第59レポート レゼル防衛戦【昼】

東の防壁では傭兵達が奮戦していた。


オーベル指揮の下で急造ではあるが部隊編成が行われていた。

一部隊の内訳は、近接戦闘を行える者三名と遠距離攻撃可能な者三名である。


彼らは協力し、防壁に取り付く魔獣と上空から襲い来る魔獣に応戦していた。

互いが互いを援護する事で圧倒的に少ない人数で何とか持ちこたえていた。


そんな戦場の只中にザジム、ノグリス、レンマの三名はいた。

彼らの後ろでは魔法素学研究者達が上空の敵に対して魔法弾を撃ち放っている。


「ッラァ!!!!」


ずがむ、と鈍い音と共に魔力で出来た斧が駆け登ってきた狼の魔獣の頭蓋を割る。

絶命して力を失った魔獣が遥か眼下の大地へと墜ちていった。


「はぁぁぁぁっ!」


槍が弧を描いた。

振り抜かれた軌跡にいた三体の蜘蛛の魔獣の身体が真っ二つになる。


えん!」


呪符を浮かせ、刀を振り、狒々ひひの魔獣を切る。

両断された魔獣が燃焼し、その後ろにいた二体の狼の魔獣をも両断し焼き尽くした。


彼らは互いに背合わせに立ち、魔獣に立ち向かっていた。

押し寄せる魔獣の波を周囲の傭兵、研究者達と協力しつつ押し留める。


「おお、小僧共!中々やるではないか!がっはっは!」


オーベルが大笑いしながら、一際大きな体躯の狒々の魔獣を唐竹からたけ割りにした。

間髪かんはつを入れずに狼の魔獣飛び掛かってくる。


左手一本で短剣を手元でくるりと回転させ、下から上へと振り抜いた。

狼は真っ二つになってオーベルの左右を通って後方に転がる。


「ご老体!凄まじいな!」

「がっはっは、まだまだ若造には負けんわ!」


剣を魔獣に向け、オーベルは豪快に笑う。


「ワシよりも戦果を挙げるんだぞ、ジジイに負けては笑い草だからな!!!!」

「元気なジジイだな!言う通りだ、負けてられねぇ!」

「ええ!やりましょう!」


互いに一瞥いちべつして、魔獣に向き合った。




射砲しゃほう一式!光子榴弾 ―リヒタリャート― !!!」


前方に真っすぐ伸ばした右腕を左手で支える。

右腕手甲てっこうに埋め込まれた青の魔石が輝いた。


自身の魔力と魔石の魔力が混ざり合い、広げた手の前に光の玉が生じる。


ドゥンッ!


衝撃音と共に小さな光の玉が魔獣の群れへと撃ち込まれた。

数十の魔獣を貫き、一直線に飛んで行く。

そして。


ズッドォォォォンッ!!!


