第44レポート いでよ!重斧鼬!

エルカの実家で休養してから数日。

ジル達は精力的に魔法研究にいそしんでいた。


そんな中、ジルはある事を考えていた。


「やっぱり万が一の時に自分の身は守れるようになっておきたいなぁ。」


自室でパラパラと本を読みながらつぶやく。

先の大戦鬼グロスオーガの一件で自分の実力不足を悟った。


「自分で召喚が成功しそうな魔獣で戦える能力がありそうなのは~・・・・・・。」


ペンを持ちながらも手持ち無沙汰ぶさたに、空中に意味の無い文字を描く。

せめて成功しそうな魔獣を選びたい。


「うう~ん。」


頭を抱える。

読んでいた本を閉じる。


「うん!なんにもあたまにうかばないっ!」


頭から煙を出しながら、ジルは部屋を飛び出した。




「こんちゃーっす!」

「相変わらず、うるせェ奴だな・・・・・・。」


カウンターに腰掛けながらアルーゼは苦々しい顔でジルを出迎える。


「あらぁ~、ジルちゃんいらっしゃい~。」

「あ、イーグリスさん、こんにちは!」


カウンターを挟んだアルーゼの向かいに椅子に座ったイーグリスがいた。


「っていうかイーグリスさん、お店良いんですか?」

「看板かけておいたから~。」


そう言われてジルは素材屋の入口から顔を出して、隣の調剤屋の入口を見る。


閉じられた扉には『御用の方は素材屋まで』と書かれた看板が掛けられていた。

ちゃんと装飾まで彫られた木の看板。


つまりそれだけの頻度でイーグリスは店を空けて、アルーゼの所へ来ているのだ。


「薬剤納品があるって言ってませんでした?すっごい量の注文が入ったって。」

「徹夜で終わらせました!私、頑張ったのよ~。」

「そンで、朝飯食いに来たンだよ。料理屋まで歩く気力が無いとさ。」


カウンターの上には紅茶の入ったティーカップとサンドイッチが置いてある。

なるほど、と納得した。

そして、当然のように椅子を持ち出し、イーグリスの横に置く。

すとん、と腰掛け、カウンターに両手を投げ出した。


「オイ、なに当然のように座ってやがる。」

「いーじゃないですか~、減るもんじゃ無し~。」

「店の空間が減るンだよ。」

「まあまあ、アルーゼ。いいじゃない~。」


イーグリスのやんわりとした制止に、舌打ちをしてアルーゼは黙った。


「召喚するものに困ってて~。なんかいい情報ないかなって・・・・・・もぐもぐ。」

「いや、なんでお前がメシ食ってンだよ。」

「はっ、無意識に!」

「ふふふ、少しくらい構わないわ~。」


イーグリスもサンドイッチに手を伸ばす。

薄く切られた黒パンに野菜と肉や卵などが挟まれている。

朝食としては比較的豪華な方である。


「マスターさんのサンドイッチは本当に美味しいわね~。」

「腕の良さはマジだな。謎しかないオッサンだが。」

「あ、二人もマスターさんが何者なのか知らないんだ。」

「会うたびに色々探ってはいるンだがな。全く尻尾を出さねェ。」

「もう。特に罪人ってわけじゃないんだから~。」


サンドイッチの製作者について他愛もない話をしながら、三人で朝食を済ませる。


アルーゼが食後の珈琲を淹れるために席を立とうとした。

すかさずジルは紅茶を要求し、アルーゼに舌打ちをされながらも紅茶を入手する。


食後の飲み物をすすりながら、話はジルがやって来た理由に向かっていく。


「そういや、召喚する魔獣について、だったな。」

「そうそう。自分の身を守るためにって考えるとちょっと不安で~。」

「お前が魔法訓練すればいい話だろが。」

「ゔ、そう言われると弱いんだけど、何度やっても失敗するんだよ~。」


座ったまま両手を振り上げ、両足を伸ばし、駄々っ子のようにバタバタと振る。

ほこりが舞うだろうが、とアルーゼにたしなめられて大人しくなった。


そんな中、イーグリスは紅茶のティーカップを置き、少し考えていた。


「ジルちゃん~。ある程度の強さがあって制御しやすい魔獣、でいいの~?」

「あ、はい!何かいい感じの魔獣知ってるんです?」

「帝国南部の魔獣なんだけどね~。重斧鼬 ―ペンテポーゼル― って言うの。」


重斧鼬ペンテポーゼル


茶色の毛並みに腹側には灰色の毛。

尾まで含めた体長は成人男性の片腕の長さ位。

群れを作り、集団で狩りをするイタチの魔獣である。

