第34レポート いでよ!百剣!

戦場いくさばには様々な思いが残る。

それは哀愁であり、慟哭どうこくであり、怨嗟えんさであり、苦悶である。


西大陸には多くの思いが今もなお残留していた。

それは、千年戦争とまで呼ばれた、長い長い戦乱の残滓ざんし


平和となった今の世でも、戦場には散っていった古強者ふるつわものたちの思いが漂っている。




ジルは今日も元気にアルバイトにいそしんでいた。

今日は二つのバイトを梯子はしごする予定である。


「おはよーございます~。」


ドアを開けて挨拶を。

店の奥の棚を整理していたイーグリスが振り向いた。


「ジルちゃん~、いらっしゃいませ~。」

「いやいや、お客さんじゃないですよ~!」


二人揃ってあはは、と笑う。

午前中は調剤屋でのアルバイトだ。


「今日は調剤、軟膏なんこう傷薬と刺激毒の解毒剤と神経毒の解毒剤をおねが~い。」

「りょーかいしました!」


ジルはカウンターの奥、店内からは見えない調剤部屋に入る。


薬にしろ毒にしろ、外部からの異物混入は何が起きるか分からない。

だから扉の付いた個室になっているのだ。


「傷薬にはこっちの緑の薬草と蜜蝋みつろうと~。」


格子状に正方形の引き出しが沢山ある大きな棚から必要な素材を取り出す。


全ての引き出しに丁寧に素材の名前が書いてある紙が貼られていた。

イーグリスの几帳面きちょうめんな性格がよく分かる。


「刺激毒にはこっちの紫の薬草と酢と~。」


手際よく材料を取り出し、調剤し、ビンへと詰めて、ふたをする。

格子こうし状に木で仕切りが組まれた箱へと格納していく。


「神経毒にはこっちの黄色い薬草となんかぬめぬめした物体と~。」


そんなこんなであっという間に依頼数の薬が出来上がった。


「終わりましたー!!」

「はやーい、ありがとう~。」


イーグリスは渡された薬を一つ一つビンを開けて、少し取り出して反応剤を混ぜた。

傷薬はポコポコと泡立ち、刺激毒の解毒剤はツンと鼻に来る匂いが消える。

神経毒の解毒剤はトロリとしていたのがサラサラになった。


「うん、大丈夫そうね~。じゃあこれ全部陳列おねがい~。」

「分かりました!」


自分で作った薬を陳列し、店内を軽く掃除をして午前中のアルバイトが終わった。


「ではっ!」

「じゃあね~。」


しゅばっ、と勢いよく上げられたジルの手にイーグリスは軽くタッチした。




「おう、いらっしゃ・・・・・・なんだ、ジルか。」

「なんだ、じゃないよ~。じゃあ今日は帰っていいんだね?」

「待った待った、悪かったって。」


そんなやり取りをしながらジルはエプロンを身に付ける。

今は昼前、これからが大忙しの時間だ。


「いらっしゃいませ~!!」


昼。

この時間帯は料理屋にとって戦場だ。


次から次へと人が来る。

料理を出しても出しても次の注文が入ってくる。

あちらこちらから会計依頼の声が掛けられる。


そんな店内をジルは駆け、運び、回転し、計算し、送り出す。


「ひぃひぃ、ようやく一段落したぁ・・・・・・。」


完全勝利。

本日の戦いは終わった。


ジルは力なくカウンターに突っ伏している。


「お疲れさん。」


バルゼンがそんなジルの隣に料理を置いた。


緑色の麺が鮮やかな、旋風パスタ ―トゥルビネッティ― である。

麺にはほうれん草が練り込まれている。


ほぐした濃厚な煮込み肉と粉末レモングラスでお腹には溜まる。

でありながら、スッキリ爽やかに食べられる料理である。


風が渦巻くように器に盛られたその姿から、旋風、の名前が付いている。


「ああ~、いただきますぅ~~。」


ジルはまかない飯をちゅるちゅる食べ始めた。


「お、いらっしゃい!」

「どうも。火花飯 ―スピサリュゾ― を一つ。」


店に入ってきたのはメイユベールの兄弟子シャルガルテだった。

彼は見知ったジルがいるのに気づき、軽く挨拶をしてからジルの隣に腰掛ける。


彼が頼んだのは火花飯スピサリュゾ

具材とご飯をいため、最後に卵を入れてり卵状にして完成する、いわゆる焼き飯だ。


オプションで辛みを入れる事やあんをかける事も出来るようになっている。

調理時間も短く手早く食べられるので、時間が無い研究者に良く食べられていた。


今日のシャルガルテは別に急ぎでは無いようだが。


「ほい、お待ち!」


カウンター席に腰掛けたシャルガルテの前にすぐさま火花飯が置かれた。

平たい皿にこんもりと盛り付けられている。

ありがとうございます、とバルゼンに言ってシャルガルテは食べ始めた。




「ごちそうさまでした。」

「ごちそーさまー。」


ジルとシャルガルテはほぼ同時にそう言った。


「あ、シャルガルテさんだけと会うのって初めてです?」

