第90レポート きたれ!地雷山嵐!

それは鼠にも海狸ビーバーにも見える魔獣。

人の膝下程度の大きさで果実や樹皮、草や枯れ葉を食べる。


魔獣溢れる森の中でも平和に平和に生きるか弱い存在。

だが、それは他の魔獣には関係ない事だ。


どしんどしん、と重い足音と共に巨大な熊が迫る。

その目には自身の五分の一程の大きさも無い、小さな獲物が映っていた。


唸り、口から涎を垂らし、のしのしと近付く。

だが、その鼠だか海狸だかは動かない。


更に近付く。

それでも動かず、背を向けたまま。


あと数歩で牙がそれを捕らえる。

そう熊が確信したその時、それは毛を逆立てた。


そして、次の瞬間、熊は自身の視界に黒い斑点がある事に気付く。


いや、視界だけではない。

体中に斑点、否、風穴が開いているのだ。


腕にも、足にも、顔にも、心臓にも、脳にも。

熊は訳も分からないまま絶命し、その場に崩れ落ちた。


何が起きたのか。


鼠だか海狸だかがその毛を飛ばしたのだ。

それも弾丸のような速度で、無数の毛を。


一本一本が人の小指程の太さで先端が鋭利な体毛。

どんな敵でも蜂の巣にする危険な針だ。


ゲヴァルトザームの森に棲む針の玉。

万物穿つ、地を行く雷。


その名は地雷山嵐 ―ミッヘルヴァネン― 。

かつて、イェスク国防戦争で生態を利用された悲しき平和主義者である。




レゼルの街角、食事処レストラン露台テラス


その一卓に一冊の分厚い本を広げて、ハルカは椅子に掛けていた。

何も知らない者から見れば見惚れる姿かもしれない。


そんな彼女が見る手元の本は、物語が書かれたような一般的な本では無い。


紫色の表紙に金色の飾り枠。

飾り枠から少し内側に四角の文様が描かれている。


文様の四つの頂点に三角形の赤色の魔石が埋め込まれていた。

その魔石は表紙に凹凸が出ないように平らに加工してある。


各頂点から対角に二重線が描かれ、交点には菱形ひしがたの白い魔石。

こちらは平らに加工はされておらず、四角錐しかくすいの形となっていた。


先史時代の人工遺物アーティファクト、この世に二つと無い魔法の本だ。

書かれた内容を遠くへと送信する、特殊な機能を持つ。


が、ただそれだけだ。

特別な魔法が使えるわけでも、神と交信出来るわけでもない。


更に送信は出来ても受信は出来ないのだ。

彼女英雄の依頼で各国に設置された受信装置に届けることしか出来ない。


しかし、今のハルカにとっては替えの効かない商売道具。

旅の相棒である。


「あ!ハルカさんだー!こんにちはー!」


彼女の姿を見つけてジルが駆け寄ってきた。

それを見て、ハルカは本を閉じる。


「おー、今日も元気ねー。」

「元気が取り柄でっす!」


椅子に座るハルカの前で、ぴしっと直立してジルは言った。

次の瞬間、二人で笑う。


「そっち掛けたら?」

「あいっ!」


ハルカの向かいの席に腰掛けた。


ジルはすぐさま給仕ウェイターを呼び、注文する。

ハルカも飲み物を注文しただけだったので追加で料理を頼んだ。


料理が来るまでのんびりとしばし雑談。

緩やかに流れる川のように止めなく、人が道を行く。


太陽は暖かに二人を照らしている。

風はどこかの花のを運び、吹き抜けていった。


「お待たせ致しましたー。」


給仕が料理を卓に運んできた。


ジルの前には緑鮮やかな旋風パスタトゥルビネッティが置かれる。

そしてハルカの前には馬鈴薯ばれいしょのベーコン巻き ―カルトペックラーレ― が置かれた。


細切りにした馬鈴薯を薄切りベーコンで包み、細い棒状にする。

味付けは塩胡椒ととてもシンプル。


それを軽く油を敷いたフライパンで焼く。

最後に一口サイズに切って完成だ。


軽食として良く出される品である。

そのままでも美味しいが、野菜と香辛料で作られたソースに付けても旨い。


特にとろりとしたトマトのソースと実に良く合うのだ。


「お、ハルカさんそれ美味しそうですね~。」

魂胆こんたんは見えてるわよ?ほら、一個持って行きなさい。」

「わーい!」


策略を看破かんぱされたもののジルは目的を達成した。

ありがたくフォークで一つを突き刺し、そのまま口に運んだ。


ベーコンの繊維感と火の通った馬鈴薯のほくっとした食感。

それを塩胡椒が引き立てている。


それを見て、ハルカもフォークで一つを取り、トマトソースを少し付けて口に運ぶ。


トマトの酸味と香辛料、多少の甘みがよく合っている。

昼食にも夕食にもならないこの時間にいい具合の量だ。


