第45レポート いでよ!匠海狸!

「お、来たな。こっちだこっち。」


オーベルが手を挙げる。

それを見つけてジルが駆け寄ってきた。


「おはようございまーす!!」

「おう、おはようさん。朝から元気だな。」

「元気だけが取り柄なので!」

「確かにな、がっはっは!」

「いや、そこは否定してくださいよ~。」


そんなやり取りをしつつ、オーベルと共にレゼル西門まで歩く。


今回はジルの護衛依頼ではない。

オーベルから、とある地域へ行くので一緒にどうか、とお誘いがあったのだ。


もちろんジルはすぐに応じた・・・・・・わけではなく、旅費を心配した。

だが、費用は全てオーベルが出す、という太っ腹な提案を受け、ジルは大歓喜。

そして、今日を迎えたのだ。


西門の脇にはオーベルが手配した馬車が止まっていた。


二頭立てで屋根も壁もある馬車。

馬車旅だと聞いて、ジルは商隊キャラバン荷馬車にばしゃに乗せてもらうものだと思っていた。


それがまさかこんなに立派な馬車だとは。


「お、オーベルさん、今回は馬車旅だって、言って、ませんでした?」

「んん?言ったぞ?」

「ば、馬車ってこれですか?」

「馬車と言ったらこれだろう、他に何がある。」

「いや、商隊の荷物が載った荷馬車に相乗あいのりかと。」

「そんな窮屈な事はせんわい。幸いワシには嬢ちゃんから受け取った報酬もある。」


にやり、とオーベルは笑う。


「いや、こんな馬車用意できる報酬出してませんって・・・・・・。」

「あー、若いのに細かい事を気にするのう!さっさと乗らんか!!」


中々馬車に乗ろうとしないジルにごうを煮やして、首根っこを掴んで馬車に放り込む。

御者ぎょしゃに、出せ、と指示をしてオーベルも馬車へと乗り込んだ。



がらがらと車輪が回る音がする。

外の景色が、歩く時の何倍も早く通り過ぎていった。

木製の窓を開けると風が馬車の中を吹き抜ける。


レゼルを出発した馬車は、一旦西に向かった後に北へと進路を変えた。

進む街道はブルエンシア西門から伸びる街道と合流する。

そのままカレザント国を更に北上していく。


「そういや嬢ちゃんはナーヴェ連邦のだったの。実家は何しとるんだ?」

「私の家ですか~?ん~、漁師組合をまとめる人、で良いのかな?」


自分達でも漁に出てるけど、とジルは付け加える。


「組合長か!嬢ちゃん意外といいとこの子なんだな。」

「意外と、は余計ですよ~!」

「なっはっは、すまんすまん。」


ジルは不満げな視線を送った。

詫びながらもオーベルは悪戯っぽい笑みを絶やしていない。


「むぅ、じゃあオーベルさんの事を教えてくださいよ!」

「ワシか?傭兵だから血生臭い事が多いぞ?この腕と足を無くしたのは―――」

「あ、やっぱいいです。」

「なんだ、聞いておいて。」


そんなやり取りをしていると、景色が移り変わっていく。

草原が広がるカレザントらしい風景から街道の左右が林へと。

行く道の先に大きな川にかかる橋が見えてくる。


カレザント国の北部国境に流れるベウリナ川だ。


この橋を超えた先がユーテリス共和国。


とても珍しい共和制を敷いている国である。

多少制限的ではあるが、各地の領主を議員による選挙で選出している国だ。

その領主の合議制によって国を運営している。


森林地帯や山岳地帯が多く、獣人を中心とした数多くの種族が住んでいる。

各地域ごとの文化と定住種族が大きく異なるのだ。

そのため、専制君主による統治ではなく、共和制を敷いていた。


馬車は橋を超える。


国境には簡易的な関所はあるもののそれほど厳しい手続きは行われていない。

これには帝国西部の国の歴史が関わっている。


