第86レポート きたれ!星見梟!

星とは夜空を彩る光である。

星座とは天球に描かれる絵画である。


人は星を見上げ、夢を見る。

星は人を見下ろして、瞬く。


だが、星を見るのは人だけにあらず。


ユーテリスの森の奥。

綺羅星きらぼし光る暗夜、木々の頂に賢者あり。


茶色の羽に星を散らしたが如き白の模様。

かの魔獣の白き星は星座を描く。


人が夢見る星空の下、星見梟 ―エストヴェーフォ― は星を見る。




星が好きだ。

空に瞬くあの星が、星座が、夜空が好きだ。

夜の涼やかな、ともすれば寒くもある、そんな空気も好きだ。


いつも空を見上げていた。

ここではないどこかを夢見て、星空に描かれた絵画を見ていた。

自分が見ているのとは違う、そんな星空を想っていた。


星は心を躍らせる。

あの光は一体なんなのだろうか。


死した人が自分達を見守っているのか。

数多あまた在るという神の姿なのか。

それとも天球に穿うがたれた穴なのか。


そんな事を子供の頃から想っていた。

その気持ちは今でも変わらない。


だから星を見る。

星見梟エストヴェーフォのように。




「いや、だから違うだろ、それ。」

「何言ってんのよ!私の知識が間違ってるって言うの!?」


ザジムとベルは言い合いをしていた。


レゼルの大通りから一本裏に入った二番通り。

そこは屋台が立ち並ぶ、百花の料理が咲き誇っている食の道だ。


通りの真ん中には卓と椅子が置かれ、布の天幕が張られている。

軽食を食べ歩く者も多く、いつも活気にあふれていた。


そんな卓の一つでザジムでっかいのベルちっちゃいのが騒いでいるのだ。

二人の卓にはそこらの屋台で買った料理が置かれていた。


「ありゃ?ザジム君にベルちゃん。なに騒いでるの?迷惑だよ?」

「開口一番で迷惑はねぇだろ。」


突然現れたジルの言葉にザジムは振り返って抗議する。

と、そこにはザジムの知らない人がいた。


「・・・・・・あ~。」

「ん?ああ!こちらはハルカさん!旅の・・・・・・何だっけ?」

「ルポライターよ。初めまして、狼くん。」

「どもっす。」

「ハルカさん、こんにちは。」


面識のあるベルは挨拶をして二人を卓に促し、初対面のザジムは自己紹介をする。

ジルとハルカも二人が囲んでいた卓に加わった。


「で?何をわいわいやってたの?もぐもぐ。」

「ちょ、勝手に食べるのが早いわよ!・・・・・・まあ、別に構わないけど。」


その言葉を受けて、更に料理を取ろうとしたジルの手をザジムが迎撃した。

二人して卓の上で空中戦を繰り広げる。

そんな馬鹿な事をやっている二人に呆れながら、ベルは話を続けた。


「星について話していたのよ。」

「星?」


その言葉を聞いてジルは動きを止め、ベルを見た。


「そ。星と星座について。なのにコイツ、私の知識が違うって言うのよ。」

「だから、いい加減認めろって。あの星座は俺の言った名前だっつの。」

「嘘よ!」

「本当だ!」


再びぎゃいぎゃいと騒ぎだす。

あー、あー、と言いながら、ジルは二人を宥めた。


「まあまあ、どこの星座の事を言い合ってるの?」

北輝星ほっきせいの近くの菱形の星座よ。」


北輝星は天の北極に輝く極星。

常に北に輝くこの星は、旅においても航海においても重要な星である。


「あれは『巻き蛇座』だって言ってるのに、コイツが違うって言うのよ。」

「だから、あれは『二ついたち座』だっつってんだろ。」

「違うわよ!」

「違わねぇって!」

「もうっ!二人とも面倒臭いっ!」


また騒ぎ出した二人に辟易へきえきしながらジルは対応した。

その様子を笑いながら見ていたハルカが口を挟む。


「二人とも詳しいわねぇ。でも、どっちも正解で、どっちも不正解よ。」

「「は?」」


意味不明な言葉に二人は言い争いを止めて、ハルカを見る。

二人の視線を集めたハルカは腕を組み、話を続ける。


「二人の言っている星座は巻き蛇座で二つ鼬座なのよ。」

「んん?どういう事よ。」

「どっちも正解なの。」

「いや、その意味が分かんねぇんだが・・・・・・。」


困惑する二人。

なぞかけをしているハルカはそんな二人の様子を見て、ニヤついている。


「あ、そういう事か。」


やり取りを見ながら料理をかすめ取っていたジルが声を上げる。

その声にジルに視線を移した二人は、その手に持たれた串焼きを奪い返した。


「お、ジルは何か分かったのかしら?」

「ふふふ、勿論!ん~、でもこのまま答えを言うのもなぁ・・・・・・。」


