第33レポート いでよ!水月海月!

「あ~、疲れが抜けんな、腰が・・・あだだだ・・・。」


鉱石を取り扱う店を切り盛りしているドワーフの主人。

彼の名はドルドラン。

人間の年齢なら50歳程度、まだまだ働き盛りだ。


店では鉱石などをそのまま売るほか、彼の技術で武具や装飾を作る事もある。


この国ブルエンシアでは魔法を使う者が特に多い。

単純に杖などであればそう難しくは無いが、個人ごとに求める物が違うのだ。


指輪、腕輪、手甲てっこうに鉄ブーツ、暗器、術具などなど。

自分で装備を作れる研究者は来ないが、そうではない者はすべからく来る。


持ち前の職人魂も相まって、依頼は全て受け、依頼人を満足させてきた。

それ故、彼はとても疲れていたのだ。


「こんちは。」

「おうロシェ嬢、あだだ・・・・・・。」


腰をトントンと叩きながらカウンターを支えに立ち上がる。


「怪我した?」

「儂はそんなにやわじゃあないわ。」


よせばいいのに、ぱん、と太い二の腕を叩く。

その振動で再び腰の痛みで前かがみになった。


「夜通し鍛造たんぞうしとったら腰をやっちまったみたいでな・・・・・・。」

「なるほど。」


ロシェは納得した。

そして腕をまくり、金属粉を纏わせ、巨大な腕を作り上げる。


「おい、何するつもりだ!?」

「腰を揉めば良くなるかな、って。」

「ぷちゅっ、と潰すつもりか・・・・・・。」

「柔じゃないから、だいじょうぶ。」

「それに耐えられるほど硬くはないわい!」




そんなやり取りをしたのが昨日。

今日ロシェはジルの元を訪ねていた。


「ふ~ん、ドルドランさんそんな事になってるんだ。」

「ちなみにその後、腰から、ぐきっ、って音がして死んだ。今日はお店お休み。」

「うっわ~、痛そう~。」


淡々と話すロシェにジルは表情豊かに反応を返す。

いつ見ても二人は対極たいきょく的だ。


「で、ジルに頼みに来た。」

「え?私に?何を?」

「薬。」


さも当然のようにロシェは言い放った。


「私、薬師くすしじゃないんだけど・・・・・・。」


実際のところ、ジルの調薬技術は薬師と言っても差し支えない腕前である。


「イーグリスさんの所で湿布しっぷか何か買ってきた方が・・・・・・。」

「今日からいない。」

「あ、そうか、里帰りするって言ってた!ドルドランさんタイミング悪いなぁ~。」


椅子に座りながらジルは足をバタバタさせる。


「じゃあ医務室は?魔法医学研究者なら対応できるんじゃない?」

「そっちも緊急で大規模遠征してる。」


ロシェは、ふるふる、と首を振る。


西大陸で疫病発生し、一部の患者を転移門を通じてこの国で受け入れていた。

そのため、医務室は今現在、野戦病院の様相を呈していた。

勿論、かの病院は魔法医学研究者以外立ち入り禁止、隔離状態である。


「そっちもダメか~。ドルドランさん運なさすぎ~。」

「だから、ジルに頼みに来た。」

「むむむ~、専門じゃないけどそれっぽいもの作ってみるか~。」


そう言ってジルは椅子から立ち上がった。




二人は一緒に東門から外へ出た。


そこはメレイの森。

大きな森だが開拓が進んでいる、しかしそれは帝国領の側からの話である。


ブルエンシア側から出ると森の中だ。

こちらから開拓をしない理由は二つ。


一つはこの森に生息する魔獣の調査が終わっていない、という事。

もう一つはこの森で有用な素材採取が出来るからである。


「それでは、ドルドラン救出作戦、第一段階、いい感じの薬草採取を始めます!」

「おー!」


もっともらしく宣言して二人で森の中へと足を踏み入れる。

ここから先は何が出てきてもおかしくない、危険な場所だ。