北部のユーテリス共和国、中部のカレザント国、南部のデゼエルト王国。


この三国は旧カレザント王国の領地である。

内紛の末に分裂した国家ではあるが、ほぼ同族が住む国々。

時代が下るにつれて融和ゆうわが進み、今では国境はほぼその役目を終えていた。


「おおー。周りが木ばっかりですね~。」

「ユーテリスは木と山の国だからの。良質な木材や鉱山が多い国だ。」


窓から身体を半分出して外を眺めるジルにオーベルは笑う。


「今回の目的地は森の奥だがな。」

「あ、そうだ。いい加減、目的地教えてくださいよ!」

「おん?言っておらんかったか?」

「ユーテリスに行くから付いてこい、としか言われてませんよ!ボケたんですか?」

「まだボケとらんわ!ジジイだがそんな歳ではないぞ。」


オーベルは不満そうにしている。


「いや、私のお祖父じいちゃんとおない年なんですけど。」

「ぐ、ワシも年取ったな・・・・・・。」


ジルからの致命的一撃クリティカルヒットを受けて、オーベルは閉口へいこうした。


「行先は匠海狸 ―アルティビーバー― の住処よ。」

「え、匠海狸アルティビーバーって・・・・・・。」


ジルは以前図鑑で見た覚えがあった。

意思疎通が出来て木工が得意だから討伐対象にはならない。

だが、気難しく、不用意に縄張りに入ると激高する魔獣だ。


「そうだ。この義足、いい加減ガタがきておっての。削れちまって腰が痛い。」

「そんなのその辺の職人に頼めば良いの作ってくれません?」


首を傾げながらジルは言う。

それに対してオーベルは眉間にしわを寄せた。


「ワシにとっちゃ大事な足だ。新調するなら頑丈な奴を欲しいじゃないか。」

「な、なるほど。」


オーベルの熱弁にジルは気圧けおされながらも納得した。




二人はユーテリス共和国の首都セルメンテに到着。

一泊した後に北の森へと入った。


「さてさて、こっから川の方へ向かうぞ。」

「りょーかいです。・・・・・・でも、魔獣出ますよね?」


少々不安そうに問う。

オーベルがジルの頭をでた。


「安心せい。匠海狸は縄張り意識が強い。他の魔獣が入ってきたらぶちのめす。」

「はぁ。」

「魔獣に襲われる心配は無いわ。」

「それ、匠海狸に襲われるのでは・・・・・・?」


ジルは更に不安を増した。




森を分け入っていく。


しばらくすると土が湿り気を帯びてきた。

川が近いのだろう。

そう考えていた時だった。


がさがさがさっ


何かが森の奥で走る音がした。


「む。嬢ちゃん走るぞ。」


そう言ってオーベルはいきなり走り出す。

慌ててその後を追った。

義足とは思えない程の速さにジルは置いて行かれそうになる。

だがそれに、なんとかかんとか付いて行く。


そうすると川辺にたどり着いた。

川と言ってもそれほど大きな川ではない。

ジルは流されるだろうが、オーベルならば渡れる程度の大きさの川だ。


がさがさがさっ


森の中を走っていた音が近づいてくる。

そして、森の木々の間から勢いよく飛び出してきた。


灰色の毛並みの海狸ビーバーの姿ではあるが、右手に木槌、左手にノミ。

森の木を一瞬で伐採する鋭く黒い歯を見せながらこちらを威嚇している。

体高はジルの半分ぐらい、太さもあるため威圧感が凄い。


「おうおうおう、匠海狸。ちょっと頼みを聞いてもらいたいんだがな。」


オーベルは気さくに声をかける。


ガチンガチン


匠海狸はノミで足元の岩を叩いた。

どう見ても威嚇いかくしている。


「取り付く島もないな。おし、嬢ちゃん出番だ。」

「へ!?」


いきなり指名されてジルは素っ頓狂すっとんきょうな声を上げた。


「ほれ、魔獣に言う事を聞かせられるだろ?」

