第58レポート レゼル防衛戦【朝】

リオは駆けていた。


急使が事務官と話しているのを聞いてすぐにブルエンシアを飛び出した。

ゼン達のいない現状、国の上層部は動けない。

となれば援軍の殆どは下級研究者になる。

確実に力不足だろう。


自分なら力になれるはずだ。


ブルエンシアとレゼルは分岐の無い一本の道で繋がっている。

道の左右は山脈だ。

山脈はレゼルの防壁まで続く。


レゼル北の防壁が見えてきた。

その左右に立つ山の向こう側には無数の黒点が空に舞っている。


明らかに自然に生じた魔獣の群れではない。

尋常じんじょうならざる状況である事は一目で分かる。


「急がないと!」


走るその足を止めることなく、リオは北の門をくぐった。




派遣隊として指名された研究者達は一階層の広場に集められていた。

魔獣生態学や武装魔法学の研究者がその中心だ。


だが、ジルやロシェ、ベルなど、大戦鬼の一件で戦えた者も召集されていた。


「うう、大丈夫かな・・・・・・。」

「しゃ、しゃんとしなさいよ!」


緊張に不安そうなジルにベルはそう言った。

だが、ベルも顔が引きつり、身体が小刻みに震えている。


そんな二人の肩にロシェの手が置かれる。


「大丈夫。みんないる。私もいる。ジルとベルもいる。大丈夫。」


ロシェはいつも通りの声色で二人を落ち着かせた。


普段意識する事は無いが、ロシェは七十を超えている。

エルブンとしては子供として扱われる若年と言えど、ジル達よりもずっと年長者だ。


こうした状況でどうすればいいか、よく理解している。


「ロシェちゃん・・・・・・。そうだね、縮こまっていてもしょうがない!頑張ろう!」


いつもの元気さを取り戻したジルの声にベルの震えも止まった。


「やってやろうじゃない!魔獣の群れなんて焼き尽くしてやるわ!」

「じゃあ、任せた。」

「いや、アンタも働きなさいよ!?」

「もちろん分かってる。」


集合が完了した派遣隊は南門より出発する。


ある者は気合を入れ、ある者は不安の表情を浮かべ、ある者はいつも通りの調子で。

過酷な戦場へ向かうその道で、ジル達はいつものように笑っていた。




ヴァムズ公都こうとアルメアシュロスとカレザント国首都シウベスタに使いが走る。

すぐさま指導者の下へと通され、現状の説明が行われた。


「この状況で、か。なんとも人為的なにおいがする、実にきなくさいな。」

「ええ、御前ごぜん演習の時に起きるのは出来過ぎています。」


ヴァムズ公爵ベリアルトの言葉にエルカが同意する。

この日、エルカは友人のもとを訪ねていた。


ヴァムズ公の兵のみならず、各公爵の主だった将兵は帝都近郊に集合している。

皇帝の御前にて行われる大規模演習のためだ。


彼女の軍勢も股肱ここうの臣を指揮官にして参加していた。


そのため、ベリアルトの手元に残った兵士は全兵力の二割程度。

各地域の治安維持も考えれば、動かせる兵士は更に減る。


各地の貴族達が出兵するとしてもしばらくの時間を要するだろう。


「だが放置は出来ん、動かせる手勢のみで出陣する。エルカ、共に来てくれるか?」

「ふふ、もちろんです、ベリアルト。」


二人は微笑み合った。


ベリアルトの指示ですぐさま兵士が集結した。

彼女の近衛兵三百、町の警備兵を限界まで引き抜き、加えて二百。

合計五百騎。


公爵の軍勢としてはあまりにも少ない。


それでもベリアルトを筆頭に兵士達は意気軒昂いきけんこう

馬を走らせ、最短距離でレゼルへと走る。

彼女の隣には同じく馬を走らせるエルカがいる。


厳しい戦いになる事は分かり切っていた。

だが、頼りになる友人が隣にいる。


彼女達は互いに顔を、一つ頷いて戦場へと駆けて行った。




カレザント国の首都シウベスタでは商人組合が動いていた。

というのも軍勢の殆どは国の南西部で発生した魔獣の群れの討伐に出向いている。

派遣できる戦力など、存在しなかった。


そのため、人員を動かせる商人組合に話が回ってきたのだ。


「だ~か~ら~!ボクが行くって言ってるじゃん!!」


小さな女性がテーブルに手を突いて、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

その頭には獣の耳、体の背面、腰の下からは獣の尾が伸びていた。

飛び跳ねるたびに耳と尾も跳ねている。


くすんだ赤い髪と薄い褐色肌。同じ色の獣の耳と尾。