大気を震わせる大爆発。

爆心地から正円せいえん、貫いた数十の魔獣を巻き込む範囲に存在した魔獣ものが消し飛ぶ。

それを見る事も無く、エルカは周囲の魔物を魔法の刃をって切り伏せていく。


「流石だな!ヴァムズの精兵せいへい達よ!奮起ふんきせよ!我らが武を示せ!!!」


戦場に良く通る声で兵を鼓舞する。

元より士気が高かった兵達は若き当主の姿に奮起した。


兵達は馬から降り、魔獣に白兵戦を仕掛けている。


たかだか五百騎。

魔獣の大群に騎兵突撃を仕掛けても効果は薄く、馬を襲われる可能性が高い。

大規模な魔法を使える者もいないため、小規模な部隊で各々おのおの応戦していた。


ベリアルトもまた、彼らと同じく馬から降り、長剣を手に魔獣を切り伏せている。

彼女の周りは十名程度の近衛兵達が固めているが守りは盤石ばんじゃくではない。


しかし、ベリアルトは一切ひるんではいなかった。


「いずれ増援が来る!レゼルへ向かう魔獣を一匹でも減らすのだ!」


飛び掛かってきた獅子ししの魔獣を一刀の下に切り伏せた。


彼女もまた、武門貴族ヴァムズの血を引く者である。


幼少より武芸を叩き込まれ、時には父から直接稽古けいこを付けられた。

毎度叩きのめされたが、お陰でそこらの武芸者では歯が立たない程の剣の腕を得た。


そして、貴族としての大局観も持ち合わせている。


この魔獣出現は既に周囲の貴族達は察知し、対処のために兵を進発させている。

その上で公爵自ら最前線にいる事を知ればその足も速くなるだろう。


通常であれば到着は夜だろうが、彼らは兵を急がせ、もうしばらくすればやってくる。


周囲の貴族達の私兵をありったけ集めて二千から三千。


目の前の魔獣の群れと比べるとそれでも少ないが、活路は見い出せる数だ。

それまでを耐えきれば良い。


だが彼女は犠牲を『必然』として諦める事を良しとしない。


「私を残して倒れるのは許さん!死力を尽くせ!軽率に命を散らすな!!」


戦場にって、死ぬなという矛盾した命令。

その命を受けて兵達の顔に笑みが浮かび、武器を持つ手に力が入る。


この主の下で戦えるのは、命をかけるに値するほまれだ。

だがその主は命を捨てるな、と言う。


主が配下を思い、配下が主を思う。

僅か五百の兵は一騎当千の気迫で魔獣の群れと激戦を続けた。




―――ユーテリス共和国首都セルメンテ。


ある一団が町から駆け出したのは太陽が正中せいちゅうを跨ぐよりも前。

人間ばかり、三十人程度の集団は帝国を目指す旅の途中であった。

今日ユーテリスを出てレゼルへ、そして明日帝都へと向かう予定だった。


全員が馬に跨り、大騒動の渦中を目指して駆けて行く。


その先頭には中年の男が馬にむちを振るっていた。


道で出会えば確実に子供が泣き出すであろういかつい顔。

茶色の髪が獅子のたてがみのようにその存在を主張している。


またがられている馬が可哀想かわいそうに見えるほど筋骨隆々な体躯。

その背には、身の丈ほどもある大剣が在った。


「急げ急げ!!さっさと行かねば終わってしまうぞ!!!」


祭りにでも行くかのような無邪気な顔で目を輝かせる。

彼の後ろを走る者達は、またか、という諦めの表情で彼の背を追っていた。


全員が鎧など付けていない普段着。

これから戦場に向かう姿ではない。

ちょっと遠乗りする程度、といった風貌だ。


大騒ぎする戦闘の男に対して、それを追う者達は冷静。

何とも不思議な集団は国境を越え、カレザントへと入っていった。




「しっかし、やっぱりハルカは『英雄』だよね~、こういう時に来るんだもん!」


馬を走らせるハルカに対して、その隣を低く飛ぶように走るアルシェが言った。


彼女は全身に闘気を纏わせ、身体能力を大幅に向上させていた。


誰もが今のアルシェのように馬と並走できるわけではない。

ましてや今、彼女が行っているように片手間に行える者など殆どいない。


『英雄』と共に戦った『破拳はけん』の二つ名を持つ彼女ならではの芸当だ。


「英雄、ね。そんな大それたものじゃないけれど。」


手綱を持ち、馬を走らせながらハルカは隣を行くかつての仲間と言葉を交わす。


「面倒事に首を突っ込んでいたら、いつの間にか悪魔と戦う事になって―――」


ハルカは数年前の出来事を思い起こしながら、道の先を見た。


「―――最終的にアレをぶっ飛ばした、というか。」


既に打ち倒したかつての仇敵の姿を道の彼方に見た気がした。


彼女達はシウベスタから出発し、街道に沿ってレゼルに向かっている。

道すがら状況を教えられたハルカは、そういう事か~、とだけ言って笑っていた。


彼女達にとって、跳梁跋扈ちょうりょうばっこする魔獣の始末などいつもの事かつての日常だった。


「あ、そうだ!ね、ね、どこかで強い魔獣と戦った!?」


子供のように目を輝かせて、獣の耳をぴょこぴょこ動かしながら問う。

彼女は昔から屈託の無い性格をしていた。


良く言えば周りを元気にする、悪く言えば騒がしい、そんな人物だ。


「強い魔獣か~。あー、合成獣キマイラは倒した。」

「お~、まだ戦った事の無い魔獣!どこどこ?どこで戦ったのー?」


ハルカの言葉に身を乗り出す。

馬と接触しそうになったため、手綱たづなを締めて馬に回避させた。


迷惑をかけたアルシェは頭をいて謝罪した。


「デゼエルトの南。ジュゼ山脈を越えたダグゼンの森。帝国から入ったけど。」

「あー、デゼエルトからボク入れないじゃん。帝国からか~、山越え?」

「そ。アルじゃ無理。」

「遭難不可避!!」


二人して笑う。

戦場に向かうにしては緊張感のの字も無い。


そうこうしているとレゼルへと押し寄せる魔獣の最後尾が見えてきた。

ハルカは馬から飛び降り、そのままの速度で走る。

二人の速度はほぼ同じ、ハルカもまた身体に闘気を纏わせていた。


「ほんと反則だよね~、魔法も使えて闘気も使えて~。」

「体質だからしょうがないじゃん。初めからこうだったわけじゃないし~。」

「むー、ハルカと同じ体質だったらもっともっと楽しく戦えそうなのに!」

「アルがそうだったら、破壊神になりそう。」

「ならないよー!」


アルシェは戦いを楽しんでいた。

昔はそれしか知らなかった。


ハルカ達との旅を経て、多くの事を学んだのだ。

だがそれでも彼女の戦闘狂じみた本質は変わっていない。


高速で接近する彼女達に魔獣が気付いた。


狒々ひひの魔獣が、狼の魔獣が、獅子の魔獣が、蜘蛛の魔獣が、蜥蜴とかげの魔獣が。

ありとあらゆる魔獣が彼女達に襲い掛かる。


「でりゃあぁぁぁっ!!!」


大きく振りかぶり、剛拳ごうけん一撃。

打たれた狼の魔獣の身体が巨大な壁に押しつぶされたように変形する。

そして次の瞬間、猛烈な衝撃波が発生し、周囲の魔獣を吹き飛ばす。


吹き飛ばされ粉々の肉片になった狼の魔獣だった物が拳圧と共に後方へ飛んで行く。

哀れにもその後方にいた魔獣達も同じ末路を辿り、破砕された。


彼女の前には粉砕された大地と血の道が出来上がった。


「よっ、と!」


ハルカを叩き潰そうと飛び掛かってきた狒々の魔獣の腹に横蹴りをねじ込む。

ボンッ、という音と共に上半身と下半身が分離した。


「あ、吹っ飛ばそうと思ったのに。力加減間違えたー。」


頭を掻きつつ、群がってくる魔獣に向き直った。


右腕を後ろに引き、右手に魔力を込める。

青白い炎が手を包んだ。


魔獣達が一斉に飛び掛かってくる。

それでもハルカは余裕の笑みを浮かべる。


「そぉれっ!」


右から左へ。

指をかぎ爪のようにして振り抜く。

手を覆っていた炎が前方の広範囲を焼き尽くす。


飛び掛かってきた魔獣は一瞬で灰となって風に散った。


「よーし!!どんどんいくよー!!!!」

「さてやるかー!!」


準備運動を終えた『英雄』と『破拳』は戦闘を開始する。


戦局は流動を続けていた。

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