第52レポート いでよ!鉄鵜!

「ん、森の魔獣?」

「そう!」


自室でサラダと干し肉を食べるロシェと、その隣でパンを齧るジル。

朝食には遅く、昼食には早い、そんな時間。

雑談しつつ、小腹が空いたので軽く食べていた。


話が向かうのは当然のごとく、それぞれの研究の進捗状況。


ロシェは魔力注入時の鉄粉流動と不純物の影響について研究中である。

色々と説明された。

ジル、なにも、わからなかった。


ジルはいつもの通りの召喚実験に使えそうな素材の選別と対象の選定である。


その話から、ロシェの故郷である南エルブンの森の魔獣に話題が移ったのだ。


「めちゃ危険なのと、超危険なのと、絶対危険なの、どれがいい?」

「危険ばっかり!?あ、安全なやつでお願いします・・・・・・。」

「仕方にゃいなぁ。」


膝の上に跳び乗ってきたとらたろうを撫でて、猫語らしき語尾を付けて応じる。

掴みどころがないロシェのいつも通りの対応にジルは苦笑した。


「んー、じゃあ、鉄鵜 ―イルマノチェッロ― 。」

?川とか海にいる?」

「そ。でも魔獣だからちょっと違う。」


とらたろうを解放して話を続ける。


鉄鵜イルマノチェッロは確かに川の近くにんでる。でも魚は食べない。」

「じゃあ、何を?」

「虫とか石モグララピスモールとか、土の中にいるものを食べてる。鉄鵜は土の中を泳いでる。」

「土の中を泳ぐ・・・・・・?」


『土の中』と『泳ぐ』という関連性があまり無い言葉が連続し、ジルは首を傾げた。

そんなジルに、そ、とだけ告げる。


営巣えいそう繁殖はんしょくは水辺、餌をるのは森の中。」


食べていた干し肉の最後の一かけらを口に放り込む。


「むぐむぐ。で、土がかき混ぜられてふかふか。畑にするのにちょうどいい。」

「へぇ~、土の中を潜れる何か特別な事があるのかな~?魔力とか?」

「それもある。けど、羽が油っぽい。」

「ぬめぬめ?」

「違う、べっとべと。子供の頃に触って大変だった。」


空中で何かに手の汚れをなすり付ける様な謎のジェスチャーでぬるぬるの表現をした。

それをジルはあごに手を当て、ふんふん、と頷きながら聞いている。


「餌は石モグラと虫だけなの?ほかに何か食べたりする?」

「うーん、あ。忘れるとこだった。名前の由来。鉄鉱石を丸呑みする。」

「ほほぅ、鉄鉱石を。」

「そそ。お腹の中で食べた物を砕くため、って言われてる。」


自分のお腹をさすりながら言う。

ジルもつられてお腹に手が行く。


「人間には何もしない。でも人間はたまに狩猟する。無情むじょう。」

「ああ、それは悲しいねぇ・・・・・・。」


朝と昼の途中飯を終え、解散となった。




自室に戻ったジルは鉄鵜の召喚に必要な物について考えた。

先程ロシェから聞いた内容をしたためたメモ用紙を前に頭をひねる。

頭上の棚では、先日持ち帰った龍石が台座の上で光っていた。


「鳥の羽、鉄鉱石と油、あと何か・・・・・・。」


それ以上ペンが走らず、とんとんと紙を突き、無意味に点が増えていく。

次の瞬間、ペンが空を飛んだ。


「むがぁっ!準備しながら考えよう!」


勢いよく立ち上がり、ドアを開け放って駆け出した。


廊下を駆ける。

階段を駆け下りた。

人の波を縫って走る。

曲がり角を最短距離で攻略。

見えてきたその場所に全力疾走で突撃する。


「こん―――」

「ほい、ゴクローさん。」


ごんっ


太い魔獣の骨がジルの脳天に振り下ろされた。




世界に満ちる万物は素材だ。


素材にならないという事は、使用者に知が足らぬ証拠。

さかしらな者ほど、いたずらに高価な素材を求めるものである。


昔からよく言われてきた、魔法研究者の基本なのだ。


ジルのように儀式的に利用する者もいれば、ロシェのようにそのまま使う者もいる。

ザジムの武装魔法学のように一見いっけん不要に思える研究でも利用価値がある。

魔力をかよわせる触媒に、あるいは自身の魔力の増幅に使うのだ。


魔法研究とは、素材との対話という側面が往々おうおうにしてあるものだ。

ジルはそれを心に刻み、日々素材と向き合っている。


「高品質な素材、下さい!!」


向き合っている、はず、である。


「高品質っつっても色々あンぞ。」


そう言ってカウンターの椅子に腰かけ、大きく足を組んだ。

ジルも適当に椅子を置いて座る。


「まず、純粋にかねがかかるモノ。きんとかな、ま、買ってく奴は良い金蔓かねづるだな。」

「身も蓋もない・・・・・・。」


明け透けなアルーゼの言葉にジルは苦笑する。

そんな事は意に介さず言葉を続ける。


「次に採取が困難なモノ。モノと研究内容によっちゃ、いい感じになるだろ。」