ジルはザジムとベルを見て、ハルカと同じようにニヤつく。


「よし、じゃあ耳打ちで。」

「は~い。」


二人に聞こえないように、ハルカに耳打ちして解答を伝える。


「お!ジル正解~!」

「やったー!」

「な!?」

「うっそだろ!?」


まさかの正解にザジムとベルは驚愕の表情でジルを見る。

そんな二人に対して、ジルは鼻高々だ。


「見事正解したジルには褒美を与えよう!」

「ははー、有りがたきしあわせー。」


ハルカはもっともらしく財布から銀貨を一枚取り出す。

ジルは頭を下げ、両手を皿にして褒美を受け取った。


「じゃ、料理見繕ってきます!」

「任せたっ!」


ジルはハルカからの委託を受け、あっという間に人ごみに消えていった。


「しっかし、意外ね。ジルが星座に詳しいなんて。」

「そうだよな、まさかあっという間に正解を言われるとはな・・・・・・。」

「近い所でそれに関する魔獣でも調べたんじゃない?」

「あー、星見梟エストヴェーフォとかか。それなら納得だな。」


うんうん、とザジムとベルは頷き合った。

だが、それをハルカが否定する。


「多分違うわよ、魔獣の知識で解ける話じゃないもの。」

「え、そうなの?」

「ええ。少なくとも星見梟を詳しく知っているからって答えられる話じゃないわ。」

「って事は、あいつは星に詳しいのか・・・・・・、そんな印象まったくねぇな。」

「確かに。正直、ジルと星なんて全くと言っていいほど繋がらなかったわね。」


ザジムとベルは非常に失礼な事を言いながら再び頷き合った。

流石にハルカもジルが不憫になり、苦笑する。


「で、二人は分かったのかしら?」

「ぬ~~~~~。」

「ぐぐぐ・・・・・・。」


二人は考え込む。

そんな事をしていると、ジルが料理を携えて戻って来た。


「ただいま帰りました~、ってまだ答えられてなかったんだ。」

「おかえりなさい。ってなんか量多くない?」

「大量におまけしてもらいました!」


銀貨一枚で買える料理は精々二人分。

だがジルが持って帰って来た料理は四人分近くある。

明らかに多かった。


「いや~、雑談しながら買ってたらこんな感じになっちゃって~。」

「これも人徳の一種かしらね。確かにジルは人好きのする性格だもの。」

「いやぁ、それほどでも~。」


料理を卓に置き、ジルは椅子に掛けた。

その前ではザジムとベルが腕を組み、うんうんと唸っている。


「そろそろ正解言っちゃいます?」

「そうねぇ、あんまり悩ませるのも、というか、待つのが面倒臭い。」


ああ、もうちょっと、と制止するベルを無視して、ジルが答えを言い放つ。


「帝国とカレザントで星座の名前が違うんだよ。」

「「ああ~。」」


ジルの言葉に二人は納得して頷いた。

それにハルカが補足する。


「帝国もカレザントも歴史の長い国だから、どっちにも深い文化があるの。」


肉と野菜を炒めた料理を箸で摘まみながら、解説を続ける。


「星は方角を知ったりするのに重要だから、国の色が出やすい。」

「なるほど、そう言われると分かりやすいわね。」

「だから同じ星座でも違う呼び方が結構あるのよね。」

「あー、これは答えられたな。ってか問題出すのが上手いっす。」

「ありがと。帝国と連合王国は似通ってるけど、それ以外は大きく違うわね。」


旅の中で実際に知った事をハルカは思い出しながら伝える。

それに対し、ジルが言葉を追加する。


「もっと言うとナーヴェとここで見える星は違うよ。」


串に噛り付きながらジルは続ける。


「大体、帝国とナーヴェの間の海辺り?その辺で北輝星が見えなくなる。」

「お、良く知ってるわね。」

「そこからナーヴェに近づくと南輝星なんきせいが見える。で、見える星も全然違う。」


肉が消えた串で空中に線を引く。

それは南の空を彩る星座たちだ。


「あ、あと北輝星はダルナトリア首都のニクシュバールだと天頂にあるんだよ。」

「そこまで知ってるなんて星の賢者だ、凄いじゃない。」

「ふふふ、子供の頃はずぅーっと見てたし、本も沢山読んだから!」


えらいえらい、とハルカはジルの頭を撫でる。

ジルの意外な一面を知り、ザジムとベルは驚きの表情だ。


「アンタが星に詳しいなんて、印象と全然違うわね・・・・・・。」

「確かにな。ガキの頃は鼻垂らして外走り回ってそうなのにな。」

「なんだとー!」


あまりにも失礼な物言いにジルは憤慨した。

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