第89レポート きたれ!鉄毛羊!

「今更だけど、レンマさんの武器って珍しいよね。」


レンマの部屋にお邪魔してお茶をしながら、ジルは素直に言った。

その言葉が指しているのはレンマが扱う刀である。


「近頃は扱う者が多少増えましたが、基本はアマツ独自のつるぎですから。」


微笑みながらレンマは答えた。


刀はアマツ皇国伝来の武器である。

そして、長きに渡り外界と交流が無かった事で他国に殆ど伝播でんぱしなかった武器だ。


百五十年前の開国によって、刀はゲヴァルトザームにのみ伝わった。

初代元帥は軍刀をいていた、との記録から、かの国の元帥は代々軍刀を持つ。


だが、広がりはそこまでだった。

魔力無き者の国が使う剣、となれば他の国が取り入れる武器では無かったのである。


大きな転機は数年前。

かの『英雄』が魔王に立ち向かう際に、その手には刀があったのだ。


神より与えられし、現世に無き神の鉄。

聖女によって生み出された、なる世界の鉄。

世界各国の最高の鍛冶師。


全てが集まって作られた、二つと無い世界最高の武器。

それこそが『神星刀』である。


平和になった今、それはアマツの神社の奥深くに納められているという。


この事から他国でも刀が少しずつ普及し始めたのだ。


とはいえ、現状ではまだ一般的に見られる武器ではない。

ジルもレンマ以外に刀の使い手は見た事が無かった。


「刀について、ちょっと詳しく知りたいな。」

「ふむ、詳しく、と言っても色々とありますが・・・・・・。」


ジルは好奇心から依頼する。

それに対して、どうしたものか、とレンマは考えた。


「単純に言うならば、刀は武器であり、呪具ですね。」

「武器は分かるけど、じゅぐ?って何?」


聞きなれない言葉にジルは首をかしげる。


「魔力を通わせ、術を行使する物。という言い方が正しいでしょうか。」

「ふむむ?」

「厳密には異なりますが、ジルさんの減縮と増幅の杖メディメンナと似たような物、ですね。」

「なるほど~。」


魔力を使って魔法を使う。

それは魔法使いの当たり前だ。


その力を増幅させるための物、という事であれば理解出来る。

ジルが持つ杖は魔力を減増させる特殊な物であるが、理屈は同じなのだ。


わたくしの場合、剣としてだけでなく、術を使うのにも利用していますね。」

「あ~、模様が書いてある紙を刀で突いたりして、どーん!ってやるやつか!」

「ははは、そうですね、それです。」


ジルの大雑把な理解にレンマは同意する。

レンマの術式はジルやベル等の術式とは大きく異なり、細かく理解は出来ないのだ。


だとしても、あんまりな理解と言語化である。


「全員が全員、術使いではありませんので、総じて武器として見て頂ければ。」

「りょーかいです!」

「本国の将軍や武人にとっては誇りである、という側面もありますね。」

「誇り・・・・・・あ、騎士の剣みたいな?」

「そうですね、それが近いと思います。」


騎士にとっては剣は家に伝わる誇りの象徴。

ナーヴェ連邦に騎士はいない。

だが、ジルの感覚でもこれは何となく理解が出来た。


「続いて、刀の製法についてお話ししましょうか。」

「おー、鍛冶ってよく知らないから聞いてみたい!」


ぱちぱちと手を叩き、ジルは次の話を待ち受ける。


「刀は玉鋼たまはがね、特殊な鋼を鍛造して作られています。」

「ほほぅ、なんだか凄そうな気がする・・・・・・。」

「凄い、かどうかは分かりませんが、玉鋼については製法そのものが違いますね。」


アマツ皇国とそれ以外の地域では鋼の作り方が大きく異なるのである。


帝国を含めた世界各国では鉄鉱石を用いて鋼を作る。

対して、アマツでは砂鉄を用いて鋼を作るのだ。


無論、アマツでも鉄鉱石は採掘できる。

しかし、強大な魔獣と相対するにはそれでは足りなかった。


より鋭く、より強靭に、よりしなやかに。

それを追い求め、手間と時間をかけて砂鉄から高純度の鋼を作る技術が確立した。


作られた鋼を他の鋼と区別するために『玉鋼』と呼称する。

これは武器にのみ使われる、特殊な鋼鉄である。


