第50レポート いでよ!雷電鳩!

転移門ゲートから同じ大きさの石畳で舗装された街道を歩く事少々。

森の向こう側に何か大きな物が見えてきた。


「何あれ、塔かな?」


手で目の上にひさしを作り、目をらす。


「あ、上から煙が出てる?火事かな?」

「何言ってんのよ、ゲヴァルトザームの技術で・・・・・・ええと、何だったかしら?」

「蒸気機関。」


蒸気機関。


水を加熱し蒸気を作り、その蒸気をもって機械を動かす。

無魔力者の国ゲヴァルトザームが他国と肩を並べるに至った技術である。


「って事はあの白い煙は湯気なのか~、凄い量!」


どんな街なのか。

足元の舗装された道もその『蒸気機関』なるものの成せるわざなのか。

期待に胸を膨らませ、足取り軽く町へと向かう。




ゲヴァルトザームは虐げられていた国である。

今から百五十年前には隣国から侵攻され、滅亡寸前まで追い詰められた過去がある。


北西部の第一首都イェスク、国土中央の第二首都ツヴァイゼ=イェスクを失陥しっかん

ついには南東部まで退いたが、敵軍を押し返し、国土を奪還し、勝利を収めた。


北西に頭を向けたしい型の国土、その南東端に三重さんじゅう星型要塞都市がある。

それこそが現首都であるドライゼ=イェスクだ。


「こんにちは。」


茶髪ちゃぱつをポニーテールにした軍服に身を包む若い女性が城門の前で声をかけてきた。

やはり声をかける先はロシェである。


「何?」

「皆さんはどちらから?」

「ブルエンシアからです!」


元気にジルが答えた。

その様子に女性は笑顔を見せる。


「そうなんだ、この国には何をしに来たの?」

「珈琲豆が納品されないから、生産地で何が起きてるのか調べに来たのよ!」

「そうなの、偉いね~。」


そう言ってジルとベルの頭を撫でる。

完全に子ども扱いである。


やはり二人は頬を膨らませた。


「珈琲農場はどこ?」

「街道沿いに少し南に向かった所にあるわ、でも今からだと到着は夜になるかな。」

「じゃあ、この町で一泊した方が良いですね!」

「うん、それが良いと思う。ようこそドライゼ=イェスクへ。」


そう言って女性は半歩横にずれ、城門の中へ促すように道を開けた。


そこで気付く。

柔和にゅうわな印象と言葉遣いだったが、念のために警戒されて道をふさがれていたのだ。


訪れた者を警戒しつつも不快感を与えないようにする、考えられた対応である。




街にはレンガ造りの背の高い建物が立ち並んでいた。


ブルエンシアは例外として、レゼルなどの一般的な町並みはせいぜい二階建て。

だがこの町は三階建て以上の建物が殆どだ。


そして何よりも、建物の外壁に這わされた鉄製のパイプが目立つ。


街中を繋ぐこの管が高圧蒸気を運んでいるのだ。

銃などの製造から住宅の蒸し器スチーマーまで、利用方法は様々だ。


「うおおーーーっ、何か別世界に来た感じがするぅ!」

「言いたい事は、分かるわねっ!」

「これ、配管が蒸気を?この鉄の精錬せいれんは―――」


鉱石や金属を研究の対象とするロシェは配管をしげしげと眺める。

ぶつぶつと何やらつぶやきながら、パイプの先を追ってフラフラと路地裏に入っていく。


「あ、ロシェちゃん!一人で行かないで~!」

「はぐれたら合流出来る気がしないっての!」


手から離れた風船の如く、あっちへこっちへ路地をうように足早に歩いて行く。

二人はロシェを追いかけた。


「ひぃひぃひぃ、ロシェちゃん意外と足速いっ!」

「こ、こらぁ!待ちなさ~いっ!」


急にピタッとロシェが立ち止まった。

追いかけてきた二人は息が上がりながらもロシェの視線の先を追う。


黒鉄くろがねとまり木』


どうやら宿屋のようだ。

が、レンガは所々白華はっかして白く、入口の金属製ドアも少しばかりさびが目立つ。


一目見て、古ぼけていると分かる建物。


そんな建物に躊躇なくロシェは入った。


「え、ええぇ、ロシェちゃんここにするの!?」

