第85レポート きたれ!砂喰山羊!

砂漠の国、デゼエルト王国。


この国の名産品は様々存在している。

最も高価な輸出品は液状魔石であるが、それに次ぐ輸出品がある。


それは硝子がらす細工。


料理を美しく見せる皿、注がれた飲み物を輝かせるグラス。

建物を彩る窓、旅人と共に世界を旅する小物細工。


多種多様な製品がかの国では作られている。


とある魔獣がそれを支えていた。


金砂きんしゃみ、腹の中で磨き、反芻はんすうし、吐き出す。

吐き出される砂は、硝子の材料となる物以外が取り除かれた澄んだ砂。


砂に付く僅かな植物を食べるその魔獣は、かの国の人々と歴史を築いてきた。


国章にすらその姿を見せるの魔獣。

その名を砂喰山羊 ―ラムアラザーン― と言った。




自室の白い壁を綺麗に映す硝子の器を手に取り、眺める。

それを置いて、隣の細工が施されたグラスを手に取り、光にかざす。


グラスを置いて小さく溜め息をき、エルカは椅子に腰かけた。


「はぁぁ~~~~~~・・・・・・。」


もう一度、今度は盛大な溜め息が出た。


彼女の手元に有るガラス製品はデゼエルトの品。

それも最高級と言える見事な細工がされた、傷一つ無い逸品である。


しかしながら、彼女の溜め息の理由は硝子の美しさへの感嘆かんたんでは無かった。


「まだ諦めてなかったのね・・・・・・。」


彼女の前にある品の送り主は、彼女にとってある意味で因縁の相手。

笑顔で贈り物を受け取れる存在では無かった。


「ストルス公爵閣下・・・・・・。」


エルカの口から漏れたその名は、帝国東方を守護せし大貴族。

即ち、彼女の父であるヒンメル伯爵から見て、上に立つ存在だ。


そして、彼女がブルエンシアへと来た理由を作った人物でもある。


彼女への求婚はありとあらゆる貴族から行われた。

その中で最も頭を悩ませたのがストルス公爵からの求婚だった。


自家と比べて目上、更には自家にとっては直属の上司とも言える相手。

無下に断るなどという事は絶対に出来ない求婚である。


が、ストルス公爵は齢五十を超える人物。


当時、十と少しの年齢であったエルカを嫁に出すには流石に躊躇ためわれる歳の差。

貴族としての更なる地位を欲しなかったヒンメル伯爵は頭を悩ませる事になった。


貴族同士がいがみ合えば、ともすれば内乱の一因を作る事になる。

最終的には皇帝による介入を経て、エルカは国外へと出されたのだ。


で、ありながら彼女の前にはその人物からの贈り物がある。

つまりは齢六十近くにして、まだエルカの身を諦めてはいなかった、という事だ。


「はぁぁぁぁ~~~~~~~~~~・・・・・・・・・・・・。」


途轍もない長さの溜め息が硝子のグラスを曇らせた。




「エルカさん、なんだかお疲れですね。」


カフェにてジルとお茶をしていると、その表情を指摘された。

慌てて取り繕うも、流石に付き合いの長い弟子、隠し通せるものでは無かった。


「あ~、前に話してた・・・・・・。」

「ええ。帝国を出たから流石にもう大丈夫だと思っていたんだけど・・・・・・。」


そう言ってエルカは目の前のパフェにスプーンを刺す。

すくい取られた苺とクリームがエルカの口へと運ばれた。


「エルカさんがこの国に来たのって相当前ですよね?なんで今になって?」


疑問を呈し、ジルは自身の前のチーズが香るケーキにフォークを入れる。

滑らかなそれが僅かな抵抗と共に切り裂かれた。


「奥様が公爵閣下に愛想を尽かして離縁なされたのよ・・・・・・。」

「え!?それって一大事じゃ・・・・・・?って言うか、離婚できるものなんですか?」

「もちろん一大事。でも元奥様は皇族で、その、結構苛烈な方、というか・・・・・・。」


二人で声を潜めながら話し、エルカは言葉を濁す。


公爵と離縁など本来は不可能。

それを可能とする存在がいるならば、公爵よりも上の存在。

つまりは皇帝に連なる人物だ。


先の帝国戦争の折に皇位継承権を持つ多くの男子の皇族は謀殺された。

女子はその限りではなく、独身の女性皇族の嫁ぎ先が足りなくなったのだ。


ストルス公爵は前妻に先立たれ、長く独身であった。

