第56レポート いでよ!一角馬!

白い体に金のたてがみ

真っ黒な瞳はつややかに光をたたえる。


軽やかに森の中を駆け、その知能は人間すらも凌ぐ。

強力な魔法も扱い、凶悪な魔獣あふれる森でしたたかに生き残る。


その馬の額には白く長い角が伸びていた。




「おい!そっち行ったぞ!」

「うおーっ!まて~!いけっ、マカミ!」

「こんの、待ちなさいよっ!待てこら!!」

「通さない。っ!風の魔法!?」


四人と一匹はぜいぜいと息を荒げる。

そんな様子をせせら笑うように少し離れた所で馬が見ている。

侮蔑ぶべつするように一つ鼻息を吐いて森の奥へと消えていった。




―――数日前。


「一角馬 ―ウラヌエウス― の捕獲?」

「そ。」


料理屋でジルとロシェ、ザジムとメイユベールは卓を囲んでいる。

話に花を咲かせていた所で、ロシェから依頼の話が出された。

彼女の故郷、南エルブンの森に現れる魔獣の捕獲である。


「田畑を荒らす、女子供を積極的に襲う、わざわざ町に来て糞尿をまき散らす。」


心底嫌な物を語るようにロシェは話を続ける。


「討伐しようにも知能が高くて捕まえられず、追い詰めても魔法を使う。」


その語り口は、彼女が師匠を語る時に似ている、気がする。


「純粋に人間に嫌がらせもしてくる。とてもいやらしい魔獣。」

「そ、そんなに酷いの?物語に出てくるのとは全然違うじゃない。」


一角馬ウラヌエウスは物語の中では神聖な存在とされることが多い。


白い体に金のたてがみ、額から伸びる角。

森の奥に生きるその姿は、ていに言えばとても絵になる。


が、魔獣あふれる森の奥で、保護色にもならない体色を持ちながら生き残っている。

つまりそれだけ強力な魔獣―――いな狡猾こうかつな魔獣なのだ。


高い知性は彼らを生存させるのみならず、人間に対する脅威にもなるのだ。

一般的に魔獣の脅威は『人が襲われる』という事だが、一角馬に関しては異なる。


とにかく性格が悪く、絶妙に人間が苛立いらだつ事を積極的にやってくるのだ。

南エルブンや帝国東方の住人に蛇蝎だかつの如く嫌われている魔獣である。

勿論、ロシェも例外ではない。


「あの魔獣ケダモノを捕まえる、協力してほしい。」




そうして四人は南エルブンの森へとやってきていた。

森の中を縫うように伸びる道を進むと突然石造りの町が姿を現す。


ロシェの故郷、北東部の中心地スーラリエスである。


この町中には地底鉱山に繋がる洞窟があり、その奥には良質な鉱脈が存在する。

鉱山から採掘される鉱石や魔石は彼らの生活に欠かす事は出来ない。

彼らの家も石を中心に作られているのだ。


木造家屋に住む北部エルブンとは大きく異なる住環境である。


町のすぐ隣には果樹園と畑があった。

そして、そこを一角馬が荒らしているのだ。


手分けして探す、必要もなく一角馬は姿を現す。


そして、森の中を駆け巡る追いかけっこが始まった。




追いかければ自慢の脚力で逃げられた。

回り込めばそれに勘付いて誰もいない方向に逃走する。

こっそり近寄っても気付かれ、事もあろうか糞を後ろ足で跳ね上げて攻撃してきた。

そして、行く手を塞げば魔法による攻撃で強行突破する。


ほぼ半日、四人で追いかけ回したが捕獲には至っていない。


「おい、どうすんだ、らちが明かねぇぞ。」

「むぅ、困った。」


ザジムの言葉にロシェは腕を組む。


「アンタ、狼の獣人ならもっとこう、早く走れないの?」

「無茶言うなよ、初めて来た森をスイスイ走れる訳無いだろ。」

「む~、どうすればいいかなぁ?」


四人で頭をひねる。


がさっ


「?」


後方で何か音がしたのに気付き、ジルは振り向く。


「あ!」


そこには白い馬がいた。

逃げおおせたのにも関わらず、わざわざ戻ってきて顔を出したのだ。


ジル達を見て、ニマリ、と笑っているようにも見える。

首を伸ばし、ぶるるるるぅ、と息を吐きながら首をぶるぶると振る。


