


ゆったりとした物言いと動作で、瞬く間にカウンターにお茶とお菓子が出現した。

ジルもまた、店の中の椅子をイーグリスの向かいに置いて腰掛ける。


今日もお茶会が始まった。

なお、現在絶賛開店中である。


「あ~、この匂い落ち着きますね~。」


ふんわりとお茶のが店の中を包む。

身体の無駄な力が抜けるような、疲れが不思議と癒えるような芳香ほうこうだ。


「うふふ、そうでしょ~。私もこの香りが好きなのよ~。」


そう言ってイーグリスはお茶っが入った紙袋をジルに見せた。

表には細い茎に二つ葉が三列付いた植物が描かれている。


「この絵のお茶なんですか?」

「そうそう。普通のお茶っ葉に少しこれが混ざってるの。落ち着く香りの正体~。」

「へぇ~。」


カップに注がれたお茶を啜りながらジルは感心する。

口に含むと砂糖など入れていないのに優しいほんのりとした甘みが感じられた。

元の茶葉の甘みもあるだろうが、それを増幅しているような気がする。


「これ、なんて言う草なんですか?」

「安香草 ―スタルファルブ― っていう連合王国の植物よ~。」

「へぇ~。」


ジルは再び感心の声を上げる。


「あ、そうだ~。」

「ん?」


イーグリスは何かを思い出したようにカウンターの下に身体を屈める。

ジルは首を傾げつつ、お菓子をもぐもぐ。


そんなジルの前に植木鉢と種が入っているであろう小さな紙袋が置かれた。


「なんか、前にもこんな事ありましたね。」

「ふふふ~。話が早くて助かるわ~。」


イーグリスが言いたい事は氷鱗草クリュスクラシディの時と同じ。

つまりは、ジルに栽培手法を探してほしい、という事だ。


「でも、こんな普通そうな草、イーグリスさんが栽培できないんですか?」

「それが上手くいかないの~。色々調べたけど普通に栽培するとしおれちゃうの~。」

「ふ~むむ・・・・・・。」


お茶が飲み干されたカップを置き、ジルは腕を組んで考え込む。

諾否だくひでは無く、どうすれば成功するか、についてだ。


「持ち帰って考えてみます!」

「おねがい~。」


植木鉢と種を持って、ジルは自室へと帰っていった。




何時いつぞやと同じくジルは机に植木鉢を置き、にらめっこ。


まず、普通の栽培方法は通用しない。

であるならば、まずは前回と同じく本での調査が第一歩だ。


図書館で植物図鑑を開く。

相変わらず分厚い本ばかりである。


「ぬー、またこんな感じかー。」


前回と同じく、やはり魔法に関係の無い植物の記述は少ない。


連合王国の南西部で自生するという事。


ただそれだけだった。


「いや、手掛かり少なすぎ!」


ジルは吠えた。

流石にこの情報だけでどうにか出来るとは思えない。


一応メモするが、五秒で終わった。


「これだけの情報でどうしろと・・・・・・。」


ジルは頭を抱える。

しかし、諦めるのはなんだか悔しい。


顔を上げ、腕を組み、天井を見る。

頭の中には各国の地理が浮かぶ。


連合王国は東大陸中央部全域を治める国。

南東には以前訪問したゲヴァルトザームがある。


西はレイレ海峡を挟んで帝国と向かい合い、東は海を超えれば西大陸だ。


南東部のゲヴァルトザームの南、天嶮てんけん山脈の向こうにアマツ皇国。

北は東西から伸びる山脈が有り、中央部は人が通れるが先に行く事が出来ない。


そして、南西部の国境を超えると蜥蜴人レザール蛙人ラーナが住む湿地帯。

その向こうはドワーフの居住地域だ。


連合王国南西部、という事は湿地帯の近く、という事になる。


「うむぅ・・・・・・。」


だからどうしたというのだ。

地域が分かったからと言って植物の生態など分からない。


「とりあえず、聞きに行くか~。」


ジルは図鑑を持って立ち上がり、それを書棚に納める。

情報を求めて図書館を後にした。




「アァ?知るわけねェだろ。」

「だよねぇ。」


アルーゼは言い切った。

多分そうだろうな、と予想していたジルはそれに同意する。


無駄な事を聞いたお駄賃にキセルで軽く頭を叩かれた。

かこん、と少し高く軽い音がする。


「いったぁ。」

「連合王国出身ってだけで何でも知ってるワケねェだろが。」

「予想はしてたけど、聞かなきゃ分からないかなって。」


頭をさすりながら、ジルはカウンター前に椅子を置いて腰掛ける。

アルーゼは邪魔そうな顔をしながらも、面倒臭いのでジルを退事はしなかった。


「じゃあ、植物について、何か知ってる事無い?」

