第69レポート きたれ!商隊栗鼠!

木々が茂る森の奥。

えいほ、えいほ、と荷物を運ぶ。

歩荷ぼっか歩荷の茶縞ちゃじまの商隊。

今日も今日とて物々交換。

強盗、窃盗、お断り。

不届き者は爆破で会計。

さぁさ開店、栗鼠りすの店。




レゼルは今日も多くの人が行き交っている。

そんな街の中、ジルは商人組合へと足を運んでいた。

仕事探しと毎度毎度ガリアーノを酷使するわけにもいかないので護衛探しである。

芳しくない成果を得て、少し不満げにジルは建物から外へ出た。


「あ、ハルカさん!」

「お、ジルじゃん、今日も可愛いなぁ!」


駆け寄ってきたジルの頭をぽんぽんと叩く。

ぽんぽんぽんぽんと叩く。


「あ、の、し、ば、ら、く、見、な、か、っ、た、け、ど、ど、こ、か、うぅん!」


叩く手を振り払う。


「どこか行ってたんですか?」


ジルはハルカを見上げる。

にかっ、と眩しく笑ってハルカは答えた。


「ユーテリスの方にね。首都から北に向かって森の奥の方まで行ってきたのよ。」

「森の奥まで?なんでまた?」

「そこにあるっていう絶景を探しに!」


両手を腰に当て、ハルカは形の良い胸を張る。

その姿にジルは少し笑ってしまう。


彼女はエルカとはタイプの違う美人だ。

エルカが月の下で咲く月下美人げっかびじんであるならば、彼女は日の下で咲く向日葵ひまわり


人好きのする性格に行動、誰に対しても距離が近く、他人との垣根が低い。

子供のように好奇心旺盛で立ち止まる事の無い行動力の化身。


そんな女性ひとである。


「景色のためにそんな所まで?」

「ええ!私は世界を駆けるルポライターだからね!」


以前、彼女自身から聞いた事がある。

世界中の様々な国や町、文化や風俗、料理に景色に伝統、等々。

実際に見て聞いて、書物にしたためて世界に発信する、そんな仕事なのだという。


だからこそ、あちらこちらへ旅をして、積極的に秘境へと足を運ぶのだ。


「あ!珍しい魔獣とかいませんでした?近頃興味の湧く魔獣が見つからなくて~。」

「召喚術、だっけ?大変だねぇ。」


そう言ってハルカは腕を組んで、んん~、と唸って考える。


「ちなみにどんな魔獣が良い?そこの建物位の大きさで森を吹っ飛ばす魔獣とか?」

「え?」


彼女が指さしたのは大通りが交わる角に立つ大きな商店。

三階建てで横幅も広い、巨大な建物だ。


「いや、いやいやいやいや!あんなでっかいの召喚出来ちゃったら死んじゃう!!」

「あらら。」

「もっと平和なやつ!っていうかハルカさんそんな魔獣にって無事だったの!?」

「ん~?なんとかね。」


実にあっけらかんと答えを返す。


実際は森の中で大立ち回りをしてぶちのめした。

それを言うという事は、ただの旅人ではないと白状する事なので止めておいた。


ジルが実験できそうな、彼女の基準で安全かつ珍しい魔獣を思い浮かべる。

そして森の中で出会ったとある魔獣を思い出す。


「あ、あれなら良いかな?」

「お!なになに!?」

「森の奥で出会った商隊栗鼠 ―ハンメルディリア― っていう栗鼠の魔獣。」


右の人差し指を立てて、ジルへと教示する。


「あれは確か、森の中で食料が無くなった時だったかな?」


その時の状況を思い出しながら、ハルカは続ける。


「そういう事には結構慣れているからどうにか出来るかな~、って思ってた。」

「ふんふん。いや、その状況で落ち着いていられるの凄いね・・・・・・。」


興味津々に聞きつつも緊急事態を当然のように話すハルカにジルは呆れた。

そんなジルを意に介さずハルカは言葉を続ける。


「その時、やぶの向こうから聞こえてきたのよ。」

「聞こえてきた?足音とか?」

「い~え、歌よ。人間には歌詞は分からないけど、鳴き声にリズムがあったの。」

「へぇ、歌。」

「で、藪をかき分けて出てきたのは荷物満載の背負子しょいこ背負せおった栗鼠の魔獣達。」


このくらいの大きさだったかしら?と腰の高さの空中を撫でるように大きさを示す。

