第51レポート いでよ!『    』!

―――翌朝。

ジル達は寝心地のいいベッドで目を覚ました。


宿の佇まいから、やはり多少の不安を抱いていたがそんな心配は無かった。

小奇麗な部屋に清潔なシーツ、ふかふかのベッドが用意されていたのだ。


快適、快眠である。


「おはよう。」


部屋から出て一階へ降りると、にこやかに老婆が挨拶してくれた。

明るく元気に挨拶を返してソファに腰掛ける。


二人で軽く雑談をしていると、ロシェとベルも降りてきた。

ベルは低血圧でエンジンが掛かっておらずフラフラしている。

ロシェはいつもの通りの調子である。


厚めに切った黒パンにあぶりベーコンとレタスを挟んだサンドイッチが出された。

それを有難く腹に納め、老婆に礼を言って宿を後にした。




くぐって入った門を今度はくぐって出る。


昨日の兵士の女性がいたので元気に挨拶をすると、笑いながら手を振ってくれた。

その笑顔を背に受けて街道を南へ歩いて行く。


「いや~、おばあちゃんの宿屋良い所だったね~。」

「うん、大正解。私のおかげ。」

「ほんと、ロシェちゃんさまさまだよ~。ねえ、ベルちゃん。」

「ええ・・・・・・、まあ・・・・・・、そうねぇ・・・・・・。」


大手を振って大股で歩くジルにロシェが付き従う。

その後ろを歩くベルはまだエンスト気味である。


昨日に引き続いて今日も快晴だ。


町から離れ、辺りは草原と林。


機械が溢れるドライゼ=イェスクの街並みと比べると落ち着く景色だ。

小さなイタチがジル達の前を横切って草原へと駆け抜けていった。

鳥が木々からチチチと鳴きながら飛び立ち、彼方へと飛んで行く。


―――いや、違う。


ジル達の周りを駆ける動物たちも、木々から飛び立つ鳥があまりにも多い。

まるで何かから逃げているような―――


ズドォォォンッ


ジル達の少し先、林の一部がなぎ倒され、巨大な影が飛び出てきた。


ジル達と比べるとその影は遥かに大きい。


灰色の強固な装甲のような皮膚に鼻先から伸びる巨大な白い角。

大地を踏みしめる足は太く、短い。


その特徴から、ある魔獣がジルの脳裏のうりに浮かぶ。


銃角犀ヴェルスホルンだっ!!!!!」

「え!?何!?」


ジルの叫びにベルが声を上げる。


銃角犀は三人に標的ターゲットを変えたようだ。

ジル達に体を向けて大地を蹴手繰けたぐっている。


ブフッ!ブフッ!


鼻息荒く顔を振り、前傾姿勢を取った。

ジルの頭に銃角犀の特徴が思い起こされる。


「二人ともせてっ!!!!」

「「!!!」」


ジルの指示に咄嗟に二人が従い、身を伏せた。

その時。


バァンッッッ!!!


爆裂音。


次の瞬間にジルの頭を何かが掠め、十歩ほど後ろで破壊音が響いた。

恐る恐る後ろを見ると歩いてきた綺麗な石畳が原型を留めていなかった。

地面が大きくえぐれている。


ドドンッ、ドドンッ!


伏せた状態の三人に銃角犀が突撃する。

驚愕きょうがくに目を見開きながらも咄嗟とっさに右方向に飛び退いた。


ジルとベルは転がり、ロシェは片手を突いて回転して受け身をとる。

猛烈な風切かざきり音と共に三人がいた場所に向かって角が突き上げられた。


それぞれ立ち上がり、銃角犀と対峙たいじする。


「これ、まずくない?」


ベルの一言に二人は頷く。


角の射撃とそれをかわしたところへの突進。


射撃にはベルが反撃できるとしても、すぐさま突撃が来る。

突進はロシェが受け止められるとしても、受け止めた状態から射撃が来る。


連携しようにも攻撃が連続しており、この至近距離では対応が追い付かない。

そもそもジル達の攻撃では銃角犀の強固な守りを破れない。


双方にらみ合い、相手の出方をうかがう。


その時だった。


ダアァーーーンッッ!


破裂音。

だが目の前からの射撃ではない。


それどころか銃角犀の右目から鮮血が飛び出た。

痛みに体勢が崩れる。


ダアァーーーンッッ!


ダアァーーーンッッ!


