第88レポート きたれ!岩団子!

ごろごろごろごろ


木々の間を器用に転がる岩の玉。

開けた場所に出ると玉が開いた。


現れたのは多足と触覚。

巨大な巨大な岩の外皮を持つダンゴ虫。


多足をちょこちょこ動かし、あちらへこちらへ。

気ままに丸まり、ころころころころ。


岩団子 ―ペトイパラ― は森の放浪者。




ぴかっ、と光が瞬いた。


一瞬、扉の隙間から外気が室内へと取り込まれる。


次の瞬間。


爆発音とともに爆風で扉が勢いよく開いた。


黒煙を纏い、弾丸のようにそれは飛んで行く。


今日もジルは元気に空を飛んでいる。


「むぎゃっ!」


建物の屋根に頭から着弾。

よろよろ立ち上がり、そそくさと屋根から大地へと舞い降りる。


「しゅたっ、と。うーん、やっぱり駄目だったかぁ・・・・・・。」


残念な結果にジルは唸った。

やっぱり、という言葉から、元々把握していた結果ではあるのだ。


「試しに何も考えずにやったらどうなるか、って思ったけど、爆発かぁ。」


積極的に自爆したジルは道を行く。


素材は適当、魔法陣も適当、魔力操作も何も考えず、意識もぼんやり。

そんな事をすれば何をやっても酷い結果になるに決まっている。


「ま、これで適当は駄目だって分かったから、いっか!」


至極当然の事を理解したジルは、空かせたお腹を満たすために歩いていった。




ブルエンシアは魔法研究者の国である。

だが、当然であるが研究には関係ない一般人も多く居住しているのだ。


だからこそ一階層の街は広く、住居や様々な店が立ち並んでいる。

素材屋などの研究者向けの店よりも、実は雑貨屋や料理を出す店の方が多い。


つまり、それだけ食べる物の選択肢があるという事だ。

研究馬鹿が多く、食に無頓着な者が多いこの国だが、その反面で美食家も多い。


求道者が多いからこそ、その情熱が食に向く者も多いのだろう。

実際、元研究者が開いている店も良く見かける。


今、ジルが向かっている店もその内の一軒である。


濃い茶色のもくを基調とした大人な雰囲気を醸し出している外観。

店の軒下にはジルの背丈の半分ほどの大きさの酒樽が並んでいる。


だからと言って、酒を出すだけではない、という事が店先の立て看板が示していた。

文字からも美味しそうな、今日のお品書きが書かれている。

客が集まる一般的な酒場に違いない。


立て看板の一番下に見慣れない料理名が並んでいる事を除いては。


「いらっしゃぁい。」


からんころんと鳴ったドアベル。

それに合わせて、カウンター奥から少しねっとりした声が返ってきた。


ぼさぼさ癖っ毛の金髪が目元近くまで覆い隠している。

服装もだぼだぼ、更には猫背で、お洒落に無頓着なのが一目で分かる外見だ。

年齢は三十程度、しかし、その外見からもっと年上に見えてしまう。


この酒場の主、ヤーナである。


「ジル、来ました!」

「ふふふ・・・・・・、よく来たぁねぇ・・・・・・。」


元気よく申告したジルに対して、ヤーナはニヤリと何かをたくらむように笑った。


「挑戦に来たのかなぁ?そうだよねぇ?そうに、決まってるぅよねぇ?」

「普通の食事したいんだけど・・・・・・。」


酒場からはおよそ考えられない見た目と調子。

だが彼女の出す料理は間違いなく旨い。


一つだけ、看過できない点がある事を除けば。


「イイ感じの魔獣が入ったんだぁよねぇ・・・・・・、気に入ると思うぅけどなぁ?」


魔獣の料理。

この世界では一般的である。


事実、ジルの故郷で日常的に食されている海産物にも魔獣である物は多い。


だが、彼女の出す魔獣料理はそんなものではない。

食用に適さないはずの魔獣をわざわざ使って作られているのだ。


毒のある魔獣を毒抜きして調理したり。

爆発性の体液を持つ魔獣の体液を使って酒を作ったり。

金属を含む魔獣の外皮を丸三日煮込んで出したり。


場合によっては食べた瞬間、有無を言わさず失神する料理モドキも存在する。

あまりに様々な物を食べた彼女にとっては問題なく食べられる品々だそうだ。


それ故、試作された魔獣料理は無料で提供されている。