随分と大きい栗鼠である。


「襲われたりしなかったんですか?」

「ええ。それどころか身振り手振りで交渉してきたわ。」

「交渉?」

「そ。私の持っている物と自分たちの荷物で物々交換出来ないかってね。」

「よく意思疎通出来ましたね。」

「ま~、あんな所に普通人間なんていないから、珍しかったんでしょうね。」


ジルは更に興味津々にその話に聞き入る。

ハルカはその時の状況を思い出しながら話を続ける。


「何かないかリュックを探ったら、以前手に入れた水晶が有って。」


この位の大きさ、と言って、親指と人差し指を広げる。


「それを出したら栗鼠達は大慌てで荷物を降ろして色々差し出してきたわ。」

「どんな物が有ったんですか?」

「木の実に木苺、山菜、竹の水筒に入れられた水に栗鼠印の木のメダリオン等々。」

「へぇ~、交換したの?」

「勿論!何よりもメダリオン、あんな珍しい物そうそう手に入らないから!」


好奇心旺盛な少年のように目をキラキラと輝かせながら交換をした姿が思い浮かぶ、

そんな顔でハルカは笑った。

釣られてジルも笑顔になる。


「こんなところかな、どう?参考になった?」

「もちろん!」

「お役に立てて何より!」


二人で、にかっ、と笑い合う。


「よ~し、じゃあ召喚の準備だ!」

「あ、私も召喚術に興味があるわ。やるとこ見せてもらっていい?」

「もちろん!・・・・・・って、狭い私の部屋でやるわけにはいかないか。」


自身の部屋の間取りを思い出した。


「えーっと、レゼルの外でやろっかな?あと素材どうしよう~。」


腕を組み、ぶつぶつと色々と言いながら、ジルはその場で当ても無く旋回を始めた。

一瞬で真剣な顔になった彼女を見て、小さくとも研究者だ、とハルカは感心する。


「う~ん・・・・・・よし、これならいける、はず!」

「お、いけそう?」

「多分!」


ジルは自信満々に薄い胸を張る。


「あ、部屋から素材持って来ないと・・・・・・。」

「何が必要なの?」

「獣の皮か爪か牙、木材、魔石、あと何か繋がりのある物があると良いかなって。」

「繋がり?」


首を傾げるハルカ。

腕を組みジルは答える。


「その魔獣に関連する物、要素がある物、連想される物、ってところかな。」

「ふーむ?よく分かんないけど、栗鼠だったら木の実、とか?」

「そうそう、そんな感じ。・・・・・・多分。」


ジルの召喚術は理論化されていない。

今現時点においては『繋がり』や『要素』はジルの感覚でしかない。

細かく正確に言語化して説明するのは不可能なのだ。


「ふ~ん。そういう事ならこれ、使えるんじゃない?」


背負っていたリュックを足元に置いて、その中からいくつかの品を取り出した。


獣の牙、束ねられた数本の木の枝、小石大の緑の魔石、そして胡桃くるみのような木の実。

先程ジルが言った物がそのままそこに有った。


「わ、さっき言った物そのままじゃん!貰っていいの?」

「牙は拾った物(デカい魔獣をぶちのめして獲った物)、木の枝は火起こし用、魔石は価値の無いクズ石。」


一つずつジルに渡しながらハルカは言う。


「木の実はさっき言った通り商隊栗鼠ハンメルディリアからの貰い物。だから大丈夫よ。」

「ありがとう!」


お礼を言ってジルは素材を受け取った。




西門から出て人の迷惑にならない街道から外れた場所へ。

貰った木の枝で地面にがりがりと魔法陣を描いていく。


ジル一人が入れるくらいの大きさの円を描き、その内側にもう一つ円を描く。

二つの円の間に木と獣に関する文字を書き入れた。


魔法陣の真ん中には井桁いげたを描き、の中心に牙と木の実、魔石を置く。

木の枝を地面に描いた井桁と同じように置き、それを三段積み上げる。


「ふい~、これで完了!」

「随分準備が面倒なのね。私なら途中で木の井桁、蹴っ飛ばしてるわ。」

「私も蹴り飛ばそうとしてた!」


井桁が上手く組めず、何度もバラバラと崩れていた。

その度に組み直したが神経を使う作業である。


