第91レポート きたれ!氷晶蠍!
ざくざくと
時折、風に乗った砂粒が吹きつけてきた。
人間より大きな岩がそこら中に転がっている。
街道はあれど、それは踏みしめられた砂が線になっているだけ。
だが、これでもまだ序の口だ。
この先は
ここは砂の国、デゼエルト王国。
人々が
そんな道を歩く人影があった。
大きな影が二つと小さな影が二つ。
小さな影二つが先を行き、大きな影二つはその後ろを行く。
「砂が痛いっ!日差しがきついっ!なによりも暑いっ!」
ジルは笑いながら、雲一つない乾いた空を見上げて言った。
真っ青な天井では太陽がジル達を見下ろし、あらん限りの輝きを降り注いでいる。
フードで頭を隠し、汗を流しながらもジルは元気だ。
「まだまだ序の口だよー、ここから先は砂しか無いからね!」
元気よく歩き、時折ジルの方を向く。
後ろ歩きしながらジルとわいわい騒いでいるのはアルシェだ。
デゼエルト王国は彼女の故郷。
この砂漠も彼女の庭である。
いつも通りの軽装。
砂漠の日差しもなんのその、というのは彼女だけの力だ。
「ふふふ、お二人とも元気ですね。」
二人の後ろを行くレンマが笑う。
灼熱の砂漠にありながら、彼は涼しい顔をしてた。
体内の魔力を循環し、全身から少しだけ放出する事で外気の熱を遮断しているのだ。
そのため、彼もまたいつも通りである。
「元気が無いよりは良いだろう。ジルの体調には気を付けるべきだが。」
そう言ってノグリスは先の事を考えずに
彼女を制止し、水筒から水を飲むように促す。
龍人である彼女にとって、砂漠の暑さは大した障害では無いのだ。
当然ながらいつも通り、汗一つかいていない。
四人はカレザント東方の街道を南下し、デゼエルト王国に入っていた。
今歩いている場所は国境からしばらく行った地点。
目指す先は金砂の都、デゼエルト王国首都ラムセルシュである。
まだまだ先は長い。
四人のうち、ジルだけは砂漠の猛威を直接その身に受けていた。
ジルが未熟である事も確かだが、ここが魔法不能の地である影響も大きい。
そのため、
今回の目的はとある場所の周辺に
依頼を受けたのはノグリスとレンマ。
デゼエルト王国に興味を持っていたジルがそれに加わった。
アルシェは地元へ久しぶりに戻るついでである。
だが、ラムセルシュまでは遠い。
昨日は国境の町で一泊したが、そこから少なくとも二日はかかる。
今日は途中の町で一泊の予定だ。
ラムセルシュには明日の夕方から夜にかけての到着になるだろう。
ジルにとっては初めての砂漠。
色々と気になり、気分が高揚するのも致し
既に周りは
「はい!質問が有ります!」
「なんでしょうか!ジル隊員!」
右手を高々と上げたジルにアルシェ隊長が答える。
「周りが砂だらけ、どうやって道を見つけているのでしょうか!」
「いい質問です、ジル隊員。」
びっ、とジルを指さし、アルシェは言った。
そして役作りが面倒になったのか、普通の調子で解説を始める。
「砂漠に道を作ってもすぐに砂に埋もれて分からなくなっちゃうんだ。」
「うん、さっきから砂が一杯飛んでくるもんね。」
「だから違う方法を取ってる。」
そう言って存在を認識出来ない道の先を指さした。
指し示す先は
だが、その山の上に何かが見える。
「んん~?良く見えないけど、棒?みたいな物が見える・・・・・・。」
「近くまで行けば分かるよ。さ、行こう行こう!」
ジルの手を取り、砂丘を登っていく。
踏み入れた足が砂に埋まり、流される。
体勢を崩したジルをアルシェが支え、ずんずん登る。
砂丘の頂上に達し、砂の壁だった視界が広がった。
「おー、綺麗な景色~!!」
周囲の砂丘が
これぞまさに金砂の海原だ。
「ふっふーん、そうでしょ~。っと、さっきの答えがアレだよ。」
アルシェはそれを指さす。
それはレンガ造りの大きな柱だった。
砂塵にもビクともしない、太く大きな石の塔だ。
