第87レポート きたれ!詩人兎!

動物集まる森の中。

切り株舞台に小さい竪琴ライアー持った白兎しろうさぎ


鳴くは歌声、奏でる旋律。

心を静める音のが、木々の間を流れゆく。


音に釣られて魔狼が来たる。

けれども魔狼も聞きれた。


かの白兎はくとは多くを語らぬ。

さりとて歌声雄弁に、兎の心を語り出す。


詩人兎 ―ポエクルス― の独唱会リサイタル

危険な森の平和な空間。




歌というのは色々な場面で歌われる。


仲間と共に喜び合う時。

寂しさを紛らわせる時。

不安を振り払い、心を鼓舞する時。

悲しみを受け入れ、前に進む時。


どんな場面でも歌は人を支え、人と共に生きていく。

そう、それはどんな歌でも同じなのだ。


「ふんにゃ~、ほんにゃ~、ぷーたららっ、ぺぺっぽぺ~。」


ジルの口ずさむ意味不明な歌であっても、多分、おそらく、そうなのだと思われる。

・・・・・・歌を生業とする人々に謝罪するべきなのかもしれないが。


「た~らりら~・・・・・・そうだ!歌に関する魔獣だ!!」


道のド真ん中で立ち止まり、いきなり空に向かって大声を出した。

周囲にいた人々が驚き、そしてジルから距離を取る。

川に岩が一つ頭を出しているかのように、人の波がジルにぶつかり裂けていく。


「うーん、でもそんな魔獣いるかなぁ?」


道行く人々の迷惑などお構いなしに、ジルは顎に手を当て首をかしげる。


「ま、調べてから悩めばいっか!」


あっけらかんとそう言って、ジルは人の波の中へ紛れていった。




積み上げられた本の山。

乱雑に広げられた紙の平原。


机を目一杯活用してジルは調べものを続けていた。


周囲の迷惑なんてものは考えていないのは言うまでもない話である。


「んー、歌、って限定すると意外といないなぁ・・・・・・。」


ばたん、と何冊目かの分厚い図鑑を閉じて、ジルはその本を横に置く。

両腕を投げ出して、机に倒れ込んだ。


「疲れたぁ、目が痛い~。ちょっと休憩・・・・・・。」


まぶたを閉じて、疲労に耐えながら重労働を行った功労者を労わる。

暫くの間そうして休憩し、活力を充填した。


「うぉっし!活動再開!!!」


勢いよく起き上がり、ジルは再び本の山を登り始める。

が。


「うわわっ!」


起き上がった時に触れた本の山が土砂崩れを起こした。

重量のある本の土石流がジルを襲う。


「あだっ!!!!」


一番上に置いてあった一冊の本が、まさに落石のようにジルの頭に直撃した。

よりにもよって本の背が。


「うぐぅおおおぉぉ・・・・・・・・・・・・。」


悶絶。

衝撃と痛みに頭を両手で押さえながら、ちょっと涙目になった。


ただでさえ小さい背丈が少しばかり縮んだかもしれない。

いや、こぶができる事でちょっと背が高くなったかも。

そう考えるとほんのちょっとだけ嬉しい。


「なわけない、痛いだけっ、むぐぅ・・・・・・。」


痛みに耐えながら、机から身体を起こした。


衝撃で頭蓋が揺れた事で、何だかふらふらする。

そう、視界が回っているような感じがするのだ。


眼前で翼を広げるが如く開かれた本の挿絵も文字もぐにゃぐにゃしている。


「あー、痛ったぁ・・・・・・。」


少しだけ引いた痛みを噛みしめながら、視界が正常に戻った事を確かめる。

遠くを見て、天井を見上げて、瞬きを何度か。

一度、ぎゅっ、と強く目を瞑って、そして開いた。


「ふう、吃驚びっくりしたなぁ。」


土砂崩れを起こした本の山を整地して、今度はちょっと離しておく。

その山に戻し忘れた、目の前で翼を広げる本に気付いた。


「あー、こいつか、頭に当たったの。分厚いからそりゃ痛いよ・・・・・・。」


両手で開いたままの本を持ち上げる。

実に重量感溢れる、重厚な装丁の本だ。

こんなものが落ちてきたのだから、痛いに決まっている。


「ん?」


開かれたページの文字と挿絵に目がいった。

小さい竪琴を奏で、歌声を響かせる白兎。


詩人兎ポエクルス、かぁ。」


主に森。

街道、平原、山に丘、島に海。


ありとあらゆる場所で詩人の如くぎんじ、歌手のように歌うのだ。

その旋律と歌声は心を静め、癒しを与える。


「これだ!」


ジルは目的の魔獣を見つけ出し、大急ぎでメモを取る。

完成したそれは、譜面のように綺麗なメモ、にはならず、乱雑な文字の並びだった。




「お失礼致します、お買い物に参りましたでございます。」

「気持ちワリィな、引っぱたけばか?」

「丁寧にしたのになんでだよー!」


今日も平常運転である。


音角鹿イーコルケスの角くださ~い。」


かつて召喚を試みた魔獣の素材である。


もう一度召喚するには色々と準備が必要、成功するかどうかも分からない。

いや、成功してしまったら格闘して角を取る事になる、先に命を取られるだろう。


ならば、買った方がずっと良いのだ。


「こいつで良いか?」


アルーゼが取り出したのは、二つに枝分かれした、ジルの身長の二倍以上の角。

内部は空洞なので見た目よりはずっと軽い。


それをそのまま渡そうとしてきた。


「こんなでっかいの要らないよ!」


かつて担いで街を練り歩いた事を思い出し、ジルは強く主張した。