再度、破裂音。

ほんの一瞬遅れてもう一度、破裂音。


一度目の破裂音で再び右目から鮮血が舞う。

二度目の破裂音で今度は左目から鮮血と脳漿のうしょうが吹いた。


ぶるぶると体を震わせ、次の瞬間には銃角犀は左方向に倒れ動かなくなった。


「あなた達、大丈夫!?」


馬が駆け寄ってきて、馬上の女性から声をかけられる。

門で手を振ってくれた、昨日声をかけられたあの女性兵士だ。


その手には小銃ライフルが握られている。

先程の破裂音は小銃の射撃音だった。


不安定な馬上からサイの小さな目を、正確に素早く射貫く三連射、神業である。


「は、はい、誰も怪我してません!」

「そう・・・・・・、良かった。」

「ありがとうございます、助かりましたぁ~。」


脱力してジルとベルはへたり込んだ。


ジル達が出立した後に銃角犀出現のほうを受けて、馬を飛ばし追ってきてくれたのだ。

何かあるといけないから、という事で彼女はジル達についてきてくれる事になった。




銃角犀との遭遇場所からしばらく。


ようやく珈琲農場にたどり着いた。

ただ農場に行くだけのはずが、まさか命がけになるとは思いも寄らなかった。


「着いた~!クラウディアさん、ありがとうございます!」

「ふふ、旅行者を守るのも軍人の務めだから。気にしなくても良いわ。」


馬から降り、彼女は笑顔をジルに向ける。


道中で聞いたが、彼女の名はクラウディア。

軍での階級は軍曹ぐんそう、だそうだ。

ジル達には軍の階級はよく分からなかった。


「おや、いらっしゃい。」


倉庫らしき建物から出てきた男性がジル達に声をかけた。


挨拶をして、早速本題を告げる。

それを聞いた男性は腕を組んだ。


「ばあちゃんの所に泊まるとは面白い縁だな。しかし、そういう事か。」


男性は困った顔をした。


「いや収穫を進めたいのは山々なんだが・・・・・・、お、そう言ってたら。」


男性は空を指さす。


その指し示す先には、この国に来た当初にも見た春待雷雲はるまちらいうんだ。

案の定、落雷が来る。


「落雷が、ですか?」

「いや、違う。見てみろ。」


そう言われて雷雲を見ると、遠くて分かりにくいがその周りに光を放つ何かがいる。


距離と周り物体の大きさから、おおよそ手のひら位の大きさだろうか。

しばらく滞空したかと思うと、次の瞬間には四方八方の地面へと高速で降ってくる。


地面に着弾すると、ふっ、と姿を消した。


「あれが雷電鳩ドナエレクタウトですか?」

「ばあちゃんに聞いたのか。そうだ。落雷は当たらないんだがアレは別だ。」

「別?」

「下手をすると直撃する。アレのせいでまともに収穫が出来ないんだ。」


困り顔で男性はかしらを振った。


「でも、この時期は多いんですよね?いつもはどうしているんですか?」

「いつもは長い期間じゃないからな、そんなに問題じゃない。だが近頃は別だ。」


ううむ、と男性は唸った。


「一日中降ってくる、明らかに異常だ。軍に伝えても流石にアレ相手じゃ、な。」


男性の言葉にクラウディアも頷いた。


突然現れ、そして消える。駆けつけようにもどうにもならない。

一時期は観測員を農場に置いていたが、対処のしようがないため引き上げていた。


「あの、静かな場所ってあります?あと机と椅子も。」

「ん?それならあそこの納屋を使うと良い。普段は収穫物を納めてるが今はからだ。」

「ありがとうございます!」

「机と椅子もあるが、机は小さいぞ?」

「あ、大丈夫です。紙が広げられるくらいあればいいので。」


ジルはそう言って納屋へ向かう。

後を追う三人は不思議そうに顔を見合わせた。


納屋の中にあった机と椅子を部屋の真ん中に移動させる。

その上に収まる程度の大きさの紙を置いた。


そして、迷うことなく魔法陣を描き出す。


「ちょっと、何が気になるのか説明しなさいよ!」


突然のジルの行動にベルが問いただす。

ジルは作業を続けながら応じる。


転移門ゲートを出た所で言った事、覚えてる?」

「気になる事がある、って言ってた。」

「そう。あの時はぼんやりしてたけど、ここではっきりと分かったんだ。」

「何が?」

「あの雷雲、見えない何かから出てきてる。」

「見えない何か、って何よ?」


魔法陣を書き終えたジルが顔を上げる。


「それをこれから調べるんだよ!」


そう言って、椅子に腰かけた。




何をするのか。

それは召喚の要領で、不可視ふかしの存在を探る、という事だった。


見えないだけなら軍が何かしら対処している。


実際クラウディアに聞いたところ、雷雲目掛けて銃撃を行った事もある。

だが一切成果は無かった、という事だった。


ならば不可視であるだけでなく、存在が希薄、という事もあり得る。

それこそ幻鈴蝶イリュリチカのように姿の無い存在かもしれない。


分からないなら確かめる、それが魔法研究者である。


「じゃあ、物凄い集中する事になると思うから邪魔しないでね。特にベルちゃん。」

「何で名指しするのよ!」

「あはは、まあ危険じゃないけど苦しい表情になるとかあるかな~って思って。」


ジルは笑う。


「ベルちゃん意外と優しいから。」

「う、うるさいわね。ま、そういう事なら信用して待っててあげる。」

「ありがと!さてさて、やりますかー!」


魔法陣を書いた紙に両手を置いた。

繊細に魔力を伝わせ、魔法陣を起動させる。


深く深く沈んでいくように、無意識の海へと沈んでいく感覚。

何も見えない暗い闇の中から、そこにる、はずの何かに近付いていく。


ゆっくりゆっくり、歩くように、泳ぐように。

締め切られた部屋の中を手探りで進むように、新月の夜の森をくように。


そして、何か、と邂逅かいこうする。

巨大な、巨大な、何かと。


(ぬ、人の子が我を見るとは、珍しい事もあるものだ。)

(あなたは?)


