第55レポート いでよ!玉章燕!

―――数週間前。


大空を一羽の鳥が飛んでいる。

羽の色は銀、風切羽かざきりばねふちには黒の波型模様。

眉間から背中にかけて同じ色の一本筋。


急報を運ぶツバメの魔獣、玉章燕 ―シュラヴィリス― である。


軍事用に飼育と改良が進んだこの鳥は、遥か遠くまで迅速にふみを運ぶ。

事実、現在も丸められた手紙を胴にくくり付けて運んでいる。


眼下に望むはシュレーゲン連合王国の国々。

何度か羽ばたき、大きく羽を広げて風を掴む。

王城おうじょうを超え、城塞じょうさいを超え、関門かんもんを超え。

文を届ける先へと急ぐ。


急降下し、その家の窓をくちばしでコンコンと叩く。

家主によって開けられた窓の縁に着地し、胸に抱える文を渡した。




「いや~、今日もいい日だなぁ!」


朗らかに大きく声を発しながらジルは廊下を歩く。

大きく手を振り、大股で。

今日はいい日だ。


はい、嘘です。

今日もつい今しがた失敗して全身すすだらけです。

出してる元気はから元気。

行く先はお風呂である。


「む~、上手く行くと思ったんだけどなぁ。」


風呂に浸かりつつ、今日の反省会。

魔獣の選定、素材の選択、加工の方法、魔力の注ぎ方。

他にもまだまだ足りない事だらけだ。


毎日一歩前へ。


だが手探りである事から、いきなり振り出しに戻される事も多い。

それでもまた一歩前へ。


それを続けている。


洗った髪から浸かった湯に、ぽたりと水滴が落ちて波紋を広げる。

ゆらゆらと揺れる水面に波紋がまれ、姿を無くした。

それを見つめて、ジルは一つ息を吐く。


「よしっ、もう一回頑張るか!」


気合を入れて勢いよく立ち上がった。




次の実験のための素材確保のために街へと出た。

ずんずん大股で、今度は本当に元気に歩いて行く。


「お?」


進行方向、右手。

ちょうど南門から街の中心である広場へ向かう大通り。


その道の端で一人の女性が辺りを見回しながら困り顔をしていた。


背中まで伸びる艶のある長い黒髪。

ぱっちりとした二重ふたえの目に焦げ茶色ダークブラウンの瞳。

童顔で可愛い系の美人、といった印象を受ける。


服装は白のシャツブラウスとベージュのトレンチスカート。

チェック柄のケープを羽織はおり、被ってきたのであろう麦藁帽むぎわらぼうを手に持っている。


そしてここまでの長旅の荷物を運んできた黒のリュックを足元に下ろしている。


その様子から、誰かと待ち合わせか、それとも行く先が分からないか、どちらかだ。


そう考えた元気満タン状態のジルは女性へと駆け寄る。


「こんにちは!」


元気のいい挨拶に女性は驚いた様子だったが、すぐに微笑み、挨拶を返してくれた。


「こんにちは。」

「お姉さん、待ち合わせですか?それとも行先が分からないとか?」

「ふふ、そうだね~。その両方かな?」


少しだけ考えてから女性は答える。

その答えにジルは疑問を覚える。


「両方、ですか?待っているけど行先が分からない?何だか変なような・・・・・・。」

「人と会う約束はしてるけどここじゃなくて、時間ももっと後なんだ。」

「ふむふむ。」

「時間があるから観光でも、と思ったけど、どこに行けばいいかな~、って。」

「なるほど~。」


女性の回答にジルは納得する。

そして―――


「じゃあ、観光案内引き受けますよ!」

「あれ?いいの?」

「はい、もちろんです!あ、お金なんて取りませんから!」

「わぁ、親切。でも本当に大丈夫?何だか悪いし・・・・・・。」


女性の気遣いにジルは首を横に振る。


「せっかく観光に来てくれたなら、この国の事好きになってほしいですから!」


その言葉を受けて、女性は感謝の言葉と共にジルに案内を依頼したのだった。




一階層の各地を回り、店を多めに説明していく。


宿屋に雑貨屋、バルゼンの料理屋やドルドランの鉱石屋、マスターのカフェも。


観光地、と呼べるほどの物はこの国には無い。

あちらこちらで響く爆発音や喧騒を名物として紹介する。

ついでに時々降ってくる人間も名物だ。


残念ながら、ジルも結構この国に染まっていた。

そして―――


「ここが~素材屋さん!」


グアッグアッ

バサバサ


両手を大きく振り全身を使った指さしに、店頭で待ち構える川鵜が鳴いて羽ばたく。


「あ、リオさん、ここには猛獣がいるので注意してくださいね!」

「猛獣?」


ジルからそう言われた女性―――リオは川鵜を見て首を傾げる。

見られた川鵜も同様に首を傾げる。


「ホゥ、目の前に旨そうな餌があるなァ?」

「はっ!あ、あーっ、いだだだだっ!」


音もなく背後に立ったアルーゼに右耳を摘ままれた。

身体が浮くかと思うほどに上に引っ張り上げられる。


「あれ?」

「オォ?」


ジルを引っ張ったままアルーゼは見慣れない人物が前にいる事に気付く。


「あー、あーっ!取れるっ!耳が!耳取れるっっ!!!」

「おっと。」


叫びに手を離す。

ジルは耳を押さえながらその場に転がった。

川鵜が羽ばたき、ジルの頭を羽でバシバシ叩いている。


「ぐおおぉぉぉ・・・・・・、酷い、酷すぎるっ!キミもそう思うよねっ!」

グアッグアッ


がばっ、と勢いよく顔を上げ、川鵜に同意を求めた。

なおも川鵜はジルの事を羽で叩き、ジルの顔面を突こうとくちばしを繰り出す。

それを躱しながらジルはジリジリと間合いを詰めていく。