癇癪かんしゃくを起して蹴り飛ばしたくなるのも、むべなるかな。


「さて急がないと!風で崩れたら今度こそ蹴り飛ばしちゃう!」

「頑張れ~。」


大急ぎで魔力供給が出来るように魔法陣の前に立つジル。

その後ろの岩に腰掛けて足を組み声援を送るハルカ。


片膝を立てて、魔法陣に右手を付けた。

魔力を円柱状に地面から上昇させるイメージを描きながら注ぎ込む。

新緑を思わせる鮮やかな緑色の光がゆらゆらと立った。


「おお~。」


思わずハルカは声を上げる。

その光景の不思議さ、ではなく、その魔力の流れについて驚いたのだ。


(ジルの魔力を呼び水にどこかから何かの力を引っ張り出してる?)


目を細め、その光景の裏を見る。


(術式としては単純だけど作用は普通じゃない、初めて見るなぁ、こんなの。)


ふぅむ、と感心しつつ見るハルカを余所目よそめにジルは召喚を続けていた。


木の井桁の内に置いた品がチリチリと削れるように光となって混ざっていく。


一層、強い緑光りょっこうが瞬いた。


「おー、どうなった~?」


岩から飛び降りるように立ち上がり、ジルの背後から彼女の両肩を掴んで覗き込む。

そこには―――


「これって・・・・・・。」


恐る恐るジルはハルカに問う。

召喚されたを見て、ハルカも渋い顔をする。


そこに在ったのは、栗鼠印の荷物が満載された背負子であった。


商隊栗鼠ハンメルディリアの物ね・・・・・・絶対怒ってるわ。」

「ですよねぇ・・・・・・。返しにいかないと。」

「まあまあ、私も一緒に行くから、ね。」

「ありがとうございます~~~。」


半分泣き顔でジルはハルカに礼を言った。




実験を行ったその足で一頭馬を借り、一路ユーテリスへ。

木々をかき分け、藪を抜け、川を跨いで、地割れを超えて。

森の最奥、そこにあったのは。


「うおおーーーー!!!!!」


ジルは思わず絶叫した。


ハルカが目指した未踏の奥地。


そこにあったのは、幅の広い巨大な滝が深緑の森に流れ落ちる景色。

猛烈な水が落ちる滝の上から見るその姿は雄大という言葉が相応ふさわしい。

水しぶきが上がる滝の途中には虹の橋が架かっている。


豪快でありながら幻想的な現世とは思えぬ場所だった。


「何度来ても良いわね~!で~も、今回はそれが目的じゃないでしょ?」

「ああっ!そうだった!!」


目的を思い出しジルはハルカの方を振り返る。

その瞬間、藪の中から沢山の茶色い何かが勢いよく飛び出し、ジル達を取り囲んだ。


文句を言うようにぐぅぐぅと喉を鳴らし、威嚇にガチガチと歯を鳴らす。


「ひゃぁぁ、怒ってるぅ!」

「まあそうなるわね。ほらほら、さっさと返しなさい。」


ハルカに促されて、ジルはおずおずと進み出て、背負子を彼らの前にそっと置いた。

そしてすぐに後ずさりしながら距離を取る。


「ごめんなさい!!」


勢いよく頭を下げる。


商隊栗鼠ハンメルディリアたちは互いに顔を見合わせた。

背負子を背負っていない一頭がジルの置いたそれを背負い直す。

どうやら許してくれたようで、彼らは再び隊列を組み、藪の中へと消えていった。


「は、はああぁぁ~~~~~、緊張したぁ・・・・・・。」

「お疲れ様っ。」


へたり込むジルにハルカは笑いつつ労いの声を掛ける。


「それにしても良かったわね~、いきなり爆破されなくて。」

「へっ?爆破?」

「ええ、言って無かったかしら?彼らには爆発性の液体を溜める頬袋があるの。」


ちょんちょんと自身の頬を人差し指でつつく。


「魔獣一杯の森の中をあっちこっち移動してる魔獣が無害なわけないじゃない。」

「え。」

「一頭で大型魔獣の片足吹っ飛ばす位は出来るのよ?」

「いや、いやいやいやいや!めっちゃくちゃ危険な魔獣じゃん!!」


無事を喜びつつもジルは恐ろしい情報に身を震わせたのだった。

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