「そういえばそうですね、常にメイユベールがいたように思います。」

「ベルちゃん、近頃見ないですけど何してるんです?」

「ああ、自身の魔力容量を増やす目的で自室で瞑想めいそうしてますよ。」


妹弟子の頑張りをシャルガルテはにこやかに伝える。


「魔力の放出と循環を体内で行う事で力を高める事が出来るんです。」

「はぁ~、大変そう。」


ジルはベルの現状を聞いて率直な感想を述べる。

それと同時にある感情が頭に浮かんだ。


「負けてられない!私も頑張るぞー!!」


ジルは料理屋を後にした。




訓練場の端っこでジルは準備を進めていた。

自室で行わないのは危険な魔獣である可能性があったからだ。


「ふむ、百剣 ―シエスパーダ― か。調査の進んでいない魔獣ではあるな。」


ノグリスは腕を組みながらジルの話に反応する。


「物語で読んで気になったんだ~。剣が何本も集まって漂うなんて怖いじゃん!」

「怖いのになぜ召喚することにしたんだ?」

「ん~、召喚術って、興味や関心がある、っていう事が重要だと思ってるんだ。」

「ふむ。」

「その興味関心が強ければ強いほど上手くいく気がするの!」

「なるほど。」


ジルは今までの実験から推論すいろんを立てた。


強い関心や興味がある、という自身の感情から魔力が強く作用する。

それによって素材への魔力供給が上手くいき、喚び出す力も強くなる。


検証できていない仮説でしかないが、ジルはその証明のために色々試していた。


「でも、剣の魔獣は危険すぎるし、マカミもどこまで戦えるか分かんない。」


ジルは腕を組む。

が、すぐにノグリスに向けて、大きく腕を広げた。


「という訳で、魔獣生態を調べてて戦闘力がある知り合いに来てもらいました!」

「ああ、任せておけ!」


ノグリスは槍を振り、強く返事をした。

そんな彼女の様子にジルは安心して召喚実験の準備を始める。


かつて西大陸の国々は血で血を洗う戦争を続けていた。

不思議なもので各国は自国の領土の形が象徴する武器を多用していく様になる。


大陸東部のレント王国では戦槌ウォーハンマー

北部のカルゼア王国では剣。

西部のロバルト公国では戦斧せんぷ


それぞれの国は独自の戦闘術を作り上げた。


百剣シエスパーダはそんな中でカルゼア王国とロバルト公国の国境で出現する。


国境にはいくつもの古戦場があり、騎士たちの血が染み込んでいる。

それ故に不死者の姿や幽霊が現れるのだ。


地面に魔法陣を描いていく。

二重円にじゅうえんの間には西大陸独自の文字で武器や騎士に関する言葉を書いた。


陣の中心には正三角形が三つ。

大きな三角形の内に中くらいの三角形、さらにその内に小さな三角形を描く。


魔法陣の中心に小さな剣を置いたところでジルは立ち上がった。


「これで完成っと。」

「気になっていたんだが、魔法陣の文字や文様は何を基準にしているんだ?」

「基本的に文字はその魔獣とかがいる地域の物を書いてるかな~。」


世界共通言語は存在する。

だが、古くからその地にある言葉や文字もその地で息づいているのだ。


「紋様については魔法素学の研究を一部流用してるけど、独自なのが多いね。」


伊達に自爆してないよ!と、なんとも自慢げにジルは言い放った。

ノグリスは苦笑している。


「よ~し!いざ出陣!!」


右手を広げて、ばっ、と前に出す。

その様はまさに将軍である。


・・・・・・へっぽこであるが。


魔法陣に対してではなく、その上に置いた剣に魔力を注ぐ。


剣がカタカタと音を立てて振動し、ふわりと浮き上がった。

ジルの顔の高さまで浮き上がった剣はその位置で静止する。


水平状態だった剣が柄を上にして垂直に立ち上がった。

魔法陣の中心に描いた三つの三角形が魔法陣から抜け出る。

小中大の順に、先端、剣身の中ほど、つばの三ヶ所を包んだ。


ぶわっ!


不可視であるが確実に何かの気配が魔法陣から噴き出る。


次の瞬間、剣を中心に黒い閃光がジルとノグリスの目に飛び込んできた。

視界が黒に染まり、ノグリスは戦闘態勢を取る。

黒に染まった視界はすぐに元に戻った。


がらん!がららん!ごんっ!


金属が床に落ちる音がする。


そこに剣の魔獣はいなかった。

代わりにあったのは鎧一式と長剣。


「ん?これは・・・・・・。」

「あっれ~?」


警戒しながら二人は出現した鎧に近づいていく。


「ふむ、何も起きないな。」

「むむむ、失敗だなぁ、これは・・・・・・。」


その後、鎧を一通り調べたものの何の変哲もないただの板金鎧プレートアーマーであった。


なお、その鎧はドルドランの下へ持って行き、そこそこの値段で売れたのだった。

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