第32レポート いでよ!銃角犀!

この世界には魔法不能な地がある。

デゼエルト王国がその一国である。

だが、東大陸のシュレーゲン連合王国にも同様に魔法不能の地がある。


連合王国は12の国家が一人の君主を戴いている。

その構成国の一国が無魔力者の国ゲヴァルトザームである。

魔力を持たぬ者が大多数を占める事で、古くから他国よりしいたげられる国だった。

だが人々は諦めず、魔力の代わりとなる力である『機械』を創り上げたのだ。


彼らは誰からも見向きもされなかった鉱山の廃棄物、石炭に目を付けた。

石炭は軟弱で鉱石として利用できず、燃料としては煤煙ばいえんが酷く使い物にならない。


であるのにもかかわらず、鉱山を掘ると大量に出てくる。

それ故に古くから鉱山の厄介者だった。

国力が低く、財政難の彼らが大量に手に入れられる物がそれだけだったのだ。


試行錯誤を重ね、遂に彼らは他国と肩を並べられる技術『蒸気機関』を手に入れる。

銃や砲といった魔法に対抗する術を手に入れたのだ。




「銃角犀 ―ヴェルスホルン― ?」


図書館で本を読んでいたレンマはジルの出した単語を聞き返す。


「そう!連合王国の・・・・・・何だっけ?」


自分で言っておいてジルは首を傾げる。

レンマは小さく笑いながら答える。


「ゲヴァルトザームですか?」

「そうそれ!そこにいる魔獣の!」

「なぜわたくしに?」

「だって、その国の人はいないし、連合王国の人は知らないし・・・・・・。」


ジルは残念そうに言う。


「本もあんまり詳しく書いてなくて。近隣国って言うとアマツ皇国かな、って。」


皇国と連合王国は百五十年前に接触し、貿易が始まった。


その接触の始まりはゲヴァルトザームの軍艦による大陸南部探索だった。

大きな鋼鉄の船体、艦上に多数の大砲持つ巨大戦艦がアマツの国を揺るがした。


しかし、ゲヴァルトザームの提督は武力で威圧する事は無かったのだ。

それは彼らが長きに渡り、虐げられ続けた国だったからであった。


両国は平和に接触し、活発な交流が始まったのである。


「ああ、なるほど。そういう事でしたら私が知る限りの事をお伝えしましょう。」


レンマは得心し、読んでいた本を閉じて座ったままジルに向き直る。


サイは・・・ご存じですか?」

「灰色の身体で四足歩行でおっきくて、鼻筋に角があるやつ。・・・・・・ですよね!」

「その通り。その犀の魔獣です。」


レンマは読んでいた本をパラパラとめくり、そのページを開く。


「それでは、ジルさんは『銃』という武器を見た事はありますか?」

「銃?貿易船の船長さんが持っていたような?あんまりよく知らないです~。」

「ちょうど読んでいたのがそれに関する本でして。この挿絵がそうですね。」


開かれた本の右ページに大きく銃の絵が描かれていた。


根元が太い木製の細長い棒に筒状の鉄の棒を括り付けただけ、のように見える。

木の湾曲わんきょくした部分から少し前の下部には黒く小さな鉄の部品。

どうやらそこに指が掛けられるようだ。


鉄の棒の根元部分はくり抜かれている。

側面には革製グリップの付いた、これまた鉄の棒が取り付けられていた。

その構造から見るに、どうやらこの側面の棒は前後にスライドするようだ。


下の方の絵にはそれを持つ人の姿が描かれている。


なるほど、木の根元部分を肩に当てて脇を締める。

鉄の筒を相手に向けて、小さな鉄の部品に指をかけて引く。

それによって鉄の筒の中に込めた弾が発射される。


そういった仕組みの武器のようだ。

絵の筒の先からは白煙が出ていた。


「ううん、ややこしい武器ですね・・・、剣で切ったりした方が早いんじゃ?」

「それは魔力を持つ者の考え方ですね。」


ぱたん、と本を閉じ、レンマは続ける。


「魔力で身体機能を強化出来なければ自分の腕力にしか頼れない。」

「あ、そうなると結構大変ですね。魔獣とか絶対に勝てないじゃないですか!」


この世界において魔力は当然の存在。

つまり、剣士等であっても無意識のうちに身体を強めるように魔力を行使している。


それがゲヴァルトザームの人々には出来ないのだ。


「ええ。ですが彼らはそれを機械の力で解決した。銃はまさにその結晶ですね。」

「ほへぇ~、凄い頑張ったんですね~。」

「そうですね。そんな銃の特徴を持つ魔獣が銃角犀ヴェルスホルンです。」

「銃の特徴、って?」

「角の先端を発射するんです。角はすぐに再生するので次々飛んできますね。」

「こっわ。」


ジルは、ぶるり、と身体を震わせた。




