第92レポート きたれ!砂塵虎!

水を湛える灯台に導かれながら、道なき道を行く。

二日目も前日と同じく砂の中。


道中の噴水導ふんすいしるべで給水しながら、先を急ぐ。

というのも。


「走れ走れ!」


アルシェの呼びかけに全員駆け足。

既に日は地平線の下へと隠れてしまっている。


夜の砂漠は非常に危険である。

急激な気温低下によって環境が激変し、夜行性の危険な魔獣が動き出すのだ。


そのため、旅人は日があるうちに町へとたどり着けるように旅程を組む。

だが今回、その旅程を大きく崩すトラブルが発生したのだ。


「もーっ!アルシェさんのせいですよーーっ!!」

「たはは・・・・・・ごめんごめんって!」


段々と暗くなっていく砂の海原を町のへと駆けながらジルは吠える。

対してアルシェは気まずそうに頭をいた。


そう。

今回のトラブルはアルシェによって発生したのである。


「声かけても、揺すっても、叩いても、投げ飛ばしても起きない、なんてっ!」


時々砂に足を取られながらも、ジルは声を張りつつ、走る。

アルシェの罪状をつまびらかにしながら。


昨日、ジル達は中継地点となる町で一泊。

大した見どころも無い、宿だけがある場所だった。


お金を出せるなら大きな町で休めるが、首都滞在も見越して節約したのだ。


本日朝。

アルシェが中々部屋から出て来なかった。


不思議に思い、ジルが部屋の中に入ってみると、そこには寝こける彼女の姿。

声をかけても起きず、乱暴な対応をしてもすやすやと寝息を立てるだけ。


ノグリスも加勢して色々と試したが暖簾のれんに腕押し、全く効果が無かった。

仕方ないので服を着せて背負っていこうとしたところで問題が起きる。


眠っているにもかかわらず、反撃してきたのだ。

幸いにして怪我人は出なかったが『破拳』の一撃、無視は出来ない威力である。


結局、元の出発予定から大幅に遅れた時間に宿をった。


その結果が今である。


デゼエルトの各町は魔獣対策のために夜になると門を完全に閉じる。

つまり、入り損ねた場合は例外なく締め出されるのだ。

たとえ締め出される者が『破拳』であってもその規則は変わらない。


だからこその駆け足である。


町が近づき、門の前に立つ衛兵の姿が視認できた。

だが、衛兵は日が沈み、暗くなった事を確認して、門を潜ろうとしている。

彼が中に入り、閉門を告げられたら、終わりだ。


「ちょっ、待って待ってーーー!!」


アルシェが声を張る。

だが、それが聞こえていようといまいと門は閉められる。

その前に門番と言葉を交わさなければならない。


手段を考える。


ノグリスに飛んでもらうか?

いや、飛行してから速度が出るまで少しかかる。

その時間で間に合わなくなるだろう。


レンマに符術を使ってもらうか?

駄目だ、距離が遠い。

途中で止まってしまうだろう。


自分が全力を出すか?

