第94レポート きたれ!水晶天道虫!

さらさらと筆を走らせる。


紙に記されるのは本から得た情報。

絵を描き写し、説明文を書き写す。


どんな事にも共通するが、下準備というのは重要である。

それは魔法についても同じだ。


ジルの召喚術はその最たるもの。

集める情報が間違っていれば必ず失敗する。


・・・・・・情報が合っていたとしても往々おうおうにして失敗するのだが。


「よし。こんな所かなー。」


必要な情報を書き終え、ジルはメモを掲げた。

殴り書きではないその文字と絵は、図鑑をそのまま複製したかのようだ。


「ジ~ルちゃん、何を調べてるの?」

「あ、エルカさん!」


後ろから声を掛けられジルは振り向く。

そこには微笑んでいるエルカがいた。


「これです!」


手に持った物を見せて質問に回答する。

ジルのメモには、透明で丸い形の昆虫が描かれていた。


「ああ、水晶天道虫 ―クアルキータ― 。確か西大陸に沢山いる虫よね?」

「その通りです!」


エルカは元気満点の返事を受けながら、ジルの隣の椅子に掛けた。


「まあ、これなら召喚出来ても安全ですし。」

「そうね。」


ジルは、へらっ、と気の抜けた顔をした。


水晶天道虫クアルキータ


水晶のような透明の体を持つ虫。

体長はおおよそ人差し指の長さくらい、そこそこの大きさだ。


世界中に生息する虫だが、特に西大陸に多い。

森や山に入ると必ずいる。

だが、その姿を見つけるのは非常に困難である。


彼らの体は光を屈折させる。

それによって視認する事が難しく、森の中での発見は不可能と言っても良い程だ。


しかし、人間は彼らをあの手この手で捕獲している。

何故ならば、彼らの体は水晶と同じであるからだ。

更に人間に対する有効な反撃方法を持たない、という事も大きい。


そうでありながら、彼らは人間にとっては果樹につく虫を食す益虫である。


色々な意味で人間に利益をもたらす存在だ。


捕獲されるのだが。


「ジルちゃんは西大陸に行った事はあるの?」

「前にリスちゃんとレント王国に行った位ですね~。他の国の事知らないなぁ。」

「うふふ、じゃあ、簡単に西大陸の事、教えてあげようかしら。」

「お願いします!」


西大陸。


古くは単一の宗教の下に統治されていたオルディオ神国しんこくが存在した地。

ある時、それが六つの国に分裂した。


大陸の北端に剣の国、カルゼア王国。

その南東に槌の国、レント王国。

カルゼアの南西に斧の国、ロバルト公国こうこく


三国に囲われた大陸中央の山岳地帯に槍の国、ラオロス央国おうこく

ロバルトの南に弓の国、アルスタ侯国こうこく

大陸南端に盾の国、エスパレ衛国えいこく


これらの国は千年戦争、大陸戦役と呼ばれる血で血を洗う戦いを続けてきた。

だが、その戦いは数年前に『英雄』によって終わりを告げた。


平和となった今は各国が歩み寄りを続けている。

かつての神の国では無く、人が人と手を取り合う国を目指して。


「こんな感じかしら。」

「なるほど~。」


滔々とうとうと話すエルカ。

それを頷きながらジルは西大陸の地形をさらさらとメモした。


水晶天道虫はその地図の全域、どこでも見られる生物である。

だが、その中でも多い地域が存在する。


「確か、ラオロス央国の森と山に一杯いるんですよね?」

「正解~。そのおかげで周辺国からの侵攻を防ぎ止められた、と言われるわね。」

「水晶がなんか役に立って、どうにかなったんですっけ。」


あまりにもいい加減な知識と思った事をそのまま話すジルにエルカは思わず笑った。


「あははっ、そうね。水晶は魔力を一時的に増幅出来るから。」


水晶を利用した武器がある。

だが、それらは原料の関係から価格が高くなるため実用的ではない。


だが、西大陸ならば別だ。

水晶天道虫を使って水晶を作る事が出来たため、水晶を組み込んだ武器が普及した。


魔石とは異なり、水晶自体が魔力を放出する事は無い。

反面、武器を持った者が発した魔力を一時的に増幅する効果がある。