有り体に言えば、客を使った人体実験だ。


「というぅか、選択肢は無いよぉぉ?」

「やっぱり。まあ、お財布厳しいから来たんですけど。」


ジルは諦めの表情で言う。

実験で適当やったのも素材を用意するのに先立つものが無かったからである。


「で、今日は何ですか~?」

「ふふふ・・・・・・、見てのお楽しみだよぉ。」


そう言ってヤーナは厨房に引っ込んだ。

調理開始である。


ノミで槌で硬い物を破壊する音が響いた。

べきべきと何かを引き裂く音が鳴っている。

ばきん、ばきん、と細い物をへし折る音が奏でられる。


実に食欲が・・・・・・無くなる音である。


「何が出てくるか、やっぱり不安すぎるなぁ・・・・・・。」


ジルはコップに湛えられた水を飲みながら、今まで食べさせられた品々を思い出す。


毒小蜘蛛ソギルブートの揚げものは、強烈な苦みと舌の痺れが酷かった。

弾丸烏バラエルボの焼き鳥は、骨っぽく食べられない事は無いが不味かった。

岳蝙蝠オロフテリザのグリルは、臭みが酷く、更には食べた瞬間に吐いた。


死んだり中毒になったりはしないが、ハズレが多い。

ジルの体感では大体、当たり一割、ハズレ九割だろうか。


厨房の奥ではザリザリと細かい何かを包丁で削ぎ落す音がする。

それが止んだと思ったら、フライパンで炒める耳に良い音色が聞こえてきた。


先程までの危険な音からすると、実に実に、落ち着く名曲だ。


「お待ちどぉさまぁ。」


ジルの前にごとり、と皿が置かれた。

その上には―――


「ナニコレ。」


岩が付いた灰色の緩やかに湾曲した甲殻。

辛みが見て取れる赤いとろみのあるソースがかかった肉が載っている。


肉は海老のようなプリプリとした見た目と感触だが、砂色をしていた。

何の疑いもなく口に放り込むのは躊躇する。


岩団子ペトイパラの辛み和えだよぉ。美味しいぃよおぉ?」

「そう言われて何度裏切られたと思っているんですか・・・・・・?」


ジルの苦情にもヤーナは全く動じない。

さあさあ、と謎の料理を口に入れろと促してくる。


ごくり、とジルは唾を呑み込んだ。

食欲からではない、覚悟からである。


フォークで砂色のそれを突き刺す。

やはり海老のように弾力と張りがある感触だ。


流石に素材の味を楽しむ余裕などない。

可能な限り、赤の泥濘でいねいを纏わせる。


「むむむ・・・・・・。」


フォークで突き刺したそれを口元に運ぶ。

が、あと少しの所で手が止まった。


しばらくの逡巡しゅんじゅんの後、ジルは覚悟を決める。


「ええいっ!死にはしないはず!・・・・・・・・・・・・多分っ!!!」


目をつぶり、大口を開けて、その塊を放り込んだ。


まず感じたのはソースの辛味。

続いて押し寄せたのは張りのある弾力。


歯を立てて、その肉を噛み切る。

ぷちゅっと肉の中から僅かな水分が口内に散った。


水分とソースが混ざり、口内に広がる。

肉と共に、それを嚥下えんかした。


ふぅ、と一息吐き、ジルは顔を上げる。


「旨いっ!!!」

「でしょぉ~?そおぉ言ったじゃんか~。」


ジルの咆哮にヤーナは誇らしげにニヤリと笑う。


岩団子ペトイパラの辛み和え。


海老のような食感でありながら、ねとっとした強めの甘みと旨味がある。

この甘さに辛めのソースが絡んで、むしろさっぱりと食べられる品だ。


間違いなくご飯に合う料理である。

ジルは飲めないが、お酒にも合うだろうとは思う。


「でも岩団子って森にいるでっかい岩の塊みたいなやつですよね?」

「そおぉだよぉ。」

「よくそんな物食べようと思いましたね。」


ジルの問いに、ヤーナは同じ品を口に放り込みながら答える。


「美味しい物を探すなら、だぁれも食べてない物が一番だからぁねぇ。」


食の求道者。

聞こえはいいが、一般的に見ればただのゲテモノ食いである。


だがヤーナはそんな事は気にしない。


今日も街の片隅の酒場で新しい料理危険物が産み出されているのだ。


そして彼女はお客実験体を待っている・・・・・・。

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