第67レポート きたれ!光輝天狼!

研究報告は基本的に紙面である。

仮説を立て、検証を繰り返し、自説を作り上げ、それを纏める。

その報告を提出し、評価を受ける。


良い報告であれば褒賞や昇格の対象となる。

だが、それに値しない報告であれば―――


「え~~~~~、ダメですか~~?」

「ダメです。」


駄々をこねるジルにサリアはきっぱりと言い放った。


ブルエンシア魔法審査機関。


日々研究される魔法に関する種々しゅじゅの事柄を審査、判断する組織である。

調査官をはじめ、多くの事務官達を抱えているブルエンシアの裏方だ。


最大の特徴は、によって構成されている、という点。

公正中立な審査を行い、客観的評価を下す第三者。

それがこの組織の在り方である。


その審査部門は日々多くの研究者の報告を受領し、審査し、大多数を却下している。

評価される、というのは実に難しい事なのだ。


そして今まさにジルは自身の報告を却下されたところだ。


「そこを何とか!」

「何ともなりません。」

「むー、どこがダメだったんですか~?」

「まとめ方が乱雑なのは置いておくとして、検証が足りません。」


サリアは一つため息を吐いて報告書の一点を指した。


「ここの部分ですが、数回検証すれば真逆の結果が出るのでは?」

「あー。」


指し示されたのは魔力の反応に関する部分。


増幅に関する結果を書き入れたが、簡単に術式が反転して魔力が減少してしまう。

同条件で同じ結果が出ない。


つまり結果を急いだ事で詰めが甘かったのだ。


指摘を受けて流石のジルもしおしおと植物がしおれるように勢いを無くした。

きびすを返して残念そうに窓口を後にする。


「あ、ジルさん少し良いですか?」

「・・・・・・なんでしょうか?」


うらめしい顔でジルは振り向いた。

それを気にせず、サリアは手にした一束の書類をジルに渡す。


「これは?」

「貴女の隣室はザジムさんでしたね、模擬報告書の添削てんさくが終わったので返却を。」

「模擬報告書?一年目とかにやる奴?」


サリアは頷く。


「本来なら本人が来た際に渡すのですが、ここしばらくお越しになっていないので。」

「今更やるなんて律儀だなぁ。」

「彼、結構真面目に取り組んでいて報告が綺麗なんですよ?」

「初耳だぁ。」

「貴女にも見習ってほしいのですけどね。」

「善処しまーす。」


耳に痛いお小言は右から左に聞き流し、ジルはお使いを引き受けた。

といっても隣の部屋だ、自室に帰るついでに渡せば投げつければいいだけである。




「あれ?」


軽くノックし、返答が無いので拳を握って叩いた。

それでも反応が無いので思いっきり蹴りを叩き込んだが、特に応答は無かった。


「これは・・・・・・中で死んでるな!」


顎に手を当て、眼光鋭く言い切った。


「ま、そんなわけないかー、どこにいるかなぁ~?」


が、そんな事はあり得ないのでさっさとその場を後にしたのだった。




武装魔法学の研究者達が自身の研究を身体をもって実験している。

魔力で武器を作り出し、試し切りをして強度を確認し、細かくメモを取る。

魔獣生態学の研究者達は自身の鍛錬を行いつつ、彼らの研究に協力していた。


ザジムがよくいる場所。

ジルは訓練場へと訪れていた。


周囲を見回しながら奥に向かって歩いて行く。

獣人の研究者も複数いたがザジムではない。

更に奥へと進んでいくと聞いた事のある声がジルの耳に入ってきた。


「せえぇいやぁぁっ!!」

「はあぁっ!!」


ノグリスとレンマの声だ。

二人で手合わせでもしているんだろう、と思い、声のした方へと近付く。


「ん?」


そういえば武器を打ち合う音がしない。

先程の気勢なら型や寸止めという事は無いだろう。

どうにも妙だ、そう思い少し進む足を速める。


すると。


「ほらほら!そんなんじゃボクにかすり傷一つ負わせられないよ?頑張れ頑張れ!」


ジルよりも少し高い身長だが、長身のノグリスやレンマと比べれば子供のような姿。

赤髪の人間寄りの獣人。


『破拳』のアルシェがそこにいた。


ジル達の中では戦闘慣れしている二人が全力で武器を振るう。

が、その全てを躱され、反対に軽めに頬や腹部を打たれている。

既に二人は汗だくだ。


「んー、今日はここまでかな!終わりっ!」

「ま、まだ・・・・・・。」

「はい、噓はだめ!もうフラフラでしょ?はい、休んだ休んだ!」


二人の肩を掴んで無理やり座らせる。

立っているのも限界だった二人は容易く制圧された。


「お疲れ~。」

「お、ジルちゃん、こんちは!」

「こんちは!」


アルシェがあげた手にハイタッチ。

先の戦いからリオを通じて彼女と会い、一瞬で意気投合していた。

