第71レポート きたれ!氷鱗草!

植物に囲まれていると気持ちが安らぐ。

それはある程度、どんな人間にも共通する事である。

ジルもまた、アルバイトをしながら植物に癒されている。

そう、今日はイーグリスの調剤屋でお仕事だ。




「ジルちゃ~ん、それ素手で触ると火傷するわよ~?」

「うわぁっ!先に言って下さいよ!」


鉢植えから伸びる赤いギザギザ葉っぱに触れようとした手を勢いよく引っ込める。

そんな危険物が一般の鉢植えのように置いてあるなどとは誰も思わないだろう。


「この鉢植え今まで無かったですよね?」

「うん~、新しく仕入れたの。魔法医学研究者からのご要望にお応えしました~。」


イーグリスはにこやかに言い放つ。

それならばなおの事、どんな物なのか先に言ってほしかった、とジルは思った。


強力な毒は翻って良い薬にも成り得る。


植物ほどその力が見た目で分からない存在は無い。

調剤屋に置いてある見た目で心を癒す植物達も、その身に毒を宿す物もある。

一見無害に見えて、搾り汁一滴ひとしずくで人間を死なせる毒草も世の中には存在している。


優秀な薬師くすしは豊富な毒の知識を持っている。

その逆もまたしかり、である。


「あ、そうだ~。ジルちゃんジルちゃん。」


カウンターの奥から、ちょいちょいとイーグリスが手招きした。


頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げながら、ジルは近寄る。

カウンターの上に、ことり、と小さな鉢植えが置かれた。


だが、その鉢植えには土は盛ってあれど何も生えていない。

イーグリスは植木鉢の横に小さな袋を置いた。


「?」


それを見て、更に首を傾げる。


「これも新しく仕入れたの。」

「何の植物なんですか?」

「氷鱗草 ―クリュスクラシディ― っていう植物よ~。」


氷鱗草クリュスクラシディ


葉レタスに似た、少し厚みのある柔らかな緑の葉を持つ草。

蒲公英たんぽぽのように横に向かってその葉を広げる。

葉の先はほんの少し内側に丸まっており、柔らかさがよく分かる形状だ。


そして葉の表面は小さな氷の粒のようなものが覆っている。

これは塩分を含んでおり、それが葉を覆う姿から『氷の鱗を持つ草』の名を持つ。

食用に適した植物である。


「へぇ、初めて聞いた草だ~。」

「そうでしょうね~。これ、一部の地域以外では出回らないの。」

「そうなんですか?なんで?」

「痛むのがすっごい早くて、収穫して運んでもすぐダメになっちゃうの。」


顔の前で指でバツを作る。

ジルは納得した。


「あれ?じゃあ何で鉢植えがここにあるんですか?」

「種だけはあるから、育ててみようかな、って~。でも上手くいかないの。」

「やっぱり難しいんですね・・・・・・ん?これを私に見せたって事は?」

「そう。ジルちゃんにも挑戦してもらおうって思ったの~。」


両手の指を合わせて、おねがい、と微笑む。

中々の面倒事である。


「う~ん、分かりました!近頃ちょっと実験行き詰ってたからちょうどいいかも!」

「わ~い、やった~。それじゃあお願いね~。」


ジルは茶色い鉢と黒々とした土、そして種を手に入れた。




しかし問題がある。


そもそもイーグリスは植物に造詣ぞうけいが深い。

そんな彼女が栽培に失敗しているのだ。

つまり、普通の鉢植えのように扱っても上手くいく可能性は低い、という事である。


「うう~ん。」


一先ず自室の机に置いた鉢植えとにらめっこしながらジルは頭を捻る。

だが専門外である事は変わらない、良案は浮かばない。


「よし、調べよう!」


椅子を引き、勢いよく立ち上がった。


行く先は図書館だ。


少なくとも植物図鑑に何かしらの記述はあるはずだ。

間違いなくイーグリスも調べているだろうが、何か手掛かりがあるかもしれない。

分厚い植物図鑑を書架から引っ張り出し、机に広げて目的の植物を探し出す。


「あった!・・・・・・って、書いてある内容少なすぎない?」


そこに記されていた文言は二つ。


寒い地域に自生する事。

食用に適した植物である事。


それだけであった。

その横には挿絵イラストが描かれている。


「まあ、魔法には関係ない植物だからしょうがないのか・・・。」


渋い顔をしながら分厚く重い図鑑を閉じる。

殆ど手掛かりを得る事無く、ジルは図書館を後にした。




それでも得られた情報が一つだけある。

それは、寒い地域に自生している、という事だ。


