第37レポート いでよ!焔鶺鴒!

パラパラとかなり厚みのある大きな本のページをめくる。


魔獣の情報がイラストと共に一覧化されている図鑑である。

粘体生物のスライムや人型根菜マンドレイクなどは図鑑の初めに記載されている。

存在すらもあやふやな巨大魔獣や神にも等しい古竜などが後ろの方に載っていた。


「む~ん・・・。」


ペンとメモ用紙を前にジルはうなっていた。


目の前の図鑑はまさに魔獣生態学の長年の研究の結晶である。

ジルの実力と経験で召喚実験の対象に出来そうな魔獣は本の中の一割にも満たない。


何度も何度も分厚い図鑑のページを進んで、戻る。

興味が湧く魔獣がいないか、それが何より重要なのだ。

今の所、琴線きんせんに触れるような魔獣は見つかっていない。


「な~にか、いっないかなぁ~?」


小さく音程を付けて呟く。

めくったページの片隅。

白く可愛らしい魔獣が載っていた。




ペりぺりと玉ねぎの皮をく。

包丁で器用に人参の皮を手早く取り払っていく。


馬鈴薯ばれいしょの皮を除き、芽の部分をくり抜いて除去する。

塊のままの豚肉と牛肉を扱いやすい厚みにカットした。


玉ねぎはみじん切り、人参と馬鈴薯と肉は一口大に切り揃える。


「ぐおおぉぉぉ・・・・・・、目が、目ぐぁ~~~~!!」


玉ねぎ成分の散弾を瞳に食らいつつ、ジルは不退転ふたいてんの姿勢で包丁を動かす。


まな板の上の玉ねぎがどんどん小さくなっていく。

何とか切り終えた頃にはジルの顔は涙と鼻水でぐずぐずになっていた。


「ははは、可愛らしいお顔が大変な事になっておりますよ。」


柔和な笑みを浮かべながらマスターがそう言った。


今日のアルバイトはカフェである。

先程からの一連の作業はとある料理の仕込みである。


「ぐずっ、なんの!まだまだぁ!!」


鼻をすすりながらもジルは先へと進む。


赤の魔石が内蔵されたかまど

普通ならばまきをくべなければならない竈もこの国では魔石を使っている。


少量の魔力を流し入れるだけで台の上の部分に炎が立つ。

炎の大きさも魔力制御で自由自在、一度注いでしまえば放っておいてもいい。


炎と増幅の作用を持つ赤の魔石はこうした使い方が非常に向いている。


もちろん、他の国ではとてもあり得ない贅沢な魔石の使い方である。


フライパンに玉ねぎを入れて飴色あめいろになるまで炒めていく。


深みのある二つの鍋に少量の油を引き、それぞれ豚肉と牛肉を分けて入れた。


肉の表面に火が通ってきたら、人参と馬鈴薯を入れて、少しばかり炒めていく。

野菜にも火が通ったら、先に作っておいた飴色玉ねぎを投入する。


水を鍋の三分の二くらいまで入れて煮立たせ、出てきた灰汁あくを丁寧に除去。

三十種類のスパイスを合成した、マスター特製固形スパイスを投入する。


「ぐーるぐーる。」


しっかりと溶け込ませると鍋の中は栗皮くりかわ色 ―黒みがかった赤褐色― になった。


食欲を刺激する、何ともいい香りが店内に充満する。

ちょうど居合わせた客にとってはいい迷惑である。


しばらくじっくりと煮込むと香辛料煮込み ―コンディハーレ― の完成だ。

牛の香辛料煮込みボース=コンディハーレ豚の香辛料煮込みスース=コンディハーレの2種類ご用意である。


「出来たーーーー!!!」

「お疲れ様でした。」


労いの言葉をかけるマスターから水を渡され、一気に飲み干し大きく息を吐く。

マスターから促されてカウンター席の端っこに腰掛けた。


「さてさて、それでは作って頂いた香辛料煮込みコンディハーレまかないにしましょう。」


皿を出しながらマスターはジルに問う。


「牛と豚、ご飯ライスとパン、どのようにいたしますか?」

「牛とご飯で!!!」


即断したジルにマスターは承りました、とひと声かけた。


平らな皿の片側に偏らせてご飯を盛り、空いている反対側に香辛料煮込みを注いだ。

汁だけにならないように具材もしっかりと、いい塩梅あんばいにする。


「どうぞ、牛の香辛料煮込みでございます。」

「いっただきまーーーすっ!」


「ごちそうさまでしたっ!」


あっという間に食べ尽くした。

ジルが食欲旺盛おうせいというのもあるが、この香辛料が食欲を刺激するのだ。


「それじゃ、行きますね!」

「はい、またお願いします。」


勢い良く立ち上がり、ジルは店を後にした。




ゆらゆらと揺らめくほむら


天に煌めく陽の光。

地の底から湧き出る溶岩。

落雷によって発火した山火事。

人の手でおこした焚火たきびまで。


炎の力は数多の物に宿る。


そういった炎の力を持つ魔獣も多い。