「いや、無理ですよ!私、魔獣使いじゃなくて召喚師!」


無謀すぎる依頼にジルは抵抗する。


「そこら辺にいる魔獣をどうこう出来たら、護衛なんて頼みませんよ!!」

「む、それもそうか。まあ、ダメ元でやってみろ。万が一の時は助けてやるから。」

「万が一があっちゃダメなんですけど・・・・・・。」


そう言いながらジルは一歩前へ踏み出した。


ブオオォォォーッ!


低い、鼻を鳴らすような大きな鳴き声が響く。

威嚇どころか、今にも飛び掛かって来そうだ。


「あ、あの~、匠海狸さん・・・・・・。そのちょ~っと頼みごとが―――」


ブオオォォォーッ!


「ひぃっ!」


おずおずと声をかけたジルに再びの威嚇の声。

思わずビクッと身体がねる。


「うう、怖。」


後ろではオーベルが、行け行け、と小声で指示を出している。

人の気も知らないで、とジルは恨みのこもった念を送った。


交渉の余地が無い。


だが、何かをしないといけない。

考える。


ここは彼の住処だ。

何か無いかと周りを見渡す。


そこで気付いた。


流れる川の右岸、ジル達から見て左。

匠海狸の後ろの川辺に何かある。


木々が組まれ装飾までされた立派な、建物と言ってもいいくらいの物体。


「え、すご。」


特に何も考えず、ジルは思った事を言葉に出す。


ぶおおぉぉぉ


匠海狸の雄叫びが弱くなった気がする。


「いや、何あれ!普通に建物じゃん!っていうかめちゃ立派!!」


ぶおぉ?


匠海狸の声が疑問形をはらんだようになる。


「ええ、あれ、キミが!?凄いじゃん!」


てれてれ


匠海狸はノミを持った手で器用に頬をいた。

どう見ても称賛の声に照れている。


「あんなの作れるって職人さんじゃん。私も何か作ってほしいくらいだよ~。」


ぶおっ、ぶおっ


匠海狸は手招きするような仕草をしてから背中を向けて歩いて行った。


ジルはオーベルと顔を見合わせる。

オーベルが満面の笑みで頷いた。


ジルは一発殴ってやろうかと口元を引きつらせる。


匠海狸の住処は彼が入れるくらいの大きさで作られたロッジのような建物。


高床になっており、入口の前には手すりが設置された少しばかりの空間があった。

そこに設置された丸太で作った椅子に彼は腰掛けている。

その高床に上る所にはちゃんと階段も作られていた。


丸太と板を組み合わせて作られているが、この板も彼が自前で作ったものだろう。

柱や屋根には細かい装飾も彫られている。


まさに職人技だ。


ジルの事を気に入ったようで、彼はその場で即興でいくつかの小物を作ってくれた。

小さな木槌とノミ、周囲の情景を現したミニチュア、簡単にジルを模した人形。

どれも熟練の職人が作った物と遜色ない、いや、それよりも凄い逸品だ。


ジルが再び褒めると、目を細めてまた頬を掻いた。

そしてここへ来た目的を話す。


すると彼はすぐそばの木へと駆け寄り―――


がりがりがりっ


一瞬で伐採した。

そのまま歯とノミと木槌で加工を始める。


棒義足の棒を作っているのではなく、何故か板を作っている。

数枚の板が出来た所で自宅の中へと入って小さな木で出来たカップを持ってきた。

それの中身を板の片面に塗りたくり、重ねる。


しばらくすると板同士がガッチリとくっついた。


それを棒義足の形に加工していく。

そこからは早かった。

あっという間に義足が出来上がり、オーベルはご満悦。

その様子に匠海狸も誇らしげだ。


ジルが三度みたび褒めるとやはり彼は照れたように頬を掻いたのだった。

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