「う~ん、やっぱり門の近くには何も無さそう。もうちょっと奥まで行こう。」

「りょーかい。」

「護衛よろしくお願いしまっす!」

「任された。」


薬草に関する知識があるのはジルだけである。

ロシェは専門外であるため、今回は護衛に専念していた。

なお、マカミはいつも通りジルにぴったり寄り添っている。


「ジル、それは?」


ロシェが指をさす。


その指し示す先にあったのは、青々とした厚みのある葉を持った背の低い草。

茎の先からは白の花弁かべんに黄色いしべを持つ、可愛らしい花が咲いている。


「あ~、これね・・・・・・。いかにも無害です、って感じなんだけど、コレ猛毒。」


両手広げ、大げさに触れないようにする素振りで解説する。

触っただけで激痛が走り、万が一薬に混ぜて飲みでもしたら腹の中に針千本。

漏れなく地獄を味わう、まさに毒草だ。


「こわ。」


ロシェは表情を変えず、しかしながら身震いした。


薬草採取は知識の結集けっしゅうである。

似た草でも、一方は薬効やっこうがあり、一方は猛毒、などというのは良くある話だ。


ジルはイーグリスのもとで様々な薬草、毒草を学び、植物に詳しくなったのだ。

本来、この知識は魔法医学の専売特許せんばいとっきょである。


「お、これ使えそう。解熱げねつ鎮痛ちんつうに効果あるんだよね~。」

「じゃあそれで。」

「でも下手に使うと皮膚に炎症が起きます。」

「だめじゃん。」

「なので、別の薬草を合わせます。捜索続行!」


その後、更に森の奥へと分け入った。

魔獣に襲われながらもロシェたちが撃退し、遂にはもう一つの薬草を手に入れる。


「おっしゃー!見つけた!」

「おー。それはどんな効果?」

「刺激物質を打ち消します。刺激がある素材とよく一緒に使うね。」

「じゃあ、これで終わり?」

「ん~、これだけでも別にいいんだけど・・・・・・。」


目的の物は確保したはずのジルは何かを考える。


「まだ何か必要?」

「湿布はこれで出来るんだけど、ちょっと考えてる事があって。」

「考えてる事?」

「うん。折角なら疲れもぶっ飛ばした方が良くない?」

「確かに。」

「そのための物を探そうかなって。」

「じゃあ捜索―――」

「―――続行!!!」


そうして二人は更に森の奥へと分け入った。


「ふっ!」


ロシェの巨腕が犬のような魔獣を殴り飛ばす。


がるるっ


マカミがイタチのような魔獣の首に噛みつき、首を振って頭部をもぎ取る。

森の奥に進むにつれて魔獣も強く、獰猛どうもうになり、襲われる頻度も高くなってきた。


「お!これだ!!」


ジルは木に生えた青色で半透明な円形の物体を採取する。

その質感は、ぷるぷるとしており、柔らかく弾力がある。


「よっし、これで素材集め終了~!撤収!!」


やる事を終えた二人と一匹はそそくさと森を後にした。




早速、二人はジルの部屋へと戻ってきた。


「そういえば湿布ってどうやって作るの?」

「じゃあ、それも教えてしんぜよう!」

「はは~、ありがたきしあわせー。」


そんな滑稽こっけいなやり取りをしながら、テキパキとジルは調剤を進める。


二種類の薬草をすり鉢でごりごりとり、粘度が出て来たら不溶紙に塗り付ける。

塗り付けたそれを平らにならし、上から普通の紙を貼り、緩いのりはじに塗った。


内側に貼った紙から成分がじわりじわりと浸透する。

糊は皮膚には軽く付く程度でがす時も痛み無く、楽々だ。


「ふう、こんな感じでかんせーい!」


ジルは出来上がった湿布を掲げた。

それを見るロシェは思った事をそのまま口に出す。


「それで生活できそうな手際。」

「そんな訳ないよ~、私は素人だもん。」


謙遜けんそんではなく、ジルは本気でそう思っている。