ノグリスとレンマは彼女に依頼し、時たまに稽古をつけてもらっていたのだ。


「リスちゃん、レンマさん、ザジム君見なかった?」

「いや、私は見ていないな。」

「今日は朝からここにいましたが見かけていませんね。」

「あ、ボクも見てないよ、知った気配なら分かるから来てないんじゃないかな~?」

「そっか~、しょうがない、他の所探すね。ばいばーい!」


三人に手を振り、ジルはその場を後にする。

後ろではアルシェが、食事にしよう、と二人を連れて歩き出していた。




「うわぁっ!」

「きゃぁっ!」


道の角を曲がったところでジルは誰かとぶつかった。

ジルが小走りしていた事で、互いにその場に転び、尻もちをつく。


「いったぁ・・・・・・、何なのよ!ってジルじゃない!」

「あ、ベルちゃん、ごめーん。ん?なにこれ?」


見知った顔であった事を安心しつつ、自身の足元にあるそれを手に取った。

口が閉じられた封筒だ。

手に取った裏面にはメイユベールの名前が右下に書き入れられている。

宛先が気になり、くるりと翻す。


「クラウディアさん宛?」

「ちょっと、返しなさいよ!」


ひったくるようにジルの手から封筒を奪い取る。

少し恥ずかし気にそれをジルから見えない位置に隠した。


「なんでクラウディアさんに手紙出すの?」

「べ、別になんでも良いじゃない。」

「気~に~な~る~な~~~~~。」

「うっとおしいわね!・・・・・・はぁ。」


好奇心の圧力に嘆息しつつ、ベルは屈した。


「銃に関して教えてもらおうと思って。護身のためにもなるかも、って。」

「でもベルちゃん魔法打てるじゃん。ぼーん、って。」

「こないだの戦いで分かったのよ、咄嗟に身を守れる力を持つべきだって。」


自分の手を見ながらベルは言う。


「魔法は得意だし、そもそも研究してるけど、魔力集中に詠唱が必要だから。」

「あ~、咄嗟には使えないのか。」

「私、力が弱いから剣とかは上手く使えない。銃ならもしかしたら、ってね。」

「なるほど~、私も似てるから分かる気がする。」

「アンタにはエルカ様のロッドがあるじゃない。」


ベルは羨まし気に、ふん、と鼻を鳴らした。

ジルは苦笑する。


「というかアンタは何で走ってたのよ?その手に持ってるの何?」

「これ?添削済みのザジム君の模擬報告書。お使いでーす。」

「ふぅん。あ、ちょっと前にアイツ見たわね。南門から出ていったみたいだけど。」

「ここにいなかったのか~、じゃあ見つからないわけだ!」


行先の目星が付き、ジルは声を上げる。

ベルに礼を言って、ザジムがいるであろう場所へと歩いて行った。




太陽が西へと傾く頃にレゼル北門をくぐり、ザジムがよく行く料理屋を訪ねた。

しかし、今日は来ていない、との返答を貰ったのだった。


「むー、あそこじゃないとするとどこだ~?」


腕を組んで考えながら大通りをあてもなく歩き回る。

武具を扱う店や雑貨を置いている店、食材を販売する店、人が並ぶ屋台。

あちらこちらを歩き回るも見つけられず、串焼きを齧りながら歩き続ける。


「あぐあぐ・・・・・・、どこ行ったんだろ?お!」


前方の店から連れ立って出てきた人物を見て、声を上げ駆け寄った。


「ロシェちゃん!・・・・・・と、リオさん?」

「ジル、やっほ。」

「ジルちゃん、こんにちは。」


珍しい二人組。

二人が出てきた店はただの雑貨屋だ。


「二人でお買い物?」

「そうだけどそうじゃない。」

「???」


ロシェが伝えた答えにジルは首を傾げる。

その様子を見たリオが笑いながら補足する。


「ロシェちゃんから魔法修業がしたいから教えてほしいってお願いされたんだ。」

「そうそう。」

「それに必要な物を買い出しに、ね。」

「へぇ~、確かにリオさんの魔法凄かった!」

「ふふ、ありがと。」

「んー、でもロシェちゃんにはお師匠ゲルタルク様がいるんだからそっちに頼めば―――」

「絶対に嫌。」


食い気味に拒絶反応を示す。

その様子にジルとリオは顔を見合わせ苦笑した。


「あ、そういえばザジム君見なかった?届け物があるんだ。」

「さっき東に向かって走って行った。」

「多分、門の方へ行ったんじゃないかなぁ?」

「げ、依頼とかでどっか行ったのかな。」


護衛依頼を受けて遠出されては最早追いかけようがない。

だが、その考えはリオによって否定された。


「多分それは無いんじゃないかな?遠出するような荷物じゃなかったし。」

「なるほど。じゃあとりあえず東門まで行ってみますね!」


大きく手を振ってジルは二人と別れて、次の目的地へと走っていった。




「うわ、もう日が暮れる~!門の外で何してんだよ、ザジム君!」