「な、何でよ!?もうちょっと良い感じの所あるでしょ!?」


二人のなげきはロシェに届いていない。


開け放たれた入口から二人で恐る恐る中を覗く。

が、どうにも暗く、中がよく見えない。

中を見ようと目を凝らす。


その時―――


「なぁに見てるんだぁい?」

「「わああっ!!!」」


―――暗闇から突然、白髪の老婆ろうばが現れた。




「ふぇっふぇっ、悪かったねぇ。こんなさびれた宿に若い子が来るの珍しくてねぇ。」


腰が曲がった老婆はにこやかに話しかける。

金属カップに珈琲を注ぎ、赤いソファに腰掛けた三人の前のテーブルに差し出した。


「ありがとうございます!」

「元気だねぇ。どっから来たんだい?」

「ブルエンシアからよ!」

「あれまあ、これまた遠い所から。観光かい?」

「珈琲のため。」


今回の目的について話す。

老婆は驚きつつも納得した。


「そうかい、そうかい。ここへ来たのは何か運命めいたものを感じるねぇ。」

「運命、ですか?」

「ああ。儂の孫が珈琲農場をやってるのさ。」

「本当!?すっごい偶然ね!」


ふらりと立ち寄った宿がまさか今回の目的と繋がるとは。

驚きの偶然だ。


「あ、そう言えば農場では何か起きてるんですか?」

「ああ、そうだねぇ。詳しくは儂も良く知らんけれども。」


老婆はそう言いながら、孫に教えられた事を思い出しながら喋る。


「うちの孫が言うには、雷電鳩 ―ドナエレクタウト― のせいだってねぇ。」

雷電鳩ドナエレクタウト・・・・・・、初めて聞く魔獣ね。」

「聞いた事ない。」

「私も知らないなぁ、明日お孫さんに聞いてみますね。」


問題の確認は明日になった。

となれば気になるのは本日の夕食だ。


「夕食かい?はす向かいに飯屋があるよ。まあ小汚くて若い子は行かないかねぇ。」

「よし、そこ行ってみよう!」

「え”、小汚いって言われたのに何でよ!」

「そういう所に美味しいものがある。」

「えぇぇ、アンタもジル側なの・・・・・・?」


多数決は二対一、ベルはがくりと肩を落とした。


徒歩十秒、ご飯屋さんに到着。

先程の宿屋と似たり寄ったりのボロ・・・・・・おもむきのあるたたずまいだ。


「いらっしゃい。お、珍しいね、若い女の子が来るなんて。」


しゃん、と背筋が伸びた老翁ろうおうが少し驚きながらも歓迎する。


十席ほどのカウンター席しかない、小さな店だ。

だが、古くはあるが店内は綺麗に整えられている。


そして、料理のいい匂いが店内を包んでいた。


「こんにちは!宿屋のおばあさんから紹介されてきました!」

「おうおう、元気が良いね、ほら好きな所に座りな。」


促されて腰掛ける。


「中々いい店じゃない。」

「さっきと言ってる事、真逆。」

「ゔ、いいじゃない、別に。」

「はっはっは、小汚いとでも紹介されたんだな。実際その通りだ。」


老翁は笑う。

自嘲じちょうなど無く、からからとした笑いだ。


「さてさて、何にするね?」

「おすすめは~、何でしょうかっ!」

「ふむぅ、そうだな・・・・・・、やっぱり『肉じゃが』だな。」

「にくじゃが?何それ、聞いた事ないわ。でも肉が入っているなら良いわね!」

「肉食獣。」


うるさいわね、とロシェに噛みつくベルを横目にジルは老翁と話を続ける。


「ここの名物なんですか?」

「おう。百五十年前この国を救った『元帥げんすい』がもたらした料理だ!」

「げんすい、ってなんですか?」

「おお、そうか、他の国では無い称号だったな。軍の最高指揮官、って意味だ。」


腕を組み、老翁は誇らしげに話す。


「初代元帥は名前が残ってなくてな、今でも元帥と言えば初代の事を指すんだ。」

「へぇ~。」


そんな話をしながら老翁は鍋から『肉じゃが』を器によそい、ジル達の前に置いた。

湯気と共に甘いような香りがただよう。


「馬鈴薯と牛肉と人参と玉ねぎ。この匂いは~、醤油しょうゆ?あとは・・・・・・砂糖?」