『馬鹿に捕まるほど間抜けではない、悔しかったら捕まえてみるがいい!』


そう言っているように見える。


四人の額に青筋あおすじが浮かんだ。


憎たらしい顔に一発くれてやろうと駆け寄る。

が、それよりも早く一角馬は跳ねるように森に消えた。


それと同時に一角馬がいた場所の後方から何かが飛び掛かってきた。


「うおっ!」

「ちっ、森狼 ―シルルプス― め、こんな時に。」


飛び出してきたのは三頭の中型犬サイズの暗い緑色の体毛の狼だった。


森狼シルルプスは集団で狩りをする。

おそらくは一角馬が彼らにちょっかいをかけたのだ。


自身を追わせ、ジル達と森狼達を鉢合わせた。

事実、飛び出してきた森狼達も一瞬戸惑った後に、臨戦態勢を取った。


「ああもう、面倒臭すぎるわよっ!」

「言っててもしょうがないよ。マカミ、やるよ!」


ジルの掛け声にマカミは燐火りんかに包まれ、姿を中型犬程度の大きさに変える。

ロシェとザジムも武器を作り出し、戦いが始まった。




たてがみなびかせ、森の中を悠々と駆けて行く。


捕まえようとしてきた愚かな人間、いつも絡んでくるわりににぶい狼共。

どちらも所詮しょせんは遊び道具程度の相手だ。


この森の中で我にまさる者などいない。


だが流石に退屈になってきた。


そうだ。

この森を出た所に人間が良く歩いている場所があったな。


森に住んでいる連中とは違って耳が短い、さっき見たチビ共みたいな人間。

あいつらに遊んでもらうとしようか。


弱そうなメスやガキは遊び道具にちょうどいい。

軽く角で突いて傷付ければ泣き叫ぶだけで動かなくなる。


そうなったらあとは噛みつくなり踏み潰すなり、思うがままだ。

たまにはぐちゃぐちゃに刻んでやってもいいかもしれない。


そうと決まったら行くとしよう。


くくく、楽しみだな―――


ざざざざざっ


おや?狼共か。


あの人間共は喰われたか。

共倒れすればいいものを追ってくるとはな。


所詮は遊び道具。

相手をしてやるとしよう。


今は気分がいい、全力でやってやろうではないか。


風よ、集まるがいい。

刻め!


ひゅぱっ

ズバンッ!


ちっ、斬れたのは木だけか、上手く避けたようだな。

これならばどうだ?


来たれいかづち、我が敵を撃て!


バチッ

ドバァァァンッ!


ふ、辺り一面焼け焦げたな、今度は流石に―――


ざざざざざざざざざざっ


な!?

先程より数が多い、だと?

く、群れ総出そうでで追ってきたか。


アオオォォォォンンッ!


十、いや二十か、鈍い狼共が。我を囲むとは中々やるではないか。

だが、その程度で我を倒せると思うとは、愚かよな。


良かろう、望むならば斬り刻んでやろうではないか。


風よ―――


「マカミ、撃て!!!」

(ウオオオオッ!)


ドゥンッ!!

ボパンッ!!!!


が、があぁっ!

熱い、く、くそ、何だ!?何が起きた!


火炎だと?青い燐火だと?

狼共の中にそんな高位の存在はいなかったはずだ!


後ろから聞こえた先程の声、あの人間のメスチビの一匹か!

お情けで放置してやったというのに愚かなやつめ。


いいだろう、良いだろう、この我に挑むならば消し炭にしてくれる。


来たれ雷―――


「我、紅炎こうえんを呼ぶ、流れゆく風をまといてさかれ―――黒熱火球シュバルメフォイゲル!!」


ボウッ!

ドオォォンッ!


ぐはぁっ!

黒い炎、今度はもう一匹のメスチビか!


先程は後ろ、今度は左、我を包囲する気か。

だが思い通りになると思うな!


グルルルル

ガアァッ!


ちぃ、狼共め、うっとおしい!

どけぃ!踏み潰してくれる!


「おらよっ!!!」


ひゅんっ

ドガッ!


ぐおぅっ!

な、何だ!?頭に何か当たったぞ!?

木の枝、ではない、何もない。


今度は右か!くそ、あの立ち狼め!

同胞はらからを守ろうというか!


「はあぁっ!」


ぶうんっ!


おのれ、おのれ!

愚鈍な人間共が!

愚昧ぐまいな狼共が!




