第35レポート いでよ!幻鈴蝶!

「ぶえっ?」


メイユベールは持ち帰ったテイクアウトした肉に噛みついたまま、疑問符の付いた鳴き声を発した。


「だから、ベルちゃんが知ってる伝承の情報が聞きたいの!」

「むぐむぐ・・・・・・、いきなり飛び込んできたかと思ったらそんな事!?」


食事を終えたメイユベールはジルに向き直る。


「んん~、伝承か~・・・・・・何が有るかなぁ・・・・・・。」


メイユベールはオーベルグ帝国出身。


ただ帝国は非常に広い国土を有する国である。

離れた地域の公爵領同士では最早もはや別の国と言ってもいいほどの文化の違いがある。


メイユベールはその中でも北部、スリェク公爵領の公都シエラミェール出身だ。


家の屋根は鮮やかな青色をしていて美しく、平地に広がる大きな都。

スリェク公爵領の北部に位置するこの町は、時期によっては雪によって白に染まる。

鮮やかな青と清浄な白、透明な印象を受ける町である。


「そうだ。あれが良いかな・・・・・・。」

「お、なになに?なんか面白い伝承とかあるの?」

「面白いとは思わないけど、結構昔から伝えられてるおとぎ話、みたいなの、ね。」

「おとぎ話?」

「そ。多分帝国成立よりも古い時代からの伝承じゃないかなぁ・・・・・・。」

「帝国成立前って凄い昔じゃん。これは期待できそう!」


懐からメモを出して前のめりにジルは構える。


「そ、そんなに期待されても凄い話は出来ないわよ!?」

「いーから、いーから、判断は私がしまっす!」

「はぁ・・・・・・仕方ないわね。」


やれやれ、といった様子でメイユベールは話し始める。


「―――針の葉茂る森の中、木こりは今日も精を出す。

 こんこんこんこん、森に響く斧の音。


 倒れる森の木、地響きどずんと獣を起こす。

 木こりは驚き逃げ出した。雪の中を逃げ出した。


 周りを見たら森の中。知らない知らない森の中。

 木こりは戻れぬ家へと帰れぬ。困り果てて座り込む。


 その時ちりんと、何かが聞こえる。姿は見えぬ鈴の音。

 その音誘う木々の先。木こりはふらりと付いて行く。


 音は先く、歩みは止めぬ。

 ある時ふっと音消える、木こりは周りを見渡した。


 見知った建物そこにあり、木こりはとても安堵した。

 それからその地に精霊を、まつほこらが建ったとさ―――」


いんを踏むように、語りかけるように、メイユベールは静々しずしずぎんじた。


「おおー!何だか詩人さんみたいだね~!」

「いや恥ずかしいわね・・・・・・。って、おい!メモはどうした!」

「あ、聞くのに集中してて書くの忘れてた!!ベルちゃん、もう一回よろしく!!」

「嫌に決まってんでしょ!内容をそのまま教えるからメモしなさい!!」


ベルに嫌な顔をされながら、ジルは話を書き記した。


「ありがと~!ところでこれって、どういう名前の精霊なの?」

「んん~、正式な名前じゃないと思うけど、幻鈴蝶 ―イリュリチカ― かしら。」


顎に手を当て、考えながらベルは伝える。


「姿は見えないのに蝶ってのも変だけどね。」

「なるほどなるほど。」

「まあ多分、子供に注意を促すためのおとぎ話なんでしょうね。」

「あ~、私の故郷にもそういうのあるかも。」

「この話は、獣に注意しろ、精霊をうやまう気持ちを忘れるな、って所かしら?」


ひとしきり話を聞いて、ジルは礼を言ってベルの部屋を後にした。




「いっっっつもどーりっ!!!きました!!!!!!」

「オウ、いつも通り。」


入口の脇にいたアルーゼの拳が、ごすん、とジルの頭にめり込む。


「ぐおおぉぉ・・・・・・、いつもより強烈な一撃・・・・・・。」

「で?何しに来た。」


指を鳴らしながら問う。

今日もアルーゼは不機嫌だ。


「素材買いに来たに決まってるじゃないですかぁ~、なんで毎回殴るんですか!」

「うるさいからに決まってンだろが。もう少し静かに入ってこいや。」


ごもっともである。


そんな言葉にもめげることなく、ジルはアルーゼの横をすり抜け店内へ。

お目当ての物を手に取り、比べ、見繕みつくろう。


その様子にアルーゼは気怠けだるそうにカウンターの裏に引っ込んでいった。


「ベルちゃんから聞いた内容から考えると、森の中、精霊、それと蝶。」


むむむ、と唸りながら、ジルは店内をあっちへこっちへ移動する。


「森と言えば木だし、蝶は虫、精霊は・・・・・・、やっぱり魔石になるのかな?」


針葉樹の樹皮を一欠片ひとかけらと青の魔石。

蝶は無かったので、代わりに足が沢山あって光沢のある黒色の小さな甲虫こうちゅうを一匹。


「おっと、鈴の音色が聞こえる、って話だった!じゃあ、これも必要!」


追加で小さな真鍮しんちゅうの鈴を一つ。

手早く会計を済ませて自室に走る。


その途中で急停止する。

袋の中に入れた鈴がちりんと鳴った。