その名にある通り、彼らの背には骨が変質した体長の三分の二ほどもある斧がある。


狩りにもその斧を使っており、体を回転させながら相手に体当たりするのだ。

小さな相手には横回転で、大きな相手には跳び上がって縦回転しながら襲い掛かる。

人間に対しても好戦的であり、群れで襲われる事例が多数発生していた。


だが、その好戦的な生態はあくまで群れでの話。

単独の個体は大人しく、背中の斧を撫でてやると人間にも懐く魔獣である。


「―――っていう感じの魔獣ね~。」

「なるほど!召喚は一匹だけだし、人間に懐きやすいならうまくいくかも!」

「おー、そうだなー。」


アルーゼはカップと皿を片付けながら、なんとも興味なさげに賛同する。

その場で素材を仕入れて、ジルは意気揚々と自室に帰っていった。


「イーグリス。なんで重斧鼬を勧めたんだ。一匹じゃまともに戦わねェだろ。」


アルーゼの言う通りである。

重斧鼬は一匹だけだと非常に温厚な魔獣である。

よっぽど命の危機を感じた場合を除いて、危険な相手に向かっていく事は無い。


「マカミちゃんみたいに、強いけど言う事聞いてくれる魔獣なんていないもの~。」


柔らかく笑ってイーグリスは言う。


「でも、もしかしたらジルちゃんならどうにかしちゃうかな?って思って~。」

「そりゃ、希望的観測過ぎンだろ。」


そんな事を言いながら、ジルに隠していた食後のデザートを取り出した。




自室に戻ったジルは大きく伸びをする。


アルーゼの所素材屋で買ったのは、茶色の獣の長い毛と斧を模した木彫りの小物。

そして、帰り道でバルゼンの料理屋に突撃してある物を貰って強奪してきた。


召喚の準備のために素材に加工を行う。


まず木彫りの小物。

これは西大陸の斧の国、ロバルト公国のお土産品としても知られるものだ。


本当は本物の斧を用意したかったが、そんな資金、ジルにあるはずが無い。

この斧に獣の長い毛を巻き付けていく。


茶色の獣の毛は重斧鼬とは別種のイタチの魔獣の毛である。

同じイタチであれば召喚に使えると考えた。


そして、料理屋から持ってきた物。

それはく前の生米なまごめだった。


帝国南部は温暖湿潤しつじゅんな気候から、麦よりも米の栽培が盛んである。

そんな地域の魔獣である重斧鼬。


食糧の一種として米を食べているのでは、と想像した。


二重円の魔法陣を描く。

中心には斧を担ぐ鼬の絵を描いた。


その斧に重なるように毛を巻き付けた木彫りの斧を置く。

二重円の円と円の間の部分に隙間なく生米を敷き詰める。


準備完了だ。


魔力を注いでいく。


魔力がかよった米が光り、斧が床に書かれた鼬と斧の絵に吸い込まれた。

絵の斧が木彫りの斧に変わり、そして本物の斧のように姿を変える。


その斧から鼬の絵に獣の毛が伸びるように線が走り、色が付いていった。

周囲に置いた米がサラサラと川が流れるように円の中を流れ始める。


鼬の絵の全てに色が付いた頃には、周囲の米は激流のように流れ、音が立っている。




「なあ、ところでアイツの召喚成功すると思って重斧鼬勧めたのか?」

「ん~?半分半分かしら~?明日はアルバイトに来るから結果を聞くつもりよ~。」

「本心は?」

「多分ダメなんじゃないかな~、って~。」

「お前、案外性格悪ィよな。」

「ふふ、褒め言葉として受け取っておくわ~。」

「何にも褒めてねェ。」




ぱぁんっ!!!

「どわぁっ!」


炸裂音が響く。

あまりの音にジルは驚いてすっ転んだ。

魔法陣を見るも、何も召喚されていない。


失敗だ。


「ぬぬぬ・・・・・・、くそ~。ん?」


ジルは魔法陣の上の米に目がいった。

何やら元の生米ではない様子だ。


「なんだこれ?わ、サクッて潰れた。」


米が膨らんでいる。


炒ったわけでも、揚げたわけでもない。

ぜたような形状だ。


香ばしい匂いがする。

恐る恐るジルはそれを口に含んでみた。


「お!コレ美味しいぞ!」


サクサクしていて軽い食感。

米の甘みも僅かだが感じられる。

何か味を付ければもっと美味しくなりそうだ。


ジルはその膨らんだ米を夢中で袋に詰めたのだった。

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