第54レポート いでよ!紫水晶蜥蜴!

ジルはいつも通り素材屋に突入する。

いつも殴られるので対策として、挨拶をした瞬間に飛び退く計画だ。


「こんちゃーーーっすっとぅっ!」


ばっ

ごろごろ

ずしゃっ


決まった。

今回は拳骨も飛び道具も来ない。

ジルは勝利したのだ。


「何やってンだ、オマエ。」


カウンターに頬杖ほおづえしながらアルーゼは怪訝けげんな顔でジルを見る。

そしてその向かいには予想外の人物が座っていた。


「おや、君はあの時の。」


鮮やかな長い赤髪に琥珀色の瞳、赤のローブを身に纏う。

赤機せっきの賢者アスカディアだ。


「あれ?アスカディア様。こんにちは~。」


流れるように椅子を持ち出し、彼女の隣に腰掛ける。

もう苦情を言うのも面倒そうにアルーゼは舌打ちをした。

そんな二人を見てアスカディアは微笑む。


「先輩にもイーグリスさん以外に普通に接してくれる人がいるんですね。」

「アァ?喧嘩売ってんのか?」

「いやいや、純粋に嬉しいんですよ、先輩は悪く見られがちだから・・・・・・。」

「アスカ、オマエは相変わらずだな。」


互いに気が置けないやり取りが交わされる。

そしてアスカディアが発した『先輩』という言葉にジルが気付く。


「もしかしてアルーゼさんってアスカディア様の先輩なんですか!?」

「そうですよ、いい先輩です。」

「嫌味かよ。」

「本心ですよ。」

「仲いいんですね~。」


ンなわけあるか、と悪態をつくアルーゼに対して、そうですよ、とアスカディア。

粗暴に近いアルーゼと品行方正なアスカディア。

何とも正反対の二人である。


「っていうか、本当に意外な繋がり~。でも賢者様が何でお店に?」

「これですよ。」


そう言ってカウンターの上を指す。

そこには紫色の綺麗な水晶が有った。


「紫水晶、ですか?もしかして、すっごい珍しいもの!?」

「いンや、ただの水晶だ。」

「な~んだ・・・・・・。あれ?じゃあ何で?わざわざ換金する必要なんて・・・・・・。」

「紫水晶蜥蜴 ―プルパレタサウラー― を飼ってい・・・・・・飼わされていまして。」


紫水晶蜥蜴プルパレタサウラーは背中に水晶を生やす、手のひら程度の大きさの薄紫色のトカゲである。

背中の水晶は採取されてもまた生えてくるため、飼育すれば紫水晶を量産出来る。


だが、このトカゲの主食は魔石である。

つまり、紫水晶を売っても全く儲からない。


そのため、飼っているのは水晶自体を利用する魔法に関係する者くらいだ。


「飼わされて?」


わざわざ言い直された言葉にジルは首を傾げる。

アスカディアとアルーゼは顔を見合わせてため息をいた。


「あの若作りババア、今どこにいるンだ?」

「先日届いた手紙では、西大陸を巡りながら酒浸さけびたり、だそうで。」

「???」

「ああ、悪ィ、こいつの師匠だよ、紫水晶蜥蜴を押し付けたのは。」


アルーゼは親指でアスカディアを指す。

アスカディアは少し困り顔で苦笑した。


「お師匠様ですか?賢者様の?」

「ええ。優秀な方なんですが・・・・・・。」

「ま、自由が服着て歩いてる、みたいなババアだからな。」


はっ、とアルーゼは鼻で笑う。


紫旭しきょくの賢者の看板、下ろした方がこの国の為なんじゃねェか?」

「うっ、師匠だから否定したいけど否定できない・・・・・・っ!」

「何となくどんな人か分かりました、はい。」


二人が話すその人物。

この短い会話で大体どんな人物なのかが理解できてしまう。


「流れとしては、今のコイツ以外の賢者と三人で国の運営をしていたワケだ。」


アルーゼは、ぴっ、とアスカディアを指した。


「で、ある日突然『飽きた!』つって、コイツに丸投げして、どっか行った。」

「わぁお、自由。」

「今も一応手紙が届いてはいるが、戻ってくる気はねェようだな。」

「そのせいで、私まだ二十代なのに賢者になりまして・・・・・・。」

「何言ってやがる。ババアが推しても、あの二人が納得せずに賢者にするかよ。」

「あの二人・・・・・・あ、ゼン様とリドウ様。」

「助けていただくことが多いので、お二人には感謝しかありません・・・・・・。」


リドウはともかく、ゼンは助けているのだろうか?とジルは思ったが言わなかった。


「まァ、その結果、あのババアが改造して飼っていた諸々の魔獣が残っちまった。」

「改造が滅茶苦茶で外に放したら、途轍もない被害が出るのが明白なんです。」


無限に繁殖するかも、とアスカディアは付け足した。


