第57レポート レゼル防衛戦【早暁】

それは、突然の出来事だった。


ブルエンシア南方、中立都市レゼル。

朝焼けに空が白む早朝、魔獣の大群が押し寄せた。


大地を埋め尽くすほどの数で地を歩む魔獣。

塗りつぶさんばかりに空を舞う魔獣。帝国とカレザント国、東西からの同時攻撃。


混乱しながらも番兵は迅速に門を閉じ、緊急事態を知らせる鐘が打ち鳴らされる。

その音に町に逗留とうりゅうする傭兵達が叩き起こされた。


暁の町が騒がしく目を覚まし、蜂の巣を突いたように傭兵達は手に手に武器を取る。

その身を防具に包み、防壁へと集まっていく。




「お、おい、な、何だよこの大群・・・・・・。」

「あり得ない、どうなってるんだ!」


帝国側―――東の防壁に集まった傭兵達はその目を疑う。


いつも見慣れた緑の大地は見えず、一面が魔獣のはらに変わっていた。

上空には旋回を続ける翼竜や大鷲おおわし


一目で分かる。

ただの魔獣討伐ではない、これは戦争だ。


「あ、あ、あ・・・・・・。」


若い傭兵は腰が引けて、膝ががくがくと笑っていた。

中には腰が抜けて尻もちをついている者もいる。

熟練の傭兵ですら息が詰まり、冷や汗が伝っている。


後から階段を上ってきた義足の傭兵がその様子を見て、大きく息を吸い込み―――


「おうおう!!随分賑やかじゃあないか!!!!!」


深刻な空気を吹き飛ばすような激声げきせいを発した。

その声に茫然自失ぼうぜんじしつとしていた傭兵達が、はっ、と我に返る。


「ほれ、しゃんとせんか!」


ばしん、と腰が引けていた若い傭兵の尻を叩く。


「がっはっは!中々の大群だ!だがこの防壁を抜く事は出来ん!」


自信満々に言い切る。


「なぜならば、ここにはワシがいるからな!!!」


胸を張って大笑いするその様子に、周りの傭兵達の顔に笑顔が浮かんだ。

肩の力が抜け心のゆとりが出来た彼らは、共に生きてきた相棒武器を抜く。


それを見て、オーベルはニヤリと笑った。


「おぉし!やるぞ、若造ども!!!!」

「「「おおおぉぉぉ!!!!!!」」」


オーベルの鼓舞に傭兵達は武器を天に掲げた。




カレザント国側―――西の防壁では既に戦いが始まっていた。


レゼルが直接雇用している兵士のすべてを西の防壁に集めていた。

周囲と比べると身なりのいい黒茶くろちゃ髪の中年の男がその指揮を執っている。


レゼル商人組合の組合長、アフェルである。


レゼルは商人の町。

そして世界に伸びる商売の道の中心地。


彼はその幾万の商人達を束ねる、いわば商人の頂点である。

各国の国主達にも引けを取らない、強大な権力を持つ人物だ。


今、その眉間には深くしわが寄っていた。

その理由は当然、魔獣の襲撃によるものなのだが、それだけではない。


この騒動が起きてすぐに屋敷に乗り込んできた人物に関係している。


(まさか、公が一介の傭兵としてこの町にいるとは・・・・・・。)


前ヴァムズ公爵オーギュスト。

まさかそんな人物が自身の膝元にいるとは思いも寄らなかった。


町に出入りする人物は自身の手の者に命じて注視していた。

だが顔も隠さず堂々と、一人の護衛も付けずに入り込むなど、誰が思うだろうか。


(だが、この状況においては天祐てんゆうとしか言えない。なんと頼もしい事か!)


帝国の武門ヴァムズ公が味方にいる、これほど心強い事は無い。


真っ先に屋敷に殴り込んできて、東を傭兵に、西を兵士に、それぞれ割り振った。

そして東は自身が指揮を執る事を言い放って去って行った。


指揮系統も戦闘技術も違う二つの戦闘員が混在する状況では効率的な戦闘は無理だ。

誰もが混乱する中で瞬く間に状況を整理した彼は、やはり戦巧者いくさこうしゃだ。


(援軍要請のためにブルエンシアに急使は送った。)


急使は既に発し、北へと向かって馬を走らせている。


(かの国から増援を貰い、転移門ゲートを使って帝国とカレザントにも通知する。)


頭の中の構想をなぞっていく。


(それらの援軍が来るまでの間を防ぎきればなんとかなるはずだ。)