瞳の色は灰色で幼い印象も受けるような童顔。


簡素な布と紐で作られたハーフパンツと胸部をぐるりと隠す簡素な上衣じょうい

手にはてのひらだけを隠すグローブ、足元は編みサンダル。


布などで隠れている部分よりも素肌が見えている部分の方が多い。

だが色気とは無縁の体つきである。


「さっきも言ったろうが、一人じゃ無理だ!」


そんな彼女にザジムと同じような獣人の男性が声をあららげる。

彼はこの商人組合の組合長だ。


「お前さんは英雄と一緒に戦った『破拳はけん』のアルシェだろうが!冷静になれ!」

「その位の魔獣、ボクなら勝てるって!」

「万が一があるだろが!」


言い合いが続く。


彼らの言い争いの原因はレゼルへの援軍についてだ。


シウベスタはレゼルに近い。

傭兵は仕事が多いレゼルに集まる傾向があり、ここに逗留とうりゅうする傭兵は少なかった。

かき集めても二百人程度だろう。


報酬の問題もあり、とてもではないが今すぐ出撃できる状況ではない。


「じゃあどうするのさ!って言うか、どうしたら行かせてくれるのさ!」

「ったく・・・・・・もう一人、お前さんと同じ強さの人間がいるなら良いぞ。」

「え~~~~~~~。そんな人いるわけないじゃん!」

「だから大人しくしてろってこった。」


アルシェと呼ばれた女性はとても不満げに頬を膨らませる。

先程からこの押し問答を三回は繰り返していた。


そんな時、入口の扉が開き、カランコロンと客人の来訪を知らせる鐘が鳴る。


「こんにちは~。ちょっと聞きたい事があって。」


入ってきたのは、赤い瞳で長い狐色の髪を首の後ろで一纏めにした長身の女性。


顔立ちは整っており、眉目秀麗びもくしゅうれい、といった表現がふさわしいだろう。

薄い茶色の長袖シャツとくすんだ緑色の長ズボンに身を包んでいる。

左腰には短剣、腰背部には手斧。背中には野営道具が満載されたリュックサック。


そして斜め掛けにしたベルトの先には分厚い本が下げられていた。


「ああ、済まねぇ、今それどころじゃなくてな。ちょっと取り込み中なんだ。」

「取り込み中?何かあったの?」

「実は―――」

「あーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


その女性の姿を目にしたアルシェが、女性を指さしながら大声を出す。


女性は驚いた表情をした。

大声にではなく、アルシェがそこにいた事に、だ。


「アル!こんな所で会うなんて!」

「ハルカ、久しぶり~!」


ハルカと呼ばれた女性とアルシェは笑顔でハイタッチ。

そして、はっ、と何かを思い出したアルシェは組合長に振り向く。


「さっきもう一人強い人がいれば良いって言ったよね!じゃあこれで条件達成!」

「は!?」

「裏にある馬一頭貰っていくよ!さ、ハルカ行こう!!」

「ちょ、おい!?」

「何かよく分からないけど急ぎ?じゃあ荷物は置いて行こうかな。」


女性は背負っていた荷物と斜め掛けにしていた本を壁際に置いた。


「組合長さん、この荷物預かってて。無くしたら承知しないからね。」


そうして、二人は飛び出して行った。


「え、な、なんだ?なんなんだ?」


そこにはポカンとする組合長と同じ表情をする組合員が取り残されたのだった。




ジル達はレゼルに到着し、東西の防壁へと割り当てられた。


ジル、ロシェ、メイユベールは西の防壁。

ザジム、ノグリス、レンマは東の防壁。


他の研究者達もそれぞれの持ち場へと急ぐ。


街中では大きな建物を利用して、魔法医学研究者達による救護が既に始まっていた。

負傷した兵士や傭兵、住人が運び込まれている。


その様相はまさに野戦病院である。


「うわ、酷い状況。急がないと!」


ジルは野戦病院の惨状を横目に走る。

ロシェとベルもそれに続く。


防壁上部から兵士を指揮する声と怪我をした兵士の苦悶の声が響く。

魔獣の断末魔、魔法の炸裂音が絶え間なく轟いている。


ジル達が階段を上り切った時には既に先行した研究者達が魔獣を相手に戦っていた。


ジルはマカミに指示を出し、上空の敵に攻撃を命じた。

ロシェは防壁上へ登りきった狒々ひひの魔獣を巨腕で殴り飛ばして叩き落す。

ベルは自慢の魔法を上空の鳥の魔獣へと撃ち放ち、次々と撃墜していく。


そんな時、一羽の鳥の魔獣が急降下してジルに襲い掛かった。


ボカァンッ!!


