第二章

第84レポート きたれ!光線家鴨!

ナーヴェ連邦のとある海域。


海竜が獲物を仕留めようと洋上に顔を出す。

狙うは海に漂う黄色い嘴の白い鳥。

海竜にとっては小さな獲物だが、目に付いた以上は見逃せない。


大きく口を開け、海ごと鳥をみ込まんと飛び掛かる。


その鳥の額には赤の魔石が光っていた。




シウベスタの一件から少し。


ジルの日常はいつも通り流れていた。


アルバイトをして、実験をして、ザジムにロシェ、ベル、リス、レンマと過ごす。

エルカと仲良くお茶をして、アルーゼに殴られ、イーグリスに撫でられる。

バルゼンに多めに給金を貰ったり、ドルドランにジュースをご馳走になったり。


実に、いつもの日々だ。


今日も元気にジルは歩を進めていた。


「きょ~おは~、ど~こに~、い~こ~お~かなっ、と!」


妙な歌を口に出しながら、一階層の街を行く。

行先は特に決めていない。

つまりは散歩だ。


朝に出発して、あれやこれやと考えながら発見した店を冷やかし、歩く。

普段入らない店で食事をして、お気に入りの店を増やす。


道行く知り合いに声をかけ、他愛ない話をして共に行く。

別れて一人で宙を見た。


「な~~~~~~~~~~~んにも、浮かばないなぁ・・・・・・。」


召喚対象を考え続けたが、頭の中で形にならない。

今日のジルはいまいち不調だった。




「あら、ジルじゃない。」

「あ、ベルちゃん。それなに持ってるの?」


偶然出会ったベルが持つ物を指してジルが言う。


「手紙よ、クラウディアさんへの・・・・・・ってこんなやり取り前にもしたわね。」

「あ~、銃に関してだっけ。その後の事聞いてなかったけど、どうなったの?」


ジルの問いにベルは腕を組み、得意げな顔になった。

その時点でジルは結果が予想できる。


「ふっふっふ、とぉ~~~~~っても順調なのよ!」

「うん、だと思った。」


淡白な反応に、なによ、とベルは不満げだ。


「まあ、そのうち見せてあげるわ、私の新しい力をね。」

「おお~、なんだか楽しみになってきた!」


素直な反応に、薄い胸を張って今度は得意げだ。


「で?アンタは何してるのよ?」

「なんにも?ただ散歩してただけだし。あ、見つけた店、今度教えてあげるね。」

「ありがと。って、ついこの間、大変な事になったわりに暢気のんきねぇ。」


ジルのあまりにも緩い顔にベルは呆れつつも微笑む。


ジルは近しい人間にだけ、シウベスタの一件を伝えていた。

大変な事に巻き込まれたにしては、ジルは暢気に日常を過ごしている。

緊迫した事態を経験した反動、という一面もあるのかもしれない。


「あ、そうだ!ベルちゃん、何か良い感じの魔獣に心当たりはありませんか!」

「良い感じの魔獣って何よ・・・・・・。」

「いいから、いいから。何か知らない?」


ジルの無茶な催促にベルは再び腕を組む。

目を瞑りながら、むうぅ、と小さく唸っている。


「あ~、前に帝国南部まで行った時に見た鳥なら。」

「帝国南部!行った事無い場所!」

「ああもう、五月蠅うるさいわね。」


ずいっ、と前のめりになり大声を出したジルにベルは眉をひそめた。

そんなベルに構わず、ジルは情報を寄こせとばかりに目を輝かせている。


「帝国南部って海に接しているじゃない?ってナーヴェ出身なら知ってるか。」

「うん、ナーヴェから北にそこそこ離れてるけど今は定期船出てるしね。」

「その沿岸で鳥を見かけたのよ。白くてくちばしが黄色い鳥だったわ。」


その時の情景を思い出そうとベルは斜め上を見る。




帝国の南、沿岸部全域を治めるゼルワー公爵。

その領土南端、即ち帝国国土の最南端に港町サンヴィッセルという町がある。


帝国最大の港町であり、帝国南方交易路の始点にして帝国海軍の最大拠点。

この世界における、海の富と力が集まる場所だ。


隊商キャラバンの荷馬車に相乗りさせてもらって、町を訪れたベル。


普段見かけない様々な物品を買い込み、船乗りから情報を収集する。

の料理を堪能し、レゼルへと向かう隊商が出るまでのんびり過ごした。


そんな折、海辺を散策していると一羽のずんぐりとした白い鳥がいた。


真っ白でかさのある白い羽と水かきが付いた薄橙うすだいだいの脚。

鮮やかに黄色く幅広の嘴とつぶらな黒い瞳を持つ。

そして、その額には柘榴ざくろの実のように赤い結晶がった。


大型船のすぐ近くを気ままに漂うその鳥は、時折羽を動かすも飛び立つ様子は無し。

羽繕いをしたり、水に顔をつけたりと、目的があってそこにいる訳ではなさそうだ。


何もする事が無かったベルは共感を覚え、その鳥を何の気無しに見続けた。


夕日が街を、ベルを、そしてその鳥を橙に染める。

はっ、と我に返ったベルは鳥に別れを告げて宿へと戻ったのだった。




「―――っていう事があってね。」

「ベルちゃん、ひとりぼっちでかわいそう・・・・・・。」

「いや、どこ気にしてんのよ!!」


主題とは異なる部分を指摘されてベルは吠えた。

自身でもちょっと気にしていたからこそ、指摘されて尚更恥ずかしい。