眉間を押さえて目を瞑り、かっ、と目を見開いて前を見る。

装備を整え、城壁へと向かう兵に号令をかけた。


「遅くなりました!」


アフェルの後方から女性が駆け寄る。

ゲヴァルトザームの女性兵士、クラウディアだ。


小銃を持ち、弾薬等を満載した背嚢リュックサックを背負っている。

更に後ろから同じ装備の彼女の部下が十名ほど続く。


「おお、クラウディア殿。よく来てくれた!」

「いえ集結に手間取りました、これより参戦します。」


手のひらを体に向けて、胸の前で左手を握る。

かの国の軍隊式の簡易敬礼だ。


「防壁上に展開、各自の判断で上空の敵に射撃、これを排除せよ!」


クラウディアは連れてきた部下に指示を出す。

それを聞いた彼女の部下たちは『了解!』と一言発して駆けて行った。


先の珈琲騒動。

ジルの活躍によって問題は解消され、生産と輸出は正常化した。


だが、部外者から見ればその問題解消は一時的な物ではないか、との疑問が出る。

即ち、もう一度、同じ事が起きるのではないか、と。


その心配を解消するために、当事者の彼女が商売の中心地レゼルへと送られたのだ。

昨日、商人組合にて説明を行ったところだった。


アフェルから状況を確認したクラウディアは状況の困難さを理解する。

軍人としての本来の彼女、冷徹な狙撃手の顔が現れた。




急使は転がり込むようにブルエンシアへと到達した。

尋常ならざる様子を見た事務官は状況を確認し、すぐさま上層部へ報告する。

上層部もまた緊急性を把握し、賢者へと伝えた。


だがこの日、賢者はアスカディアただ一人のみであった。

ゼンは遠方に調査に出かけ、リドウは東大陸北部へ向かっていた。


「レゼル強襲、増援を送られたし、ですか。」


報告を口に出して確認する。

事務官はそれを肯定した。


彼女は考える。


増援を出す、出さないではない。

誰を送るか、だ。


現状、賢者は自分しかいないため国を離れられない。

となれば、上級研究者達を送るべきか―――


「おおっと、今考えてる事はやめた方が良いだろうねぇ。」

「ゲルタルクさん!?」


いつの間にか円形議場にゲルタルクがいた。

おそらくは下から風の魔法を使って飛んで来たのだろう。


「私が何を考えている事?貴方に分かるわけが―――」

「上級研究者をレゼルへ送るつもりだったんだろう、違うかね?」

「っ!」

「図星だねぇ、まあそれが正解だろう、通常ならねぇ。」

「通常なら?そもそも魔獣の大群が現れた時点で通常ではないと思いますが。」


少し不満げな表情を浮かべながら言うアスカディア。


それに対してゲルタルクは懐から一枚の紙を取り出し、彼女に投げて寄こした。

その紙には文字が書かれている。

手紙だ。


「これは、リドウさんから?内容は・・・・・・!」


そこには、万が一の時は国防を第一とせよ、と書かれていた。


アスカディアは若いが、聡明な賢者である。


ゼンやリドウ、そして目の前のゲルタルクが。

何かしら、そう大戦鬼グロスオーガの件について、何かを。

とても重大な何かを、自分に隠している事は薄々勘付いていた。


その上で彼らが話さないのは、まだ自分が知るべきではない事だと理解していた。


自分の事をゼンやリドウは良く知っているはずだ。

その上で国防を優先せよ、上級研究者を動かすな、という事は―――


「レゼル攻撃は人為的、ブルエンシアを攻めるための陽動かもしれない・・・・・・?」

「おお、流石は賢者だねぇ。このゲルタルクも同意見さぁ。」


アスカディアの独白どくはくにわざとらしくゲルタルクが同意した。

この国を守るためには上級研究者を動かすわけにはいかない。


そうなると―――


「下級研究者を向かわせる、か・・・・・・。」


下級研究者には未熟な者も多い。

当然そんな者を戦場に出せば死者が出ないとも限らない。


彼らは国の宝、そんな宝をすり減らす事はアスカディアにとって苦渋くじゅうの決断だ。


「せめて戦い慣れた者を送りましょう。」


決断したアスカディアは椅子から立ち上がった。


「魔獣生態学と武装魔法学の研究者を中心に先の大戦鬼の際に戦えた者を選抜!」


ぐっ、と考え、そして指示を出す。


「それと魔法医学研究者を先行してレゼルへ出発させて下さい!」


事務官に指示を出す。

こうしてブルエンシアから援軍がレゼルへと派遣される事となった。


そして―――


「え、私も!?」


ジルもレゼルへと向かう事になったのだった。

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