第三章

第43レポート いでよ!極光!

大戦鬼グロスオーガの一件から、およそ一月ひとつき

街はすっかり元の姿を取り戻していた。


大戦鬼の生息地域で発生した何らかの事象による突発的な転移門ゲートの発生。


これが今回の事件の原因として発表された。

疑問はあれど誰もこれを上回る推論は立てられず、これが結論となった。


―――表向きには。




「うわあ!ひろーーーーいっ!」


くるくると回り、飛び跳ね、ジルは屋敷のエントランスを走り回っていた。

その周りをマカミが回り、彼女の頭にはいつもの通り、蝶がとまっている。


「落ち着けっての。俺もこの屋敷は場違いな気がするけどよ。」


呆れた顔でジルに声をかけつつも、少しばかり居心地が悪そうにザジムは頭をく。


「シャンデリア、綺麗。とらたろうもそう思う?」


魔石によって輝くシャンデリアを見上げつつ、抱え上げた猫にロシェは問う。

心なしか猫の目も輝いているように見える。


「何というか、足元がふわふわしている感覚だな、実感が無いというか。」

「そうですね、流石は貴族の屋敷、でしょうか。」


ノグリスとレンマはそんな話をしながらも、他の者たちよりは落ち着いている。


「ふん。この雰囲気に、慣れてない、奴ら、ばっかり、ね!!」


そう言ったベルはガチガチに緊張している様子だ。


「ほらほら、入口に固まってないで早く。」


エルカは促す。


ジル達はエルカの誘いで彼女の実家へと訪れていた。

エルカの実家、つまりヒンメル伯爵家である。


男爵ですら雲の上、子爵伯爵天の果て、侯爵様は夜の星、公爵閣下は夢の中。


伯爵とはいえ辺境伯、侯爵とも張り合えるほどの家柄。

その屋敷が貧相なわけが無い。


巨大な屋敷に招かれたのだ、庶民ジル達にとってしてみれば別世界だ。



大階段を上り、二階の一室へ。

細長い10m程度のテーブルに真っ白な絹のクロスが掛けられていた。

質素ながらも細部に職人の技が垣間見える椅子が等間隔に並べられている。


ジル達が入った扉の反対側、上座かみざの席に身なりの良い初老の男性が座っていた。


「ようこそ。さあ、そんな所で立っていないで座りなさい。」


男性は優しく着席するように促した。


ジルとベル、ノグリスとロシェ、ザジムとレンマが向かい合うように腰掛ける。

一席空けたジルの座っている側、男性の右前にエルカが腰掛けた。


流石にエルカ以外は大なり小なり緊張が見て取れる。


「お父様、お願いを聞いてくれてありがとう。」

「ははは、可愛い娘の頼みだからな。」


エルカは男性をお父様、と呼ぶ。

男性はエルカの事を娘と呼んだ。


この男性こそが帝国東方の守りのかなめ、辺境伯アズレト・バローナ・ヒンメル伯爵。


エルカと同じ髪色にエルカよりも暗い色の碧眼。

柔和な印象の眼差しの奥には、常に戦場にあるかのような鋭さが隠れている。

エルカには彼の面影があった。


衣服に隠れて分かりにくいが屈強な身体をしており、いかにも武門の貴族である。


「あら、もう来ていたのね、遅れてごめんなさい。」

「だから言っただろう、使用人に任せれば良い、と。」

「趣味なんだもの、皆さんに料理を振舞ふるまってあげたかったの!」


エルカによく似た柔和な印象の女性が現れた。

赤毛である事を除けば、エルカによく似ている。


「お母様の料理、久しぶりに食べたいわ。」

「ふふふ、任せておいて!」

「やれやれ。と、客人を放っておくのは失礼だな。」


そう言って、伯爵はジル達に目線を移した。

貴族からの視線にジル達は緊張する。


「ああ、そう硬くならなくていい。貴族と平民ではなく、娘とその友人だ。」


貴族でありながらジル達にも気さくに声をかける。


「公的な場ならともかく、私的な付き合いだからな、くつろいでくれ。」


その言葉と伯爵の笑顔にジル達の緊張が少しほぐれた。


「そういう事なら、寛がせてもらいます!」


ジルは元気に返事をした。

その声で、その場に漂っていた何とも言えない緊張は完全に姿を消したのだった。




ヒンメル伯爵の本拠であるフィンダートの町は背後に山を抱える城郭じょうかく都市である。


城壁は高く、外縁がいえんほりには東どなりを流れるイルベア川から水が引き込まれている。


入口は町の正面の大門だいもんのみであり、堀をまたね橋が外と中を繋ぐ。

有事の際は跳ね橋を上げ、籠城し、敵を防ぎ止める役割があるのだ。


帝国東方防衛を担う、辺境伯の本拠に相応ふさわしい町だ。


防壁が囲うのは町並みだけではない。

西側に広がる森も壁の中に組み込まれ、有事の際は資源として使われる。


その森の奥に伯爵私邸。

つまりジル達がいる屋敷がある。




「それにしても、ジル君は聞いていた通りの子だな。」


屋敷の中を歩き回ったり。