だが、ジルは南国出身。

寒い地域の植物についての知識などあろうはずがない。

自分に無い物であるならば、他人ひとの力を借りればいい。


幸いにして、ジルの友人には寒冷地出身者が二人もいる。

ならばその知識を借りよう。


「で、私の所に来たってわけね。」

「そゆこと~。」


一通り事情を聴いてメイユベールは椅子に掛け、足を組んだ。

そして少し考える。


「正直に言うと、あんまり詳しくは知らないわ。」

「え~。」

「露骨に残念そうな顔するな。食べていたから多少は知ってるわよ。」

「おお、ちなみにどんな味!?」

「んー、少し塩気のある柔らかくて厚みのあるレタス?食感が面白いかしら?」

「曖昧~。」

「食べ物を詳しく説明するのは難しいわね・・・・・・。って、味は関係ないでしょ!」


本題を思い出し、ベルは話の軌道を修正する。


「パパに聞いた話でしかないけど、他の場所より寒い所に密集してるらしいわ。」

「他の場所より?」

「ええ。シエラミェールの周りも色々あるからね。この前行った所は暖かい方よ?」

「あれよりも寒い所か~。ってなると結構北の方になるのかな?」

「そうね。ペロネーの森の周りの山に生えてるって話よ。」


ベルは頭の中に帝国の地図を思い描きながら答える。


ペロネーの森は、帝都から北にあるシエラミェールから更に北。

ダルナトリアに繋がる街道が山岳地帯に入る直前で東へ外れた所に存在する。


雪が降り積もったとしても葉が落ちる事が無い針葉樹の森だ。

その別名を針の森という。


この森は西側以外を低山に囲まれている。

そこが氷鱗草の自生地であるというのだ。


「結構ダルナトリアに近いんだね。」

「まあ、そうは言っても低い山だから土が凍るような場所じゃないわ。」

「な~るほど。」


聞いた情報をメモに取り、礼を言ってジルは次の協力者の下へと歩き出した。




「あ、リスちゃん!」

「ジル、何か用かな?」


ノグリスの部屋へと訪れたジルは部屋の前で彼女と遭遇した。

彼女の手には紙の包みに身を半分隠した楕円形の揚げ物があった。


「それ美味しそう!」

「ん?沢山あるから一つ食べるか?」


紙袋の口を開けて差し出された中から熱々を一つ、有難く受け取って噛り付く。

サクッとしたころもに包まれた、茹で潰された馬鈴薯と小さな牛肉。

衣の茶と馬鈴薯の白、その中に閉じ込められた肉。


その姿から、白琥珀揚げ ―エーラアンティーレン― と呼ばれる屋台料理である。


「ほふっ、あつっ、うまっ。」

「はは、相変わらずジルは旨そうに食べるな。」


白琥珀揚げエーラアンティーレンの熱さと格闘するジルをみてノグリスは笑う。

ジルは口内にある灼熱の塊のせいでそれどころではない。

そうこうしながらあっという間に一つ平らげ、ジルは本題に入った。


「ふむ、確かによく見る植物だったな。というよりも庭に生えていた。」

「庭に!?ちなみにどんな感じで?」


当たり前だった物を指してどんな感じか、と聞かれて、ノグリスは考え込む。

自宅の庭の景色を思い出し、氷鱗草が生えていた場所を確かめた。


「我が家の庭には大きな木がある、極寒でも広い葉が散らない木が一本だけ。」

「寒い地域って葉っぱが細い針みたいなのばっかりなのに、広い葉なんだ。」

「ああ、そもそもダルナトリアは人間にとっては寒いなんてものではないがな。」


ノグリスは家から見る寒空を思い出していた。


「そんな大きな木の根元に良く生えていたな。あとは軒先のきさきとか、岩の影とか。」

「ん~~~、直接雪が積もらない所、って事?」

「あー、そう言われるとそうかもしれないな。」

「つまり、寒くはあるけど凍っちゃダメ、と。」


たどり着いた結論をメモに書き記す。

これで手掛かりは全てだろうか。


「そういえば洞窟の入口にも生えていたな。」

「洞窟?」

「ああ。ほら先日一緒に行っただろう?気付かなかったか?」


二人で赴いた岳蝙蝠オロフテリザの洞窟を思い出してみる。

ぼんやりとした記憶だが、入口の脇に緑色の葉があった、気がする。

そこで一つ気付いた。


「あの洞窟って岳蝙蝠が掘った、ほぼ岩の洞窟だよね。」

「ああ。」

「って事は岩に根を張ってたって事なのかな?」

「ふぅむ、そう言われると不思議だな。子供の時分じぶんでも容易に引き抜けたが・・・。」


子供でも引き抜ける、となれば岩を割って根を張っているとは思えない。

何か、見落としているような気がする。