レンマに礼を言って図書館を後にしたジルは素材屋へと訪れていた。


「う~ん、サイは皮膚が固いから同じような硬質な獣の皮かな?」


必要な素材について考え、素材を見つめる。


「角は他の魔獣の角で大丈夫。銃、じゅう、ジュウ・・・・・・銃の要素ってなに?」


薄暗い店内をぐるぐるぐるぐると腕を組みながら歩き回っている。

そうなると当然―――


「うっとおしい!」


アルーゼから、べしん、と頭を叩かれた。


った!こっちはお客さんなんだから大切にしろー!」

「こっちは店主だ。この店では王と同じだ、コノヤロウ。」


苦々しい顔つきでアルーゼは言い放つ。

ジルは負けた。


「んで、何を悩んでンだ。」


アルーゼの問いにジルは事情を説明する。


「あン?銃の要素ォ?」

「鉄と木で出来てるからそれかな?と思ってる。でもなんか直感で違う気がする!」

「そりゃそうだ。」


至極しごく当然、といった顔でアルーゼは言った。


「え、何か知ってるの!?」

「銃ってンなら、火薬だ、火薬。弾をブッ放すモンだ。」

「火薬・・・・・・って何で出来てるの?」

硝石しょうせき硫黄いおうだな、あと木炭。」

「へぇ~、じゃあその火薬があれば・・・・・・って!何でそんなに詳しいの!?」

「あ?ゲヴァルトザーム出身だからに決まってンだろ。」

「え?でも魔力無い人ばっかりの国じゃ・・・・・・?」

「ほとんどの奴が、な。例外はいるンだよ。」


キセルをくるくると回しながらアルーゼは言う。


「ふ~ん、そうなんだ。じゃあ火薬―――」

「ねェぞ。」

「え?」

「無い。」

「何で?」

「この国で必要だと思うか?」

「・・・・・・要らないね。」

「だからだよ。」


がくーん、とジルの肩が落ちる。

それを見たアルーゼは手袋を付けてから、小棚の中の小さな黄色い欠片を取り出た。

そして、それをジルの目の前に置いた。


「くっっっさ!くさっ!なにこれ!!」

「さっき言ったろ、硫黄だよ。」

「これが!あ、火山のにおいだ!」

「火山から採れるモンだ。しっかりぐんじゃねェぞ、毒だからな。」

「毒なの!?そんなものいきなり目の前に置くな~!」


そんなやり取りをしながら、ジルは硫黄の欠片を手に入れた。




自室に戻ったジルは早速召喚の準備を整える。

今回は毒物がある、ジルも慎重だ。

皮の手袋をはめて布で口元を覆って、加工を進めていく。


尖った魔獣の角の内部をごりごりと削って、漏斗ろうと状に空洞にする。


獣の皮を半分に切って長方形にした物をその中に丸めて角の内側に入れた。

それを漏斗の内周ないしゅうにピッタリ沿うように設置する。


硫黄は薬研やげんで粉にして、角の中に入れた。

そして、切り分けた残りの獣の皮で蓋をしてひもで縛る。


魔法陣には角の紋章と、それと重なるように銃を模した絵を描いた。


中心に角を立てて置き、準備完了だ。


「ぶはぁ、息詰まるぅ~。」


一旦部屋の外に出て大きく息を吸う。


「おっし、やるぞ!」


部屋に戻り召喚を始めた。


いつも通り魔法陣の前に立ち、両手を前へとゆったりかざす。

魔力の注ぎ先は立てて置いた角の頂点。


送り込まれた魔力が角の曲線を滑って魔法陣へと流れる。

魔法陣の外周まで到達したそれが跳ね返って戻り、蓋にした獣の皮に浸透した。


浸透した魔力は内部の皮にも伝わり、円錐状の全ての方向から硫黄に集中する。

外からは見えないが、内部の硫黄粒子は浮き上がり、渦を巻いて流動している。


「ぬぬぬぬぬ・・・・・・、でりゃぁ!!!」


勢いよく両手を上へと振り上げる。

それに合わせて角が上方に浮き上がり、そして―――


ちゅどぉぉぉーーーーーーーんっ!!!!


「どわぁっ!なんだなんだ!」

「びっくりした。なに?」


ザジムとロシェが自室から飛び出してきた。

ジルの部屋の扉からは、すきまから黒煙が、もうもうと湧き出している。


「おーい、大丈夫かー。」


いつもの事だ、と思いつつもザジムは、どんどん、とドアを叩く。


がちゃ


ドアが開いた。


「げほっ、げほっ。」


せき込みながら、すすで真っ黒になったジルが現れた。

火薬の要素を、と考えすぎた結果、素材からは考えられない煤煙ばいえんが生じたのだ。


「ぐぞぅ・・・・・・失敗したぁ・・・・・・。」


頭に積もった煤を振り払うように頭を振って、ジルはそう呟いた。


翌日まで延々と室内の煤取りと掃除に費やしたのは、言うまでもない事である。

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