鳥の魔獣が爆散した。


マカミが援護したのではない。

ジルがやったのだ。


彼女の手には手のひらより少し大きい程度の小さなロッドが握られていた。


持ち手は白。

杖の先端には四角すいの形に加工された魔石。

四角錘は、赤、青、緑、だいだいの四種類の魔石が均一な大きさで結合されたものだ。


ジルには自衛手段が無い。

基礎魔法ですら暴発させる彼女には上級の魔法など使えるはずもない。


それを解消しようと召喚しやすい魔獣を探した事もあった。

だが、それと同時にエルカに相談していた。


自分の暴発する魔法を自衛手段に出来ないか、と。


ジル自身に制御が出来ないなら外的制御をすればいい。

つまり魔石による制御を行えばどうにか出来るのでは、という仮説である。


魔石研究を行うエルカにとってもこれは興味深い題材だった。


共に研究と実験、何度も何度も自爆を繰り返しながら、遂に完成した。


魔力減縮げんしゅくさせてから増幅させる、一見すると無意味な術式を組み込んだ杖。


一旦減縮する事で制御を容易にしてから増幅して暴発させる。

つまり、制御できる暴発を意図的に起こすのだ。


ジルが暴発するとはいえ使えるのは基礎魔法だけ。

多様な魔法には対応できないが数種類の基礎魔法だけに対応させるのは可能だった。


そうして出来たのがジル専用のロッド、減縮と増幅の杖 ―メディメンナ― だ。


同じ基礎魔法を使っても同じ現象が起きない、ある意味、博打ばくちのような武器である。


「でぇいっ!!!」


向かってきた小型の猿の魔獣に風の基礎魔法を放つ。


それが暴発して猿の魔獣を空高く吹き飛ばした。

落下地点は防壁の外。


かなりの高さから落ちた事で地面に叩きつけられた魔獣は粉砕された。


「あっ!?」


周囲を見渡すと見覚えのある人物がいる事に気付く。

その人物に駆け寄って声をかける。


「リオさん!クラウディアさん!?」


リオはともかく、ここにいるはずの無いクラウディアに驚く。

手早く要点だけをかいつまんでクラウディアはジルに伝えた。


「そうだったんですね、心強いです!」

「任せなさい、どんなでも撃ち抜いてあげる。」


鋭い目をしながら彼女は銃を構えた。


ダァン、と銃撃。

ボルトハンドルを引いて押し、排莢はいきょう装弾そうだんを行い、ボルトハンドルを倒して射撃。


それを五発、弾倉にある銃弾全てを素早く連続で放つ。


上空を舞う翼竜ワイバーンが七体、ちていく。

発射した銃弾よりも多い。二体まとめて一発の銃弾で墜としたのだ。

精密な速射である。


「降りそそげ!」


くるりと身の丈ほどの長さの杖を一回転させて空に掲げる。

上空に巨大な魔法陣が現れ、そこから無数の尖った氷塊が降り注いだ。

防壁に登っていた狒々ひひの魔獣や蜘蛛の魔獣を貫き、地面にいた魔獣に突き刺さる。


こん、と杖で床を突き、魔法陣を消した。


「リオさん、凄い!魔法使いだったんですね!」


魔獣に応戦しながらジルは大魔法を使ったリオに驚く。

リオは微笑みつつ、もう一度杖を回転させた。


「一人旅出来るくらいには腕に自信はあるからね!」

「でも、杖どうしたんですか?持ってなかったじゃないです、か!」


飛び掛かってきた蜘蛛の魔獣にジルが杖を振る。

氷のつぶてが散弾のように発射され、無数の風穴を開けた。


「街の中でちょっと借りたの。さあ、どんどん来るよ!気合入れて!」

「はい!!」


ジルは強く返事をした。


戦いはまだ始まったばかりである。

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