長い蛇のような姿。

いや、これは龍だ。

闇の中に光る、黄金の体を持つ龍だ。


龍はジルと対話するためか、螺旋状に、渦の如く体を巻く。


(あの、春待雷雲を出しているのは、あなた、ですか?)

(春待雷雲・・・ふ、ふはは、なるほど人の子は面白い名を付けるな。)


龍は口を動かす事なく笑った。


(春がまだ遠い時期に現れる雷雲、ゆえに春待雷雲か。しかり。)


ゆっくりと威厳を漂わせ、龍は頷いた。


(だが人の子を害する意図にあらず。)


龍はそう言って、一つゆっくりとまばたきをした。

ジルはなおも交流を試みる。


(雷が人に当たらない、ってそういう事なんですね。でも雷電鳩は・・・・・・。)

(雷電鳩、ふむ、あれか。あれは我が身の中に生きるもの。我が意は通ぜぬ。)

(なるほど。でも今年は多いって聞いたんですが・・・・・・。)

(我が身の内に何かがある。それが雷雲の元である。吐いても吐いても止まらぬ。)

(何か?)

(・・・ふむ。なんじは我に干渉出来るようだ、はらてくれ。)


龍は、ふん、と鼻から息を吹きながら、そう言った。

その言葉にジルは驚く。


(え、え、私医者じゃないですよ?それに、お腹に入らないといけないのでは?)

(それに及ばず。汝は外より干渉できる、手を差し入れよ。体は関係あるまいよ。)

(じゃ、じゃあやってみます・・・・・・。)


おずおずと龍の体に触れた。


体の中を探るように意識を集中し、手を差し込む。

そのまま移動しつつ、触診しょくしんをしていく。


しばらくそれを続けると、抵抗が違う場所に触れた。


それを両手で掴むようにして、ゆっくりと引き出していく。

ぬるり、とした感触と共に玉虫色に光るたまが現れた。


(よくやった。それは我が力の残りかすの塊であるな。言うなれば龍玉りゅうぎょくか。)

(へぇ~。なんだか綺麗・・・・・・。)

(人の身であれば役に立とう。汝が持って行くがよい。)

(あ、ありがとうございます・・・・・・?あの、これで雷雲は?)

(うむ、必要以上に吐く事は無かろう。む、人の身ではここに長くいるのは毒だ。)


そろそろ戻るがよい、と言われた途端とたん、龍の姿が小さくなる。

いや、後方に向かって途轍とてつもない速度で移動しているのだ。


周囲が段々と明るくなっていき、無意識の海から浮上する。


そして―――


「ぶはっ!!!!!!」


水中で止めていた息を水面から出て吸うように、ジルは息を大きく吸った。

そしてその勢いで椅子ごと後方に倒れる。


「ちょ、大丈夫!?」

「汗だくよ?ほらタオル。」


突然の出来事にベルが駆け寄り、クラウディアがタオルを差し出す。


「ん、それなに?」


ロシェがジルの手元を指さす。


そこでジルは両手で包むように何かを持っている事に気付いた。

それは無意識下で龍から引き抜いた玉虫色の珠だった。


朝だったはずの周囲は日が傾きかけていた。




「じゃあ、もう大丈夫なのか?」

「はい、多分。雷雲は発生してますか?」

「そういえば、君達が来てから無くなったな。」


男性は腕を組み、思い出したように言った。


「しばらく引っ切り無しだったのに。そう考えると解決したみたいだな。」


ジルの手にある珠を見つつ男性はそう言う。

謝礼として何とか収穫して加工出来た珈琲の生豆が入った麻袋を貰ったのだった。




帰り道。

疲労困憊こんぱいのジルはクラウディアに馬に乗せてもらっていた。

しばらく揺られていると、ジルはいつの間にか眠っていた。


「しかし凄いわね、魔法研究者ってあんな事も出来るんだ。」

「ジルが特別。」

「そうなの?」

「まあ、今回は私たち何の役にも立ってないし、ね。」


ロシェはベルの言葉に頷く。

その後も色々と話をしながら、今度は平和な帰り道を戻って行った。


門でクラウディアと別れ、ロシェの背にジルを乗せ換え、再び宿屋へ入る。

老婆に説明し、もう一泊してブルエンシアへと帰ったのだった。




マスターに珈琲豆を渡すと、とても美味しい珈琲をご馳走になった。


苦労の結果か、ジルはブラックコーヒーが飲めたのだった。

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