「でも処分したら師匠に何をされるか・・・・・・。」

「ああ、だから紫水晶蜥蜴の水晶を。」

「せめて飼育費用の足しにしてやろうと思いまして。」


礼儀正しく敬語を絶やさないアスカディアの言葉の端に反抗心が見える。

流石の彼女も不満が溜まっている様子だ。


「昔のガチガチ真面目なオマエよりは今の方が良いとは思うがな。」

「先輩・・・・・・。」

「あのババアの数少ない良い影響だな。」

「それは違う。」


遂に敬語が無くなった。


「・・・・・・はっ、いえ、師匠の事、尊敬してますよ?本当に。」

「あ、はい、分かりました。」


ばつが悪そうにアスカディアは言った。


「あの、ついでにその紫旭しきょくの賢者様についても聞いていいですか?」


そうジルが言うと二人は少し困った表情を見せる。

だが、不在とはいえ自国の賢者について知らない、というのもよろしくない。

仕方なくアルーゼとアスカディアは口を開いた。


「紫旭の賢者マルレーネ。歳は・・・・・・五十超えてたか?」

「今年で五十三です。年齢に対して行動は子供みたいですね。」


やはりアスカディアの言葉の端にとげが見える。


「研究は魔石学だが、むしろ魔法医学じゃねェか?あの若作り、魔力の作用だろ。」

「ええ。見た目は三十代前半なんですよね。年甲斐もなく。」

「そう言ってやるな、精神はガキなんだから。」


そうですね、とアスカディアが同意する。

本当に賢者なのだろうか、とジルは疑問に思った。


「コイツ以外の賢者二人、緑癒の賢者リドウはともかく白金の賢者ゼンが国政すると思うか?」

「あ~・・・・・・。」


先般の大戦鬼グロスオーガの一件でのやり取りで大体の関係性は分かる。


ほぼ傍若無人ぼうじゃくぶじんに近いゼンが国政なんて面倒な事に熱心に関わるとは思えない。

が、流石に初等級のジルが賢者の事を悪く言う訳にもいかず生返事。


「ま、そんな感じでこいつの師匠が国政の中心だったわけだ。」


そんなジルの事など構わず話は続く。


緑癒リドウも国外の疫病対処だかで、ここにいない事も多かったからな。」

「何のかんの言っても、事務方じむかたとの調整とか、他国との折衝とか優秀でした。」


アスカディアはそう言った後に大きくため息をいた。


「その部分は尊敬しているんですけど・・・・・・。」


その言葉でジルは確信する。

アスカディアとマルレーネの関係は、ロシェとゲルタルクの関係と同じだ。

何だか途端に親近感が湧いてくる。


「そんな事をしてたババアがある日突然、蒸発した。」

「この国、大丈夫なんですか・・・・・・?」

「今更だろ、そんなモン。」


今もどこかで爆発音が響いている。

少し離れた広場で別の騒ぎが起きている声がする。


滅茶苦茶なのはこの国の日常である。

そんな国の上層部、まともであるはずがない。


「結構大変なんですよ・・・・・・、帝国と連合王国からの魔法技術支援依頼とか。」


胃がきりきりと痛むような外交対応を思い出し、アスカディアは疲れた表情をする。


「別に戦争になるわけじゃないんですが、体面というものが・・・・・・。」

「オマエも大変だな。ま、頑張れ。」


凄まじく他人事ひとごとであるようにアルーゼは言った。

アスカディアは何かを言いたそうに彼女を見る。

が、その視線をキセルで吸ったタバコの煙でかき消した。


「力不足ですが、事務方の皆さんの協力を得て、何とかなっています。」


アルーゼから視線をジルに移し、アスカディアは微笑んだ。


「彼らには感謝してもしきれません。」


若き俊英しゅんえいアスカディア。


当然、彼女の年齢以上の者が事務方にも多い。

国の為に奮闘する彼女の姿に事務官らは今までになく一致団結している。


ある意味、この国の現状は理想的とも言える。


「事務官連中、若いトップに負けてなるものかって息巻いてるからな。」


アルーゼは灰を灰皿に落とし、キセルを置いた。


「オマエが賢者になる前はやる気無くしてたジジイ共の目の輝きが変わった。」


腕を組み、ふん、と鼻を鳴らす。


「あのババア、案外そこまで計算してほっぽり出したのかもしれねェな。」

「いや、そんな事は・・・・・・、あり得ないと言い切れないのが悔しいですね。」


優秀であるが、人格に難があり、しかしながら本質を見抜く慧眼けいがんの持ち主。

紫旭しきょくの賢者マルレーネ。


見た事も無いその姿を頭に描きながら、ジルは苦笑するのだった。

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