「お、嬢ちゃん中々良い目をしてるな。料理好きかい。だが、ちと惜しいな。」


ふふふ、と老翁は笑った。


「大体嬢ちゃんが言ったとおりだが、清酒せいしゅ味醂みりんも入ってる。」

「あ~甘い匂いの正体は味醂か~、頑張れば見破れたなぁ。」


少々残念そうにジルは悔しがる。

老翁は再びからからと笑った。




「お、芋がしっとりほくほく、肉も良い感じに味が染みてるわね。」

「ん、結構好きな味。」

「うんうん、美味しい!」


三者三様、だが全員肉じゃがが気に入ったようだ。


「はっはっは、気に入ってくれて何よりだ!」

「元帥さんって将軍さんなんですよね?おいしい物の作り方知ってるの不思議!」

「ふ、肉じゃがだけじゃないぞ。」


老翁はにやりと笑う。


「まず銃。これは元帥がもたらした一番大きな物だな、滅亡の危機を救った。」


握った状態の右手の親指を立てる。


「続いて蒸気機関と工場。これは元帥が基本的な構造を残してくれた物だ。」


追加で人差し指を立てた。


「更に鋼鉄戦艦。鋼鉄で作られた大型戦艦だ!これもそうだな。」


続いて中指を立てる。


「もっと言っちまえば、このドライゼ=イェスクの星型要塞も元帥が作ったんだ。」


ぱっ、と薬指と小指も開き、腕も広げた。


「全部、元帥さんが!?凄い!」


老翁の言葉にジルは驚きの声を上げる。


彼の言った物は全て、現在この国を支える屋台骨といっても良い物ばかりだ。

つまり元帥がいなければこの国も銃も目の前の肉じゃがも無かった、という事。


いかに大きな存在かが分かる。


「って事は、まさか今回の目的の物も?」

「お、そうだ。嬢ちゃんたちは何しに来たんだい?」


今回の目的を伝えると、老翁は三度からからと笑い―――


「珈琲も元帥だ!」


そう言った。


「え!珈琲も!?そんなに色々知ってるなんて凄すぎません!?」

「色々逸話があるから、別世界から来たんじゃないか、って話があるんだよ。」

「異世界?そんなものあるの?」

「昔は、そんなわけあるか、って言われてたんだがな。」


ふむぅ、と老翁は少し考える。


「ほれ、数年前に活躍した聖女様が別世界から来たって言われてるじゃないか。」

「聖女様!?聖女様がなんだって!?」


先程まで肉じゃがに夢中になっていたベルが、その単語ワードに反応して飛びついた。


ジルも老翁も驚き、会話が止まる。

それに気付き、ベルは冷静さを取り戻した。


「・・・・・・はっ!そ、それで、聖女様に何かあったのかしら?」


平静を装いながらも、ばつが悪そうに自身の髪の毛を弄る。

その様子に笑いをこらえながら、ジルは先ほど聞いた話をベルに伝えた。


「そうね、聖女様は英雄様と一緒に旅をして魔王を倒したんだもの!当たり前ね!」

「ベルちゃんは聖女様の事、好きなの?」

「当ったり前じゃない!」


さも当然かのようにベルは断言した。


「別の世界から来て、英雄様と出会って、世界を旅して。」


ベルは目を輝かせる。


「手を携えて魔王に立ち向かった、なんて物語みたいじゃない、あこがれるわ~。」


うっとりとした表情をしながら、ここではない物語の中の美男美女を思い浮かべた。


「ベルちゃんって案外夢見がちなんだね・・・・・・。」


そんなベルの様子にジルは少しばかり呆れる。


「英雄様も聖女様もどんな人なのか、誰も知らないのに・・・・・・。」

「う、うっさいわね!」


図星を突かれてベルは狼狽うろたえた。

身を乗り出していた所から落ち着いて、再び肉じゃがに向き合う。


「あれ!?私の肉じゃがは!?」

「ごちそうさま。」


隣にいるロシェが言い放った。

ベルが怒りにわなわなと身を震わせる。


「なんで私の分も食べてるのよーーーーーーー!!!」


怒りの叫びが響いた。

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