第53レポート いでよ!砂塵駱駝!

陽光を浴びて光る黄金の砂。

時折吹く風が微細な砂を巻き上げ、運んでいく。

そんな砂原すなはらを歩きながら、ノグリスは呟いた。


「ダメだ、三日粘って全く分からないとは・・・。」


雲一つない空に砂塵が舞った。




「砂塵駱駝 ―ザントルメッロ― ?」


ノグリスから相談されたその魔獣の名を確認のために再度口にする。

それにノグリスが大きく頷いた。


「生態観察に行ったんだが、そもそも見つからなくてな。」

「リスちゃん飛べるから空から探せばいいんじゃ?」

「いや、空から見て見つからず、砂漠を徒歩で移動しても見つからなかったんだ。」

「隠れるのが上手い魔獣なんだね~。」


そこまで聞いてジルは腕を組んで首を傾げる。


「ん?でも何でその話を私に?」

「ジルならばもしかしたら召喚できるかもしれない、と思ってな。どうだろうか。」

「むむぅ、中々悩ましいですな・・・・・・。」

「ではデゼエルト土産の絹砂糖菓子 ―セーアスームジャ― を付けよう。」

「のった!」


ぱぁん、と膝を打ち、ジルはノグリスの提案を承諾した。




調べ物は図書館へ。

という事で二人でやって来た。


「ん~、でも生態が分かってないって事は資料も少ないのかな?」


関連しそうな本に手を伸ばす。

だが、本棚の一番上の段にあるせいで、ジルの身長ではギリギリ届かない。

背伸びをして思いっきり手を伸ばしても指先が触れる程度だ。


「噂話をまとめた資料があるんだ。それを元にして私達は調査をしている。」

「な~るへそ。」


悪戦苦闘するジルに代わって本を引き抜いたノグリスから本を受け取った。

その本の表紙には『砂の王宮』とある。




『―――緑あふれるその国は、一夜にして金砂きんしゃに消えた。

 砂の国の王宮から見えるのは、緑枯れた一面の金の海原。

 空舞うわしは何を見る。

 影無き駱駝らくだは何を見る。

 砂の海の大蚯蚓みみず悠々ゆうゆう海原うなばらを泳ぎ行く。

 王宮は砂塵の中に隠れ行く―――』




「いや~、面白かった~!」

「ああ、それには同意するが・・・・・・。当初の目的を忘れていないか?」

「あ!そうだった!」


指摘されてジルは本の最後のページを開きなおす。


『影無き駱駝』


巻末の文。

初めから読んできたが、関連しそうな内容はこの部分だけだった。


「影無き、ってどういう事だろ?」

「姿が見えない、という事ではないのか?」

「でもそれだったら王宮からも見えないから、『姿無き』にならない?」

「確かにそうだな・・・・・・。」

「影が見えない程、早く移動している、とか?」

「それほど早く移動していれば、流石に上空から発見できるはずだ。」

「それもそっか~。」


二人で仮説を立てて話し合う。

間違っていても良い、ただ考えを口に出す事が大切なのだ。

吐き出された考えが何かの機会に組み合わさり、一つの確かな仮説を作り上げる。


「じゃあ~、言葉の意味そのままで、魔力で消してるから本当に影が無い、とか。」

「いかにも単純じゃないか?・・・・・・ん、待てよ?」


いくつかの仮説を立てては消して、ジルが素直に出したその仮説。

その場所砂漠を見てきたノグリスは、何かに思い至る。


「おや?何か気付いた?」

「ああ。砂漠の中で同じ体色、そして影が無い。見つけられない可能性が高い。」


あごに手を当て、更に仮説を組み立てていく。


「上空からは砂の大地に同化して見えず、地上からは砂の波に同化して見えない。」

「保護色って奴だね。」

「ああ。更に砂塵さじんが舞っていたら発見はほぼ不可能なんじゃないか・・・・・・?」

「おおっ、それっぽい!」

「見つける事が出来なかったとなると、殆ど動いていないという事になるな。」


ノグリスの仮説は的を射ているように感じる。


今ある情報の集合としては十分な線にたどり着いているように思えた。

ジルは、うんうん、と頷き、召喚に繋げるに相談の内容を変える。


「必要な物、ってなんだろ?砂と~、駱駝らくだは獣だから適当に獣の皮か~肉か~。」


ペンを宙に走らせ、考えを巡らせる。

それ以外に何か、必要な物がある気がして唸った。


「駱駝、か。砂漠の真ん中で佇んでいるとして、何を食べているのだろうな。」

「あ、それだっ!」


宙に走っていたペンがノグリスに向けられた。

少し驚いた表情の彼女を置いて、ジルは思いついた物が載った本へと走る。


そして、一冊の本を抱えてすぐ戻ってきた。


「砂漠の植物、か。」

「普通の駱駝も植物食べるからね~。さてさて?」


本を開いた。


砂漠にも植物は存在する。

一面の砂の海、とはいっても地下水脈があるのだ。


一部の植物は深く深く根を張っている。

遥か地下深くの水脈から水を得ており、地を這う植物や仙人掌サボテンが生えている。


だが。


「ええと、何で一か所に留まってるんだろ?」

「植物を食べるならば歩き回った方が良いはずだな。」


天敵からの擬態ぎたいが目的。

上空からも一切見つからない。


つまり、砂塵駱駝ザントルメッロはその場を全くと言っていい程に動いていない、という事だ。


「もしかして、食べてるの植物じゃないのかな?」


再び二人で頭を捻る。