だが、実際の所、イーグリスですら認めるほどの才能が有ったりするのだ。


「さてさて、じゃあもう一つの下準備しておきますかね~。」


ジルは秘密兵器の準備に取り掛かったのだった。




「おいすー、死んでる?」

「生きとるわ!」


ドルドランは床にうつ伏せに寝転がっている。

とてもじゃないが起き上がれず、顔だけ横に向けてロシェに反論している。


「湿布作ってきました~!」


懐から湿布を取り出し、瞬く間にドルドランの腰に叩きつける。


「ぐはあぁっ!!もうちょっと優しく貼れぇぇぇ・・・・・・。」


ぷるぷると痙攣けいれんし、腰を抑えながらドルドランはもだえた。


「さあ、ヤバイくらい効く成分がじわじわと入り込んでいくよ~。」

「言い方が怖いな!」


怖がっているドルドランを尻目にジル達は雑談を始めた。

彼女達はとりあえず効果が目に見えるまでここにいるつもりのようだ。




「んん?なんか腰が楽になった気がするぞ・・・・・・?お、起き上がれそうだ。」


よろよろと恐る恐るドルドランは起き上がる。

腰の激痛は発生せず、胡坐あぐらをかいて座ることが出来た。


「おお、こりゃいいな。すごい効果だ!」

「お褒めにあずかり光栄でーす!」

「さすがジル。」

「いやー、それほどでも~。」


ジルは照れながら頭をいた。


「いや、本当に助かった!ありがとな。これで仕事を遅らせずに済む。」

「ちょーーーっと待った!!!」

「うおっ、何だ!いきなり大声出して。」


ジルは懐から何かを取り出す。


「さあさあ、結果を御覧ごろうぜよっ!」


その何かを真上に放り投げた。

ドルドランもその物体を目で追った。


投げ上げられたのは、球体。


紙で包まれ、太めのつなで横に一周、縛られている。

中身は森で採取した青い半透明の円形の物体と青の魔石。

円形の物体は特殊な樹脂だった。


それは海に生きるとある生物の姿とよく似ていた。


「水月海月 ―アーメアドゥーザ― !!」


ぱんっ、と放り投げられた球体が弾ける。


その瞬間、空中に青く半透明で長い触手を持つ生物が現れた。

ゆらりゆらりと空中で揺蕩たゆたうそれは、まるで水に映った月のようだ。


時々、半透明な体内で青い光が瞬いている。

海をただよう満月、海月くらげだ。


「ほぉ・・・・・・。」


ドルドランはその海月に目を奪われる。

ゆらゆらするそれはしばらく空中を漂った後に、ふっ、と消え去った。


「いかがでしたでしょーかっ!」

「・・・・・・お、おお!中々いいモン見せてもらった。ありがとな!」

「ふっふっふ、それだけじゃないんだなぁ~!」


ジルは自慢げな顔で、得意げにそう言った。

不思議そうにドルドランは首をかしげる。

そして、ふと気付いた。


「ん?なんか身体が軽いぞ?」

「気付きましたか!それこそが水月海月アーメアドゥーザの特徴なのです!!」


ずびしっ、と人差し指を突き出し、ジルは言い放つ。


「水月海月は精神だけではなく身体も癒す効果があるのでーすっ!」


突き出した指を天に向け、得意満面にジルは言う。


「ナーヴェ連邦のとある島で、夏の夜に一夜だけ現れる神秘の海月!」

「ほほぉ・・・・・・。」

「ジル、凄い。」


感心するドルドランとぱちぱち拍手を送るロシェ。

そんな二人にジルは鼻高々はなたかだかだ。


「いや、本当にありがとな。これで仕事がはかどるぞ!」

「ふっふっふ、もーっと感謝しても良いんですよ~?」

「調子に乗るんじゃない。まあ、今度割引してやるから、それで手を打ってくれ。」

「やりぃっ!」「わーい。」


ジルとロシェはハイタッチしたのだった。

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