第68レポート きたれ!銀嶺白馬!
帝国北方は冬が訪れれば雪の中。
しんしんと降り積もる雪は野原に銀の絨毯を敷き、山を白に染める。
人々は厳しい冬に備えるために住まいを衣服を工夫して生活している。
だが、工夫を凝らしているのは人間だけではない。
魔獣もまた、その環境に最適化して生きているのだ。
「へぶしっ!」
「うおっ、汚ぇっ!」
「うっさいわよ~。」
ジルのくしゃみの直撃を手綱を握る手に食らったガリアーノが叫んだ。
大型の馬が
その隣には若い女性の商人が腰掛けている。
今はレゼルから帝国北方スリェク公爵領の公都シエラミェールへの途上。
商人の護衛依頼を受けての仕事中である。
「ほんと、お前ら何で付いてくるんだよ。折角お嬢さんと二人旅だったってのに!」
「何言ってんのよ、更に二人もレディが追加されて喜ぶべきじゃない。」
「ちんちくりんのガキ二人はレディとは言わねぇ!」
「なんだと、このー!」
聞き捨てならないガリアーノの言葉に、前に腰掛けるジルが脇腹に肘打ちを打つ。
彼女に抱かれるマカミも憤慨するように何度も吠えた。
滑稽なやり取りに商人の女性はころころと笑っている。
それを見下ろすように蝶はひらひらと舞っていた。
レゼルから発して帝国領を進み、既に一週間。
時々魔獣に襲われながらも比較的平和にここまでやって来た。
シエラミェールまではあと少し、日が傾く頃には到着だ。
ちなみにガリアーノの賃金は相場の半額以下。
商人の女性に値下げして自身の売り込みをしていた所をジルとベルに見つかった。
そんなちまちましてんじゃないわよ、とベルに
なお、ジルとベルはお駄賃程度の依頼料で同行している。
商人にとっては実にありがたい状況であった。
「そうだ、シエラミェールの近くには野生の馬が沢山いる場所があるんですよ。」
「馬が?そりゃいい、捕まえて売れば良い金になりそうだ!」
商人の女性からの情報にガリアーノは喜びの声を上げる。
それをジルとベルは呆れた目で見た。
「がめついわねアンタ・・・・・・。」
「傭兵ってのは大なり小なりそんなもんだ。」
二人の視線と言葉など
公都シエラミェール。
その二つ名を『空の公都』と言う。
青く鮮やかな建物の屋根が広がるその光景は、空と大地が繋がっている様だ。
スリェク公爵の紋章に使われる色は青。
敬意を表した領民がいつからか自身の家の屋根を青くした。
それが広がった事で公爵宮殿から見える町は青に染まったのだ。
帝国の公都でも特に観光客が多い都市である。
今は季節ではないが、雪の降る季節には白と青が輝く美しい都である。
大門を通り、組合の前で商人の女性と別れる。
その際にガリアーノが彼女を延々と口説こうとしていた。
しかし、ベルに膝裏を蹴られ、二人に連行されたのだった。
「ちっくしょ、なに邪魔してんだよ!」
「しつこい男は嫌われるのよ!脈なしの女性に言い寄るのはやめなさい!」
「何でそんな事お前に言われないといけないん・・・・・・はは~ん、なるほど。」
ガリアーノはしたり顔で腕を組んだ。
その様子を見たベルが怪訝な顔で、何よ?と問う。
「俺の事を愛してしまったんだな!嫉妬で他の女性に声をかけるのを嫌う、と。」
えらく自信満々にガリアーノは言った。
「分かる、分かるぞ~、俺は格好いいからな!恥ずかしがることはないんだ。」
慈しみの目でベルを見る。
「でもな俺は皆のガリアーノ!あとガキンチョには興味はないんだ、ごめんな?」
「は?????????」
身勝手かつ滅茶苦茶な話にベルは眉間に
そんな二人をジルは苦笑しながら見るのだった。
ガリアーノ
大通りから横道に逸れ、しばらく歩いた後に脇道へ入った。