・・・・・・それこそ駄目だ。

止まり切れずに衛兵ごと門を吹き飛ばしてしまうだろう。


ならば、方法は一つだ。


「ジル、力を貸して!」

「え!?う、うん!でも何すれば―――」


ジルが返事をするよりも早く、アルシェは彼女の胸倉を掴む。


そして。


左足を上げ。


勢いをつけて。


投げた。


「へうわっ。」


突然の出来事にジルは頓狂とんきょうな声を発する。

その声を置き去りにして、真っすぐ、迷いなくジルは低空を飛んでいった。

そして。


「ぶがっ、へぶあっ、むごっ、ぺっ、あがーーーーーーー・・・・・・・・・・・・。」


数回、砂の大地をね、最後には顔面で滑りながら門の前へとたどり着いた。

海老反りになり衛兵を指していた両足が、人体の決まりに従って砂の大地に倒れた。


まさかの光景に衛兵も驚愕の表情で固まっている。

ぷるぷると震えながらジルは顔を上げ―――


「こ、こんばんは・・・・・・・・・・・・。」


そう言って力尽きた。




「何か言いたい事はありますか。」


夕食の席で椅子に立ち、ジルは言った。

その前ではアルシェが地べたに正座させられている。


「あれしか思いつきませんでした。」

「分からなくも無いけど、そもそも原因は?」

「ボクです・・・・・・。」


十近く年の離れたジルの威圧にアルシェはただ反省するばかりだ。


「まあまあ、もうそのあたりで納めてあげてはいかがですか?」

「むー。レンマさんがそう言うならー。」


流石に居たたまれなくなったレンマの仲裁にジルは同意する。

それと同時にアルシェが立ち上がった。


「じゃあ、ボクは無罪放免って事で!」

「ここの会計は?」

「・・・・・・・・・・・・ボクが払いますぅ・・・・・・。」


いつもより豪勢な夕食が決定した。




卓の上に並べられる料理、料理、料理。

アルシェのお財布の中身など一切気にせず、ジルは矢継ぎ早に料理を頼んだ。


平豆たいらまめのスープ ―サハールブ― 。

デゼエルト式串焼き ―デゼエルトシシュウィー― 。

炙り山羊肉 ―アンブゾン― 。

山羊乳のチーズ ―アンレージナ― 。

山羊肉の香草砂蒸し ―アンシャーブラムハール― 。

山羊肉の香辛料煮込み ―アンハールディアタン― 。


デゼエルト料理の豪華フルコースだ。



平豆のスープサハールブは、薄い塩味のシンプルなスープ。

平豆と野菜を加熱後、丁寧にすり潰し、裏ごしする。

それに鶏ベースのスープと香辛料を加えて馴染ませたものだ。


シンプルながらも、豆と野菜、鶏の旨味が混じり合い、香辛料がそれを引き締める。

食前に飲むほか、味の濃い料理を食べた後に口内をリセットする事も出来る品だ。



デゼエルト式串焼きデゼエルトシシュウィーは香辛料強めの串焼きである。

香辛料に漬けた鶏や山羊肉と玉ねぎを交互に串を打つ。

塩胡椒を振り、直火でじっくりと焼き上げた物だ。


肉は、少し焦げた焼き目と内部の瑞々みずみずしさの対比が素晴らしい。

肉の間に挟まる玉ねぎも加熱された事で甘くなっている。



炙り山羊肉アンブゾンの原理は重ね肉カルネペールと同じ。

肉の塊を遠火で焼いて薄く削ぎ切りにした物だ。

違いは薄切り肉を重ねたのではなく、もも肉をそのまま使っている事だ。


削いだ時点では味は付いておらず、切った後に塩胡椒を振りかける。

一緒に出される白くて柔らかい山羊乳のチーズアンレージナと一緒に食べるのもおすすめだ。



山羊肉の香草砂蒸しアンシャーブラムハールの調理方法は実にデゼエルトらしい。

山羊の塊肉を塩胡椒と香草でもみ込む。

それをナツメヤシの葉で包み、砂の中に埋めてしまう。

朝に埋めておけば、夕方にはしっかり火が通った肉を発掘できるのだ。


肉は臭みなど一切無く、しっとりとして旨味が詰まったまま。

砂がいい具合に肉の水分を奪い、旨味が強く出る品である。



山羊肉の香辛料煮込みアンハールディアタンはデゼエルトを代表する名物料理だ。

山羊肉をある程度の大きさに切り、大きな鍋に放り込む。

塩と香辛料、水を加えてひたすら煮るのだ。

どんな町、どんな料理屋にも必ず置いてある。


見た目は黒々としているが、しつこい味などではなく案外さっぱりとしている。

ほろっととろとろな肉が伸びる手を止めさせてくれないのである。



ジル達は鱈腹たらふく食べて実に満足。

アルシェのお財布は大分と持ち運びやすくなった。




翌日。


ラムセルシュから南へ少し行った所に目的地があった。

背の高い木組みの構造物が遠くからも視認できる。


デゼエルトが主力とする輸出品は二つ。

一つは砂喰山羊ラムアラザーンの生態を利用して作られる硝子製品。

もう一つはこの地でのみ産出される液状魔石だ。


液状魔石は地下から汲み上げを行っている。

その施設が魔井ませいだ。


防衛のために周囲は日干しレンガの壁で囲われていた。


