第72レポート きたれ!任侠烏!

赤の外套がいとうその背に羽織り

黒羽くろはね広げて西東にしひがし


自ら挑むは艱難辛苦かんなんしんく

弱きを助け強きをくじ


強敵難敵我が相手

秘境魔境我が行手ゆくて

今日はこちらへ明日あしたはあちらへ


手前てまえ生国しょうごくアマツを発し

恩はをもてあだにはちゅうもて

返しますとも命を懸けて


手前は旅人旅烏たびがらす

仁義じんぎを背負う任侠烏にんきょうがらす




本日のお品書き

鶏の鏡面焼きフーゲルラーテン牛の泥焼きシュティラムラーテン豚五目の包み揚げセスピタラル

重ね肉カルネペールはいつも通りご用意あります

パン、ご飯、麺、どれでもセット可!

ご要望はお気軽に店員まで!


「お待たせしましたー!豚五目の包み揚げ十個とご飯セットでーす!」


黄金色に輝く小麦の皮の中で五種の野菜が豚挽肉ひきにくと混ざり合う。

一口噛めば香ばしい衣が割れ、野菜の旨味が混ざった肉汁が溢れた。

お好みで辛みのあるタレを付ければ食べる手は止まる事がない。


器によそわれた白米は、瞬く間にその姿が消滅した。

次に発せられる言葉は決まっている。


「ご飯、おかわり!」

「はーいっ!」


元気よく返事をして、すぐさま器を回収してご飯を盛り直し、提供する。


別の卓から注文が入り、厨房から料理が提供され、客の口へと届けられる。

来店、注文、提供、飲食、会計。

そして別の客が来店。

猛烈な勢いで回転する店内。


ジルは今日も八面六臂はちめんろっぴの大活躍、いや十六面十二臂くらいかもしれない。

他の給仕ウェイターと比べても明らかに動きが良い。

魔法以外はある程度万能、彼女が店でも構えたら繁盛しそうである。


寄せては返す人の波をさばき切り、ジルと他の給仕は椅子に掛けて机に突っ伏す。

もはや誰もが疲労困憊こんぱいだ。


「おう、お疲れさん。と、言いたいところだがもうひと仕事あるぞ。」


バルゼンの言葉に給仕全員の口から一斉に不満の声が発せられる。

そんな事は無視して話は続けられる。


「配達だ。事前に金は割増しで貰ってるから誰か持って行け。」


全員がバルゼンと目を合わせないように視線をらす。

ある者はそっぽを向き、ある者は突っ伏したまま顔を上げない。

そんな光景を見渡して、一つため息を吐いてバルゼンは名指しする。


「ジル、頼んだ。」

「え~~~~~!なんで私なの~~~!!」


バルゼンからの指名にジルは、ぶー垂れた。

勤労意欲旺盛な者がいて哀れな犠牲者が選ばれて、他の給仕たちは安堵する。


「配達先がお前さんの知り合いだからだよ、ほれアマツ出身の。」

「あ、レンマさん宛?じゃあ分かった、でも・・・・・・。」


もの言いたげな目と沈黙がバルゼンを責める。

もう一つため息を吐いて、その責めに返答する。


「はあ、分かった。次にメシ食いに来た時、一品付けてやるから。」

「よし、言質げんち取った!行ってきま~す!」


求める回答を手に入れて、ジルは配達へと出発した。




届け先はレンマの部屋、ではなかった。

指定された届け先は東門からメレイの森に伸びる道の先、森の中だった。


「ふぅぅぅぅ・・・・・・・・・・・・。」


その上に人間が三人は座れそうなほど大きな切り株の真ん中に胡坐あぐらをかく。

自然と渾然一体こんぜんいったいとなる感覚でその場に座している。

精神を落ち着かせ、深く息を吐く。


周囲の森の中には魔獣も生息する。

実際、何度も彼の周りに魔獣はやって来ていたが、その全てが彼を素通りした。

飛んできた小鳥が彼の周りに着地し、気ままにさえずっている。


自然に溶け込み、一体化する事で己の精神の深淵へと至る。

アマツに伝わる精神統一法である。


「お、いた。」


近寄って良いものか、ジルは少し逡巡しゅんじゅんする。

それほどにレンマは周囲の自然と一体化していた。


どうしようかと思っていた所で、ぱきり、と足元にあった小枝を踏み折った。

その音に驚き、レンマの周りにいた鳥達が一斉に羽ばたく。

誰かが来た事に気付き、切れ長の目がすうっと開かれた。


「あ~、邪魔しちゃった?」

「いいえ、そのような事はありませんよ。」


レンマはにこやかに来訪者を出迎えた。


「はい、料理屋からお届け物でーす。」

「ありがとうございます。」


差し出された包みをレンマは大事に受け取る。

中には豚五目の包み揚げセスピタラルとおにぎりが入っていた。

包みを開けて、布を敷き、それらを切り株の上に置く。


「ふむ・・・・・・、少し多いかもしれませんね。ジルさんも如何いかがですか?」

「え!いいの!?」


ええ、と一言。

ジルも切り株の上に座り、いただきます、と言って、食事の時間が始まった。


「そういえばこんな所で何してたの?」

「精神統一ですよ、自然の中に在る事で心の内を研ぎ澄ますのです。」

「ふぅん?よく分かんないや。」

「はは、そうですか。」


おにぎりに口を付けながら、ジルは首を傾げた。

レンマは少し笑いつつ、手にしていた箸を置き、説明を始める。


「魔力を産み出す時に集中されますよね?」

「うん。」


当然の事を聞かれて、ジルは素直に頷いた。


「その集中をより深く、より長くする感じでしょうか。」

「あ~、そう言われると何だか分かるかも!」