「説明、ふわっふわじゃないですか。」

「素材と研究の組み合わせなンざ、星の数ほどあるからな。」


キセルに刻みタバコを入れ、火の魔法を指先に生じさせて着火させた。

吸った煙を口から空中に吐く。


「密度が高いモノ、って考え方もあンな。鉱石や魔石が分かりやすいな。」

「これは簡単だ。」

「持った瞬間に分かるからな、内部にスが入ってる穴が開いてる場合もあるがな。」


引き出しから手のひら大の魔石を取り出し、カウンターの上に置いた。

よく見ると赤い魔石の内部に気泡のように穴が無数に入っている。

見た目は綺麗だが、魔石をそのまま使おうとすると使い物にならない。


「これとも関係するが、欠損の無いモノ。オマエがよく買ってく鳥の羽とかな。」

「うんうん。」

「羽がボロボロのが高品質、とは言わねェだろ。」

「それは確かに。あ、羽下さい。」

「ほらよ。」


適当に見繕みつくろった鳥の羽を紙袋に入れて渡した。

代金を払い受け取る。


「最後に倫理的に不味まずいモノ。人体の一部とかな。」

「ひえっ。でもそれって高品質、とは言わないのでは?」

「品質ってのは『品物の性質』って側面の意味もあるからな。」


キセルの灰を、かんっ、と灰皿を叩いて落とす。


「ンで性質は『本来そなわっている特徴』だ。」

「ふ~む?」

「品物の高い特徴、転じて『替えの効かないモノ』って事だ。」

「ああ、そういう事か・・・・・・。」

「それで、お前は替えの効かないモノが欲しいってワケか?」


何を言われたのか分からず首を傾げ、すぐに気付く。


「いや、人間の一部とか要りませんよ!?」


慌てて身を乗り出して否定するジルをみて、かっかっか、と笑う。

むすっ、と不満をあらわにしてジルは腰掛けた。


「で?どれだ?」

「欠損が無い物、が近いのかなぁ。あ、でも替えの効かない物、とも言えるか~。」

「今回はナニを召喚するんだ。」

「鉄鵜。鳥の羽、鉄鉱石と油、もう一個何か必要かな、って。」

「なるほどな、じゃあこいつはどうだ?」


先が丸い白い棒のような物を丸い方をジルに向けて手渡した。

疑問に思いつつもそれを握る。

そして気付く。


「あ、鳥の頭。」

「付け加えるなら鉄鵜のドタマだ。」


よく見ると下顎したあごが脱落しないようにひもで縛られている。


「おお、これどうしたんです?」

「昨日、魔獣生態学の下級研究者が持ち込んだモンだ。二束三文で買い叩いた。」

「わぁお、酷い。」

「ま、狩猟が簡単な魔獣の素材なンざ、そんなモンさ。」


それを買って、ジルは素材屋を後にした。




鉄鵜の頭を逆さにして、小さな鉄鉱石を頭骨の空洞に差し込む。

くちばしを縛る紐をそのまま使い、鳥の羽を差した。


全体に油を塗りたくり、べったべたになったそれを魔法陣の中心に置く。

油まみれの手を洗面所で洗い、召喚にかかった。


喚び出す存在を強く意識して魔力を込める。


頭骨を包む油が魔力に反応して波打った。

次第に油が眼窩がんかに溜まり、目玉のように球を作る。


鉄鉱石が熱を持って赤熱せきねつしたように赤く光った。


ぱあっ、と赤い光が部屋を照らす。


ぼふんっ


軽く煙が起こる。

そして―――


グワッグワッ


鳴き声が聞こえる。

ジルの腰高程度の大きさの青黒い羽根の鳥がいた。


「お、おおお、成功したっ!?」


大人しく部屋の中を見回しているその鳥の背中を撫でる。

そこで気付く。


「ん、べたつかない?これって・・・・・・。」


すぐさまロシェの部屋にそれを持ち込んだ。

そして、それがただの川鵜カワウである事が分かった。


肩を落とすジル、抱えられる鵜はグワグワと鳴いている。

突然ジルの手を振り払って飛び立った。


「あ、飛んでった!」


バサバサと空を飛び、少し行った所で滑空して着陸した。


「ん?あの場所は・・・・・・。」


何となく思い至る事があるが、とりあえず川鵜が着陸した場所に走る。




「オイ、何だこいつ。」


店の前に居座り、バサバサと羽を広げて自己主張する川鵜にアルーゼは頭を掻く。

やはり、というか、ジルが思った通り素材屋に降り立っていた。


「いやぁ、鉄鵜じゃなくて普通の川鵜を喚び出しちゃって。」

「何でウチに来るんだよ。」

「さあ?物好きなんじゃ?」


ごつんっ!


「ぶん殴るぞ。」

「殴ってから言わないで!」


押し問答の末に素材屋の店先に陣取った川鵜はアルーゼが面倒を見る事になった。

彼は素材屋の番鵜ばんうという任務を拝命したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る