今回の依頼はこの施設を度々たびたび襲う魔獣の排除。

定期的に出される依頼である。


ノグリスとレンマは入口を塞ぐように施設の前に陣取った。

すると時間を置かず、何かが施設に近寄って来る。


砂色の体に黒の縞模様。

砂の海原に擬態し、獲物を狩る虎の魔獣だ。


群れを成して対象を確実に仕留める。

人間を積極的に襲い、液状魔石を狙うこの地の者の天敵。


砂塵虎 ―ラムセファミル― だ。


二十頭近くがぞろぞろと砂の大地を近付いてくる。

二人は戦闘態勢を取った。


ジルとアルシェはそれを後ろで見ている。

今回の依頼は二人が受けた物である事もあったが、それ以外の理由もあった。


アルシェは二人の成長具合を見極めるため。

ジルはそもそもこの地では碌に戦えないからである。


戦いが始まった。

駆け出した砂塵虎ラムセファミルはあっという間に二人を取り囲む。


次々と飛び掛かってくる砂塵虎。

それを二人は迎え撃つ。



飛びついてきたそれを体捌たいさばきでかわし、すれ違いざまにノグリスは槍を振った。

下から上へと、右手を支点に、左手を力点に、そして切っ先を作用点に槍が回る。


ぞぱっ、と鋭く穂先が砂塵虎の胴を裂く。

大地へと降り立ったそれは、ぼどぼとおびただしい出血を砂へと吸わせた。



から火炎が吹いた。

レンマの符術だ。


砂塵虎が一瞬で火炎に包まれ、体を焼かれて倒れる。

一頭が仲間の死体を飛び越えて襲い掛かった。


ちき、とレンマが腰にく刀の鯉口こいぐちを切る。

そして、目にも留まらぬ速さで白刃が抜き払われた。


牙を剥き、噛みつかんとしていた口から真っすぐに体が両断される。

二つに分かれた砂塵虎は、脱力した体を砂原に転がした。



十倍の敵、だが戦況は二人が優勢だ。

既に半数が倒れ、屍の山を作っている。


その時、砂塵虎の一頭が空に向かって大きく吠えた。

他の砂塵虎もそれに続いて吠える。


ざわ、と辺りの砂が舞う。

風が周囲を回る。


それはすぐに暴風へと変わった。

砂を巻き込み、灰黄かいこうの竜巻を作り出す。

二人の姿はその中に消えた。


「ちょっ、あれ大丈夫なの!?」

「うーん、大丈夫だろうけど、あんまり時間かけるのもなぁ・・・・・・。」


ジルの問いにアルシェは腕を組んで考えた。

そして、何かを閃いた。


「そうだ!ジル、ちょっと待ってて!」

「え。う、うん。」


アルシェは魔井へと走っていった。

そして、すぐに戻ってくる。


「ほい、これ。」

「ん?」


アルシェの手には小指程の小さなビンがあった。

その中には赤黒いどろりとした液体がほんの少しだけ入っている。


「これなに?」

「液状魔石に決まってるじゃん。はい、ぐいっと。」


蓋を開け、ジルの顔を掴み、上を向かせる。

中身をぼたり、とジルの口に落とした。


むごむご言うジルの口を手でふさぎ、飲むように促す強要する

吐き出す事も出来ず、ジルはそれを呑み込んでしまった。


「うえっぷ、にっが!ちょっと何するの!?」

「ふふーん、ジルにも頑張ってもらおうと思ってね~。」


悪びれる事無く、アルシェは笑って言った。

ジルは不満に頬を膨らませていたが、すぐに身体に変化が現れた。


腹の奥が熱い。

身体の底から猛烈な魔力が湧き出るような感覚だ。


「な、なに?なにが・・・・・・。」

「それが液状魔石の力の一つ。人間が摂取すると魔力が湧き出るんだよ~。」


あ、危険な事は何も無いからね、と続ける。


「いや、これでどうしろと。」

「ほら、杖でどーん、とやってみよう!」

「いやそんな滅茶苦茶な・・・・・・。」


さあさあ、と促され、ジルは前へと進み出る。


減縮と増幅の杖メディメンナを右手で持って前へと出す。

何が起きるか分からないので、左手で右手を包み込むように握った。


いつもと同様に、魔力を放つ。

撃つのは風の基礎魔法だ。


が、いつもと大きく違う事が起きた。


ばぁん、という衝撃音と共に、強く圧縮された空気の塊が撃ち放たれたのだ。


その空気の塊は猛烈な速度で竜巻へと飛んでいく。

が、狙いが定まらず、それは竜巻の目の前の砂の大地へと着弾した。


その瞬間。


爆音と共に竜巻の外周に沿うような形で砂原が吹き飛び、竜巻が掻き消える。

炸裂した砂漠と共に健在だった砂塵虎が遥か高く舞った。


どざん、どざん、と砂塵虎が降り注ぐ。

高空から叩きつけられた事でそれらは全て絶命していた。


残されたのは突然の出来事に呆気あっけに取られたノグリスとレンマ。

自分が何をしたのか、訳が分からず呆然ぼうぜんとするジル。

そして、あきれるほどに笑うアルシェだった。




その日、アルシェのお財布が更に持ち運びやすくなったのは言うまでもない。

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