どちらかと言えば、石造りの井戸がそのまま空に向かって伸びた物、だろうか。
なんにせよ、雄大な砂漠の中に在る、不思議な人工構造物だ。
よく見ると、細波のあちらこちらに同じような柱が確認できる。
「棒、というか、柱・・・・・・塔?」
「あれは
柱へと砂の大地を歩いて行く。
近くまで寄るとその円柱状の柱の巨大さが実によく分かった。
先程の砂丘よりも更に大きい。
ジルの背丈の百倍はあるのではないだろうか。
その名前も相まって、不思議な構造物だ。
「噴水って言うけど、水は?」
「ふふふ、やっぱりそう思うよね。」
ニヤリとアルシェは笑う。
「これの下から水が噴き出してるんだよ。だから噴水導。」
「・・・・・・・・・・・・へぇ。」
「信じてないなぁ~。」
疑いながら気の無い声を出したジルにアルシェはやれやれと肩をすくめた。
そして柱に近付き、ジル達を手招きする。
「ほら、これで信じられるでしょ?」
そこには、柱にレンガを使って管が作られている。
その先端からは
流れ落ちた水は乾ききった砂に飲まれ、水溜まりも作らずに消えていく。
「おおー!凄い!めっちゃ出てる!!」
「でしょー。」
ジルの驚きの表情にアルシェは得意げだ。
噴水導は自噴する水をその内に通している。
元々は井戸を作る事を目的に地下へと掘り進んだ。
しかし、水は湧くどころか地表から人間三人分の高さまで噴き上がってしまった。
だが、これは利用できるのではないか、と王国は考えた。
先に途中まで柱を作り、地下へと掘り進む。
噴き出した水を内部に貯め、管を作って水の逃げ道を作り、一定の水量を保った。
上部はそれ以降に作っていく。
こうして道を示す
この事は開拓事業にも影響し、各地への入植が進み、多くの町が作られたのだ。
更にこれは別の効果を生みだした。
乾燥した地に最適化した強力な魔獣が近寄らなくなったのである。
海の導たる灯台の如く、噴水導は砂漠を行く数多の旅人を導いている。
「ふむ、やはり大きいな。」
「そうですね、水を容易に定期的に補給できるのは非常に有難い。」
「あ、二人は来た事あるんだもんね。」
ノグリスとレンマの反応は
魔獣生態学研究者の二人は当然であるが、この地を訪れた事があった。
そんな二人の様子にアルシェは少し不満げに頬を膨らませている。
「魔獣が近寄らない、というのも旅人や商隊には有難いだろうな。」
「んー、全部の魔獣が近寄って来ないわけじゃないよ?」
「そうなのですか?」
レンマの問いにアルシェは、うん、と頷き、来た方向から右手を指す。
そこには何かが動いていた。
「んんー?なんか青い塊が?あ、いや、なんか下に伸びてる?」
「目が良いね~。あれは氷晶蠍 ―サルタリサクラブ― だよ。」
砂色の体で砂漠に擬態し、普段は砂の中に潜む。
だが、砂の中から尾だけを地上に出す。
そして、その尾の先が特徴的だ。
氷のように透き通り、日の光を浴びて青く光っているのである。
これを目掛けて鳥の魔獣などが向かってくる。
それを毒針で刺して捕食するのだ。
この針に刺されると凍えるような寒さを感じるという。
人間にとっても危険な魔獣である。
そして何よりも。
「あの魔獣だけは噴水導に近寄ってくるんだ。迷惑な事に、ね。」
「それは何故でしょうか?」
「あいつは水を必要とする魔獣だからさ。尾を維持するためと毒を作るために。」
「へぇ~。」
ざざっ、と氷晶蠍が動いた。
どうやらこちらに向かってくるようだ。
さ、行こっか、とアルシェに促されて、三人は水を補給しその場を離れた。
少し先に行ってから振り返る。
流れ出る水を頭から浴びて、氷の尾を光らせる氷晶蠍がいた。
今日の宿まではもう少し。
まだまだ砂漠の海は続いている。
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