二階建てのごく普通の家。
それがメイユベールの自宅だった。
「ただいま~。」
「メイユベール!お父さん、メイユベールが帰って来ましたよ~!」
家に入るとベルとよく似た女性が二階へと声をかけた。
どたどたと慌ただしい足音と共に目元や鼻筋がベルに似た男性が駆け下りてきた。
「パパ、ママ、久しぶり!」
「ああ、メイユベール!大きく・・・・・・はなっていないが、立派になったな。」
「ええ、本当に。」
「ちょっと!折角の帰省なのに酷いじゃない!」
そうは言いながらも、ベルは照れつつ笑っている。
彼女の両親も娘の無事と
「あら?そちらの子は?」
「ジルです!ベルちゃ・・・・・・メイユベールさんには仲良くしてもらってます!」
挨拶と共に勢いよく頭を下げる。
「元気で礼儀正しい子じゃないか。メイユベール、良い友人を持ったな。」
その様子を見て、父親はにこやかにベルに語りかける。
だが、ベルは白けた目をジルに向けていた。
「普段と違い過ぎるじゃない。
「ひっど!初めて来る所なら礼儀正しくして当然じゃん!」
「いや、アンタどこでも突っ込んでいくじゃない・・・・・・。礼儀なんて無いでしょ。」
「そう言うベルちゃんだって同じようなもんじゃん!」
「なんですって!?私のどこが礼儀知らずなのよ!」
「そういう所だよ~。」
同じ背丈に似た顔の二人が始めたじゃれ合いに、ベルの両親は呆気に取られる。
だが、娘に気の置けない友人が出来た事を喜び、微笑みを向けるのだった。
ベルは事前に帰省する事と友人を家に泊める事を手紙で伝えていたのだ。
彼女の両親も娘の友人を歓迎し、夕食はかなり力の入った物を用意してくれた。
そうこうしているとあっという間に日は落ちていった。
「アンタ、他人の親と仲良くなるの、早すぎない?」
訪問から夕食までのそれほど長くない時間。
ジルはあっという間にベルの両親と仲良くなった。
自分の家のようにくつろぎ、夕食づくりの手伝いも率先して行った。
というか半分はジルが作り、ベルの両親から娘と同じように接されていた。
「そうかな~?」
「普通、他人の家であそこまでくつろげる奴いないわよ。」
「ま、私の溢れ出る人徳の成せる
「人徳ぅ?アンタがぁ?」
「なんだよー、文句あるかー?」
他愛もない話をする。
それが出来るのも友人であればこそだ。
実際、ベルが自室に入れた他人は数人だけ。
こうして部屋に入れた事だけでも、彼女がジルをどう思っているかよく分かる。
「ベルちゃんの部屋って、結構地味だよね。もっと人形とか一杯ある気がしてた。」
「まあ、そうね。」
ベルの部屋にはベッドと机と本棚。
それだけだった。
年頃の娘の部屋と考えればあまりにも殺風景。
ベルも自分が可愛い物好きだという事は自認している。
そしてそれとはかけ離れた自室についても良く分かっている。
「ずっと昔から私は魔法使いを目指してたのよ。だからずぅっと猛勉強してた。」
「へぇ。」
「可愛い人形とかぬいぐるみとか欲しかったけど、それよりも本を優先してね。」
ベッドに腰掛けてプラプラと宙を蹴りながら、ベルは少し寂し気に過去を見る。
「親からはもっと気楽に考えればいい、もっと楽しんで良い、って言われた。」
「ふぅん?」
「でも私は夢を追いかけてたのよ。」
「夢?そういえばベルちゃんって何で魔法研究者になったの?」
ジルからの素朴な疑問。
それを受けてベルは目を瞑り、言葉を続ける。
「戦いだけじゃなくて、人のために魔法を役立てるため。それが約束だったから。」
「約束?誰との?」
「友達。もういないけどね。」
天井を見上げて、酷く寂しそうにベルはそう言い、それっきり口を