森の中を散策したり。

街に繰り出したり。

伯爵との面会の後は、個別に思い思いの行動に移っていた。


そんな中、ジルはエルカとその両親と共に私室に案内されていた。


「あのエルカさん、いったい何を伝えてるんですか・・・・・・?」


以前にもこんな事を別の人から言われた気がする。

ジルはエルカを疑いの目で見た。


エルカはやはり微笑むだけだ。


「ふふふ、可愛い弟子について手紙をくれるのよ。それはもう褒めて褒めて。」

「もう、あんまりからかわないで。」


珍しくエルカが防戦に回っている。

流石に両親相手ではが悪いようだ。


「はっはっは。ジル君、私たちもエルカの弟子に会いたかったんだ。」


妻と娘のやり取りに伯爵は笑う。


「我が娘はちゃんと君の良き師になれているだろうか?」

「はい!勿論です!エルカさんがいなかったら今頃どうなっていた事か・・・・・・。」


ジルは即答する。

嘘偽うそいつわりの無い本心だ。

エルカには感謝しても、し足りない。


「そうか、それは良かった。縁戚えんせきからの依頼を受けてよかったな。」


しみじみと伯爵は頷く。

その隣で彼の妻も微笑んでいる。


「エルカも昔よりもほがらかになった気がするよ。」

「お父様・・・・・・。」


ジルが来るまでの間も実家との手紙のやり取りは行っていた。

だが、業務連絡のような、ただの近況報告ばかりが目に付く内容ばかり。


唯一、親友のサリアとの交流に関してだけ、文章量が多かった。


それがジルが来てからというものジルに関する事が多くなった。

次第に手紙からもどんどん感情豊かになっていくのが分かったのだ。


両親としては、娘に良い影響を与えてくれた弟子の事が気になっていた。


「ジルちゃん、何か困った事があれば私たちに何でも言ってね。」


エルカの母ニーナがジルを真っすぐ見てそう言った。

そして付け加える。


「エルカの可愛い弟子は私たちには娘も同然なんだから!」


恐縮するジルに、さあさあ何でも言って、とばかりにニーナは詰め寄っていく。

そんな母の行動をエルカはなんとか制止したのだった。




伯爵夫妻とのやり取りの後、ジルとエルカは庭園を見渡せるバルコニーに来ていた。

設置された椅子に座り、テーブルにお茶とお菓子を用意して寛いでいた。


「ジルちゃん、ごめんね。お母様はちょっと強引な所があって・・・・・・。」

「あはは、気にしてませんよ~。エルカさんのお母さんらしい、って思いました!」

「あら、それは私が強引だっていう事かしら?」


二人して笑いあう。

ほのぼのとした時間が流れている。

つい一月前、突然命がけで戦う事になったとは思えない。


柔らかな風が庭園に咲く花の香りを運んできた。

穏やかな日の光が二人を包む。


「あ、そうだジルちゃん。ちょっと相談があるんだけど・・・・・・。」

「おやぁ?エルカさん何かたくらんでますね~?」


二人で、ふふっ、と笑いあった。




―――夜。

全員集まって夕食を済ませた後。

ジルとエルカの提案で夜涼よすずみに庭園へと出ていた。


「あら?エルカがいないわ?」

「ん。ジルもいない。」


ほぼ同時にニーナとロシェが気付く。

他の者も気付いて周りを見回す。


「準備は良い?ジルちゃん。」

「はい!いつでも!」


二人はバルコニーにいた。


ジルが召喚術式を起動させる。

ぱあっ、と粉末状の何かが空へと浮かび、風に乗って流れていく。

それにエルカは魔力を送り込んだ。


「ん、なんだ?」


何か揺らめくものが見え、伯爵は夜空を見上げる。

それに釣られて全員が夜空を見上げた。


そこには虹色に光る、光のカーテンが広がっていた。

緑色に見えたかと思えば紫に、紫色に見えたかと思えば赤に、次々と色を変える。


極光 ―オーロラ― だ。


本来、極光オーロラ極北きょくほく、ダルナトリアの首都ニクシュバール周辺でしか見られない。

だが、それ以外に見ることが出来る場所が一か所だけ存在する。


それが西大陸南部の山中にある盆地だ。


特に寒くもなく、極地からも遠いその場所。

極光を見られる理由は、先程ジルが召喚したものに理由がある。


月光虫 ―げっこうちゅう― 。


小さな小さな、辛うじて目で見えるか見えないか、といった大きさの存在。

虫、と言われているが、実際の所は何なのか分かっていない。

そんな不可思議な存在が、月の光と魔力の作用で見せる一夜の神秘。


それがもう一つの極光である。


ゆらゆらと空に揺らめく不思議な存在に、その場の全員が感嘆の声を上げた。

ジルとエルカはその様子を見てハイタッチ。


こうして安息の夜はけていった。

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