「ふむぅ・・・・・・。」

「何よ、お気に召さなかったのかしら?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど・・・・・・。」


ベルは腕を組み考え込んでいた。


彼女の頭の中には僅かな懸念。

だが、しかし、まさか、そんな事はあり得ない、と思う。

そんな所にアレがいるなど、考えられない。


つまりは別の何か、だという事だ。


折角ベルが教えてくれたんだ、やってみよう。

そう思った。


「ベルちゃん、それ召喚してみるよ!」

「話した甲斐があったわ。手紙出したらやる事無いし、付き合ってあげるわ。」

「ありがとう!」


ジルは疑念を振り払うように元気にお礼を言った。




ベルが手紙を出すのに同行し、その足で素材を買い付け、訓練場へと向かう。


「よっしゃ、やっるぞーーーー!」

「頑張りなさい。」


素材を入れた袋を手に、ジルは片手を天に突き出した。

ベルは後ろで足を組み、椅子に掛けている。


素材を袋から出す。


卵を一個。

塩を紙袋に一杯。

水を水筒一本分。

赤の魔石を一欠片。


ゆで卵を作るのか、という素材達だ。


まずは床に円を二重にした魔法陣を書いた。

海と風、太陽を表す文字を二つの円の間に書き入れる。

中心には鳥を示す絵を描く。


片手で持てる限界程度の重量を持つ塩が満杯に入った袋を逆さにする。

白い粒が絵の上に山になった。


山の真ん中を深く窪ませ、赤の魔石を一番下に埋め込む。

その上に卵を置き、水を注ぎ込んだ。

卵が塩の山頂湖の水底で揺らめいていた。


準備を終え、ジルは魔法陣の前に立つ。


「準備できたみたいね。」


ベルの声を背に受け、ジルは一言、うん、と答える。


ジルは緊張していた。

召喚術が成功するのか否か、それに関しては当然である。

しかし、今回はそれだけでは無かった。


もし万が一、ジルが思っている存在をベルが見ていたら。

もしもそれを喚び出してしまったら、成功してしまったら。


だが、そんな事はあり得ない。

アレはナーヴェ連邦にしかいないはずだ。


ジルはその考えを否定して、かぶりを振る。

両手を前に出し、そして魔力を塩の山に注ぎ込んだ。


塩の山がより白く光る。

内部の赤の魔石に魔力が通じ、その影響で水が過熱されていく。


過熱が進み、遂には沸騰を始めた。

それによって内部の卵にも火が通り、急激な温度変化で縦に一線、ヒビが入った。


ヒビが入った事で卵が水面に浮かぶ。

卵がかえるかのように、ヒビが左右に広がった。


頂上湖から円柱状に強く光が生じ、塩の山が一瞬で消え去る。

魔石も、水も共に消えた。


光の円柱の中で、卵が孵る。


ぶわり、と強烈な風が生じ、魔法陣をつむじ風が包んだ。

内部は見えない。

だが聞こえるはずの無い卵の殻が割れる音が聞こえる。


そして、風が収束する。

そこにいたのは―――


「!!!!!!」


ジルは目を見開いて驚愕する。

その後ろからベルが召喚物を見ようと顔を覗かせる。


「あら、成功したじゃない。これよ、私が見たのは!」


ベルはそう言った。


そこにいたのはベルが言ったとおりの白い鳥だった。

一見すると愛らしいその鳥。


大人しくしているそれを撫でようとベルは鳥に近付く。

鳥は警戒してか、嘴を開いた。


「ベルちゃん!!」


ジルは飛び掛かり、鳥の前からベルを退避させた。

鳥の額の赤い結晶が光る。


その時、凄まじい魔力の奔流が開け放たれた鳥の口に集まり、そして放たれた。


轟音と衝撃波、何もかもを撃ち抜く破壊の光線。


ジル達がいた背後の壁がぶち抜かれた。

その後ろの壁も、その後ろも、訓練場内の壁に次々と穴が開く。


そして、光線は訓練場の外周に幾重にも張り巡らされた防御結界に到達した。

圧倒的な耐久力を誇る結界と全てを破壊する光線が衝突し、凄まじい音が響く。


幸いにして結界は崩れず、光線はその威力を失い、消え失せた。


すぐさまジルは鳥を召還する元の場所に還す

鳥がその姿を消して、ジルは、ほっ、と胸を撫でおろした。


「な、な、な・・・・・・何よアレ!!!???」

「ベルちゃん、無事でよかったぁ・・・・・・。」


わなわなと震えるベルをジルが抱きしめた。

召喚術の成功によって、皮肉にもジルの懸念は現実のものとなってしまった。




光線家鴨 ―ラッジナトラ― 。


ナーヴェ連邦の海に生息する、白き鳥。

一見するとただの家鴨あひるだが、額には赤の結晶を持っている。


その存在を一言で表すならば、海洋最強、静かなる暴君。

放たれる光線は、大型船よりも巨大な水竜すら一撃のもとにほふる。


天敵が存在しない事で常に気ままに海を漂う、取り扱い厳重注意の危険物である。




偶然にも人が少なく、光線の巻き沿いになった者はいなかったのがせめてもの幸い。


騒ぎを聞きつけて駆け付けたアスカディアに二人はこっぴどく説教されたのだった。

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