そんな様子のジルを放置して、アルーゼはリオに近寄り耳打ちする。


「オィ、アンタ何でこんなトコにいるんだよ。」

「あはは、お呼ばれしちゃって。アルーゼさんも元気で何よりです。」

「まったく、危うく変な事を口走る所だったぜ、『聖女サマ』よォ?」

「その呼び方は身体がむずがゆいからやめて下さい~。」


ぞわぞわとした感覚にリオは身体を震わせた。


リオは聖女である。

だが、そういった職業や肩書があるわけではない。


世界を救う、それに至る過程で次第と『英雄と聖女』の話が各地に残ったのだ。


だが残ったのは、英雄達が訪れた事とその地での逸話のみ。

それ故に彼女たちの顔を知っているのは各国の上層部や一部の関係者だけ。

この世界の多くの人々は英雄の顔も聖女の顔も知らないのだ。


聖女の名が大きすぎる、となげ彼女リオは、権力に無関心なただの一般人である。


「で、扱いは一般人って事でいいンだな?」

「はい。というか『聖女様っ!』ってひざまずいている光景は想像できませんよ~。」

「ハッ、やっても構わねェが?」

「ご勘弁を~。」


二人は笑ってそんなやり取りをしていると、任務放棄していた案内人が戻ってきた。

何故か仲良さそうに笑っている二人を見て、頭に疑問符が浮かぶ。


「あれ?なんでもう仲良くなって・・・・・・?」


首を傾げるジルを二人は適当に誤魔化した。




素材屋を冷やかし、隣の調剤屋でちょっとお茶をして、その後も街を回って。

夕方頃に宿屋の前に戻ってきた。


「ジルちゃん、案内ありがとうございました!」

「はい!楽しんでもらえたなら嬉しいです!」

「もちろん。あ、そうだ、私はしばらくここにいるからたまに遊びに来てね。」

「いいんですか?絶対に遊びに来ます!!」


鼻息荒く返事をして、ジルは走り出す。

何度も何度も振り返ってリオに手を振り、遂には見えなくなった。


「ん~っ、さて、と。」


大きく伸びをしてジルが走って行ったのとは逆方向に歩き出した。


街を回っている最中で迎えが来ているのはずっと気付いていた。

白い紙で出来た小さな人型だ。

その人型案内人に従って路地の裏へと歩いて行く。


何度か角を曲がった先。

大通りからはかなり離れた静かな暗い路地の突き当り。

そこに小さな喫茶店があった。

入口の扉はリオがかがんでようやく入れるほど小さい。


扉を開けて中へと入ると、その中は外見と異なりかなり広かった。

ジルに案内されたマスターのカフェと遜色そんしょくない立派なお店だ。

店内にはリオの他には二人しかいない。


「リオさん、お越し頂きありがとうございます。」

「こんにちは、リドウさん。それとゼンさん、お久しぶりです。」

「ああ。」


リオの姿を認めたリドウは表情を明るくし、挨拶をされたゼンは一つ頷いた。

カウンター裏に立つリドウとカウンター席に腰掛けるゼン。

ゼンの隣にリオは腰掛けた。


「なににします?」

「緑茶で。」


急須で淹れられた茶が湯呑に注がれ、リオの前に差し出される。

一つお礼を言って口を付ける。


「ふぅ、やっぱり落ち着くなぁ。」

「思い出すか?」

「あはは、それはまあ。戻れないとしても故郷ですからね。」

「見ず知らずの世界のために戦い、そしてまたこうして呼びかけに応じて下さる。」


リドウは頭を下げた。


「我々はただ、感謝する限りです。」

「あ、私が好きでやってきた事ですから。そんな頭を下げてもらう事じゃ・・・・・・。」


カウンター越しに頭を下げるリドウに恐縮するリオ。

そのやり取りを横目に茶を啜るゼンの口元も少し緩んでいるように見える。


「それで、本題についてなんですが・・・・・・。」

「はい。お送りしたふみしたためた通りです。」


リドウはリオの問いかけに答える。


「先般の大戦鬼グロスオーガ襲撃において、魔術学派の術式を確認しました。」


リドウは険しい顔でそう言って、手元の茶を一口飲む。


「先の大騒乱の折に『悪魔』の影響を受けた者は、そのことごとくが死に絶えました。」


かつての壮絶な悲劇を思い出す。


「国内に仕込まれた術式は総力をかけて見つけ出し、その全てを処理しました。」


その悲劇の後に全てを清算した、その筈だった。


「その上で今回彼らの術式が見つかった。つまり―――」

「奴らの残党がまだ国内に存在している。」


リドウの前置きにゼンが結論を出した。

それを聞いてリオの表情も少しばかり硬くなる。


「まさか、あの時みたいな事が?」

「させるものか。」


リオの問いにゼンが短く強い否定の言葉を返す。

それを聞いてリオは表情を和らげた。


「ゼンさんがそう言うなら大丈夫そうですね。」

「だが、手が足らん。」

「だから私を、って事ですね。」

「ああ。」


共に旅をした仲、リオとゼンの意思疎通は簡潔だ。

それを見てリドウは微笑む。


「でも、こういう事に積極的に首を突っ込む人が来てないのは不思議ですね。」

「確かにな。」

「ははは。文を飛ばそうにもどこにいらっしゃるか、分かりませんでしたから。」


リドウとリオは笑う。

ゼンも少しばかり微笑んでいるように見えた。


「ですが何か事が起こったら現れそうですね、あの方は。」


三人の頭には、ここにはいない『英雄』の顔が浮かんでいた。

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