図鑑の後ろのページに載っていたこの世に敵など無いと言わんばかりの強大な古竜。

獅子の顔と前足山羊の角と胴体と後ろ足、蛇の尾を持つ合成獣キマイラ

人間にとっては大変な脅威となる存在が代表的である。

しかし、以前喚び出そうとした小蜥蜴プチリザードのように小さな存在もいるのである。


そして、ジルが魔獣図鑑で見つけ出したのは―――


「焔鶺鴒 ―フラムロネット― !」

「あらぁ、あの小っちゃくて可愛い鳥の魔獣ね~。」


魔物の名を告げられて、イーグリスは可愛らしく尾を振る小さな鳥を思い浮かべる。


焔鶺鴒フラムロネット


火山地帯から砂漠地帯まで、この世界のありとあらゆる熱源には必ず生息している。

丸っとした小さな体と長い尾が特徴的な鳥の魔獣。


普通の鶺鴒せきれいの頭や尾が黒いのに対し、焔鶺鴒はその部分が燃えている。


人間が火傷するほどではない炎だが、命の危険を感じると強く燃え上がる。

その身を火焔かえんの弾丸へと姿を変え、突撃してくるのだ。


だが、基本的には安全な魔獣であり、上手く飼い慣らせば飼育も出来る魔獣だ。

ときたまに貴族や豪商が愛玩あいがん用に飼っている。


「と、いう訳で、あの鳥の好物って何ですか!」

「何でそれを私に~?」

「アルーゼさんから、イーグリスさんがよく知っていると聞きました!」

「ああ~、だから頭にたんこぶがあるのねぇ~。」


ジルを椅子に腰かけさせて、頭に出来たたんこぶの処置をする。


「そうねぇ、普通の麦とか米とかは食べるけど、一番好きなのは赤の魔石ね~。」

「魔石を食べるんですか!?」

「もっと言ってしまえば溶岩とか炎熱鉱石とか、熱を持つ物が好きかな?」

「なるほど、自分の炎になる物を好むのかな?生態と一致しますね!」


はい、これで大丈夫、と処置を終えてジルを立たせる。


「あ、そうだ、もう一つあったわ~。」

「お!何です?」

「こ~れ。」


イーグリスは棚にあった細長いビンを手に取った。

蓋がしてあるビンの中には多少の粘性を持つ赤い液体が入っている。


「液状魔石、ですか?」

「これが一番好きなのよ~。だからデゼエルト王国にも多く生息しているの。」

「でも、高いですよね、それ。」


そう、液状魔石は高いのだ。


中央大陸ではデゼエルト王国とダルナトリア。

東大陸ではドワーフ達の住処周辺。

西大陸では存在すらしていない。


とても特殊な魔石が液体となって湧出ゆうしゅつした物。


通常の魔石と比べて非常に高純度の魔力を内包している。

魔力増幅の薬に使用したり、魔法の触媒や武器などの精錬に使われる事もある。


用途は様々あるが産出地が限られるため、その価格は必然的に高くなる。

イーグリスが持つビン一本で金貨一枚。


万年金欠病なジルの手が届く代物しろものではない事は確かだ。


「そういえば、なんでイーグリスさんは焔鶺鴒に詳しいんですか?」

「昔、飼っていた事があるのよ~。帝国にいた頃、だったかなぁ?」

「へぇ~。」


魔獣を飼っていた、という意外な一面を知り、その姿はきっと絵になるなと思う。


そんな事を考えながら、ジルは自室へと戻って行った。


「帝国にいた頃はこんなにゆったり出来なかったなぁ。あの焔鶺鴒、元気かなぁ~。」


イーグリスは独りちた。




必要な物を買いそろえ、ジルは自分の部屋へと帰ってきた。

流石に液状魔石は無理なので、赤の魔石の欠片にしておいた。


「さぁて、上手くいくかな?いや、いかせる!」


小さな鳥の頭骨とうこつの中に魔石を入れ、それを火炎笹でくるりと包む。

素材はこれだけである。

焔鶺鴒は小さな魔獣、それほど大きな素材は不要と判断したのだ。


魔法陣は炎に関する文字を書く。

中心には鳥の紋様とその体の中に納まるように炎を描き入れた。

魔法陣の準備もこれで完了だ。


「よっしゃ、いざ!」


すっくと立ちあがり、魔法陣の前に立つ。

念のため、マカミと蝶は寝室に運んで扉を閉めて退避させている。


早速魔力を送り込んでいく。

さらり、と流れるように魔力を送る――――


ぼわっっっ

「え。」


魔法陣から炎が湧いた。


ぶわぁっ!

「あづづ!・・・・・・?熱くない?」


炎が魔法陣を中心に一瞬で部屋の中に広がり、ジルも炎に包まれた。


・・・・・・はずだった。


次の瞬間には炎は消え、ジルも部屋の中も一切燃えておらず、焦げの一つもない。


思いも寄らない事に狐につままれたような、霧の中で幻を見たような、そんな感覚。


何とも言い表しづらい状況にジルはただただほうけるばかりだった。

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