世界中のどこでもこれと同じような料理は食べられる。

だが、改めて食べてみるとやはり美味しいものだ。


「ちゅるちゅる、もぐもぐ。」


そんな事を考えているハルカの向かいではジルがパスタをすすっていた。

何も考えていない、お気楽な顔である。


「はっ!!!」


道行く人の流れを断ち切りながら男が駆け寄ってきた。


「ハルカさんっ!!!」

「あら、ガリアーノ。」

「むぐむぐ・・・・・・。」


ハルカの前でガリアーノは直立不動。

そして彼女が自身の名を覚えていた事に喜んでいる。


ハルカの側は以前と同じく、特に興味なさげな目だ。


「ぜひ、ご一緒させて下さい!」

「席が埋まってるの見えないのかしら?」


ガリアーノの言葉を受けて、ハルカはちょいっと顎で向かいのジルを指す。


「ああ、そう言う事ならコレ退かしますから!」

「人を物扱いするなー!!」


食事途中で席を奪われようとしたジルは流石に抵抗する。


「おいこらガリアーノ!節操無し過ぎるー!前にリオさんにも声かけてたのにー!」

「ちょ、この、今それを言うか!?」

「へへーん、仕返しだよーだ!」

「ぐ、このガキンチョが・・・・・・。」


不味い事を言われたガリアーノは怒りに身体を震わせる。


「へぇ?私だけじゃなくてリオにも声かけてたのね。」


ハルカの刺すような氷の目線がガリアーノを射貫く。

うっ、とひと声出してガリアーノは沈黙した。


「あ、そう言えば、初めて会った時に『俺の目的が』とか言ってたけど、あれ何?」

「な!?今それを聞くか!?」

「私も気になるわねぇ?」

「う、ハルカさんまで・・・・・・。」


二人からの視線にガリアーノはたじろぐ。

沈黙を貫いても、逃走したとしても、この場は良くとも信用を失うのは明白だ。


元々ハルカから信用があるかどうかは別として。


「・・・・・・す。」

「は?良く聞こえないよ~?」


ぼそっと言葉を発したガリアーノ。

しかし全く聞こえず、ジルは聞き返した。


「・・・れ・・・けの・・・・・・作る事です。」

「んんー?」


先程よりは聞こえるが、やはり明瞭ではない。

ジルは耳に手を当て、もっと大きな声で話すように、と身振りで催促する。


「俺だけのハーレムを作る事です!」


ガリアーノは白状した。

と同時に、ジルから向けられる視線の温度が氷点下まで落ちる。


「それはどうなの、ガリアーノ。」

「だから言いたくなかったんだよっ!」


ジルの指摘にガリアーノは心の底から出た言葉を返した。


「ふぅん、まあいいんじゃないかしら?別に禁止されているわけではないし。」

「ハルカさん、良いんですか?こんな事言ってる人。」

「まあ、私は興味ないからねぇ。リオに手を出そうとしたのは別だけど。」


言葉の前半と後半でハルカの目が変わる。

魔獣すらも殺す視線がガリアーノに突き刺さった。


「うっ。そ、それは・・・・・・。い、今はハルカさん一筋です!」


ガリアーノの攻撃。


「ま、リオに手を出さないなら良いけど。あ、私は遠慮しておくわね。」


ハルカは攻撃をひらりとかわし、その勢いのまま、鋭く貫いた。


「ぐうっ。」


致命的な一撃クリティカルヒット

残念、ガリアーノは死んでしまった!


ガリアーノはフラフラと去っていった。


「あー、大丈夫ですかね、あれ。」

「大丈夫でしょ、寝て起きたら元気になるわよ。迷惑だけど。」


雀の涙程度の憐憫れんびんの情から発されたジルの言葉をハルカは一蹴いっしゅうする。

まさに、取り付く島もない、である。


「それにしてもハルカさんって恋とか興味ないんですか?」

「恋ねぇ・・・・・・。」


ハルカはぼんやりと考える。

が、すぐに結論が出た。


「無いわね。」

「無いんだぁ・・・・・・。」


キッパリと言い切ったハルカにジルは苦笑する。


「美人で恋に興味ないって、男の人からしたら残念ですよね。しかも反撃は強力。」

「なに?地雷山嵐ミッヘルヴァネンみたいだと言いたいのかしら?」

「あー、そう言われるとその通りかも。」

「言うわねぇ。」


ハルカはくつくつと笑った。


「でもまあ、地雷山嵐は私というよりも・・・・・・。」

「え?何か言いましたか?」


ぼそり、とハルカが発した言葉にジルが反応する。

だが。


「ううん。何も言って無いわよ?」


ハルカは街に吹く風の如く、サラリと問いかけを躱したのだった。

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