「マスター、こんちゃっす!!」

「おやおやお元気そうで何よりです。いらっしゃいませ。」


カフェに突入。

マスターはいつも通り微笑みながら優雅な調子だ。


「ごめん、マスター。今日はお客さんじゃなくて!氷を一つ貰えない?」

「それは残念。氷一つであれば無料で差し上げますよ。紙に包みましょう。」


取り出した氷を不溶紙で包み、ジルへと手渡す。

礼を言って、ジルは再び駆け出した。




「本日の召喚、始めるよっ!!!」


自室のドアを開けた瞬間、大声で気合を入れる。

留守番をしていたマカミが飛び起きた。

ご近所からの苦情クレームなどなんのその、だ。


飛び込むように椅子に座り、机に向き合った。

入手した素材一式、机の上にぶちけて袋を後ろに投げ捨てる。


腕をまくって、いざ勝負!


青の魔石と樹皮は荒めに砕いて混ぜ合わせ、足が一杯の甲虫は足を全てもぎ取った。

身体だけになった甲虫の頭と胴体をそれぞれ持ってじる。

頭側に中身が ――中略―― 空洞になった胴体に鈴を埋め込んだ。


魔法陣には精霊に関する文字を書いていき、中心には簡単に蝶の紋様を描く。

中心以外の部分に樹皮と魔石を混ぜたものを敷き詰めていく。


鈴入り甲虫と次第に溶け出している氷を急いで魔法陣の中心に置いた。


これで準備は出来た。


魔法陣の前に立ち、いつも通り魔力を注ぐ。


虫の腹の中に入れた鈴の中の小さな玉が振動して、チリチリと音を立てる。

次第に音が大きくなり、ほんの少しだけ空中に浮かんだ。


虫の身体が分解されて紫色の光の玉になる。

玉が鈴の中へと吸い込まれ、今まで甲高かんだかかった音が少しくぐもった音に変わった。


中心に置いた氷が、ぶわっ、と霧散する。

周囲に敷き詰めた樹皮と魔石が魔力を帯びて真っ白に淡く発光している。


その様はまるで白に染まる雪原のようだ。


「来いっ!」


強く短く、声を発するのと同時に魔力を送り込んだ。

雪原が更に強い光を放ち、部屋の中を真っ白に染めていく。


カッ


一層強い光がまたたいた。

その眩しさに咄嗟とっさに目をつぶる。


光が収まり、ゆっくりと目を開けていく。

魔法陣の上には何もいない。


だが、今回の召喚対象は実体が無い可能性のある精霊だ。


―――鈴の音はしない。

今回も失敗か、そう思ったジルが肩を落とした。


「わんっ!」


マカミが一つ吠える。


自分を励ましてくれているのか、と思ったがマカミの見ている先は自分ではない。

自分の背後だ。


くるりと後ろを振り返る。

だがそこには何もいなかった。


不思議に思っていると―――


「わんわんっ!」


背後で再びマカミが吠える。


今度も自分の背後に向かって吠えているようだ。

背後に意識を集中させると確かに何かの気配を感じた。


さっきよりも早く、ローブがひるがえるほどの勢いで振り向く。

やはり何もいない。


しかし、絶対に気のせいではない。

マカミは途切れずに吠えている。


「むむむ・・・・・・。」


考える。


素早く背後を取られるのならそれ以上に早く、回り込まれないようにすればいい。

ならばこうしてやる!


ばっ!


勢いよく前転し、ころりと一回転。


しかし部屋は狭い。

半回転したあたりで、どすん、と背中が壁に付いた。


上下が反転した部屋の中。

ジルの下側、いや上だ、空中にそれがいた。


紫色に黒で縁取りをされた大きな蝶のはね


薄い緑の半透明な、小さな女性のような姿が翅の間にいる。

その女性の背から翅は生えているようだ。


大きさはジルの顔の半分程度。

とてもとても小さな蝶だった。


「え?幻鈴蝶?」


ジルは体勢を元に戻し、立ち上がった。

蝶は背後に回り込まず、翅をふわりふわりと動かしながら空中で静止している。


「ん、でも鈴の音はしないな・・・・・・。あ、マカミの時と同じように呼びかければ!」


集中。

目の前の召喚した存在に意識を強く向けた。

そして呼びかける。


(あなたは何者なの?私に教えて!)

(・・・・・・)


蝶は何も答えなかった。

何度も何度も問いかけるも一度も言葉を発してくれない。


「むうぅ・・・・・・、一体なんなんだろう。このままにしておけないし、戻すか~。」


召還。

喚び出した存在を元の場所へ送り返す事。


召喚とは違って特別な事はしない。

ただ召喚した存在ものとの繋がりを切るだけだ。

ぷつり、と繋がった糸を切るような感覚で繋がりを切る。


だが―――


「あれぇ?」


蝶はまだそこにいた。

結局、色々と試したものの蝶の正体も喚び戻す方法も何も分からないまま。


蝶はジルの周りを飛び回り続けたのだった。

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