「大雑把すぎンだろうが。もうちょっと絞れ。」


アルーゼからの要求にジルは唸り、考える。


「あ!じゃあ作物!連合王国の南西部の作物って何があるの?」

「作物か・・・・・・。」


アルーゼはキセルを吹かしながら考える。

暫く考え、口を開いた。


「あの辺りは稲も麦も芋も育たねェ。」

「えっ、何で?」

「湿地帯や沼地を埋め立てたから、なのかも知れねェな。詳しくは知らん。」

「えー、役立たずー。」


不満にぶー垂れるジルの身長が少し伸びた。

痛みに頭を摩りながらジルはその理由を考える。


「なんで、沼地とかを埋めたら育たないんだろう・・・・・・。」


うーん、と唸りながらジルは身体を左右に揺らす。

アルーゼからしたら目の前で右に左にゆらゆらしているのだ、非常に目障めざわりである。


「むむむ、そこで育ってる植物―――」

「知らん。」


言い切る前にアルーゼは吐き捨てるように言った。

ジルは、がくり、と肩を落とし、椅子から立ち上がる。


「これ以上は何も無さそう役に立たなさそうだから帰る!」

「オウ。」


内心を隠し、ジルは大急ぎで店を後にす・・・・・・しようとした。

何かの生物の骨が飛来し、ジルの後頭部を撃つ。


アルーゼには、ジルの考えなどお見通しであった。




後頭部を摩りながらジルは道を行く。

と、そこで珍しい人物を見つけた。


「あ、ラティナちゃん!」

「お、ジルっす。こんちゃっす。」

「ちゃっす!」


二人はハイタッチ。

ぺちーん、と音がした。


「戻ってたんだね!どこ行ってたの?」

「また湿地帯っす。今回はアー様が沼に沈んだっす。」


どうせ無事だっただろうから、ジルはそれについては聞き流す。

そして、何かに気付いた。


「あ、湿地帯って事は連合王国の南西部?」

「そっす。」


ジルは探し物を見付けた。


「ねぇねぇ、今その辺の事を調べてるんだけど、植物について聞きたいんだ!」

「植物っすか。」

「作物は育たないって言うし、何が生えてるのかなって。」

「うーん、そうっすね・・・・・・。」


ラティナは少し考える。


「あー、白詰草しろつめくさが一杯咲いてたっすね。」

「ほほう。」

「だから、蜂蜜一杯売ってたっす。」

「蜂蜜取るのに良いって言うもんねぇ。」


白と緑の絨毯じゅうたんを想いながらジルは蜂蜜の甘さを脳内で感じ、口によだれを溜めた。


「あ、それと湿地帯の近くだから苔も一杯だったっすね。」

「苔か~。重水牛ルルヴァスの時にも言ってたねー。」

「それよりも乾いてる感じだったっすけど。」

「乾いてるって?」

「土に還る寸前って言うっすかね、ぱらぱらさらさらしてる感じっす。」

「へぇ~。」


親指と人差し指をこすり合わせる動作で、ラティナはそのぱらさら具合を示す。

振りかけられる塩と同程度の乾燥具合だったようだ。


「聞いておいてなんだけど、良くそんな事覚えてたね。」

「アー様を引き上げて泥だらけになった後に見て癒されたっすから・・・・・・。」

「ああ・・・・・・。」


遠い目をするラティナに対して、ジルは掛ける言葉が思いつかなかった。




そんなこんなでジルは追加情報を手に入れた。


埋立地で稲も麦も芋も育たない土地である。

白詰草が群生している。

乾燥した苔が土に還っている。


以上の三点だ。


「まあ、試してみよう、色々と。」


ジルは以前使った植木鉢も出して準備を進める。


一つには、種と一緒に群生していたという白詰草を植える。

一つには、種と一緒に近くに有ったという苔を乾燥させた物を土に混ぜる。

一つには、水が多い埋立地という事から、植木鉢の底に青の魔石を埋めた。


それぞれに毎日水をやりながら、その経過を見守る。


二週間それを続けた所、一つだけ無事に生育した物があった。


「おおー、これだけ青々としてる~。」


生育したのは苔を混ぜた物。

一つだけ茎が伸び、あの絵の様に葉がついていた。


白詰草を一緒に植えた物は芽すら出なかった。


魔石を埋めた物は少し生育した後に萎れ、その後に復活。

しかし、葉を二つ付けた以上は成長しなかった。

更に葉の色が微妙に青っぽくなっている。

これをお茶に使うのはどう考えても危険だろう。




こうして、ジルは安香草スタルファルブの栽培方法を見つけ出したのだった。

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