そのため皇帝に妻を用立てられたのだ。


が、その妻は気が強く、公爵すら手を焼く始末。

結果離縁され、かつて目を付けた候補に再び手を伸ばしたのだ。


「そもそも何でその公爵様はエルカさんに目を付けたんですか?」

「・・・・・・閣下は『取り立て公爵』とも陰で言われている方なの。」

「取り立て・・・・・・借金取り?」


ジルは首を傾げる。

その意味であればストルス公爵は随分と世俗にまみれた貴族様であるようだ。


「ふふ、そうじゃないわ。人を取り立てる、という意味よ。」

「なるほど~。」

「能力があれば登用する。先立たれた奥様も平民の出で有能な方だったそうよ。」

「あ、だからエルカさんを。」


ジルの言葉に、自分で言うのもなんだけど、と言いつつ、エルカは同意する。


「昔は戦争中に連合王国の将軍を引き抜いたりもしたらしいから、ね。」

「それは・・・・・・。かなりの強敵ですね。」

「多分、諦めないでしょうね。立派な方ではあるのだけれど。」


はぁ、と溜め息を吐き、愁いを帯びた瞳で空になったパフェグラスを見る。

様々なものを持っていると、それはそれで気苦労が絶えないようだ。


「それで、どうするんですか?」

「勿論、断るわ。」

「いや、それは分かってるんですけど、どうやって?」

「一先ずはお父様から伝えてもらうわ。・・・・・・それで終わればいいのだけれど。」


遠い目をしたエルカは虚空を見る。

その顔には諦観ていかんの表情が浮かんでいた。


「・・・・・・話を変えましょうか。」

「そうですね。」


辛気しんき臭い話から話題を切り替える。

そうしないと美味しかった甘味に申し訳が立たない。


「そうだ、折角だから硝子繋がりでデゼエルト王国について話しましょうか。」

「あ、気になってたんですよ、砂漠の国!」


以前、アルーゼと話した事を思い出し、ジルは興味を示した。


「何から話しましょうか。」

「はい!魔獣も気になるけど美味しい物について!行く時のために!」

「ふふ、じゃあ町の事も含めて教えてあげる。」


エルカの言葉にジルは、わーい、と喜んだ。

小さい子供のようなジルの姿にエルカは微笑む。


「首都のラムセルシュは他の地域とは全然違う町並みだったわ。」

「どんな感じなんですか?」

「砂で出来た煉瓦れんがで作られた建物に綺麗なガラス窓が付いてたかな。」

「砂煉瓦・・・・・・想像つかないなぁ。」

「白っぽい煉瓦、って感じよ。」


エルカの説明を受けてもジルはその地の風景を思い浮かべられない。

白い煉瓦にガラス窓、砂漠の中の不思議な景色。


まだ見ぬ街並みに心が躍った。

未知な物への興味は、研究者である以上、やはり強くなるのだ。


「美味しい物だと、羊肉と野菜のスープ ―ハルラワールバ― が美味しかったわ。」

「聞いた事無い料理、どんな味なんだだろう。」


押さえられない好奇心と食欲にジルの目が輝く。

くすくすと笑いながら、エルカは解説を続けた。


「香辛料が効いたちょっと辛めのスープで、焼いて煮込んだ羊肉が柔らかいの。」

「羊肉、ちょっと癖があってあんまり好きじゃ無いなぁ・・・・・・。」

「私もよ。でも羊肉と野菜のスープハルラワールバは全然臭みが無かったわ。」

「へぇ~、一緒に入ってる野菜と香辛料のおかげなんですかね~?」


そうかもしれないわね、とエルカも同意した。

この場カフェで料理をしているジルにとっては勘が働く分野である。


「それを麦砂粒 ―ホラゼル― っていう砂粒みたいな小麦料理と一緒に食べるの。」

「また聞いた事無い料理だ!」

「プチプチした食感でスープと良く合ったわ。この国でも両方食べられないかな。」

「おお、食べてみたい・・・・・・。現地で食べたらエルカさんのために作りますね!!」


そう言ってジルはカウンター裏にいるマスターに、良いですよね、と声をかける。

マスターは微笑みながら、勿論ですとも、と快く応じた。


己の研究だけではなく、自分の為にまでやる気を見せる自慢の弟子の姿。

その姿にエルカは、雲がかった心に晴れ間が差すような気がしたのだった。

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