砂漠で立ち止まったまま食べられる物、となると限られてくるはずだ。


「リスちゃん、砂漠に行った時に見た生物と植物って何がいる?」

「そうだな、さそり蜘蛛くもねずみわし仙人掌サボテン。」


腕を組み、砂漠の情景を思い出す。


「ああそうだ、仙人掌にくっついていた着生植物エアプランツも植物か。」


そこで二人して、あっ、と声を上げる。


着生植物ちゃくせいしょくぶつとは、他の植物や石などに付着して生育する植物である。


付着するだけで栄養分を吸う訳ではない。

身近な所で言えばこけなどが分かりやすい所だろうか。


ノグリスが見た仙人掌の着生植物は、つたが丸く絡まった様な姿だった。


「それって、砂漠の中を転がったりしてた?」

「そうだな、かなり頻繁に飛んでくるのを見た。」

「移動しなくても・・・・・・。」

「自分の近くに来る!」


最後の一ピースが埋まった。




グワグワ鳴く川鵜に挨拶して素材屋に突入し、砂と魔獣の肉を確保。

すぐ隣の調剤屋を訪ね、ジルの手のひらほどの大きさの多肉植物の葉を入手。


そして、訓練場へ。


「よぉし、じゃあ準備開始~。」


広く場所を使えて協力者もいるため、魔法陣が大きい。

普段はジルが両手を広げた程度だが、今回はジルが寝転んだ位の大きさだ。


ノグリスに真ん中で紐を持ってもらい、ぴんと張って円を描く。


円を一重いちじゅう二重にじゅう三重さんじゅうに中へ中へと書いていく。

描いた円の隙間に文字を書き入れ、その中心に素材を置いた。


今回は魔法陣が大きく魔力の総量が多くなるため、素材そのものへの加工は不要だ。


「よーっし、腰が痛い!」

「準備完了だな。」


二人はハイタッチをして完了を祝った。


腕まくりをして魔法陣の前に立つジルを少し離れた後方でノグリスが見守る。

膝をついて、両手を魔法陣の一番外の円に触れるように置いた。

一息吸って、魔力を押し込むように流す。


手を突いた場所から黄色い光が魔法陣を走っていった。

文字が光り、中心の一番小さい円から光の柱が現れる。


ぶわっ


光の柱に静かに吸い込まれるように周囲の空気が渦を巻いた。

集まった風が光の柱の中で渦を描いて立ち上る。

風に黄色い光の粒が混ざり、まるで砂塵のように中を包み隠していく。


ひゅぅっ


一瞬大きく風が吸い込まれ―――


どぅんっ


凄まじい気流が発生し、魔法陣の外側をなぞるように急激に上昇気流となる。


「うわっ、わ、わ、わっ、あわわわわっ!!!」


軽いジルの身体が猛烈な気流に浮かされ、天井に向かって吹き飛んだ。


ばさっ!


「おっと、危なかったな。」


ノグリスが咄嗟に羽を広げて空を飛び、ジルを受け止める。


「あ、ありがと~、助かった~。」


礼を言うジルに対して、礼には及ばないと微笑むノグリス。

宙に浮かびながら、光の砂塵が消えゆく魔法陣の中心を見る。


柱のような何かが姿を現していた。


「んんん?あ、あれって・・・・・・。」

「どう見ても仙人掌サボテンだな。」


ノグリスの背丈ほどの、何故かはちに入った立派な仙人掌が鎮座していた。




その後、植物ならイーグリスだ、という事で調剤屋に持ち込んだ。

しかしそれは、何の変哲もないただのサボテンであった。


ジル達には何の役にも立たない。

仙人掌君は調剤屋の店先で客を出迎える大役を担う事になった。


「お疲れ様。」


ノグリスの部屋でささやかながら、二人だけの残念会をもよおした。

小さな机の上にはデゼエルト王国の絹砂糖菓子セーアスームジャと龍の国のお茶である甘花茶マーグドゥス・テア

甘いお菓子に甘いお茶、である。


「はは・・・・・・、失敗で申し訳ない。」

「無理を言ったのはこちらだし、実験が毎回上手くいくわけではないしな。」

「そう言ってもらえると助かる~。」

「まあ、これで生態に関する仮説も立った、次は現地で見つけられるさ。」


お茶が入ったカップを打ち合わせて乾杯する。

そのお茶をジルは一口ひとくち


「うっっっっま!」


ジルは驚きに目を見開いた。


強い旨味とすっきりとした甘み、そして香る花のような香り。

牛乳のような乳臭さはなく、万人受けしそうな味。

これは甘党なら垂涎すいぜんの的となる代物しろものだろう。


「はっはっは、やはりその反応だな。旅行者は大体そんな感じになる。」

「いや、ほんとに美味しい!」


興奮しながらジルは続ける。


「甘いお菓子に甘いお茶で、くどいかな、って思ってたけど、全く問題無しだね!」


そう言いつつ、絹砂糖菓子に手を伸ばす。


白くて四角い、一見すると角砂糖のような風貌ふうぼう


だがその正体は丁寧に作られた多層構造の砂糖菓子。

砂糖を溶かして液体にして、それを絹の糸ほどに細く流し、丁寧に重ねた品だ。


なお、ノグリスが買ってきた物は少しばかりお高めな物である。


さふっ、という、歯が入った瞬間にほどける絹の雲の触感。

甘さ、そしてほのかに香る棗椰子ナツメヤシの実の風味。


何とも上品な甘味である。


陽光厳しい砂漠の国の甘味と雪吹きすさぶ龍の国の甘味。

中間地点のこの国ブルエンシアで今まさに出会ったのだった。

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