しかし耐久性が無いため、数度増幅したら砕けてしまう。

継続的な供給が無ければ、とても武器として利用する事など出来ない代物だ。


「ふーむ、そうなると魔石はいらないかなぁ。水晶は高いから代わりになる物~。」


ジルは思案する。


必要になるであろう素材とその術式。

水晶天道虫の要素と関連する情報。


先程まで笑って話していたジルの顔は、研究者としての真剣なものに変わっている。

エルカの微笑みを受けながら、ジルは筆を走らせていた。




要素。

それは召喚するものの構成情報である。


あくまでジルの考えではあるが、これらを揃える事で存在を確かなものにするのだ。


今回の水晶天道虫については何だろうか、とジルは考える。


「まず、虫は間違いないとして、水晶の代わりって何かなぁ・・・・・・。」


うんうん、唸りながら道を行くジルの足はいつの間にか素材屋の入口を潜っていた。

挨拶も無しに店内の品を物色する。


「・・・・・・・・・・・・。」


いつもと違う様子のジルにアルーゼは怪訝けげんな顔をした。

が、騒がしくないなら問題なし、と判断し、キセルを吸って煙をくゆらせる。


だが、そんな平穏はすぐに崩壊するのが相場である。


「もういいや!これでいこう!」

「うるせェ。」


ジルの声に対して、アルーゼから即座に苦情が入った。


「はっ!アルーゼさん何でいるの!?」

「他人の店に来て、何寝ぼけた事言ってやがる。」

「い、いつの間に!」


心底驚いたような顔でジルは周囲を見回す。

確かに良く知る素材屋の中にいた。


「集中してて気づかなかったよ~。」

「って事は、持ち逃げする気だったって事でいいンだな?」

「そ、そんな、まさか~。あはは・・・・・・。」


指摘に対してしどろもどろになりながらジルは頭を掻いた。

実際、集中しすぎてやりかねなかったのは内緒だ。


今、ジルの手には砂漠の砂が入ったビンが握られていた。


「で、ソレ買うのか?」

「うん!あ、あと虫も!」


黒光りする手のひらサイズの甲虫をむんずと掴んでカウンターへ。

会計を済ませてジルは自室へと向かった。




まずは魔法陣の用意だ。


床に中に十字に線を引き、中心に手のひらを広げた位の正方形を描く。

正方形の四つの頂点から中心に向かって線を引いた。


十字とバツの線によって作られた三角形に一つ飛ばしに砂を注ぐ。

それによって床に砂の風車が出来上がった。


なぜ砂を使うのか。

それは先般、砂漠の砂から硝子がらす製品が出来ると知ったからだ。

同じ雰囲気を持つ水晶と繋がるのでは、という目論見もくろみである。


中心に黒光りする甲虫を置いて、準備は完了だ。

砂の風車の中心でそれが異様な存在感を放っている。


「ちょっと休憩休憩。」


椅子に腰かけて短い手足を伸ばした。


膝の上にマカミを載せて撫でる。

ふわさらの毛とほんわり暖かい体温によって、手から癒しが伝わってくる。


十分な活力を得てマカミを床に下ろし、ジルは椅子から勢いよく立ち上がった。

よしっ、とひと声出して気合を入れ、魔法陣の前に立つ。


魔力を魔法陣の真ん中に置いた甲虫に注いだ。

その羽が魔力を受けて艶やかに光っていく。


続いて砂に魔力が伝わる。

風車状になっていた砂が本物の風車の如く回り出した。


速度が次第に早くなり、風が甲虫を包む。

その風によって甲虫が宙に浮かんだ。


ぶわり、と風が集まる。

風車の様に回っていた砂が風に巻かれて甲虫を球状に包み込んだ。


ごおっ、と風が音を立てる。

そして。


ぱぁん!


と音がした。


「へぶぶぶぶっ!!!!」


細かく半透明の白い石が散弾の如く周囲に飛ぶ。

勿論、ジルの方にも飛んできた。


避ける事など出来るはずがない。

全弾を身に受けて、ジルは後方に力なく倒れた。


失敗である。


ジルは肩を落としながら部屋の中に散った石の掃除を始めたのだった。

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