―――時はさかのぼり、ジル達が森狼と対峙たいじした時。


「ああもう、面倒臭すぎるわよっ!」

「言っててもしょうがないよ。マカミ、やるよ!」


ジルの掛け声にマカミは燐火りんかに包まれ、姿を中型犬程度の大きさに変える。

ロシェとザジムも武器を作り出す。


その時だった。


(ン?ゴシュジン、こいつらアンマリ戦いたくナサソウだぞ?)

「え?どういう事?」


臨戦態勢で対峙する状況で素っ頓狂な声を発したジルをロシェ達が怪訝けげんな顔で見る。


(アノ馬にイヤガラセされてキタから怒ってる。ニンゲンは別にキライじゃない。)

「むむむ?」

(むしろアノ馬をオッカケテくれるからスキだってイッテルゾ?)

「なんですと!?ちょ、皆、待った待った!戦うの中止!」


急に妙な指示を出したジルを更に怪訝な顔で見る。


「ちょっと!どういう事よ!目の前に魔獣がいるのよ!アンタもさっさと―――」

「この子たち、人間の事好きだって言ってる!」

「人間が好き?森狼が?でも森では人間を襲う。」


ロシェはこの狼たちが人間を襲う事を知っている。

何度も何度も人間が襲われて命を落とした、という話を聞いている。


「他の群れは知らないけど、この子たちは人間を襲った事は無いって言ってる。」


マカミを通訳にジルは森狼の意思をロシェ達に伝える。


「にわかには信じられねぇな、そう言って襲ってくるんじゃねぇのか?」

「いつもあの一角馬に嫌がらせをされてたんだって。」

「うーん、信じていいのかしら?」

「一角馬を倒すのに協力してくれる、って言ってるけど・・・・・・。」

「じゃあ、問題ない。」


ジルの言葉を受けて、ロシェは即答してすぐさま武装を解く。

ロシェと森狼達は目と目で通じ合っていた。


あの一角馬、ぶちのめしてやる、と。




「はあぁっ!」


ぶうんっ!


おのれ、おのれ!

愚鈍な人間共が!

愚昧ぐまいな狼共が!


ドガンッ!!!!!


ロシェの巨腕による強烈な一撃が一角馬の顔面に直撃する。

自慢の一本角は根元からへし折れ、口からはよだれが、鼻からは鼻水が散る。


さしもの一角馬も大質量の衝突には耐えられず、そのまま失神して倒れ込んだ。


「よぉぉし!やった~~!!!」


ジル達は互いにハイタッチをして目標の確保に歓喜した。

森狼達も大喜びでジル達の周りで飛び跳ね、走り回っている。

ここまで嫌われている一角馬、自業自得である。


「よし。じゃあ村に運ぶ。」

「解体するの?」

「ううん。」


ロシェの言葉に三人は首を傾げる。


一角馬こいつらは知能が高い。封魔の首輪を付けて森に放つ。」


失神した一角馬の頭を軽く蹴りながらロシェは言う。


「他の一角馬が人を恐れて近寄らなくなる。私達の役に立ってもらう。」


三人にロシェは暗く笑って言った。

ぞわりとした悪寒が三人に走る。


そんな中、おずおずとメイユベールが手を挙げた。


「あのぅ、それ一角馬たてがみちょこっともらっていい?」

「鬣?全部っても良い。」

「いや、そこまでは・・・・・・。」


一角馬の鬣をちょっと多めに切って、それを紙に包む。


「どうするの、それ?記念品?」

「シャルにぃが欲しいって。」

「シャルガルテさんが?」

「帝国とカレザントで珍しい魔獣の死骸が出たから泣く泣く、断念したのよ。」


はあ、と溜め息を吐き、ベルは兄弟子の姿を思い浮かべる。


「持って帰らなかったら、多分なげき悲しむわね。」

「うわぁお、研究熱心だぁ。」


シャルガルテの意外な一面を意外な場所で知った。




その後、一角馬を引きずって町へと戻ると住人達も同じように暗い笑いを漏らした。

そして―――


「あの森狼達はどうしたんだ?」


自警団の団長がジル達と共にやってきて、大人しくしている彼らを指して問う。

連れて帰ってきた時点で一応軽く説明はしているが、自警団に取り囲まれていた。


詳しく説明し、一角馬捕獲に関する多大な協力について説明すると包囲が解かれる。


「人間にも好意的、か。町で面倒を見る事にしよう。一角馬対策になるかもな。」


こうして森狼達の処遇も決まり、ジル達は依頼を完了ミッションコンプリートしたのだった。

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