「ならこれくらいか?」


角の先を指で測り、アルーゼは問う。

それに対し、ジルは頷いた。


ばきり、とへし折られた角を手に入れ、次の目的地へとジルは走る。




宿屋へ突撃。

一階から二階へ階段を上り、更に三階へと駆け上がる。


階段を登り切って奥へと進み、扉をノックした。


「リオさーん、いますか~?」

「ジルちゃん、ちょっと待ってね。」


中から返答が有り、足音が扉へと近付いてくる。

かちゃり、と鍵を開ける音がして、扉が開いた。


「いらっしゃーい。」

「お邪魔します~!」


にこやかに迎えられ、ジルは部屋へと入る。

少しばかり上等な、広めな部屋だった。


「そこに掛けてて、今お茶淹れるね。」

「お気遣いなくー、あ、お茶菓子もくださーい。」


厚かましい申し出にリオは笑いながら、はーい、と返答する。

少しばかり待つと、紅茶のいい香りが部屋に漂った。


「おー、良い匂い~。」

「ふふ、連合王国産のちょっと良い茶葉なんだ。」

「リオさん、連合王国の人ですもんね~。」

「ん?ああ、うん、そうだよー。」


こぽこぽと音を立てながら紅茶がカップに注がれる。

彼女が返答に一瞬詰まったのは紅茶を淹れる事に集中していたからだろうか。

その機微にジルは気付かなかった。


「はいどうぞ。」

「ありがとうございます!」


紅茶と一緒に出されたのは兎の形をしたクッキーだった。

、目はジャムで赤くされている。

ジルはそれを一つ持ってしげしげと見つめた。


「兎だ・・・・・・。これどこで買ったんですか?」

「作ったんだよ、宿の炊事場をちょこっと借りて。」

「え、料理上手ですね!」

「わぁ、ジルちゃんに言われると自身付くなぁ。」


そんなそんな、とジルは謙遜した。

兎のクッキーのおかげで、ジルはすっかり忘れていた本題を思い出した。


「そうだった!リオさんにちょっと聞きたい事があるんでした!」

「お?何かな~?」


さくり、とクッキーを食べ、リオはジルに応える。


「詩人兎って魔獣知ってますか?」

「あー、白い兎だよね、竪琴背負ってる。」

「それ!連合王国に一杯いるって聞いたんですけど、何か知ってる事ありますか?」

「うーん、知ってる事かぁ。」


リオは過去を思い出す。

右も左も分からない世界でハルカと二人だけで旅をした、あの頃を。


「歌が上手だったね、とっても。心を癒す歌って言うのかな。」

「本の通りだ!好きな物とか、そんな感じの情報あります?」

「好きな物、かぁ。」


二人と一匹で野営をした一晩を、白くて目が、あの子の事。


「干し果物が好きだよ、多分普通の果物も好きだと思う。」

「へぇ~、これは有益な情報!」


忘れないうちにメモに殴り書き、紅茶を飲む。

クッキーも口に放り込み、全てを平らげてジルは椅子から立ち上がった。


「あ、召喚実験の対象が詩人兎なんだね。」

「そうです!今日こそ成功させますよー!」


右手を突き上げ、ジルは自信満々に言い切る。


「召喚したら連れてきますね!それじゃ!」

「はーい。今度来るときはゆっくりしていってね~。」


去り行くジルの背中に、リオはひらひらと手を振った。




自室に戻ったジルはすぐさま実験の準備に取り掛かった。


音角鹿の角を叩いて砕く。

更に薬研やげんいて細かい粉にした。


メモと睨めっこしながら、二重円の魔法陣にを描く。

音楽に造詣ぞうけいなどあるはずが無いジルには、音符がお玉杓子たまじゃくしにしか見えなかった。


陣の真ん中に角を挽いた粉を置く。

二足で立ち上がり、前足を少し突き出した白兎の姿を粉で形作った。


兎の前足に干し果物を持たせる。

残念ながら、今日のおやつは抜きになった。


そして、小さな竪琴のような馬蹄型の木工細工を背中側に置く。

頑張って木の板を削って作ったが、案外面白かった。


準備完了である。


「これで良し!」


ぱっ、と勢いよく立ち上がる。

指を組み、ぐっ、と腕を伸ばした。


思ったよりも重労働になった事で腕に溜まった疲労が、少し抜けた気がする。


「さあ、出てこい!」


気合を入れるためにひと声出して、魔法陣に魔力を注ぐ。

ぼんやりと魔法陣が光った。


描かれた譜が宙に舞い、踊っているようにゆらゆら動く。

中心の兎の背に置いた馬蹄型の木がふわりと浮き上がった。


弦など張っていない木工細工に光の弦が現れる。

粉で出来た白兎も光り輝いている。


一瞬、強く光り、風が吹き抜けた。


ぽろろん、と竪琴の優しい音が部屋に響く。


「お?」


ジルは魔法陣を見た。

そこには半透明な、竪琴を奏でる白兎がいる。


ジルに構わず、音を奏で、歌っている。

心が落ち着く、優しい歌だった。


床に座り、その独唱会リサイタルに参加する。

ただ、静かに音と歌声を聴いた。


一曲終え、ジルは拍手する。

白兎はジルの事が見えているのか、そうでは無いのか定かではないが一礼した。


そして、その姿は柔らかな光と共に掻き消える。

残されたのは癒しと穏やかな心だった。

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