「原料は砂鉄、木炭、そして鉄毛羊 ―かなげひつじ― の毛。」

鉄毛羊かなげひつじ?魔獣かな?そこのところ詳しく!」

「やはりそこに興味を持ちましたね。」


召喚術を志すジルの興味はやはり魔獣に向く。

それをレンマは見透かしていた。


「あはは、そりゃやっぱ気になっちゃうもん。」

「では、詳しくお話し致しましょう。」


鉄毛羊。


アマツにのみ生息する羊の魔獣。

その生態は普通の羊と大差無い。


食べる物も野菜や牧草。

ねじくれた角や地を蹴手繰けたぐひづめも同じ。

だが、一点だけ普通の羊と異なる部分が存在する。


それは羊毛である。


普通、羊の毛は衣服などに使われる白く柔らかな毛だ。

しかし鉄毛羊はその名の通り、鉄の毛を持つ。


鋼鉄のように頑丈では無いが、細い細い鉄線が絡まった様な毛を生やしている。

その毛はごわごわとしており、触れる物をたわしのように傷付けるのだ。


アマツではこれが家畜化されている。


その肉や乳も利用価値があるが、何よりも毛が大切だ。

この毛を砂鉄などと混ぜて製鉄する事で、玉鋼が出来るのだから。


「という魔獣で、アマツの生活には密接に関わる存在です。」

「ほほー、一回見てみたい!」


興味深い魔獣の情報にジルは目を輝かせる。

その様子にレンマは笑った。


「アマツに行く事があればどこでも見ることが出来るはずですよ。」

「そうなんだ!あ~、一回行ってみたいな~。・・・・・・そうだ!」


何かを閃き、ジルはレンマに向き直った。


「アマツの事、もっと教えて!」


ジルの申し出に少し驚いた表情をした後にレンマは微笑んだ。


「ええ、お話ししましょう。何から話しましょうか・・・・・・。」

「うーん、名所とか?」

「それであれば、わたくしに関係のある場所からお話ししましょう。」


その返答にジルはわくわくと心を躍らせる。


百稲ひゃくとう神社、という場所について。」

「ひゃくとう・・・・・・じんじゃ?じんじゃって何?」

「ああ、『神社』が分かりませんよね。何と言うべきか。」


ううん、とレンマは唸りながら考える。


「・・・・・・そうですね、規則の緩い教会、という感じでしょうか。」

「教会、かぁ。ぼんやりとしか知らないかも。」


この世界には幾百いくひゃく幾千幾万の神がいる、と言われる。


その神に人は祈るが、個人で祈りを捧げることが多い。

一部の敬虔けいけんな者を除けば、緩やかな信仰が一般的だ。


帝国の一部と連合王国の一国を除けば、単一神を崇める大規模な教会は存在しない。

大きめの集会所がその役割を果たす事が多いのだ。


だから気軽に祈りを捧げるし、どの神に祈るかも案外いい加減である。


ジルの故郷、ナーヴェでは海と船と魚と空と豊穣等の神への祈りはある。

だからと言って教会のような物は無かった。


「まあ、特殊と言えば特殊な施設ですね。私は神主の息子なのですよ。」

「かんぬし?またよく分からない言葉が・・・・・・。」

「ああ失礼。司祭というか、神にお仕えする者というか。」

「ふむふむ。」


レンマは謝罪しつつ、アマツ独特の言葉は使わない方が良い、と理解する。


「その神社にまつられているのは神では無いのです。」

「へえ~、教会だと全部神様だけど違うんだ。」

「百燐天命稲荷命 ―ひゃくりんてんめいいなりのみこと― 様を祀っております。」

「ひゃ、ひゃく・・・・・・いな・・・・・・???」


またも聞いた事の無い言葉にジルの頭の上は疑問符で一杯だ。

流石に固有名詞ばかりはどうしようもない。


「狐の大妖怪、妖異、神に近い存在、といった所でしょうか。」

「ふむむ。なんだかすごい狐さん。」

「はは、それで構わないと思います。実際、山のように大きなお姿ですから。」

「すっごくおっきな狐!見てみたいな~。」


不思議な事が沢山溢れる遠き国。

そんな異国に思いを馳せながらジルはレンマの話に聞き入った。


まだまだお話は始まったばかりである。

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