「・・・・・・あ。ねえ、リスちゃん、一つ聞いて良い?」

「なんだ?」

「軒先に生えてたって言ってたけど、軒下は?」

「・・・・・・軒先の真下に一直線だ。それ以上内側の軒下には生えていなかった。」


そこまで聞いて、ジルの頭にぼんやりと浮かんでいた仮説がその姿を現した。

持っていたメモにそれを殴り書き、自室に向かって走り出す。


「リスちゃん!ありがと!」

「ん、ああ。・・・・・・ふふ、せわしないな。」


駆けて行った友の小さな後ろ姿を見送り、ノグリスは笑った。




―――二十日後。


ジルはイーグリスの下へその成果を持参した。

しかし、彼女が持ってきた物は不可思議な物だった。


「ジルちゃん?これは~、んん~、下は樽ジョッキ、かしら~?」

「その通りです!」


ジルが薄い胸を張った。


ジョッキの上には口を塞ぐように長方形の木の板が置かれている。

その板の上には、逆さにされた半円状の小さな木製ボウルが被せられている。

ボウルは大体ジョッキの口と同じ位の大きさ、そしてその頂点部には。


「これは~、魔石、よね?」

「はい!だいだいの魔石です!」


橙の魔石は魔力を蓄積する。

蓄積させた魔力を利用して魔石自体を光らせる事で、主に照明魔石灯に使われている。

それがボウルの上から半分だけ顔を出していた。


つまり、もう半分はボウルの内側に顔を出している、という事になる。

日の光のような柔らかな光が魔石から発せられていた。


「んん~?」


よく分からないその工作物に、イーグリスは首を傾げる。


「説明します!」

「お願いします、ジル先生~。」


ジルによる授業が始まった。


「まず、図鑑で寒い地域に自生する事を知りました。」

「はい~。」

「それで、じゃあ寒い地域出身者に聞いてみよう、と。」

「おお~。」


ジルの説明にイーグリスが合いの手を入れる。

気分を良くしたジルは更に言葉を続けた。


「ペロネーの森の周りの山に生えてる、という情報をベルちゃんから聞き!」

「うん!」

「雪が被らない寒い場所に生える、とリスちゃんから聞き!」

「うんうん!」

「そして、水気がある場所なら岩の上でも生えると気付き!」

「なんと!」

「作りました!」

「わぁ~!」


勿体ぶりながら魔石付きボウルを外す。

するとそこには、青々と葉を伸ばした氷鱗草が光を受けて表面の粒を輝かせていた。


「わ、わぁ~!本当に育ってる~!」

「ふふーん、どーですかどーですか!」

「ジルちゃん、すごーい!」


いい子いい子、とイーグリスはジルの頭を撫でる。

えへへ、としばらく撫でられていたが子ども扱いに気付き、その手を振り払った。


「これ、どうなってるの~?」

「単純ですよ?土の上で芽が出たら丁寧に掘り起こしてここに設置するんです。」


そう言って板を持ち上げる。

板には小さな穴が開いており、そこから氷鱗草の根が広く、長く、伸びていた。

ジョッキの中には根が浸かるように水が注がれている。


「なるほど~、普通の植物と水草の育て方の融合ね~。」

「そうそう、そんな感じ!」

「どうやってこの方法見つけたの~?」


ジルが作り上げた装置と育った氷鱗草を見ながら疑問を投げかける。

それを受け、ジルの授業が再開する。


「リスちゃんから聞いたんです、軒先の下には生えてるけど軒下にはないって。」

「うん~?軒先の下?」

「軒下は建物から突き出た屋根の下、軒先はその屋根の一番先の部分、ですね。」

「あ~、軒先は屋根の一番地面に近い所、って事か~。」

「そうですそうです。その真下に生えてるって事は雨水が影響してるのかなって。」

「なるほど~。」

「岩の洞窟でも生えてたから土は必要じゃない、って気付いてからは早かった!」


仮説を元に準備を進めた。


料理屋から廃棄する樽ジョッキとボウルを貰い。

素材屋で端材はざいを貰い。

師匠エルカに要らない小さな魔石を貰って。

それらを合体させて栽培器を作り上げた。


こまめに水を取り替えて育てたところ、栽培に成功したのだ。


「これならこのお店でも栽培できそうね~。」

「はい!水草の所でやれば育てられると思います!」

「もしかしたら町の水路とかでも育てられるかも!」


今後の明るい展望に二人はハイタッチした。




それからしばらくしてブルエンシアの飲食店の食材に氷鱗草が追加されたのだった。

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