ジルは合点がいき、手にしていたおにぎりの残りを口に納めた。


「この後も続けるの?」

「そうですね・・・・・・。良い区切りですし、そろそろ帰るとしましょうか。」


食事を終えて、器などを包み直す。

二人は立ち上がり、切り株から降りた。

その時だった。


二人の後方で、どさっ、と何かが落ちた音がした。


包みを落としたかと手元を見るが、ちゃんと手にある。

ならば何か、と振り返った。


先程まで二人がいた場所に一羽の鳥が倒れていた。


わしほどもあろうかと言う大きな姿。

漆黒の羽を持ち、その背には赤い外套マントを羽織っている。


巨大であり、外套が気になるが、間違いなくからすである。


二人は顔を見合わせ、警戒しつつもその烏に近寄る。

そこで気付いた。


胸の部分の羽が、赤黒くなっている。

小さな範囲ではない、かなりの出血だ。

烏は目を閉じ、苦しそうに息をしている。


「魔獣、任侠烏ですか。治療します、ジルさん!」

「了解!そこらへんで薬の材料になるもの取ってくる!」


すぐさま役割を決め、二人は適切な行動を取る。


ジルは調剤屋でのアルバイトによって薬草の知識が豊富だ。

レンマは魔獣研究の関係上荒事あらごとが多く、応急処置の心得がある。


レンマは烏にそっと手を伸ばす。

この烏はただのとりではない、魔獣だ。

巨大な体躯と赤い外套もそうだが、黒羽から覗く白銀の刃のような羽がそれを示す。


だが、一切の抵抗を見せなかった。


つまり、自身の身を害する可能性のある相手に抵抗する力すら無い、という事だ。

事は一刻を争うのが明白となる。


「失礼しますよ。」


一言断って、烏の羽をける。

体には胸部に大きな刺突痕が一つ。

そこからおびただしい出血が発生していた。


布を塊にして、その穴に押し込むようにして止血を行う。

血を吸い、布が赤に染まる。

次第に布が吸う赤が減り、止まった。


烏の息はまだ荒い。


「お待たせ!」


ジルが両手に草を持ち、戻って来た。


「あ!すり潰す物が無い!うー、あー、こうしてやるっ!」


葉を茎から乱暴に千切り、大口を開けた口に放り込んだ。

何度か咀嚼そしゃくし、糊状ペーストにした物を布に吐き出す。


「まっずっ!!」


二つの草を同じようにして混ぜ合わせ、布で包んで傷口に当てる。

外れないようにたすき掛けにして布を結んだ。

烏の息は幾分か穏やかになっている。


今出来る措置はここまでだ。


「一先ず、出来る事はここまでですね。」

「お疲れ様~。ところで何で助ける事にしたの?」

「おや、知らずに手助けして頂けたのですか。」

「うん。レンマさんが助けたい、って言うなら聞く必要も無いかなって思って。」


ジルのその返答にレンマは少々驚きつつも礼を言った。


「任侠烏はアマツの魔獣です。そして、基本的には人間を助ける存在なのです。」

「基本的には?」

「時たまに強者つわものと見た人間に戦いを挑む事があるのですよ。」

「武闘派だぁ。」


目の前で深く息をしている烏を見ながら、ジルは感心の声を上げる。


「弱きを助け、強きを挫き、礼も受け取らずに去っていく、そんな魔獣です。」

「おお~、騎士とかそんな感じかなぁ?」

「それよりは荒くれに近いでしょうか。」


品行方正、国家に従い民を守る、そんな騎士をジルは思い浮かべた。

レンマに否定され、少しばかり唸る。


「義を重んじ、受けた恩は忘れない。恩にむくいて命を掛ける、ゆえに任侠。」

「うーん、言い表し辛いけど何となく分かった!」


ジルの様子にレンマは微笑む。


その瞬間。

烏の目が、かっ、と見開かれる。


それに驚く間もなく、烏は羽を広げて少し羽ばたき、切り株の上に両の足で立った。

右の羽を前へと突き出して羽の内側を上へ向け、左の羽を腰の後ろに付ける。


そして抑揚をつけて鳴き始める。

それはジル達に伝える、口上こうじょうのようだ。


(手前、生国アマツを発し、強敵求め西東にしひがし―――)


「レンマさん、これ―――」

「静かに。」


疑問をていそうとしたジルをレンマが制した。

この烏の口上を遮るのは良くない、という事である。


(―――御身おんみに受けたる大恩だいおん、我が命をもってお返しする所存!)


一通り口上を伝え終えた烏はくちばしを閉じた。

レンマが右手のひらを上に向け、烏に差し出す。


体の力が抜けたようにその手に倒れ込んだ。

気を失った烏をレンマは抱きかかえる。


「レンマさん、その子どうするの?」

「任侠烏は受けた恩を忘れません。捨て置けば反せぬ恩により、最悪自害します。」

「うそ!?」

「本当ですよ。なので、この烏はわたくししきにしようと思います。」

「式?」


聞きなれない言葉にジルの言葉に疑問符が付いた。


「獣や魔獣と契約を結び使役する、そういったすべですよ。」

「私の召喚と同じ感じ?」

「いえ、大きく違うかと。あくまで目の前にいる存在と結ぶものですから。」

「へぇ~!なるほど~。」


自身のじゅつと似て非なる遠い国のすべ

それを知り、ジルは少し驚きを孕んだ声を上げた。




後日、完治した烏は元気に羽ばたき、レンマの式となる。

その名を『銀烏ぎんう』と言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る