ジルはそれ以上ベルに聞くのも悪いと感じ、互いに床に
「よおっし、ガキども!行くぞ!」
「いってらっしゃーい。」
「それじゃ。」
「ちょ、待てよ!」
朝っぱらから面倒臭いガリアーノの仕切りをごみ箱に捨てるように却下。
ジルとベルは立ち去ろうとした。
ガリアーノはそんな二人を引き留める。
「ここまで護衛してやっただろ?ちょっとぐらい手伝えよ。」
「まー、それは確かに。」
自身で誇る通り、彼の剣技は中々のものだった。
ジルとベルが対応するよりも早く魔獣に接近し、剣撃一閃、切り伏せる。
そんな姿を道中で何度も目にする事になった。
彼の傭兵としての能力は誇るに値するものだったのだ。
それを安売りする事になった今回の旅路。
ジルとベルも流石にちょっと申し訳なく思っていた。
「しょうがないわね、分かったわよ!」
「よっし、決まりだな!」
「で?何するの~?」
「昨日聞いたろ?馬のいる場所があるって。とっ捕まえに行くんだよ!」
白い歯を輝かせて、ガリアーノは眩しく笑った。
シエラミェールの北方、街道から外れて少し。
なだらかな丘と平野が続く緑の平原に茶色や黒の影が多数。
気ままに野を駆ける馬はどれもこれも立派な体躯だ。
この地が彼らにとって良い環境であるという事だろう。
「
右手で
その声に近くにいた馬が数頭、駆け逃げていった。
「何してんのよ、早速逃げられてるじゃない!」
「これからだ、これから。さっ、行くぞ~!」
「おー!」
三人は馬が駆けまわる平原へと足を踏み入れた。
走る馬に人間が簡単に追いつけるものでは無い。
ここには馬の餌になる草が多いため、餌でおびき寄せる事も困難。
そうなると手段は限られる。
「いけー!追い込めー!」
ジルは遠くを走るマカミに声援を送った。
大型犬程度の大きさに姿を変えたマカミは馬よりも早く平原を駆け抜ける。
大きく円を描くように馬をジル達のいる方へと追い込んでいく。
十数頭の馬がマカミから逃げ、ジル達の前に駆けてきた。
「よっし、来い!」
両手を広げて馬を待ち構えるガリアーノ。
「ねえ、ベルちゃん。」
「何よ。」
「馬ってどうやって捕まえるの?」
「さあ?」
「捕まえられると思う?」
「無理じゃないかしら。」
「避けよっか。」
「そうね。」
二人は無謀な試みを止めて、馬の駆けて来る場所から退避した。
どどど、と馬の
馬の目に進行方向に立つ人間が目に入った。
次第に近寄ってくる馬をガリアーノは待ち受ける。
「あ?そういや、どうやって止めるんだ?」
気付いた。
だがもう遅い。
馬の濁流が突っ込んできた。
どがん、と跳ね飛ばされる音が響く。
ガリアーノは宙を舞った。
「あーあ。」
「死んで無いわよね?」
「多分大丈夫じゃないかな?咄嗟に受け身取ってたし。」
ジルはそう言ってマカミの方を見る。
そこには一頭の真っ黒な
「あれ?なんで逃げてないんだろ。」
ジルは疑問に思いつつ、その馬を刺激しないようにゆっくりと近寄った。
馬は一切動かず、
「大人しい馬だなぁ、おっきい~。」
見上げるほどの巨大な馬。
立派も立派、素晴らしい馬である。
「あら?この馬、銀嶺白馬 ―セレシュエージャ― じゃない。」
「白馬?真っ黒だけど。」
「夏毛はね、冬になると真っ白になるのよ。これに乗って帰りましょ。」
「おー、この大きさなら三人で乗っても大丈夫そうだね!」
二人の手が届くように
大人しく撫でられるその姿は調教された馬のようだ。
馬に跳ね飛ばされたガリアーノを咥えさせて、二人は町へと帰ったのだった。
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