東門から出た時点で夕日が地平線に隠れようとしていた。

さっさと見つけて帰りたいジルの足はどんどん速くなっていく。

門から離れて少し、街道から少し外れた所に人影が二つ見えた。


「ホレホレ、そんなへっぴり腰ではまともに戦えんぞ?半日でへばってどうする!」

「・・・・・・ッ!ゥスッ!」


オーベルの言葉に、肩で息をしていたザジムは顔を上げ、前を見据みすえる。

手にした槍斧を大きく振りかぶり、渾身の力を込めて振り下ろした。

何度目かも既に分からない素振りは鋭く風を切る。


「あ!!いたーーーーーーー!!!!」


ジルは遂にザジムを発見した。

大声と共に指をさし、二人に駆け寄った。


「おう、ジル嬢ちゃん。」

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・、んだよ、なんか用か?」


手を上げてジルを迎えたオーベル。

汗だくのザジムは素振りをする手を止めた。


「なんか用か?じゃないよ!ほら、これ!もー、探し回る羽目になったじゃん!!」

「お?ああ、模擬報告書か。ごくろーさん。」

「もっとねぎらえーーー!」


さも当然のように受け取ったザジムにジルは憤慨した。

それを見てオーベルは大笑いする。


「それにしてもザジム君、オーベルさんと特訓してたんだ?」

「ああ、まぁ、な・・・・・・。」


ジルの疑問を受けて、気恥ずかしそうに頭を掻きながらザジムは肯定した。

オーベルがニヤリと笑った。


「ザジムの坊主はな、先の戦いで自身が未熟だと悟って、ワシに頼みに来たのだ。」

「オイ、なにバラしてるんだよ!」

「くっくっく、何とも殊勝な心掛けではないか、真面目なやつだ。」

「ジジィ、茶化すんじゃねぇよ!」

「なーるほど。」


そんなやり取りをするうちに太陽は隠れ、段々と空が暗くなってきた。

レゼルへと向かう街道を行く旅人も完全に暗くなる前に街へ入ろうと足早になる。


「オーベルさんって武器の扱い凄いですもんね!」

「おうよ!ワシは武芸百般なんでもござれだ。何でも教えてやれるぞ!」

「教え方は容赦がねぇけどな。」

「ほう?素振りの回数が少ないか、あと百回は増やしてもよさそうだな?」

「ぐ、藪蛇やぶへびかよ。」


がくりと肩を落とすザジムと笑うオーベル。

なんだかんだ良い師弟関係である。


「ま、お前さんらは筋がいいからな。前途有望な若人わこうどだ!」

「何だよ急に。・・・・・・ん?『ら』?」

「おぅよ、ザジムの坊主もそうだが、ノグリス嬢ちゃんもレンマの兄ちゃんもな。」

「こないだ一緒に戦ってたもんね。」

「もちろんジル嬢ちゃんもロシェ嬢ちゃんもベル嬢ちゃんもな!」

「私も?」


筋がいい、等とは言われ慣れていないジルは、自身を指さして首を傾げた。

オーベルは、おう、と一言発して言葉を続ける。


「この歳まで色々な人間を見てきた。お前さんらはちゃんと『自分』を持っとる。」


オーベルは、にっ、と笑う。


「そういう奴は大成たいせいするもんだ。ま、怠けたらどうにもならんがな!」


その言葉を聞いてジルとザジムは顔を見合わせ、微笑んだ。


「ほれ、幸先が良いぞ?」


既に夜の闇が辺りを包もうとしている。

そんな闇の向こう、東の平原を指さしてオーベルは言った。


夜の闇の中、明るく光り駆ける姿が一つ。


旅人か?

否。

それは狼である。


月の光を集めたように白く光る天狼てんろうだ。


光輝天狼 ―リヒタコスマルク― 。


月夜に駆ける白き光の狼。

魔獣であるとも、自然現象であるとも言われる謎多き存在。


暗夜を行く姿から、未だ見えぬ道の先を照らし、未来の道行きを開く吉兆きっちょう


そのご利益にあずかる事を目的に旅のお守りにされる存在だ。


「おおー、光輝天狼リヒタコスマルクだ~。」

「いいもん見たな。」


ジルとザジムはその光り駆ける狼に見入った。

その後ろ姿を見て、オーベルは嬉しそうに、だが少し寂しそうに微笑む。


彼女達が成長し、大成する頃には自分は生きていない。

だからこそ、若人に己が築いてきた物を授けるのだ。


若人達が困難に歩みを止めた時に先へと進む道しるべとなる事を願って。


だが、それを彼女達に気取られてはならない。

しんみりした事はガラではない。


そんなものは数年前に息子との離別で済ませている。


「ほれ、いつまで見とるんだ、そろそろ戻るぞ!今日は晩飯を奢ってやろう!」

「マジかよ、やったぜ!」

「わーいっ!」


夜道をオーベルが先導してレゼルへと戻る。

その後ろをジル達が追っていく。


それを見守るように空には白い星が煌めいていた。

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